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罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
四 その羽が全て散る時まで
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4-1 寂れた街

 そうして迎えた決行日、九月二十日、午後四時四十五分。吹き付ける風は既に冷たく、日も傾きつつある。秋冷と呼ぶには余りにも冷たい風に吹かれながら、カルーフは無心で夕闇に沈む街を見下ろしていた。


(こういう大仕事の前後は、決まって夕焼け空が見えている気がする……)


 見下ろしたこの街、ルグルの路地を、砂漠からの風が駆け抜けていく。ガラスが割れた民家の悲鳴を聞く度に、まるで今にも全てが崩れ落ちて、消えてしまいそうだとさえ感じてしまう。それ程までに面白みのない風景が、カルーフの記憶の中にある景色と寸分変わらず、ただ拡がっていた。


 故に、有難い。衆目を気にせずに魔術(シーガ)を使える環境ならば、任務は格段にやりやすくなる。更に情報収集部隊(クルキ)からの情報によれば、これから向かう緋色の比翼の本拠点もまた、部下の多くが出払う予定らしい。これ程人間が減るならば、失敗する確率の方が低いだろう。


 だから、今日こそは上手くやれ、立ち回って見せろ。


 そう言うかのように、ズボンのベルトに挟まれた支給品のナイフが、ずっしりとカルーフへプレッシャーを掛ける。だが……


「ふぅ、やあっとついたわね〜」

「ラクダの上、ちかれた」


 フォーネとドールの言動のせいか、どうも緊張している自分が馬鹿らしく思えてしまう。だが新人である自分に、そんな油断は許されない。気を紛らわせるかのように、タンマツに送られた、今回同行する組員達の情報を読んで勉強していたカルーフは、ふと右上に表示された時刻へと目を向ける。


「五時まであと十秒少々です」

「じゃあ行きましょうか。ラクダはここに置いてね。静かにそ〜っと、頑張りましょう」

「はぁい」


 こうして、秒針と長針が真上を向いた頃。寂れた街の一角に、五つの影が溶け込むように消えていった。



 その一方、ルグルのとある廃墟。

 かつての豪邸を改装したそこでは、筋骨隆々な男達が六人ほど、黒い布を纏う三人の男女と向かい合っていた。カルーフらヴァーサ・オーリよりも前に、緋色の比翼を討ちにきた、という訳では無いらしい。


 顔もよく見えない彼らが、男の前にしゃがみこみ、せかせかとした動作でキャリーケースのロックを外す。旅行用以上に大きなそれの中身を無遠慮に床へと転がして、三人は深々と頭を下げた。


「こちら、ご依頼のものでございます」

「おぉ!」


 とりわけ筋肉質な男が腕を広げながら、感嘆の声を上げる。男の影で殊更黒くなった汚らしい床に転がっていたのは、色白い肉が程よく付いた、可愛らしい女性だ。瞳からぷかぷかと球状の光を放つ彼女は、丈の短いワンピースが肉に食い込む程拘束され、猿ぐつわを噛ませられている。

 その有様に倒錯的な喜びを覚えたのか、男は呼吸を荒くし、目をかっぴらいた。彼女の眉間に深いシワが刻まれていく様すらも、男は身体を熱くする快楽に変換してしまう。感極まった男は、むんずとアスファルト色の前髪を掴むと、三人へと唾を飛ばした。


「こりゃまた、いい女じゃないか! しかもこいつ、今日が誕生日だな!? これならよく暴れてくれそうだ!」

「喜んでいただけて何よりでございます。シャムアもきっと、心のうちで歓喜に打ち震えていることでしょう」

「だろうなあ! そうだ、お前らも一緒に楽しもうぜ? こいつどう見ても『新品』だしなぁ、試し撃ちにはもってこいだ。はっはっは!」

「いや、我々は結構」

「……そうかよ、ならとっとと出ていけ。おいお前ら、こいつの具合を確かめてやってくれ」

「では失礼して。またのご利用をお待ちしております」


 立ち去る黒い塊を見送りもせず、下品な誘いを断られたリーダー格の男はソファへと寝転ぶ。筋骨隆々の重たい体に押し出されて、綿がびょん! とソファの破損部分から飛び出した。


 この男こそ緋色の比翼の頭領、ユスリー・ガミンダ。歳は三十代後半で、粗暴な威圧感を纏っている。

 そんな彼はこの頃すっかり、苛立ちに心を蝕まれていた。というのも、ついこの間、お気に入りのナムゥが行方知れず(・・・・・)になってしまったのである。この地域では珍しい金色の髪に空色の瞳を持つ、やせ細った女のナムゥが。そう、以前フッサム拠点支部で、カルーフ達と対峙した彼女である。


