3-9 残る幹部は
白い髪に白い肌、棒のように痩せた彼女もまた、深い青の瞳でカルーフを見つめ返す。歳は十も満たないだろうか。細さも相まって、歳相応のふくふくとした愛らしさは無いが、顔の造形は同世代の少女達よりも整っていた。
七分丈の簡素な白いシャツとズボンは、丈が僅かに合っておらず、傍から見ても緩そうだ。一見すれば可愛らしいのだが、何故か無性に不安感を煽られる。それの最たる原因は彼女の足だろう。
「君、裸足で寒くないの?」
「んーん、平気。ねーねーひるばー、遊びにきたの?」
「違いますよ、ドール。アナタに仕事の命令が来たんです。ちゃんと読んでください」
「お仕事?」
ドールと呼ばれた少女は、のんびりとした動作で紙を受け取る。きちんと読んでいるのかどうかも分からない速度でページを捲り、どこか楽しそうにペンを握りこむ。紙の上に記したサインは、幼児特有のくちゃっとした字なのが愛らしい。出来たから見て、と言わんばかりに書類を掲げ、ドールはヒルバーへと駆け寄る。
「ありがとうございます、読めない字などはありましたか?」
「へーき。ちゃあんと分かったよ。えへへ、ぱぱからのお願いだもん。ドール頑張る」
「ぱぱ……?」
思わず問い返してしまったカルーフに、ヒルバーは吹き出した。何がおかしい、と聞くよりも早く、カルーフが質問したのは……
「バシャルさん、娘さんいたんですか?」
「イエイエ! 違いますよ。彼女の言う『ぱぱ』とは我らが親方様、バシャル様ではありますが、血縁はありません。ところでドール、新人の彼に挨拶はしましたか? ライカもよく言うでしょう、挨拶は大事、ですよォ」
ヒルバーの言葉を受けて、ようやく思い出したかのように、彼女は人形さながらの無機質な動きで首を縦に振る。そんな彼女の口がゆっくりと開き、音を紡いだ。
「はじめまして、わたしドールって言うの。リカオンにいるんだぁ」
「うん、よろしくね。俺はカルーフだよ」
「ふーん」
(早速興味ゼロに戻ったかぁ)
カルーフが名乗るも、ドールはもう興味をなくしたらしい。くるりと踵を返し、訓練場へと走っていく。その姿を呆気に取られながら見送っていると、ヒルバーが声を掛けてきた。
「さて、後は誰が残っているのです?」
「『ワリフィリン』さんと『フォーネ』さんですね」
「そうですか。ワリフィリンはリカオンの一員ですので、先にそちらへ行きましょう」
「はい!」
カルーフは元気よく返事をし、ヒルバーの後を追う。先程よりも幾分長い通路を歩き、やがて見えて来たのは大きな部屋。扉に直接『武器庫』と文字が大々的に掘られている。
「くれぐれも物に触らないと約束してください。行きますよ」
(この訓練場って、覚悟を決めないと入れない部屋が多いなあ)
扉が開いた瞬間、カルーフの目に飛び込んできたのは、大量の銃器類だった。壁にはマシンガンやらライフルやらが立て掛けられ、奥には弾丸の収納棚が見える。鼻の奥をツンと刺激する、火薬の臭いも相まって、武器庫の中は異様な空気を醸し出していた。
(納得した! これだけ危ない物を扱うんだから、新人にはしつこいくらい注意しなきゃダメだよな! この部屋に限らず、訓練場にあるもの全部!)
カルーフの動揺を知ってか知らずか、ヒルバーは何食わぬ顔で部屋の中へと足を踏み入れる。慌ててその後を追いかけると、彼は迷うことなく銃の並ぶ方へ歩いていった。
きちんと整列した銃の列の中に、ぽつんと立つ男を見つけたのは、入室してからすぐのこと。黒いフードをすっぽり被った彼は、こちらをちらりと一瞥するだけして、手元のナイフの手入れを再開してしまった。
(ええ〜無視?)
