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罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
五 理想との境界
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5-4 歓迎の儀礼

 そして、任務当日の深夜。グログフ王国のタラグ区十三番街は、月明かりと街灯が照らすだけで、人の気配は一切ない。


 それもそのはず、このタラグ区は、治安の悪いグログフ国内の中でも、群を抜いて最悪な地区なのだ。


 毎日朝から、強盗に泥棒は当たり前。裏路地では転がる死体の真ん前で、娼婦とその客が事に及んでいる始末だ。それに時折、国内外からやって来る犯罪組織と、国境警備隊の衝突も発生するのだから、区の警察組織はお手上げ状態であった。

 最近は、自警団を自称する武装組織アズラクエーレと、半グレ組織イルヴァーシュが睨み合い始めた。

 この区……いや、国全体が、三十年程前のナムゥとヒトの内戦の傷を、今も抱えたままなのだ。彼らがもし衝突して、抗争が発生すれば――いずれ国家自体が崩壊するかもしれない。


(我々としては武器の儲け時ですが、これはアヤトさんから、緋色の比翼の情報料ですからねぇ……ですが、上手くやれば寧ろ縄張りを広げるいい機会になるでしょう)


 無人の暗闇の中を、一行は静かに進んでいた。先頭にカルーフ、背後にシールゥとハナシュが続く。だが、どこを見渡しても、クティータの姿はない。


「わたしはわたしで、上手くやるわ。別行動になるけど、あんま気にしないでね?」


 彼女は昨夜、そう言い残して本拠点を出立したのである。イルヴァーシュの縄張り内にある、バーが併設された娼館へと潜入するために。ここならば、組織の男幹部も利用するため、手っ取り早く幹部と接点が持てるだろうと、彼女は踏んでいたのである。


「さて、そろそろ潜入となりますが。お二人とも……もっとガラ悪く歩いてください」

「はい!」

「はい、ではありません。これ以上無いくらい気だるく!」

「へ〜い……」

「えと、えっと……へーい?」

「貴方はむしろ返事をしない方が『らしく』見えますよ。頷くだけにしましょうか」


 ハナシュの注意に、つい肩を脱力させるカルーフの背後で、シールゥもまた、ぎこちなく首を上下に動かして見せた。


 やがて耳に届く、ドゥルンドゥルンと轟くバイクの音。五台のバイクのライトに、パンクロックな格好のメンバーが照らし出される。眩しさで目を細めるカルーフの視界には、三人の他にも、似たような格好の者がずらりと並んでいた。軽く見回しても、十人はいるだろう。更に、集まった全員が、揃って少年とも青年とも言えるような若者であった。


 集まった彼らを見回す男達は、バシャルの見せた六人の幹部とは違う顔。心做しか威圧感の薄い彼らの頭上には、スポットライトのように、橙色の街灯が輝いている。やがて、先頭のバイクの男が酒焼けた声で話し始めた。


「ノコノコとよく来たな。イルヴァーシュへようこそ、クソ野郎共。歓迎してやるぜ」


 リーダーらしい彼が、カルーフへと向けたのは、テカテカと光る拳銃。その銃口がまっすぐ、カルーフの額に向けられている事実に、頭から血の気が引いていく。

 銃を握る彼の口角は吊り上がっており、これから起こるであろう惨劇への期待が見て取れた。


(いよいよ本番だ)


 カルーフは緊張を隠すように拳を握りしめる。


 ――彼ら三人に課せられた、最初の試練。それは、このイルヴァーシュに潜入するため、『参入儀礼』を乗り越える事であった。


 新しくこの組織に加入する者達は、全員順番に銃を向けられ、引き金を引かれる。中には一発だけ弾が入っており、運良く生き残ることが出来れば、晴れてイルヴァーシュのメンバーになれるのだ。


(流石、半グレ組織。こんな遊びでヒトを殺しても、代わりなどいくらでもいる、と)


 口角を上げるハナシュの前で、カルーフは冷や汗を流しながらも、彼らをじっと見つめていた。


「……いくぜ」


 男の指が、ゆっくりと引き金にかかる。見せつけるように人差し指が曲がり、ついに、カチリと音を立てた。

 カルーフは思わず目を閉じる。次の瞬間には、眉間を撃ち抜かれて倒れているのだと思うと、恐ろしくて堪らない。


 だが、いつまで経っても、痛みはやって来なかった。運良く生き残ったのだ。カルーフが瞼を開くと同時に、銃口が隣へ、怯えきった顔の男へと向けられる。


「ひっ、待って、待ってくれぇ!」

「今更怖気付いたのか? コレがあるのは、風の噂でもなんでも、聞いているはずだろ?」

「うぅっ、ごめんなさい、ごめんなさいぃ!」


 情けない声を上げて、男はその場に崩れ落ちた。他の仲間達からも、失望と怒りの声が上がる。


「ふざけんなよ、お前!」

「俺達がどんな気持ちで、ここまで来たと思ってんだよ?」

「そうだぞ! 俺達まで腰抜け扱いされたら、お前のせいだからな!?」

(冗談だろ、死ぬかもしれない仲間に向かって、腰抜けって)


