3-7 人工知能『メロミス』
そして、翌日。カルーフは天井の光で目をしょぼしょぼと擦りながら、部屋の扉の前に立っていた。
「よし、今日はちゃんと起きていたな」
「流石に同じ失敗はしませんよ……で、これからどこに向かうんですか?」
「この身の執務室だ。仕事の説明と渡すものがあるから、手ぶらで来い」
言われるがまま、カルーフはバシャルの後をついて、昨夜と同じ昇降機の中へ乗り込む。散々な目に遭った玄関口にたどり着けば、そこは昨晩とは比べ物にならないほど賑わっていた。
青空の映し出された天井の照明から差し込む光の下で、人々が右往左往している。中には明らかに人間の見た目では無い者もいたが、皆一様に、バシャルの姿を見つけると深々と頭を垂れる。組織の首領としての貫禄がそうさせるのだろうか。
「おはようございます、首領!」
「親方さんおはよう!」
「ああ、おはよう。朝からご苦労」
次々と挨拶していく部下達に一言ずつ声をかけながら、バシャルは堂々と道の真ん中を進んでいく。その中を進むカルーフもまた、居心地こそ悪そうにしながらも、何とか組員達へ会釈を返した。
賑やかな空間を突っ切った二人が辿り着いたのは、昨夜も見たこの拠点の玄関。人通りの邪魔にならないよう隅へ寄ったところで、バシャルが口を開いた。
「さて、簡単に拠点の説明をする。ここから見て左側が『居住区』。今し方、この身共が出てきたところだな。組員は全員あそこに部屋を持っている」
「全員ですか!? そんなに広かったんだ、あそこ」
「ああ。でかい空洞を使ってるからな。で、右側の通路の先は『生産区』。食堂や購買、医務室や風呂が入ってる。構成員の生活を支える場所だ、何か困ったことがあったらここを頼れ」
「はい」
「そして正面にあるのが『執務区』。書類仕事から技術研究、戦闘部隊の鍛錬も、ここでやる。ああそうだ、玄関口とつながっているこの通路は、ラクダや車の往来もあるからな。徐行して渡るよう言ってはいるが気をつけろ」
そうバシャルが忠告した直後、目の前を大型の車両が横切った。徐行しているとはいえ、あれに当たればひとたまりも無いのは明白だ。
「ラクダに激突される方がマシかもしれない……」
「だろうな。さ、次行くぞ」
執務区の通路を突き進み、またしても昇降機へと乗り込んだ二人は最上階へとたどり着く。扉が開いた瞬間、青く聳え立つ柱を丸く囲むようにして、廊下が伸びていた。唯一居住区と異なるのは、その扉数の少なさくらいだろうか。このフロアには扉が見えているだけでも五つしかない。
そんな殺風景な廊下の最奥、柱を挟んで昇降機の真向かいに位置する扉の前で、バシャルは立ち止まった。
「入れ」
促されるままに中へ入ると、そこは広々とした仕事部屋であった。明るい部屋の壁際には黒い本棚が幾つも並び、全てびっしりと本が詰まっている。床に敷き詰められた古そうな絨毯の先には、黒々とした大きな机が置かれている。
モダンな雰囲気と民族的な衣裳が同居している部屋の中で、殊更目を引くのは、奥に嵌められた大きな窓だ。この火山の名物である瑠璃の溶岩と、天井から差し込む青空の照明の光もあって、カルーフはまるで観光地にでもいるような錯覚に陥る。
放心する彼をよそに、バシャルは自らの席の引き出しを開ける。取り出された板状の機械は、いつぞやの仕事で使われた『タンマツ』であった。
「今後仕事をするにあたり、これを渡しておく。この右上の出っ張っている所を押せば起動する。操作で分からない所があれば、周りの組員に聞くか、この指南書を読め」
「はぁ、ありがとうございます。でも本当に俺が貰っちゃって平気ですか? 俺、機械はあんまり得意じゃなくて」
「タンマツに向かって『メロミス』と呼びかけろ。その後で用事を言い付ければいい。で、今回の仕事だが――」
