4-10 傾く天秤
こうして緋色の比翼の本拠点にいた人間を、皆殺しにして間もなく。ヒルバーは僅かに残った泡の塊にユスリーを放り投げ、残った面々で屋敷の周囲に人気がないかを確認。無事を確信すると共に、カルーフの体に疲労感がどっと押し寄せる。
どうにかラクダのナルジスに乗ったカルーフを見届けて、フォーネを先頭にしたラクダの群れは、本拠点の中へと帰還を遂げた。
駄獣担当の組員にラクダを預け、一行は人間用の昇降機に乗って玄関まで到着した……が、何やら中の様子がおかしい。あのだだっ広い中で、大勢の組員達があちこちへ走り回っているのだ。只事ではない空気に、カルーフは不安げな表情を見せる。
「あ、あの」
「あっ!? 皆さんご無事で!」
「おーい! 本拠点侵入組が帰還したぞ!」
わっと一挙に押し寄せてきた組員達に、カルーフは目を白黒させる。フッサム拠点支部を奪還した時の、住民達の歓喜にも及ぶ盛り上がりように、当の本人だけが着いて来れない。助けを求めて周りを見回すが、皆揃って組員達に囲まれてしまっていた。特にフォーネの周りには何十人と群がっており、彼女の足を止めてしまっている。
「フォーネ統括官! そして殲滅隊の皆さん! お帰りなさぁい!」
「無事で良かったっす! ってな訳で捜索隊、散れ散れ!!」
(成程、俺達を探し行く為に集まっていたのか)
「皆、こんな時間までお疲れ様〜! その様子だと、上手くいったみたいね!」
「はいっ! 流石はヒルバーさん、そして首領です!」
「……えっと、何があったんです? ヒルバーさんとバシャルさんが何かしたんですか?」
フォーネへと疑問符を浮かべるカルーフの背を、ヒルバーがつつく。何事かと振り返れば、彼は自身のタンマツを取り出して見せた。これを見ろと言いたいのだろう。ヒルバーのタンマツには、動画の再生ボタンが表示されていた。
そこに映っていたのは、今は懐かしい、フッサムの拠点支部。定点カメラからと思わしき映像は、逆光故に見にくいものの、以前カルーフを助けてくれた住民達の影が映っている。そして――
『オラオラァ! 勝手に湧きやがったゴミ共、皆殺しにしてやるぜぇ!』
画面から響く野太い怒声に、カルーフは安全圏にいるにも関わらず、肩を竦めた。緋色の比翼の構成員が、各々武器を手に、住民へ襲いかかろうとしていたのだ。だが――
カチッ、カチカチッ!
どうした事だろうか、引き金を引いているはずの銃から、弾が発射されない。ならば刃物は、と構成員の何人かがナイフを取り出す……が、こちらもすっかりボロボロになっていた。ボッキリと折れる刃を前に、唖然とする構成員達を眺めて、ヒルバーがフフ、と笑い声をこぼした。
『おい、何だこれぇ!?』
『弾、弾が出ねえ、なんでだ!? ちゃんと見たのに!』
『こんなに傷だらけじゃ、使い物になんねえよ!』
彼らの震える声をBGMに、カチャカチャという音があちこちから聞こえ始める。
『何がどうなってるかは知らないが……攻撃できないなら、こっちのもんさね!』
『あんたらが来るのは分かってたんだよ!』
威勢よく大型の機関銃を持ち出してきたのは、あの時にホブズをくれたおばちゃんだ。住民達が何処から出したかも分からない銃を次々と、窓一面に拳銃や大型銃器の銃口が並べられていく。そして――
パン、パパパパッ! バララララッ!!
軽快な音と共に、銃弾が放たれていく。途端に次々と倒れる緋色の比翼の構成員達に、カルーフは思わず目を見開いた。この住民達ときたら、人間に向かって躊躇う素振りなど全く見せず、むしろ楽しげに発砲を始めたのだ。協力関係と説明を受けたせいか、彼らを無害な一般人だと見ていたカルーフの衝撃は、そこそこ大きなものであった。
(……あれ? なんだろう、なんか引っかかるぞ?)
