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罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
五 理想との境界
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5-1 熱の中で

『武闘派組織、緋色の比翼が消滅! ヴァーサ・オーリの報復か?』


 もし、裏社会に新聞があるのならば、朝刊の一面の見出しはこれだろう。

 弱小どころか、中堅組織ですら、業務提携契約を結んでいた組織の滅亡の知らせ。瞬く間に広がったこの話は、砂漠大陸(ピアニル)に住まう裏社会の住民達の、心胆を寒からしめるには十分だった。


「しかし緋色も落ちぶれたものだ。同格の武闘派との抗争で負けたなら分かるのだが、ねえ?」

「相手は五年前に勃興したばかりと聞くぞ。今の今まで、目立った話はなかったが……急に動き出した意図が分からん。なんなのだあいつらは!」


 緋色の比翼が油断したのか、それともヴァーサ・オーリが強すぎるのか。現時点では分からないながらも、聞こえたのは確かなのだ。

 自分たちの脅威となる組織の、名乗りの声。敵を屠った勝鬨が。


 繁華街の裏にある、荒くれ者御用達の会員制バー、『黄昏ラガー』。首都セーベにあるここもまた、ヴァーサ・オーリの噂で持ちきりであった。


「おい聞いたか? 一晩で壊滅させられた『緋色の比翼』の話」

「ああ、ヴァーサ・オーリにやられたっていう。勘弁してくれ、この話題を持ち出してきたのは、お前で三人目なんだが?」

「おいおい兄弟、そんな邪険にしないでくれよ。それよりも……知ってるか? あの五人の中にいたらしいぜ、『先頭の羊』がよ」

「嘘だろ? あの羊が?」


 勿論お分かりだろうが、羊と言いつつも、家畜の話はしてない。先頭の羊とは、とあるナムゥに付けられた識別名である。


 なんでもそのナムゥは、あの愛育の師(セチーファ)の目から、逃れることに成功したのだと言う。固有魔術(サイファ)が覚醒した誕生日に、町民から袋叩きに遭ったにも関わらず、だ。

 愛育の師と交戦せず、逃げたナムゥはこれまでにもいた。だが、そもそも相対すらしていないのは、裏社会でのナムゥ観測史上、彼が初めてである。


 上手いこと逃げおおせた羊は、なんでも元々よりこの辺りの地理に詳しい、なんて次元を超えているらしい。

 それこそまるで『先頭の羊』の如く、目的地までの道を的確に選び、誰にも見つからないように進むのだという。しかも複数回通った道は記憶に刻まれ、忘れることは無い。


 そんな彼が、ヴァーサ・オーリに入ったとなれば、これはもう『緋色の比翼』全滅の報も信憑性を帯びてくるというものだ。

 ヴァーサ・オーリの組員達を、彼の導きで緋色の比翼の本拠点へ導いた上で、『先頭の羊』が魔術(シーガ)を使って壊滅させた。そう考える方が自然だろう。


「しかし、よりによってあそこかよ、羊の居場所は。奴らはどうも得体が知れねえ。ハッキリしてるのはシノギと、緋色の比翼が炙り出した拠点支部だけ。首領の名前も、何も分からねえ」

「俺の方でも、拠点らしい建物の所在地は、いくつか掴んではいるが……緋色の比翼の襲撃で、流石に場所を変えているだろうな」

「あちこちの情報屋が、ヴァーサ・オーリの情報収集に手を焼いてるのも、充分納得できらぁ」

「あーあ、残念な話だ」


 男達は嘆息すると同時に、手元のグラスをぐいと傾けた。すっかり氷が溶けて薄まった琥珀色の液体が、喉を通る度に、生傷だらけの皮膚がこくりと動く。

 飲み干した満足感か、はたまた酔いが回ったのか、男の一人が大きく溜め息をつく。


「あいつの地形把握能力を使えば、砂漠の雄獅子(カルカテルラ)の縄張りも、隠し財産も手に入ったかもしれないのに」

「全くだ。迷宮都市にあるっていう本拠点も、見つけられるかもしれねぇってのに。惜しかったよな」

「ああ。せめて、あいつらがどんな連中なのか分かれば、対策の立てようもあるんだが」

「ヴァーサ・オーリの本拠地すら、未だに分かってないんだ。無理な話だぜ」


 苦笑する男達の前に、新たなグラスが置かれる。それを優しく掴んだふたりは、示し合わせたかのように、グラスを突き合わせた。


 ――と、その瞬間。


「バラックにアラックを捧ぐ」


 突如として、バーの扉が開かれた。この『黄昏ラガー』は会員制。合言葉を唱えなければ、扉を開ける事すらできない。つまりこの客とは、裏社会の住民か、彼らに関与する表社会の者のどちらかだ。


