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罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
四 その羽が全て散る時まで
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4-5 進軍

 それぞれの野望が、信念が混じり合うこの屋敷の中。単独行動しているヒルバーもまた、緋色の比翼壊滅に向けた仕掛けの最中であった。


 彼が向かったのは、屋敷から離れた所にポツンと建つ、一軒の小屋。瞳から金色の光を散らしながら、彼は鍵穴に指を当てる。やがてカチャン、と微かな音を立てて開いた扉に、彼は針山のように尖った歯を見せた。


「しかしまあ、この氷の鍵ときたら便利な物ですねェ。出来るようにしておいて正解でした」

 

 するりと中へと滑り込んだヒルバーは、流れるような手つきで換気窓を開け、眼前にずらりと並ぶ物へ――銃や剣、弾丸の束と目を向ける。そう、この物置小屋は緋色の比翼の武器庫であり、彼の目当ては中に安置された武器だったのだ。


「オヤオヤ、想像以上の数。やはり軍人崩れが率いるだけあって、武器だけは潤沢と……では」


 ヒルバーは徐に両手を眼前へと広げ、何かを掬い上げるように、手首をそっと動かした。胸の前に納まった両手の上には、いつの間にか現れた水が、じわじわとその量を増していた。

 水はやがて大きな球体となり、ヒルバーの手のひらの上にぷかりと浮かぶ。彼が手を動かすと、水の球体もそれに呼応するようにふよふよと動く。こうして戯れること暫く、水の球体はぐにゃぐにゃ動きながら、紐状に変化を遂げた。球体の上側がぱかりと開いた水が、完全に蛇のそれになったころ、ヒルバーは水へと静かに命じた。


「喰らいなさい、ここにある全てを」


 その命令を待っていたかのように、水の蛇の成長は止まり、口を開いたまま空中を這い始めた。いや、這うと言うよりも、泳ぐと言った方が正しいだろうか。部屋中を周回する水の蛇の口に、棚の上の拳銃から壁に掛けられたシャムシール、果ては引き出しの中の弾丸が次々と飲み込まれていく。

 水のどこか酸っぱい臭いと、敷地内に微かに漂う悪臭の魔融合に顔を顰めつつも、ヒルバーはこっくりと頷いた。


「結構、もう還ってよろしいですよ。それにしても、ああ……なんて酷い臭いなんでしょう」


 彼は蛇と共に武器庫を出て、再度氷の鍵で施錠する。鍵のかかる音を合図にするかのように、再び球体状となった水の蛇は、扉から離れた地面へと吸い込まれていった。臭いも上手いこと紛れ、魔術(シーガ)の痕跡もほぼ消した。これならば、武器に細工がされているなど、気付きすらしないだろう。気付くとしたら、それは……。


 自らの想像に笑みを浮かべながら、ヒルバーはさっさとパキラの木の陰に身を寄せる。角も尾も隠し、完全な人型になった彼に気付きもせず、ガラガラとした男達の声が迫る。


「やっとモントリアへの足掛かりが出来るぜ! やっとな!」

「ヴァーサ・オーリとかいうのも可哀想になぁ、俺達の被害者第一号として選ばれちまって!」

「よう兄弟、勝負しようぜ。どっちが多く殺すか」

「いいぜ受けてやるよ。ガキは一点、女は二点、男は三点な」

「お前らなあ、勝負はいいが、建物にあんまり傷を付けんなよ?」


 足音荒く、彼らは武器庫へと近付いてくる。ヒルバーは荒々しい会話に耳を立てながら、ゆっくりとその場から離れた。男達は間もなく、あの大量の武器を持ち、自らの欲望と野望のために屋敷を後にするだろう。まさかそれがヒルバーによって既に細工が施されたものだとは知らずに。


「まるで料理でもしている気分です、ええ。食材がヒトなのは頂けませんがね」


 男達を見送るように、ギザ歯の覗く三日月が、藍色の空の下に佇んでいた。




(しかしまあ、妙だな)


 無言になった一行の中で、ワリフィリンは考え込む。先程からずっと、引っかかっているのは他でもない。この拠点における警備の配置だ。


(ユスリーの部屋を警備するのは、分かる。あいつは首領だから、守られる立場だ。だからって、三階の廊下に四人ってのは……)


 あまりにも、警備が偏りすぎている。無音の廊下を駆け抜けながら、ワリフィリンの背に嫌な汗がじっとりと伝う。

 この緋色の比翼は現在、自分達の所属組織であるヴァーサ・オーリと抗争中なのだ。本来警備を固めるべきは、玄関や門、裏口などの外へと繋がる所ではないのか。それに、予定があって部下の多くが出払っているのだから、侵入口となり得る所は警備を厚くするのが定石ではないのだろうか。


(これではまるで、侵入者よりも三階を警戒しているようだ)


