3-6 新たな仲間
思い出すのは幼少期。家族で行った遊園地に、こんな乗り物があったような。妹がそれに乗りたいと駄々をこねていたのは覚えているが、果たしてどんな遊具だったか……なんて油断したカルーフの口から出てきたのは、明瞭な言葉ではなかった。
「うわあああ!?」
「口閉じろ、舌噛むぞ」
「ここも早く昇降機つかねぇかなぁ〜、下り坂ばっかで運転しにくくていけねえ」
ジェットコースター程ではないにしろ、急な斜面を車が下る。猛スピードで進む車の中で、カルーフは必死に窓枠近くの持ち手に掴まっていた。更にぎゅっと瞼を閉ざし、落下にも似た浮遊感に体を強ばらせる。
(遊園地で乗った乗り物以上におっかないんだけど!? 口から心臓出てくるんじゃないのかな、これ!)
カルーフが顔を歪めると同時に、車の窓の向こうから、ぱあっと明るい光が差し込む。瞑った瞼の赤を知覚してから十数秒後、ゆっくり目を開いた先にあったのは、隆起した黒い岩肌に囲まれた広間だった。
「さ、着いたぜ! って、もうへばってんのかい?」
「生きた心地がしなかったです……」
「そうかい! じゃあ親方、案内はお願いしやす! あっしは車戻してくらぁ!」
(そうかい、じゃないよもう! お気楽に言ってくれちゃって!)
荒い呼吸を繰り返し、倒れ込むように下車したカルーフをよそに、サーラブは意気揚々と去っていく。車を恨めしげに見送るカルーフだったが、やがて広間の全貌に視線を奪われることになる。
(本当にここ、火山の中なのか……?)
その広さと天井の高さときたら、まるで巨大なホテルか、ショッピングモールと見紛うほど。天井はこの玄関だけではなく、左・中央・右の三方へ伸びる通路まで高く造られ、星空が広がっている。差し込む光は、本物の星明かりよりも比較的穏やかに、カルーフの小麦色の肌に降り注いでいた。
(空だ……えっ空!? なんで火山の中に空があるんだ!? この上って、ティスキウ火山名物の『瑠璃の溶岩湖』だったはず!)
砂漠地帯では有り得ぬ程、穏やかな空気に深呼吸をする最中、カルーフはふと気がついた。ここは火山の中だというのに、硫黄やガスの臭みが全くないのである。むしろ外の街の空気より、ここの方が心地いいと感じるのは、彼の右手のひらの刻印が故だろうか。
(すごい! こんな薄暗いのに動きやすい! もしかして、あれも理由だったりするのかな?)
光源は何も天井だけではなかった。視線を下に落とせば、床は火山の岩肌を彷彿とさせるデザインの、平らなセラミックパネルがはめ込まれていた。それらがぼんやりとした光を放っているお陰で、薄暗い中でも動くに困らない。壁には岩のようなライトがはめ込まれ、無機質に足下を照らしている。特に扉がある箇所は明るく、白っぽい光を微かに放っていた。
それに光源として何よりも目立つのは、黒い柱に混じって存在する、大きな筒状の物体だろう。全体がぼうっと青く発光し、天井と床を繋ぐそれは、まるでこの光が天井の夜空を作っているような錯覚さえ覚える。
非現実的な美しさと、生活感溢れる生々しさを兼ね備えた世界に、カルーフはすっかり魅了されていた。黒い岩壁に囲まれた空間を眺めるがあまり、知らずのうちにくるくると回ってしまっている。そんな浮かれた様子のカルーフの右肩を、褐色の手ががっしりと掴んだ。
「落ち着け、遊びに来たんじゃねえんだぞ」
「すみません、つい珍しくて!」
「見慣れねえもんだろうが、そういうのは後でにしろ」
カルーフはバシャルの背を追いかけ、左の通路を進む。大の大人が横に並んでも、まだまだ余裕があるそこを歩いて暫くすれば、一際大きい扉の前へと辿り着いた。バシャルが扉の右脇にある数字盤を押すなり、重々しいそれは自動的に開く。どうやらこれが昇降機らしい。
中に入り、数字盤の『2』を押すと同時に、扉はまたしても静かに閉まる。独特の浮遊感がやってくると共に、カルーフは未だ落ち着かない様子で、バシャルへと話しかけた。