ふと湧いた疑問に目を細めるカルーフの前で、緋色の比翼の構成員達が、全て画面の下部へと積み重なっていく。間もなく銃声が止むと共に、画面奥では住民の歓声が響き渡った。
『緋色の比翼の戦闘員、後でお届けに参ります! どうぞ、好きに使っちゃってくださ〜い!』
ここで動画を止めたヒルバーは、画面を食い入るように見ていたカルーフの頭を、指先でつまむようにいじくり始める。個性的な注意の引き方に、カルーフは嫌そうに身動ぎするが、ヒルバーの視線に気づいて姿勢を正した。
「フォーネさんが上手くいった、というのはこれの事だったんですね」
「この事ですよォ。覚えていませんか? 皆さんがユスリーの元へ向かう間、小生……いませんでしたよね?」
「はい。もしかしてその間に、あいつらの武器に細工を?」
「勿論、全て抜かりなく。皆揃って、各拠点支部の住民達に返り討ちにされているでしょう」
ヒルバーの黒いツナギのような服を、カルーフはぎゅっと握り込む。予想外の行動に、意識的な瞬きをするヒルバーの耳が、ぼそりとした声を拾った。
「なんで……なんで拠点支部が襲われてるって、教えてくれなかったんですか!?」
「円滑な任務遂行のために決まっているでしょう。新人に雑音を聞かせては、邪魔になるだけですからねェ。下手な情報を与えて、失敗されては困ると思いまして」
「あー……確かに、俺なら集中出来なくなるかも」
「でしょう?」
カルーフは納得するように呟く。確かに己の性格上、仲間が狙われていると言われれば、なんとしてでも向かおうとするだろう。ユスリーを殺したあとであろうが、何であろうが。
「だからバシャルさんは、わざわざ紙の指令書を作って渡したのか」
「そういう事です」
合点がいったと言うように、カルーフは頷く。そもそも任務の命令を受けた時点から、漠然とおかしいとは思っていたのだ。組員全員のタンマツには、最初から文書の電子送信機能が設けられている。わざわざ彼を使い走りにして、指令書を渡す必要なんてないはずだと。
これから生活する拠点の中を見て周り、各区毎にどのような機能があるのか、どのような部屋があるのかを覚えさせる――カルーフに時間を好きに使わせたバシャルの、表向きの狙いはこれだ。しかしその裏には、『この任務で試験投入する新人の顔見せ』と『共有する情報の選別』という意図があったのである。
今更ながらその事に気づいたカルーフの脳裏に、したり顔のバシャルが浮かんだ。ガックリと頭を抱えたカルーフの肩や背を、すっかりお祝いモードの組員達が叩いては、各々の自室へと消えていく。
(でもまあ、いいか)
この人達の役に立てたのなら。無理やり結論付けたカルーフの心の中に、殺人の罪悪感は綺麗さっぱり消えていた。そればかりか、ナムゥの理想郷を築く為の一歩を踏み出せたとすら考えてしまう。
ふと、カルーフの心の内を、爽やかな風が吹き抜けていく。自分はあの時人間を殺しはしたが、これは正しい事だったのだ。それを確信した瞬間に生まれた心地良さと自信が、生産区のハマムへと向かう彼の頬を緩ませた。
「お前も、お前以外のナムゥも、安心して暮らせる理想の社会を、この身は築く」
今ならわかる。バシャルの目は本気で、理想郷の設立を成し遂げようとしている目であったのだと。エメラルドグリーンの瞳に映る自分は、ただの使い捨ての駒ではなかったのだと。
思い返せば、カルーフに与えられる任務は危険ながらも、然程複雑な任務では無い。目標は一つだけで、達成の為に先輩組員達が手厚くサポートしてくれる。さながらゲームのチュートリアルのような過程を経て、バシャル達は自分を成長させようとしているのは、察しの悪いカルーフでも理解出来た。
「……俺も、頑張らないと」
いつの間にか、カルーフの行動理念は変わっていた。『死にたくない』から、『自分と同じような存在と生き残りたい』へ。自分の事ばかりだった行動理念には、いつの間にか同族達への思いやりが生まれていたのであった。