 カルーフは彼らの言葉に胸を痛めながら、黙って成り行きを見守る。


「まあまあ、落ち着けって」


 しかし、カルーフの予想に反して、リーダーの彼は穏やかに笑っていた。


「しょうがねえから見逃してやるよ。ほら、とっとと行け」

「え? い、いいんですか?」

「いいから行けって言ってんだよ。お前みたいな奴を炙り出すための催し(これ)なんだからよ」

「ありがとうございますっ!」

「あっ!? おい、待て――」


 先程まで縮み上がっていた男は、意気揚々と夜陰に向かって走り去っていく。かつての仲間だったのだろう、彼らの制止を振り切って、一心不乱に。残された新人達は、呆れた様子で溜息を吐く……が、それも束の間だった。


「コフィ、殺れ」

「りょお〜かいっ」


 リーダーの男の右脇から、ぬうっとバイクを転がしたのは、耳に大量のピアスを開けた男。カルーフよりも少し年上だろうか。彼もまた、イルヴァーシュのメンバーであるらしい。

 そんなコフィの手には、リーダーの物よりも厳つい拳銃が握り込まれている。先端に筒のようなものが取り付けられた銃を、男の後頭部に向けて、コフィは迷うことなく引き金を引いた。


 その刹那、ダアン! と乾いた破裂音が鳴り響く。


 ビシャビシャとかすかに聞こえる水音と、生臭い臭いのする背後を振り返る勇気は、カルーフには無かった。


「あっはっは、流石コフィ! 一発かよ!」

「へへ、まぁね〜」

「まあいい、それよりヤジドさん。早く次をやっちまわねえと。時間に遅れたら、またドヤされちまうぜ」

「それもそうだな」


 コフィでもない別の男に諭されて、銃口はさっさと、別の少年に向けられていく。得意満面に銃口の前へ立つ者から、震えながらもじっと待つ者まで、カチリと音が鳴る度に、刻一刻と誰かの死が迫っていく。


(頼む、誰も撃たれませんように。何らかの間違いで、弾が出てきませんように。お願いします。えっと、誰に祈ろう。そうだ、夢の中に出てきた、あの女の人に祈ろう……)


 自分の番はとうに終わったというのに、カルーフの心臓は早鐘を打つばかりだ。その間にも、カチカチと音は鳴り続ける。


「おい、そこのロン毛と女! 前に出ろ、後はお前ら二人だけだ!」

(ハナシュさんとシールゥさんだ!)


 カルーフは祈るのをやめ、ハナシュとシールゥへ場所を譲る。ちらりと横顔を伺えば、ハナシュはまだ余裕そうだったが、シールゥはすっかり青ざめてしまっている。これならば、まだ二人以外の誰かに当たるように、祈るべきだったのだろうか。そう考える間もなく、銃口はハナシュの眉間へ向けられる。


「さっさと終わらせようぜ。次はお前だ、ロン毛!」

「望むところ!」

「はんっ、威勢のいい野郎だぜ!」


 カチリ。銃口が向けられ、引き金が引かれる……


 だが、弾は出てこない。ヤジドと呼ばれたリーダーは、余裕そうに立つハナシュへ、口角を釣りあげただけの、不気味な笑顔を見せた。


 ――ハナシュに弾が当たらなかった。それはつまり、シールゥの死が確定したも同然。死を免れた男達は、にたにたと笑いながら、シールゥの傍から離れていく。


「さ、これでお前の死が確定した訳だ。運がなかったなぁ!」

「待っ――!」

「カルーフくん、静かに。仕方の無いことだと割り切ってください。怪しまれたら、全員死ぬんですよ」


 ハナシュの大きな手に口を塞がれたカルーフは、ハッと体を跳ねさせたあと、力無くうなだれた。

 引き摺られるようにシールゥから離される、カルーフの姿を一瞥もせず、ヤジドは鼻歌まじりにシールゥへと向き直った。彼女の額に狙いを定め、彼はヒッヒッと気味の悪い笑い声をこぼす。


「恨むなら、ここに来たお前自身を恨むこったな」


 ヤジドが人差し指を動かし、シールゥが目を瞑った、次の瞬間。


 バアァン!!


 耳をつん裂くような轟音が辺りに響いた。

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