5-3 差異
カルーフはごくりと唾を飲んだ。以前殺したユスリーと毛色は異なるものの、彼らもまた悪辣そうな面構えをしている。内部工作を仕掛けて失敗でもしたら、彼らに殴られ蹴られ、死んだっておかしくはない。
加えて、そのロックな風貌が、見た目の威圧感に拍車をかけていた。明るく染めた髪、複雑な刺青のある肌、耳や鼻に開けられたピアスの穴。そして、画面の向こうのカルーフを睨みつけるように向けられている、攻撃的な視線。
(こういう人達って、本当にいるんだな! ライカくらいしか見たこと無かったけど、集団でいるとすごい迫力……)
見慣れない格好からか、次第にカルーフの心は、恐怖を通り越して感心の域に至っていた。肝が据わってきたと言えば聞こえはいいが、要はただの現実逃避である。ほう、と息を吐くカルーフの隣で、シールゥがおずおずと手を挙げた。
「……内部工作って、何をするんですか?」
「端的に言えば、国境警備隊への通報だ。幹部と下っ端を引き離した後、幹部だけを捕まえさせろ」
「えっと、通報だけですか?」
「言っておくが、単に0101へかければいいってもんじゃねえぞ。しょっぴかせるのは幹部だけだ。残りの下っ端は今後何かと使うからな、殺すなよ」
その命令に、カルーフは心の底からほっとした。ゆったりと鼻から息を出し、胸を撫で下ろしたカルーフだったが、気を抜きすぎたらしい。安堵の息と同時に、余計な一言まで吐き出したのである。
「よかった、殺さなくていいんだ」
「これはこれは。貴方、思考が随分と、戦闘部隊に染まりましたねえ」
「はぁっ!?」
ハナシュの言葉に、カルーフは思わず声を上げた。自分は今、何を口走ったのだろう。
――人を殺さずに済む。それは確かに喜ばしいことだ。だが、それをわざわざ口に出す程、殺人が日常の当たり前になりつつある。その事実から逃れるように、カルーフは顔を覆った。
「そう気にすることはありませんよ、むしろ自然なことです。初任務が戦闘だと、『任務』とは『殺人』だと刷り込まれてしまうものですから」
「本当に、そうだといいんですけど――」
「おい、話を勝手に脱線させるな。これらの説明をさせろ」
バシャルが取り出したのは、人数分の折り畳み式の小さな機械……いわゆるガラパゴス携帯だ。見たこともない機械に、カルーフは早速前のめりになる。その眼前で、今度はバラバラと衣類のボタンが落とされた。
「折り畳まれてる機械は旧式の通信機、タンマツみてえなもんだ。会話と文書通信と、一応撮影機能も付いている」
「それじゃあ……今使っているタンマツは?」
「置いていけ」
カルーフは忘れかけていたが、グログフは通信機器の後進国だ。地続きとはいえ外国なのだから、モントリアと比べると、少しづつ違いはあるもの。それの最たる例が、この通信機器だ。
発展途上国の多い砂漠大陸で、最新の通信機器であるタンマツが使えるのは、諸外国から支援を受けている国だけだ。モントリアに居着くヴァーサ・オーリがタンマツ本体を使えるのも、諸外国からの支援を掠め取っているからだ。
一方でグログフは、ナムゥとの内戦や闇組織の活躍で、諸外国からの支援は無い。故に、使い古されたような機体が、今でも現役で動いているのだ。
カルーフたちの使う、最新型のタンマツを持ち込めば、どうなるだろう。持っているだけで別組織の関与を疑われるだろう。それだけは、避けなくてはならない。
「次にそのボタンだが、発信機になっている。こうして……半分に割って、布か何かを挟んでおけ」
バシャルはボタンの側面に爪を立て、半分に割って見せる。目を見張るカルーフの前で早速、黒く薄い円形のそれを、彼は自分の民族衣装の袖に挟んだ。パチン! と軽快な音を立てて付着するボタンは、ある程度厚みのある布を挟んでも尚、ピッタリと付着している。音と視線、取り付ける場所にさえ気をつけていれば、発信機を付けるのは容易だろう。黒いプラスチック製の、小さく平たい穴無しボタンなら、早々気づきはしないはずだ。
これなら俺でもやれる、と自信に満ちたカルーフの口角が、自然と吊り上がっていく。
