5-5 無邪気ならぬ有邪気
轟いた銃声の大きさに、思わずカルーフは目を閉じる。痛いほど瞑った瞼の裏では、朝方見たシールゥの儚い笑顔が、ありありと浮かんでいた。
(こんな……こんなことって! あれだけ回復したのに! これから一緒に、頑張っていこうって!)
悔しさのあまり、閉じた瞼の裏がじわりと熱を持ち始める。彼女の死体を目の当たりにする覚悟を決めた数秒後、恐る恐る目を開くと、そこにあったものは、血まみれの死体……ではなかった。
「あ、あ……ひぎゃあああっっ!! 痛え、痛えよお!! ぐぁあああ……!」
「えっ? ヤジドさん?」
「まさか、銃になにか詰まってたのか!?」
バイクから転げ落ち、地面に倒れるヤジドの姿に、イルヴァーシュのメンバー達は動揺の声を上げ、バイクごと遠ざかる。
それもそうだ、彼の銃を手にしていた手は、見るも無惨な有様になっていたのだから。人差し指は二つにぱっくりと裂け、手のひら全体には、小さいながらも深い裂傷が刻まれている。血まみれの肉は、最早「右手」と呼んでいいのかすら分からない。
一方、シールゥはといえば、目を腕で擦り、その場に立ち尽くしていた。
「シールゥさん!」
まさか何かが目に入ったのだろうか、と心配で駆け寄ったカルーフだったが、安堵するのはまだ早い。
ヤジドが持っていたはずの銃が、いつの間にかコフィの手に渡っているのだ。イルヴァーシュの面々もまた、バイクから降りて、痛みに悶えるリーダーを冷ややかな視線で見下ろしている。やがて変わらない調子で、コフィがゆっくりと口を開いた。
「うわやっばあ。ねぇヤジド、どんな気持ちぃ〜?」
「コフィ! てめぇ、十三番街の統括に向かって、その口はなんだ!!」
ヤジドがコフィに向かって怒鳴り散らすが、彼と来たら何処吹く風と言わんばかりに、けらけらと笑う。
「その口って何さ。俺達は『強い奴に従う』、そうだろ? ねえお前ら、今芋虫みてえにのたくってるこいつ、強そうに見える?」
「お前っ! 自分が何を言ってるのか、わかって、んだろうな!?」
「は? うっさいな。分かってるに決まってんだろ芋虫野郎。お前なんかもう、統括でもなんでもねーよ」
「冗談だろっ」
そう言いつつ、仲間達が取り囲むようにして、ヤジドを見下ろす。だが、彼は痛みでそれどころではないようだ。
それでも、リーダーとしての意地があるのだろう。歯噛みしながら、ヤジドはなんとか言葉を紡いだ。
「俺は、統括だぞ。偉いんだよ。お前らよりもずっと! 」
「ハァ」
「右手は潰れちまったけどよ、左はあるんだ。ひひ、ひっひっひ……っクソ、黙ってないで何とか言ったらどうだ! チッ、いってぇ!」
「ヤジドさん、残念だよ。あんたは確かに強かった。だけど、それだけだ」
「『強運は強者の証』なんだろ? じゃあ新人一人の運に勝てなかったあんたは、一体何なんだろうな?」
そう吐き捨てると、イルヴァーシュの面々は踵を返し、バイクへと戻っていく。残された血まみれのバイクは、
「畜生、お前らぜってえ許さねえ……」
そう零したのを、カルーフは聞き逃さなかった。しかし、それを慰める余裕など、今の彼には無い。
カルーフがヤジドの方へ向き直れば、彼の部下らしき男が二人、ヤジドを両脇から抱えていた。
「どうするよこいつ、後ちょっとで死ぬだろ?」
「あー、とりあえずそこの路地ん所に投げとこうぜ。あとは野良犬が食うに決まってる」
「じゃあお前らの分のバイク、拭いといてやるよ。血でヌルヌルしたら嫌だろ?」
「助かる!」
そうして、ヤジドを抱えた二人は、路地裏へ向かって歩き出す。カルーフが慌ててその後を追うと、丁度彼らが、ヤジドをゴミ箱の上へ放り投げたところだった。
どしゃり、と重い音を立てて、ヤジドはゴミ袋の上に落とされる。カルーフは思わず、小さく悲鳴をあげた。
「よぉし、じゃあ新人達〜! これで晴れて、イルヴァーシュの一員だね! 明日からキリキリ働いてもらうから!」
「よろしくお願いします!」
「ああそうだお姉さん。なんだっけ、シールちゃん?」
「シールゥ、です」