やがて彼がカルーフに再度目をやったのは、声かけを諦めて、退室しようとしていた矢先の事だった。ナイフをしまいながら、突き放すような声色でカルーフへと向き直ったのである。
「……なんか用?」
「えっ、えっと。バシャルさんから書類を預かっています。内容を確認の上――」
「……見せて」
男はカルーフから書類をひったくると、これまでにあった二人とは比べ物にならない速度で目を通す。そしてものの数秒で全てを読み終え、きっちりと署名までした書類を、カルーフにつっかえした。つくづく粗野な男である。
「……見たから、もう帰っていいよ」
「は、はい。失礼します?」
「オヤオヤ、相変らずですねェ」
ヒルバーの尾が、カルーフの背中にあたる。退室を促された、と考えていいだろう。武器庫の扉を閉めたカルーフは、何の気もなしにため息をついた。
ワリフィリンのあまりの愛想の無さに、カルーフは苛立ちつよりも先に、心配が勝ってしまったのである。
(この人と一緒に仕事をする人、大丈夫かなあ。めちゃくちゃ心に壁を作ってます! って感じだったけど。それとも俺が失礼な事でもしちゃったのかな)
何か失礼なことをしてしまったかな、と萎んだ様子のカルーフが何気なく顔をあげれば、そこはもう訓練場の出入口だった。
「さて、小生はこれで。訓練場に御用の際には、またお声掛けくださいねェ。それでは」
「はい! お忙しい中、ありがとうございました!」
ヒルバーが扉を閉めて去っていくのを見届けて、カルーフは昇降機へと入り、一階へ向かう。タンマツの画面を見れば、時刻はとっくに昼のご飯時を迎えていた。
食事は後回しにするとして、メロミスを起動し、最後の一人である『フォーネ』の位置情報を調べる。もうすっかり人工知能の扱いには慣れたものだ。
「食堂か……っていや、ここ厨房!? メロミス、フォーネさんって調理師なの?」
《違うよ! フォーネは内政・人材管理部の統括官だよ! ご飯時は厨房の仕事をしているんだ!》
「じゃあ、あと一時間は待った方が……いや、もう行っちゃおう!」
そもそも他の組員の仕事の予定なんて分からないのだから、早いところ済ませておくに限る。
人の波に飲まれるままに進めば、目的地である厨房はすぐだった。中からは絶えず、食欲をそそるスパイスの良い匂いが漂ってくる。その匂いの元へ釣られるように進むカルーフは、厨房の扉をそっと開けた。
「すみません、フォーネさんは――」
「あらまあ! ダメよ〜? 他部の組員が勝手に入っちゃ〜」
鍋を振るう手を止めたフォーネが、眉を八の字にしてこちらを振り返る。その口調はまるで、幼い子を持つ母親のようだ――エプロンを身につけているのも相まって、その印象を助長している。
しまった、やってしまった、とカルーフは頭を抱える。まさか部内の最高権力者とも言うべき統括官が、直々に料理をしているなど思わなかったのだ。カルーフが出直そうと後退りをすれば、彼女は「ふふっ」と優雅に微笑む。
「少し待って? 貴方の用事はその書類ね? 大方首領からの指令書、って所かしら〜」
「はい! そうです!」
「分かったわ。ここが片付いたら、書類には目を通すからね〜。それまでこれ、どうぞ?」
フォーネはくるりと身を翻すと、提供台の隅に置いてあった赤い小鍋を一つ、カルーフの方へと差し出した。とんがり帽子のような形状の蓋が特徴的なそれは、モントリアの郷土料理、タブジだ。
「これ、食べていいんですか?」
「いいのよぉ。これを注文した人ね、急な仕事が入ったからって行っちゃったのよ〜。せっかくだし、ね?」
「ありがとうございます!」
お礼を言いながらも、カルーフの目は鍋に釘付けだった。先程からずっと、鼻腔をくすぐる香辛料の香りが気になっていたのだ。
席に着き、鍋の中で湯気を立てる鶏肉に手をつければ、もう止まらない。育ち盛りの体に「一旦停止」の制止などは効かないのである。
やがて鍋の中身が無くなる頃、フォーネは書類をファイルに入れて持ってきた。帽子とエプロンを取った彼女は、珍しいメドウグリーンの髪を三つ編みにし、肩に垂らしている。見れば見るほど、絵本の若奥様のような風貌だ。
「さ、お待たせ。行きましょうか」
「行くって、どこにです?」
「拠点の中の主要な部屋よ。聞いているのよ〜、君、地図を覚えるのが得意なんでしょ? 拠点の中を歩き回って、色々な施設の場所を覚えたら、すごく楽になると思って〜」
「あぁ。そういうことでしたか」
「じゃあ出発進行〜!」
フォーネの後に続き、カルーフは廊下を進んでいく。
廊下の端にある扉へと向かっている最中、横でゆらゆら揺れる三つ編みを見つめながら、カルーフは未だにこびり付く懐かしさに蓋をした。




