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罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
五 理想との境界
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5-6 バラバラ

 カルーフ達が、目的地であるカフェの前へと着いたのは、内緒話を終えて二十分、いやそれ以上が経った頃である。


 くたくたになった新人達が、扉のノッカーを叩く。暫くして、彼らは中から出てきた店主らしき青年によって、店の奥にある個室へ案内された。


「おー、やっと来たね〜。バイク(モーザイ)無しでよく頑張ったじゃん。待ってたよ」


 部屋の奥から、コフィの間延びした声が響く。すっかりヤジドの代わりにリーダー気取りとなった、コフィの右腕には、シールゥの細い体がすっぽりと収まっている。

 この短時間で、彼女の何がコフィの心を揺さぶったのかは分からない。しかし、初対面の彼女を片腕に抱く程、彼がシールゥを気に入っているのは確かだ。


 居心地悪そうなシールゥに、カルーフが気を取られている間、テーブルには出来たての料理がずらりと並び出す。スパイスとガーリックの香りが漂う部屋の中で、彼だけがシールゥを気遣うあまり、食欲を無くしていた。


「じゃあ自己紹介から始めようか。俺はコフィ、ヤジドに代わって、今日から十三番街の統括になるよ」

「俺はダンだ。ここの副統括歴は長いから、何かあったら聞いてくれ。よろしくな!」

(あれ? さっきの参入儀礼はともかくとして、思ったより下っ端への当たりは強くないぞ?)


 拍子抜けするカルーフの横で、ハナシュが料理の皿に手を伸ばす。見れば、カルーフとシールゥ以外の面々は、もう食事に取り掛かっている。


「食べられる時に食べておかないと、いつどのくらい食料が配られるか分かりませんよ」


 ハナシュの言葉に、カルーフも慌てて目の前の肉へと手を伸ばし、口へと運ぶ。しかし、緊張と不安のせいで、どうにも味を感じられない。


「はい、これで兄貴分の顔は覚えたよね。じゃあ自己紹介終わり」

「えっ……自分達、新人の分は」

「お前らにはあんまり興味無いから、勝手にやってて」


 突き放すようなコフィの言葉に、カルーフは先程抱いた淡い期待が、心の中でぱんと音を立てて弾けたのを聞いた。少しでも優しさを期待した自分に、馬鹿だなあ、と我が事ながら心底思う。


 新人達は顔を見合わせはしたものの、やがて黙々と食事を再開した。見た限り、彼らもまたカルーフと同じ心境のようだ。既知の仲間達で固まり始めたと思えば、内緒話にも満たない言葉のやり取りを、ぽそぽそと続け始める。

 ハナシュもまた彼らに倣い、カルーフの腕を引き、自分の近くへと連れ込んだ。


「……あ、そうだ。明日から早速仕事をしてもらうけど、今日のところはゆっくり休んでいいよ〜。じゃ、俺はこの辺で」

「えっ、あの」

「シールゥちゃん、おいで。俺と一緒に休もうよ〜」


 そう言い残し、コフィはシールゥを連れて席を立つ。明らかに嫌がっている彼女を無視して、彼はカルーフ達を残して、さっさと店を出て行ってしまった。


「……シールゥさん、大丈夫でしょうか?」

「さあ。あのような性格の輩は、何が琴線になってどう動くかの想像が付きにくいので、分からないですね」

「そうですか」

「それにしても、カルーフくん。意外とあっさり引き下がりましたね? 君のことだから、意地でもコフィさんを止めるのではないか、と心配していたのですが」


 ハナシュにそう言われ、カルーフは気付く。自分の予想を超えて落ち着き払っている自分に、我が事ながら理解ができない。


 確かに彼女は、裏社会に飛び込んだばかりのカルーフにとって、何かと気がかりな存在ではあった。しかし、彼女の境遇を憐れむ気持ちはあっても、現状にあれやこれやと口出しできるほど、強い感情を抱いている訳ではないはずだ。それこそ、気がかり、程度である。


 それなのにどうして、こんなに彼女のことを気にしてしまうのだろう。


(やっぱり、同じナムゥだからかな。それに二回も目の前で死にかけたんだから。いや、違うな。多分俺は、彼女が瀕死になるのが怖いだけなんだ)


 カルーフはそっと、遠い地のバシャルへと祈る。どうか無事でありますように、こちらの隠し事がバレませんように。そして、自分の力が少しでも役に立ちますように。


 祈るカルーフの隣で、シールゥとコフィの消えた扉を見つめる彼を、ハナシュはただ静かに見守っていた。



「はっ」


 いつの間にか、全員揃ってアシェアーの店内で寝ていたらしい。カルーフが目覚めたのは、少しべたつく床の上であった。


(そうだ、昨日は新人用の部屋が準備できてないからって、ここで寝るように言われたんだった)