「……最後に金の話だ。今回は交通費以外の現金は持たせねえ。それ以外の必要資金は、既にタラグ区に潜入済の奴が持っている。ハナシュ、管理はお前に任せた」
「承知いたしました」
「必要資金って、え? 向こうじゃお給料は出ないんですか?」
「出るわけねえだろ。でもまあ、お前ら二人は知らなくて当然か」
少しだけ意外そうに、目を丸くしたバシャルだったが、すぐに何かを納得したかのように、小さく首肯する。溜息をついたクティータの隣で、ハナシュが「いいですか」と説明を始めた。
「給与なんて金と概念、殆どの闇組織には存在しません。この組織が特殊なんですよ。普通は給与どころか、末端にまで大した分前を寄越しませんからね」
歩合制なんて可愛いものじゃない、と、ハナシュは語る。与えられるものは現物ばかりで、最低限の生活は保障されるが、それ以外は何もない。現金が必要であれば、幹部にどうにかして頼み込み、融通してもらうしかないのだという。
大金を稼げるのは幹部と、縄張りの管理を任されている組員だけ。下っ端は生活のなにもかもを、幹部達によって左右される。
今から潜入するのは、そんな組織なのだ。人を人とも思わない、そんな所だ。腕をさするカルーフの目の前で、バシャルの手がひらひらと振られた。
「今から金の事なんざ気にするな。お前らは仕事に専念しろ。連中にあまり情を移すんじゃねえぞ? 特にカルーフ」
「肝に銘じます……」
バシャルは釘をさすように、鋭い視線をカルーフに向けた。言われなくても分かってる、と反抗したい気持ちもあったが、同時に彼が釘を刺すのも分からなくはない。情を移してしまえば、彼もまた警官隊に捕まってしまうかもしれない。それはカルーフ自身がよく理解していた。
(どんな人間がいようとも、イルヴァーシュは敵だ。そう思っていないと、俺は本当に死ぬかもしれない)
そう自分に言い聞かせながら、カルーフはバシャルの露出した左目を見つめ返した。
「奴ら幹部の投獄は、後の仕事への布石といっていい。それを忘れるな」
「はいっ!」
「承知しました」
「ま〜かせて!」
「時に首領、アズラクエーレ側の工作員は?」
「チュレーニとツリアブに行かせる予定だ。もう説明して帰したから、用事があるなら直接聞け」
「承知いたしました。ではまず、イルヴァーシュの工作員だけで、本格的な作戦会議と行きましょうか」
ハナシュの号令で、カルーフ達は席を立つ。緊張感なく部屋を出る彼らの背中を、バシャルは静かに見送った。
■
「それでは、皆さん。また一週間後」
バシャルがくれた通信機と、発信機の入った袋を握りしめ、カルーフは自分の部屋に戻るなりベッドに倒れ込んだ。
それもそのはず、ハナシュは新人が二人いることを考慮せず、淡々と任務内容を話し続けていたのである。
(ハナシュさん、容赦なかったなあ! メモも何も追いつかないって!)
二人はハナシュの話に、序盤こそ食らいついてはいたものの、後半ではすっかり相槌しか打てなくなっていた。カルーフが、咄嗟に覚えたばかりの録音機能をオンにできたのは、奇跡に近い偶然である。
昼食を終えたばかり、かつ先程の作戦会議の内容をただ聞いているだけあって、早速睡魔が彼を襲う。このまま寝てしまいたい、しかし、そういうわけにもいかない。任務開始まで、一週間あるとはいえ、時間は限られているのだ。
「うーん。やっぱり音声だけだと、頭に入らないや。文字に起こしてみれば、分かりやすいかも」
そうと決まれば、彼の動きは早いもの。勢いをつけて起き上がると、机の上にメモ用紙を広げる。
前回の作戦とは違って、今回の内部工作は、そう単純なものでは無い。一つの目標が達成できるなら、その道中で何をしてもいい訳では無いのだ。潜入先の人間関係を良好に保ちつつ、彼らの拠点の情報を掴み、適切なタイミングでの通報。それが、この潜入任務の肝だ。
「拠点を見つけたとしても、幹部達がいない場合だって考えられるけど……まずはハナシュさんの言っていたとおり、人間関係の構築から、頑張っていかないとな!」
こうして、伝えられた作戦とひたすら向き合う、カルーフの長い午後が始まった。




