5-2 再会
所変わって、ここはヴァーサ・オーリの本拠点、ティスキウ火山の中。
カルーフに、二度目の任務の依頼が舞い込んだのは、ユスリー暗殺から一ヶ月も後のこと。久々の任務で、バシャルの執務室へ出向いた彼は……少しばかり痩せていた。
ユスリー暗殺の功労者であるカルーフは、翌日から一週間程風邪をひいていたのである。初めての人殺しに、初めての同族殺しが重なったこともあって、心身ともに疲れ果ててしまったのだ。
熱に浮かされながら過ごした一週間で、彼は己の非力を痛感していた。報酬として振り込まれた大金も、バシャルからの労いの言葉も、カルーフの心を癒してはくれない。沈黙したトークアプリの隣で、預金口座のアプリが、虚しく未読バッジを光らせていた。
「まあいい、こっちに来い」
「はい」
勧められるがままに連れられたのは、バシャルの仕事机の奥にある、もうひとつの机の前。黒の革張りのソファに腰を掛けるよう促され、カルーフは大人しく足を揃えて座る。
対面でこちらを見つめるバシャルの顔は、柔和な笑みのお手本のように口角を上げ、カルーフへと話し出した。
「まずは初任務、ご苦労だった。お前がユスリーを討ち取るとは思わなかったぞ」
「……ありがとうございます」
「だが、まだまだ敵に甘い。お前の持つ優しさと気遣いは武器になり得るが、現時点では自傷用の短刀に過ぎない。もっと上手く使え」
「うっ、はい」
痛いところを突かれ、俯くカルーフが見ているものは、現実世界にあるバシャルの机ではない。夢の中で出会った、円熱を纏った彼女の面影、その記憶である。
(結局、可哀想に蓋ってやつ、できなかったな。シャムアさんの苦しむ時間も長かっただろうし、仲間にも迷惑をかけた。だから今度こそ、今度こそ! 俺は『優しさ』のあり方を間違えない!)
改めて気合いを入れ直し、バシャルの手元へと視線を移す。書類の束が置かれた机の上で、バシャルの左手にあるペンがくるりと回った。
「ところで、新しい任務って聞いたんですけど。俺は何をすればいいんですか?」
「ああ、そうだな……」
何かを探すような手が止まり、バシャルの瞳が輝き出す。エメラルドグリーンの泡のような光が散った。テーブルに置かれていた書類の束にも、泡のような光が灯っていく。パチン! と指が鳴らされると、書類の束があった所には、板状の機械が伏せられていた。
「これは?」
「今から少し、映像を見てもらおうかと――」
バシャルが機械を掴んだ瞬間、扉を叩く音が慎ましく響く。
「首領、ハナシュです。任務の件で伺いました」
「入れ」
「失礼いたします」
入室したのは、一人の男性と二人の女性。ライトグレーの長髪を後ろで束ねた、グレーのスーツを着た男性が、バシャルの隣に立った。マドンネンブラウの紫色の瞳が特徴的な彼は、カルーフの頭から爪先までをざっと眺めると、柔く微笑んで見せる。
「バシャルさん、この人達は?」
「簡潔に一人ずつ紹介する。まず……この男、こいつがハナシュだ。情報収集部隊の副統括をしている」
「はじめまして、私はハナシュです。どうぞよろしく。ライカと同様に、とは言えませんが、気楽に接してください」
「は、はい! カルーフです、よろしくお願いします!」
カルーフより十センチほど背の高いハナシュが、握手を求めて手を差し出した。慌てて握り返したカルーフの顔を見ても、彼の笑顔は崩れない。人当たりのよさそうな表情に、カルーフは胸を撫で下ろしたが……
「気をつけろよカルーフ、取って食われねえようにな」
「何を仰います。まだ可食部も少ない彼を食らっても、旨味など無いでしょう」
(えっ、俺、物理的に食われるの?)