 ぼんやりとした頭で、カルーフはシールゥを探す。だがシールゥも、彼女を連れていったコフィの姿も、ここにはない。落胆のあまり、粘着いた口から息を深く吐き出すカルーフの横で、モゾモゾとハナシュが動いた。


「おや、起きましたか。おはようございます」

「おはようございます、ハナシュさん。シールゥさんは――」

「見てませんねえ。心配もいいですが、今は顔と口を洗った方がいいですよ。ベタベタして嫌でしょう?」

「わ、ありがとうございます」


 濡れタオルと、コップ1杯の水、歯磨き代わりのガムからは、爽やかなミントの匂いがする。カルーフは遠慮なくこれらに手をつけ、ひと心地ついたところで、改めてハナシュへと向き直った。


 カルーフよりもずっと早くに起きたであろう彼は、身支度を整えた直後らしい。いつもは後ろに流している髪はワックスで固められ、未だに強い匂いが残っている。首元にはシルバーチェーンのネックレス、耳にはピアスまで付けられているばかりか、腕にかかっている革ジャンの胸ポケットには、ヴァーサ・オーリと繋がる例の通信機がしまわれていた。


「今日から仕事らしいですけど、何をするんですかね? 俺、全く検討がつかないです」

「みかじめ料の徴収か、詐欺の受け子だと思いますよ。半グレの仕事といえば、多くがこれです。他に挙げるなら、強盗に窃盗か――」

「いや、もうそれくらいしかねえだろぉ」


 声のする方へ振り向けば、そこにはカルーフ達と共に加入した新人達が、のろのろと立ち上がっていた。彼らの目の下には、濃い隈ができており、その顔色は悪い。


 こちらが寝ている間に、なにかしていたのだろうか、とカルーフは警戒していたが……理由はすぐに判明した。この床で、掛け布団代わりのタオルケット1枚で夜を凌げというのが、そもそも無理な話だ。フッサムと違い、砂漠から距離があるものの、夜の寒さは変わらないのだから。


「ここに来たからには、その覚悟があるんだろ。くだらねえこと話してんなよ」


 くしゃみをする者、顔を紙ナプキンで拭く者、腹をさすりながらトイレへ向かう者。それぞれ好き勝手に行動しているが、誰も昨夜の扱いに文句を言う様子は無い。これがグログフでの日常になるのかと思うと、カルーフは薄ら寒い心地になった。


「おう、起きたか。まあ座れよ」

「ダンさん! おはようございます!」


 いの一番にダンへ挨拶したカルーフは、彼に促されるまま、ささっと椅子に腰掛ける。他の面々も、各々席に着く中、シールゥだけが未だ姿を見せていない。


「あの、シールゥさんは?」

「シールゥ? ああ、あのひょろっとした女なら、朝っぱらからコフィと仲良くお出かけさ」

「えっ!?」

「なんだよ、そんな驚いて。まさかお前、あいつの彼氏か?」

「いや違います、違うんですけど、その」

「まあそう焦るこたァねえさ。あの女のことは、コフィが責任持って面倒見るってよ」


 まるで捨てられていた猫でも飼うような言い草である。もしや、と最悪な考えが過ぎったカルーフの頭から、さあっと血の気が引いた。


 もしや、昨夜の件でナムゥであることがバレたのだろうか。緋色の比翼にいた時のような、人権無視も甚だしい扱いを受けているのではなかろうか。


「そうですか」

「おう。それよりも仕事だ、仕事。まずそこの赤い髪のやつと、その左隣のチビ。お前は俺と一緒に来い。それから金髪のお前――」


 ダンはテキパキと仕事を割り振っては、新人達を店の外へと出していく。シールゥの安否が気になるカルーフだったが、今、カルーフにできることは、与えられた仕事をこなすことだけだ。


「じゃあ次、そこのロン毛。お前はそこそこ頭が良さそうだからな、黒いモヒカン頭のやつのところに行け」

「わかりました」

「次、彼女持ちのお前……さっき話したお前だよ、お前」

「俺……っすか」

「お前は外にいる緑の頭のやつのところへ行け。それじゃあ、各自しっかり働けよ」


 こうして、潜入して早々にバラバラになったカルーフ達は、それぞれの目的地へと向かったのである。

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