「本拠点の中って、こんなに発展してるんですね。火山の中にいるとは思えないです!」
「このモントリアで一番技術革新が進んでるのは、存外ここだったりしてな」
ガタン、と音を立てて、昇降機が止まる。
開かれた扉の向こうに堂々と立つのは、玄関口で見たものよりも一際太く、煌々と輝く青い円柱だった。それを囲むようにして、通路は円を描くように続いている。壁にはまたしても扉がいくつも付いていたが、その上部には名前の彫られたプレートがあった。恐らくこれが、組員達の私室なのだろう。
前を行くバシャルの足が止まったのは、扉を十枚過ぎてからのことだった。
「ここがお前の部屋だ。ノブの上に穴があるだろ、そこに指を入れれば開く。自動施錠だから、閉める時はただ扉を閉じればいい。指が鍵になるから、無くすなよ」
「流石に指はなくしませんよ!?」
「どうだかな――明日は午前の九時に迎えに来るから、部屋の外で起きて待ってろ。じゃ、また明日」
「はい! ありがとうございました!」
忙しなく去っていく背中へ、慌てて礼を言う。が、声が届いているのかいないのか、バシャルは振り返らずに手をひらひらと振って、廊下の奥へ消えていった。
(――それにしても、まさか俺個人の部屋を貰えるとは思ってなかったな)
言われた通りに穴へ指を入れれば、間もなくガチャンと解錠の音がする。ノブに右手をかけて入った部屋は、簡素な造りではあったが、生活に必要なものは揃っていた。
(まるで集合住宅の一室みたいだ。御手洗もあるし、洗面台もある。無いのは風呂場と料理場くらいで、他は十分だな……あれっ)
ふと開いてみたクローゼットには、拠点支部の住民達から貰った衣類や靴、布製バッグやなどが綺麗に入れられている。それは以前、拠点支部の住民達があれもこれもと寄越した、『ミシュアル』への贈り物だ。
(これって、俺に? 拠点支部の人達が置いてくれたのかな? だとしたら明日、お礼を言いに行かないと)
ベッドの上に畳まれていた寝巻きに着替え、端に座って一息つくと、自然と大きなため息が出た。同時に体中が疲労を訴えている事に気がつく。刻印の儀の疲労もありそうだが、何よりも緊張していたのだろう。眠気がどっと押し寄せてくる。
そのまま横になろうかと思ったが、ふと机の上に置かれた紙袋が目に留まる。首を傾げながら袋を開けると、途端にバターと小麦粉の香ばしい匂いがふわりと鼻腔をくすぐった。中には包装紙に包まれた箱があり、覗き込むと小さな丸いパン、ホブズがいくつか入っている。
途端にぐぅと腹の虫が鳴く。思い返せば、昨日の夜から何も口にしていない。すっかり食い気が勝った体は、ホブズをそっと袋から出し、早速口へと運んでいた。
「それにしてもこれ、誰が置いてくれたんだろう? こんな温かいってことは、この拠点の誰か……あれ」
ホブズの袋をたたもうとした指が、かさりと別の紙の感触を捉える。そこには、所々に油染みがついているメモが貼られており、綺麗な文字で『ミシュアル様』と宛名が書かれていた。差出人は『フィノラ』となっているが、名前に覚えは無い。だが紙袋に付着した香ばしい匂いは、拠点支部で出されたホブズの匂いに似ていた。あの時たんまり食事をくれた、飯屋のおばちゃんからだろう。
『ミシュアル様
この度は見事、我々の住居であるフッサムの拠点支部を奪還してくださった事に感謝しています。私達はこれから支部に戻り、復旧作業を進めていきます。またいつか機会があれば、ぜひ貴方とも食事したいですね。
刻印の儀を終えた後は、とてもお辛いと聞いております。ささやかなものではありますが、腹の足しにしてください。
フィノラ』
丁寧に書かれた手紙を読み上げると、カルーフは嬉しさと照れくささが混じったような笑顔で、メモをそっと袋から剥がした。