 そこまで守りたい何かが、もしくは目を光らせる必要のある何かが、三階にはあるのだろうか。現時点では見当もつかないが、この緋色の比翼のことだ。ろくでもない秘密があるに違いない。


 三階へ駆け上がり、右手側に伸びる廊下を睨む一行の目には、例の警備員四人が映っている。ドールの氷柱であれば、彼らを一掃するなど容易いことだろう。だが彼女は今、玄関ホールで死体処理の真っ最中だ。カルーフの魔術の防壁を応用すれば、彼らをぺしゃんこにすることも出来るだろうが……確実に魔術は術者であるナムゥの精神状態に左右されてしまう。最悪、味方であるこちらも潰されかねない。フォーネの精神力ならば出力こそ安定しているものの、近距離でしか真価を発揮できない。特に彼女の固有魔術――物体の切断並びに接合の能力に至っては、指で触れなくてはならない位置まで近付く必要がある。銃はこうなれば、静かに戦えそうな者など、ワリフィリンしかいない。


「ここは僕がやる。フォーネを守りながら、奴の部屋に行って」

「え、ワ――」


 ワリフィリンさんはどうするつもりなんですか。そう言うよりも早く廊下に飛び出した彼は、素早く懐からナイフを取り出し、手前にいた男の喉笛を掻き切った。その勢いのまま、隣の男が突き出した手にナイフを滑らせて、彼の手首に深い傷を作る。痛みでひるんだ隙を見て、ワリフィリンがすぱっと喉を切り裂く。ひらひらと舞うナイフは、まるで一種の見世物のよう。見事なナイフさばきに、カルーフは閉口する他ない。


「カルーフちゃん! 今のうちに進むわよ!」

「はっ! 了解です!」


 廊下の幅と天井の高さにぴったり合わせた防壁が、スルスルと前へ進んでいく。今まさに戦いに身を投じる男達の足場を削り、死へと近付ける行為だ。カルーフは思わず目を瞑……ることはなく、瞼を細めたまま前進する。


(ワリフィリンさんが怪我しませんように)


 思わず願うカルーフだったが、心配は無用であった。


 喉を切り裂かれ、悲鳴をあげる暇もなく倒れた男には目もくれず、カルーフは次の標的へ斬りかかる。首筋を狙った横薙ぎの一閃は、しかし空を切るに終わった。男は間一髪のところで身を屈め、攻撃をかわしたのだ。

 だが、ワリフィリンは諦めない。彼が次に狙ったのは、男の足だ。右足を狙って振り抜かれた切っ先は、確かに命中したのだが……彼とてそう簡単にやられるような者ではない。刃の刺さった衝撃で床を転げながらも、ワリフィリンへと銃口を向けるのを止めなかった。


 ――パァン! と乾いた音が響く。

 咄嵯に体を捻るも、銃弾はワリフィリンの肩の肉をえぐった。痛みで顔が歪むも、ここで怯んではいられない。すぐさま体勢を立て直すと、またしても相手へと突っ込んで行った。先程撃たれた時と全く同じ、攻撃の姿勢に警備の男はからからと笑う。


「はっ、またそれか……!?」


 せせら笑う男は目を剥いた。なんとワリフィリンの右手から、ナイフがすっぽ抜けたのだ。明後日の方向へ飛んでいくナイフに、男の目は思わず吸い寄せられる。当然、ワリフィリンの失態では無い。わざとである。

 そして、男が我に返った時にはもう遅かった。間合いを一気に詰めたワリフィリンは、その細身のどこにそんな力があったのか、思い切り男の胸ぐらを掴んで引き倒したのだ。


「うおおおぉっ!?」


 ワリフィリンは、無言のまま、無表情のままで、もう一本のナイフを取り出した。ひっくり返って無防備に晒された胸へと、深々と突き立てる。びくん! と跳ね上がる体を押さえつけながら、ワリフィリンはぐりぐりと刃をねじ込んだ。途端、男の顔が青ざめ、助けを求めるように手を宙に彷徨わせる。だが、その手を掴む者は誰もいない……


 二人が扉の前に陣取ったその時、最後に残った男が、悲鳴すら発さぬまま仰向けに倒れ伏した。その顔は苦悶に歪み、体の至る所に赤黒い染みを残している。ワリフィリンは完全に脱力した男に背を向けて、ナイフの刃に付着していた血を振り落とした。


「……こっちも終わり」

「わたしも。お方付け、おわっちゃ」

「行きましょう」


 フォーネの魔力(イダ)を纏った指が、扉と扉の間――蝶番へと伸ばされる。紫に光るそれが静かに下へと進んでいくと、パキッ、と金具は音を立てて割れ、地面にコトリと落ちた。


 心臓の音を嫌に高鳴らせるカルーフの眼前で、扉が開く……。

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