 ここまで来ればわかるだろう。彼の不機嫌の原因は、ほとんど彼自身の自業自得なのだ。


「俺らが奪った拠点を奪還しようと、ヴァーサ・オーリの奴らが、そのうちやって来るはずだ。お前はそいつらと思わしき奴らが来たら入口を塞いで、毒を撒け。あいつらはナムゥなんだ、死んでも奴らを道連れにしろよ」

「はい、分かりました」


 こんな指示を受けたのだから、当然、彼女が再びユスリーの元になど戻るわけが無い。それは麻薬でガタの来始めた彼の脳みそでも、薄々理解はできた。だが、彼女が死んでいれば。任務を全うし、フッサムに死体の山を作っていれば、ここまで機嫌を損ねはしなかったのだ。


 奪い取った拠点の様子は、そしてあの女の死体はどうなっているのか。悲惨な光景を想像して、心を弾ませながら向かったフッサムの廃ビルにあったものは、ヴァーサ・オーリの組員と彼女の死体ではない。かつて何人か吹き飛ばしたはずの、ヴァーサ・オーリの協力関係にある住民達だったのだ。


(まさか、逃げたのか? あのクソナムゥが!?)


 瞬間、ユスリーの頭にカッと血が上った。自分は死ねと命じたのに、彼女は逃げ出した(に違いない)のだ。これはれっきとした命令違反であり、自分への裏切りにほかならない。戦闘と毒の痕跡すらない拠点支部を見て、ユスリーは奥歯が欠ける程悔しがった。


 これならば自分で、彼女を殺しておけば良かった、と。


「くそっ、舐めやがって!」


 そしてユスリーは立ち上がる。自らの手でナムゥの女を探して殺す為に。それだけのために彼は今日、ヤラナン地区へと部下を差し向けようとしているのだ。


 今さっき手に入れたこの女は、新しい『遊び相手』であると同時に、フッサムの拠点支部にとどめを刺すための『鉾』である。部下達の手でビル内を散々混乱させた後、ヴァーサ・オーリの面々を惨殺し、ナムゥの彼女を誘き寄せていたぶる為の。

 遠くで仲間達の笑い声と女の嗚咽混じりの悲鳴を聞きつつ、ユスリーは拳を握った。


「必ず見つけ出してやるからなぁ。墓になんて入れてやらねえ、ウジの餌にしてやるから、覚悟しとけよ!」


 彼の瞳の奥に、憎悪の炎が灯る。それはまるで、闇夜に浮かぶ満月のように。


 いよいよ空は紫に染まり、オレンジ色の砂漠の砂が焦茶色に染まる。


 ユスリーがリビングを後にしたのと同時刻、カルーフ達はとある廃墟の前に立っていた。豪奢な装飾は所々にヒビが入り、崩れている部分もある。しかしそれでもなお、ここに金持ちが住んでいたという事が見て取れるのは、その佇まいがしっかりとしているからだろう。それは裏口すらもない石塀越しに、裏から見たとしても明らかであった。


「ルグル六丁目十二番地、ここですね」

「表、異常なし。残念だよ、狙撃の拠点が作れなくて」

「広いお家だから大変ね〜、晩御飯の片付けまでに戻れるかしら?」

「んにゃ……お腹ぺこ……」

「オヤオヤ、これは早く終わらせなくては」


 ドールの頭を撫でるヒルバーは、早速その姿を魔術で消していた。見えない手に撫でられる、という不気味な体験をしているにも関わらず、ドールはどこか嬉しそうである。

 その間に静かにナイフに手をかけたワリフィリンの脇を、フォーネが通り過ぎ、先頭に立つカルーフの隣へとしゃがみ込んだ。


「さて、準備準備っと」


 両手で拳を作る彼女の瞳、否、目尻から、菫色の光がドクドクと溢れ出す。光はまるで涙というよりも、粘性の高いマグマが山肌を滑るように、ゆっくりと頬を伝っては顎へと流れていった。


(まるで泣いているみたいだ)


 心臓をきゅっと握られるような気持ちになったカルーフの前で、フォーネは顎に垂れた光を、交互に両手の人差し指の先で拭う。


 煌々と輝く指先で、彼女は目の前の壁に指を押し当てた。そのままカタカナのコの字を描くように指でなぞれば、紫色の光の線が跡として残る。地面すれすれまで指を近づけたフォーネが立ち上がり、改めて壁に向き直った時であった。


 ――切られた箇所が、ズルッと重たそうな音を立てる。ながて壁の一部はまるで扉のように、なぞった形そのままに、ずるりと前方へ動いた。スッパリと切り取られた外壁の向こうからは、豪邸に有るまじき悪臭が漂っている。


「さあ、皆、こっそりとご挨拶〜」

「おじゃましまぁす」

(知り合いの家に来たんじゃないんだから……)


 花が咲くような彼女の笑顔に、あの菫色のマグマはない。引き気味のカルーフを引き連れて、一行は敵の本拠点へと足を踏み入れた。

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