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罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
序 最悪な誕生日
5/70

0-5 フッサム拠点支部

 二人の頭を殴り倒し、興奮と緊張で息を荒らげるミシュアルを、青年は薄ら笑いを浮かべながら見つめていた。


「済んだな? なら移動するぞ。それと、その瓶はもういらねえ、適当なところに放り投げておけ」


 青年はさっさと踵を返し、裏路地を後にした。後を慌てて追うミシュアルは、表通りの鮮烈な街灯の光に、眩しさと昼間のトラウマから、ぎゅっと目を細める。


 また「ナムゥを追い出せ!」と暴行を受けるのではないか、そんな恐ろしい考えが過ぎる。それを見透かしたかのように、戻ってきた青年はミシュアルの手首を突然掴み、ずんずんと前へ進んで行った。


「堂々としていろ。正気の薄れた酔っ払いが、まともにこちらを観察できると思うか? それにいざとなれば『魔術(シーガ)』がある。ここから少し歩くが、もうひと踏ん張りだ、頑張れるな?」

「は、はい」


 俯きがちの視線を上げれば、この路地で屯する酔っ払いとドラッグ依存者達がちらほらと見える。こちらを見てはいないか、と体を縮こませるが、彼らはこちらに危害を与えるような素振りを見せない。いや、そもそもミシュアル達を認識しているかも怪しい。


(こいつらは何も、何もしてこない。良かった……ナムゥを見た所で、酒や薬による幻覚かと思うだろうし、敵意を抱いてもろくに動けはしない……はずだもんな)


 ほっと息を吐いたミシュアルは、ようやく平静を取り戻す。周りが危害を加えてこないと、目に見えてわかったなら、もうこちらも警戒する必要はない。それに、隣にはナムゥの先輩とも言うべき青年がいる。その安心感は抜群だ。


「あの……今更なんですけど、俺達、どこに向かっているんですか?」

「この身の拠点の一つだ。ガタが来ている建物だが、あの裏路地よりかはマシだろうよ」


 一人称のせいだろう……どこか他人事のように話す青年へ、ミシュアルは、うんともふんとも言えない返事をする。半ば雰囲気任せに、青年と行動を共にしているミシュアルだったが、冷静になればなるほどふつふつと湧くものがあった。

 恐れや不安ではない、積み重なってきた疑問の数々だ。


(今更だけど、このお兄さん、何の仕事をしているんだ? 拠点、ってそうそう使わない単語だぞ。何より、死体にビビらないし、証拠偽造とかぽんと出てくるし。大っぴらに言えないような、おっかない仕事をしているのは確実かな)


 足を踏み入れてはいけない世界に、片足を突っ込んだような……薄ら寒い心地のまま、ミシュアルの足は重たくなる。


「別に着いてこなくてもいいぞ、証拠偽造(やること)は全部終わっているんだ。お前がしたことは誰にも言わねえからよ」

「いや、そんなつもりじゃ」

「そうか、ならきちんと歩け」


 さっさと歩く足は、そう言いながらも少しだけ、ほんの少しだけ減速していた。


 黙々と、しかし堂々と、表通りを進む二人が行き着いたのは、繁華街を抜けた所にある廃ビルだった。外の非常階段は不自然に傾き、玄関口には所々に砂と瓦礫が散乱している。

 ミシュアルはキョロキョロと辺りを見回しながら、その建物の中へと足を踏み入れた。外観こそ配達の仕事中に見た事はあるものの、中に入るのは初めてである。


(ここの方が路地より汚くないか!? 砂ぼこりすごいし、瓦礫……ってこれ、天井だ! 天井の板が剥がれてるのが、散らばってる! それにこの壁とか、蹴りでも入れたら崩れるんじゃないか!?)