対称的な二人の表情は、軽口の応酬の中でも変わらない。二人の間に流れる空気に耐えかねて、カルーフは口をつぐんだ。そして、助けを求めるように、ちらと女性陣の方を見る。
まず目が合ったのは、ハナシュの左側に立っている女性だ。セピア色の髪を緩く巻いて、桃色の瞳を潤ませている。カルーフの中で「守りたい」という庇護欲が湧き上がったのは、決して気のせいではない。何より、コケティッシュな仕草と、ふわりと香る香水の匂いが、彼女の魅力を際立たせていた。
「気になりますか? 彼女はクティータ。キンダージュの繁華街にある娼館の従業員で、私と同じ部隊の一人です」
「しょ、娼館……?」
「そうよぉ? まあ、その歳じゃ分かんないかしら」
妖艶な笑みを浮かべながら、クティータはカルーフの手を取る。白く柔らかい手に包まれた手は、発汗機能が壊れたのかと思う程汗が滲み、心臓が大きく跳ね上がった。
どうにか意識を逸らそうにも、視界に入るのは大胆に開かれた胸元と、それを包む布地の薄さ。距離を取ろうにも、今度は柔らかな曲線美を描く腰と足が視界に入って、視線をどこに持っていけばいいか分からない。
「す、すみません、その……手汗が」
「いいのいいの! はいっ、『よろしく』のあ〜くしゅ! 同じ仕事をする仲間だもの、仲良くしましょ?」
「はい! あの、よろしくお願いします!」
「緊張してるのぉ? やだぁ、この子かぁわいい! ねえバシャル〜、後でこの子さぁ」
「止めてやれ。また熱を出されたら困るんだよ」
くすりと笑う声が聞こえたかと思うと、クティータは満足そうな笑みを浮かべて、カルーフから離れた。どうにかして顔の熱を引かせたいあまりに、彼は手で顔を扇ぎだす。
「続いて彼女ですが……貴方よりも新人です。なんでも、今回が初任務だとか。シールゥ、同じ新人同士なのですから、彼には自分でご挨拶をなさい」
「はい。私はシールゥ、部隊所属は今のところ、なし。よろしく」
「よろしくお願いします! 俺はカルーフで……んん?」
空色の瞳に、短いミルキーブロンドの髪。何よりもカルーフは、その顔に見覚えがあった。
フッサム拠点支部でライカと交戦した彼女も、そういえば、こんな顔ではいなかったか。極めつけは瞳から零れる、グリッターの瞬きのような魔力の光である。わざと出したのだろうそれは、間違いなく彼女のものだ。
「もしかして、あの時のお姉さんですか!?」
「ええ、そうよ。久しぶり」
シールゥは嬉しそうに目を細めて、光を引っこめる。こんな表情を作るなど、何もかもを諦めたような目をしていた以前からは想像もつかない。未だに表情は固く、露出している部位も骨ばっているが、シールゥは確実に良い方向へ変わって、自分でも変わろうとしている。喜ばしいその姿に、冷ましたはずのカルーフの頬は、再度赤らみを取り戻した。
「会えるなんて信じられない! お元気でしたか!?」
「まあ、なんとかやっていけてる。あなたは……少し痩せたみたいだけど」
「げっ、目立ちます? ちょっと風邪をひいていたもので。でも、もう大丈夫! 今はちゃんと食べています!」
「そう」
「シールゥ、カルーフ君、その辺で終わりになさい。今は首領の話を聞きましょう」
「……本題に入る。今回の件は、組織の顧客から外注されたものだ。この身共に入る利益は土地位なものだが、失敗は許されない。これを見ろ」
全員の視線が、速やかにタブレットに注がれる。バシャルが画面を操作し、ある画像ファイルを開いた。そこには、破壊の限りを尽くされ、荒廃した町の写真が、鮮明に映っている。
すっかり様相は変わり果てているが、ここは間違いなく、カルーフの知る土地であった。
「カルーフ、ここがどこだか分かるか?」
「西の隣国、グログフ王国の……タラグ区十四番街です」
「ここも覚えているのか、流石だな。正解だ」
「当てたくなかったですよ、こんなの……何故こんなことに」
「ここを拠点とする二組織が、街の住民を巻き込んで、抗争をおっぱじめたからさ」
巻き込んで、という言葉に、カルーフはひくりと体を跳ねさせる。確かに住民達のガラは悪く、治安も良いとはいえなかったが、こんな悲惨な結末を迎えるほど、悪辣な人間達ではなかったはずだ。
「顧客は第二の抗争が始まる前に、この二つの組織の無力化を望んでいる」
バシャルのペンの動きに合わせて、画面が切り替わる。今度はどこかの地下駐車場だろうか。そこに写る男女六人の頭をペン先で叩きながら、バシャルは静かに命じた。
「お前らにはこれから、片方の組織である『イルヴァーシュ』へ潜入して、機能が停止するよう、内部工作を仕掛けてもらいたい」