ぽかんとするカルーフの前に差し出されたのは、ずっしりと重い紙束とボールペン。表紙である厚紙には組員の名前と思わしき単語が並んでおり、『確認したら署名をすること』とだけ書かれている。
確認したら、ということは、任務の指示書か何かだろう。もしかしたら俺にも関係があるかも……と、中を改めようとしたカルーフの手を、バシャルが制した。
「これから表紙に書いてある名前の構成員を回って、この書類に目を通させろ。こいつらは今日、全員本拠点の中にいるはずだ。その間、絶対に中身は見るなよ」
「了解しました、あの、地図はどうしたら」
「メロミスに呼びかけて『拠点の地図を表示しろ』と言えばいい。それ以外に何かあれば、周りの奴らを頼るといい」
「分かりました! 終わったらすぐに報告します!」
「急ぐ必要は無い。午後八時まで時間をやるから、その時にしろ。余った時間は好きに使え」
「はい!」
バシャルへ勢いよく一礼したカルーフは、意気揚々と執務室を出……たはいいが、すぐに熱意は静まってしまった。今、自分はほとんど見知らぬ本拠点でひとりぼっちなのだ。気付いた途端に一歩が小さくなる。
(一旦深呼吸しよう、俺。いきなり一人ぼっちになりはしたけど、孤独じゃない。メロミスというのがタンマツにいるみたいだし。使い方は、フッサムの任務で一緒になった皆さんの手を思い出せば、多分なんとかいけるかも)
カルーフは早速タンマツを取り出し、恐る恐る「メロミス」へ呼びかける。すると、程なくしてタンマツの画面が点灯し、画面にホログラムの少年が現れた。
可愛らしく小首を傾げる、フーディースタイルの少年『メロミス』の左頬には、ヴァーサ・オーリの刻印が入っている。こんな所まで徹底して刻印を入れているなんて、と感心するカルーフの手元で、少年の声がハツラツと響いた。
《こんにちは、僕はメロミス! タンマツの操作をお手伝いするよ! ご用はなぁに?》
「ええと、この拠点の地図が見たいんだけど」
《わかった! じゃあ、地図を表示させるね。この赤い点が現在地、矢印は向いている方向だよ!》
「わっ、もう出た。凄いな、これ」
感嘆の声をあげるカルーフの目前に、画面いっぱいに映し出されたのは館内図。しかも配達員時代見ていたものと同様に、建物全体の構造は勿論、部屋の名前や施設名称まで、詳細に書き込まれている。
ここまで親切な地図が手元にあれば、迷うことはない。カルーフは逸る気持ちを抑えながら、館内図に沿って移動を始めた。それに合わせて、地図の点もまた、カルーフの動きに合わせて移動する。そればかりか、階層を移動するごとに、地図の表示も合わせた物へと変わるのだ。加えて、道の端に寄った時の動きすら正確に追ってくるのだから、カルーフはただただ目を丸くするばかりである。
「そうだ。もしかして、この……『ヒルバー』さんの場所もわかったりする?」
《もちろんだよ! 位置情報の表示許可を確認中……地図に反映するから、ちょっと待っててね》
(許可ってのがどんなのかは分からないけど、タンマツを使えば、その人の居場所まで丸わかりになっちゃうんだ)
四方八方から監視されているような気がして、カルーフは思わずタンマツから目を逸らした。こうしている間にも、地図には『位置情報の表示を許可』しているのだろう、組員達のマークが動き回っている。すれ違う彼らの監視されていて当然、とでも言うかのような態度は、カルーフからすれば、清々しいを通り越して薄ら寒さすら覚えた。
(いけない、それよりも仕事をしないと!)
大きく息を吐いて、肩を回す。前職でもやっていた仕事前の動作をすれば、力も気力も穏やかに解れる。
やる気に満ち満ちたカルーフは、地図を頼りに最初の目的地へと向かった。