「雌獅子? ちぐはぐな名前。君、そこの空いてるのに乗りなよ。持ち手は握ってるだけでいいからさ。俺たちが先導するし、いいでしょ?」
「は……はぁ」
「あは、うんうんしてる、面白〜い。じゃあここ乗ってね〜」
「てな訳で、俺らは先に行く。十四番街、隣街のアシェアーって店の前で待ってるぜ」
「うっす、ありがとうございます!」
周りに倣って、コフィに頭を下げながら、カルーフは遠ざかっていくバイクのエンジン音を聞いていた。
イルヴァーシュの面々が角を曲がったのを見届けてから、新たに加入した彼らは、口々に先程の惨事を語り始めた。
カルーフからすれば、仲間の絶体絶命のピンチだったのだが、彼らからすればちょっとしたエンターテインメントだったらしい。ざりざりと砂を踏みしめる音以上の、興奮冷めやらぬ声が、あちこちから聞こえてくる。
「それにしても凄かったなぁ、さっきの!」
「俺、銃の暴発とか初めて見た! すっげえ、手ぇぐっちゃぐちゃになるのな!」
ぞろぞろと連れ立って歩く彼らの後ろで、カルーフはこっそりとハナシュの耳元へと顔を寄せた。突然発生した暴発事故は、単なる偶然にしては何かがおかしい。そんな気がしていたのだ。
「さっきの暴発、もしかして」
「ええ。彼女の『指定したものを塞ぐ』固有魔術ですよ。覚えていませんか? フッサムで見たはず――」
「……ああ、思い出しました。でも、本当にあれと同じなんですかね」
以前、緋色の比翼に襲撃されたフッサム拠点支部の扉を塞いだのと、同じ力。それがヤジドの銃にも作用したのだと、カルーフは察せはしたが理解は出来なかった。頭を捻るカルーフに、ハナシュは言葉を続ける。
「では少し、彼女の魔術を簡単に説明しましょうか」
――シールゥの『対象物の穴やすき間を、条件を付けて塞ぐ』魔術は、指定した物もしくは生物に有効である。フッサムの時は、鍵穴どころか扉全体に魔術を掛け、『扉と壁の隙間』と『鍵穴』を塞いだ。
更に『外からは侵入可能、内からは出られない』という条件を設定した事で、あの扉には封印にも似た効果が発動していたのである。
それを踏まえた上で先程の話を思い返せば、ヤジドの銃に何が起こったのかは分かるだろう。
彼女は自分が打たれる前に、銃口を魔術で塞いだのだ。ご丁寧に魔術を使ったことがバレないように、目を閉じて。発射口が塞がれているため、銃の内部には射出できなかった弾と、高圧になったガスが溜まる。そしてその圧力に耐えきれず、銃身は破裂してしまったのだ。
「あんな怪我を負ったところを見るに、弾や銃を改造していたのでしょうね」
「そうなん……って、ちょっと待ってください。魔力発動の光って、消せるんですか?」
「みたいですね。本人曰く『瞼を閉じれば見えなくは出来る、でもその分目が痛くなる』と」
「そうだったんですね。俺、全然知らなかったや」
「ちなみに、気付きました? ヤジドに反撃した時、ずっと目を擦っていたでしょう」
「それってもしかして、飛び散る光を誤魔化すため?」
「そういうことでしょうね」
カルーフは、改めてシールゥの消えていった方を見つめる。
出会った当初から思っていたことではあったが、彼女の胆力は相当のものだ。無気力そうに見えて、とても冷静に状況を見ている。その上、魔術の発動を勘づかれる事無く、上手く使いこなしているのだ。
(下手したら、俺の方が足を引っ張りそうだ……)
遠隔で魔術の盾や壁を作ることが出来るようになったとはいえ、まだまだこちらの練度は未熟だ。思わず自分の両手を、カルーフは見つめる。ハナシュはひそひそ話を止め、周りに聞こえるか聞こえないかの、大きすぎないの音量で、そんな彼へと声をかけた。
「さ、カルーフくん、ぼうっとしている暇はありませんよ! 置いていかれます」
「そう、ですね。すっかり話に夢中になってました」
「彼らが我々に、興味を示さなくて助かりました。遅れたら何をされるか分かったものではありませんからね。行きましょう!」
「はい!」
カルーフとハナシュが小走りに駆けていくと、既に他の新人たちは馬鹿みたいに騒ぎながら、二人の前をダラダラと歩いていた。