 かつては綺麗な玄関口だったのだろう、一階の広い空間を、ひたすら奥に進む。その先には比較的新しく見える、一枚の黒い扉が存在していた。その扉の周りだけ、壁はヒビの一つもなく、白く綺麗に塗られていた。


(いかにも『ここから先に何かあります』って感じだな。秘密基地みたいだ)


 子供の頃に秘密基地を作った時のような、わくわくとした気持ちが、いつの間にかミシュアルの平常心を取り戻そうと働きかけていた。

 本来の、活発でよく笑う、いつまでも少年のような心を。


「ここだ、入れ」

「お邪魔しまーす……」


 自分の手で扉を開けた先の空間は、『廃ビル』のそれではない。ごちゃごちゃとしていながらも、荒廃感の無いように工夫がされている。

 コンクリートがむき出しになっている壁や床は、分厚いカーペットやタペストリーで隠され、年月によって穴が空いた所も修繕がされていた。と言っても、小石や布を詰め込んで、上から舗装しただけの簡単なものだが、歩く分には問題ない。

 天井は骨組みと電気の配線が丸見えだったが、周りがある程度綺麗なお陰か、特段気にはならなかった。むしろそういうデザインのようにも見えて、ちょっとオシャレだ。


「電気、通ってる。本当に人が住んでいるんだ」

「当然。電気が通ってねえと、まず暑さで死ぬからな。それより部屋だ、お前の部屋。空き部屋なら上層階に有り余ってるから、今日はここで寝泊まりしていけ」


 上層階と聞いて、ミシュアルが思い出したのは、外のひん曲がった非常階段だった。流石にあれ程荒廃しては居ないだろうが、心配ではある。

 そうして、現在の玄関口とも言うべき空間を抜けた先には、想像以上にしっかりとした造りの、白いコンクリートの階段があった。


「言っておくが、昇降機はねえからな」

(あったら逆に驚きだよ)


 必要最低限の電力しか通っていないのだろう、というのは、天井を見れば何となく分かる。そうして低い段差の階段を細々と上り、二人は四階へと向かった。


「ちゃんとした小部屋がある!」

「シッ! 静かにしろ、もう寝ている奴の方が多い」


 階段をぬけた先にあったのは、左右に伸びる廊下と、綺麗に磨かれた壁に点在する扉である。相変わらず天井は色々と剥き出しだが、個室があるのだろうというのは察しがつく。天井の配線が扉や間仕切りの数だけ、細く伸びているのだ。

 青い扉、ピンクの扉、カーテンで遮っただけの間仕切り……そんな『扉』が並ぶ個性的な廊下を、二人は進む。


「この黄色い扉から奥は無人だ。どの部屋も最低限の設備はある。部屋は自由に決めていい」

「本当ですか!? じゃあ、白い扉の……ここにします!」

「分かった。ああそうだ、一つ話したい事があるから、明日の朝十時には部屋にいろよ」

「話したいこと……?」

「今話すと長くなるからな。じゃ、さっさと寝ろ。おやすみ」


 パチン! と青年がまたしても指を弾く。青年の立っていたところには、エメラルドグリーンの光が、一瞬だけ泡立つように昇って消えていった。その後には、マスタードとケチャップのついたホットドッグが一つ、丁寧に袋に包まれて置かれていた。


(あ、そう言えば俺、腹減ってたんだった)


 ぐう、と鳴る腹とホットドッグを抱えて、ミシュアルは自分の部屋へと向かう。


 扉を開けて、ミシュアルはそろそろと中を覗く。選んだ部屋の中は、思っていたより物が充実していた。


 入って正面から見える、一つの小窓にはガラスなど嵌っていない。カーテンが掛かっただけの簡素なものである。その近くには、敷布団とタオルケットが既に敷かれ、すぐに寝れるように整えられていた。


 右手側の壁の近くには、簡素な机と椅子が、それぞれ一つずつ置かれている。

 前の住民は女性だったのだろうか? 机の上には忘れ物であろう、バラがあしらわれた桃色の手鏡(わすれもの)が置かれていた。


 左手側の壁側には、水道とシンクがあるばかりか、壁には小さな時計まで設置されていた。なんなら、旧型とはいえエアコンだって付いている。


 これだけあれば、ミシュアルにとっては十分である。


(お手洗いは廊下の奥に、それっぽいマークがある扉を見つけた。お風呂(ハマム)は住んでいる人に、明日聞こう)


 貰ったホットドッグにかじりつくミシュアルは、己の変化に気付かない。あの忌々しい目の輝きがすっかり止んでいることを。


 そして、自分がもう後戻り出来ない世界に、片足を突っ込んでしまっている事を。

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