 扉が開かれ、外の涼風と共にやってきたのは、一人の青年。新たな来店者に男二人は……否、その場にいた全員が、一瞬息を飲む。


「美術彫刻が服を着てやって来た」


 思わずそう言いたくなるほど、均整の取れた体躯をした美青年が、そこに居た。


 バーに、静寂が訪れる。


 誰もがこの美しい青年に、目を奪われていたのだ。まるで高みから見物客を見下ろす芸術作品のように、見る者を圧倒する存在感を放つ彼――バシャルに。


 だが、当の本人はそんな視線など全く意に介さず、カウンター席の右端へと案内されるがままに移動する。


「ご注文は?」

「ガザリアを頼む」

「かしこまりました」


 素っ気ない一言に、マスターは恭しく頭を下げると、棚から赤いボトルを取り出しグラスに注ぐ。その僅かな間、エメラルド色の瞳が、店内をくるりと見回した。

 バー中の視線が注がれる中、バシャルは渡されたグラスを手に、一直線に歩き出す。そして彼が近付いたのは……このバーの中でも、とびきりいい服を着た青年の前の席。文庫本を持つ彼の机を、バシャルは扉でもノックするかのように、コンコンと叩いてみせる。


「よう、久しぶりだな」


 突然話しかけられ、声を掛けられた方は目を丸くする。だがすぐに笑顔を浮かべると、軽く片手を上げた。


「やあ。その様子だと上手くいったみたいだね」


 利発そうな青年の名はアヤト=アルド。東洋系独特の黒髪に、白磁の肌を持つ彼は、この国でも珍しい『私立探偵』であった。

 アヤトのその名は、知る人ぞ知る所ではあるが、実力は本物だ。あまりの有能さ故に、国家警察から引き抜かれそうになった程である。そんな彼は、数少ないバシャルの友人の一人であり、ヴァーサ・オーリの顧客でもあった。


「ああ。お陰様でな」

「それは良かったよ。それにしても、相変わらず目立つなあ、君は」

「だからこそ良いんだろう? それよりも早く、『アレ』を寄越せ」

「分かってるよ。ほら、これ」


 蠱惑的な手つきで、グラスの紅色を揺らすバシャルの右手は、アヤトを急かすようにも見えた。胸ポケットに手を突っ込んだ彼の右手に握られているのは、小さな包みがひとつ。アヤトは静かに包みをテーブルに置くと、大量に汗をかいた、自分のグラスを掴む。薄まった麦酒風飲料で喉を潤す彼の前で、バシャルは中身を取り出した。


 それにぎょっとしたのは、周りの客である。衆目の中で堂々と取引をするなど、常識外れもいいところだ。

 しかもここは、各闇組織の密会場所の一つ。こんな所で情報をやり取りすれば、自分達が他組織の構成員に消される可能性もあるというのに――


「お前、正気か!?」


 グラスを放って、思わず叫んだ男に、バシャルは片眉を上げる。


「なんだようるせえな。何か問題でもあるのか」

「大有りだろうが! ここに居る奴がどんな奴か、分からねえわけじゃねえよな!?」

「だからどうした。この店でのことは他言無用、それがここのルールだろう。なら、他の奴らにバレなければ、何をしようと自由じゃないか」

「そういう意味じゃない。もし……例えば、ヴァーサ・オーリの連中に聞かれたら、どうするんだって話だよ」

「その時はその時だ。この身が死ぬか、あいつらが死ぬか。それだけの話だろう」

「なっ……」


 あまりにもあっけらかんとした返答に絶句する男の肩に、ポンと手が置かれた。振り返れば、いつの間にか隣に来ていたアヤトが、苦笑しながら首を横に振っている。


 大丈夫だと言いたげな仕草に、男は言葉を飲み込むと、代わりに大きな溜め息をつく。もうこれ以上何も言うまいと思ったらしい。男の気が落ち着いたのを見計らって、アヤトは静かに店を出ていった。


 男達のやりとりなど気にすることもなく、一人になったバシャルは、紅色の液体を喉の奥へ流し込んだ。バラにも似た芳しい香りが、ふわりと鼻腔を通り抜ける。ガザリア特有の刺激的な苦味に、悠然と舌鼓を打つバシャルの周りでは、畏敬の念すら篭った感嘆の声が上がる。


「わぁ……なんて豪胆なの!」

「度胸があるにも程があんだろ」


 やがて二人分の会計を済ませたバシャルが退店する頃には、バーの客どころか店員すらも、彼の背を追うのに夢中になっていた。


「ところで、あのターバンの彼って一体、どこの組の誰なのかしら」

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