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罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
三 三日月と仲間
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3-4 三日月は今ここに

 今になって焼けるような痛みが、カルーフの体を襲う。重心の傾いた体はぐらりと床に倒れ込み、元凶である自分の右手を睨みつける。しかし、赤い『刻印』は徐々に紺色へと染まっていくだけで、カルーフを救いはしない。酷い痛みを発する元凶など、吐き気を催すほどに不愉快なものでしかないはずなのに、カルーフは見つめずにはいられない。


(そう言えば、バシャルさん、言ってた。『一日頑張って見せろ』って。まさかこれ、一日中続くのか!? 今だってもう、耐えきれないのに! このままじゃ、痛みで頭まで割れそうだ!)


 途端、全身からどっと汗が吹き出し、心臓が痛いくらいに跳ね上がる。呼吸が荒くなり、心臓が握り潰されるような感覚に囚われ、体が勝手に震え出した。霞む意識の中、ナイフで刺されているかのように熱い右手を外そうと、カルーフの左手が引っかき傷を刻みつける。


「ぐぁぁぁぁああ……っ!!」


 絶叫するカルーフに、救いを齎すものは何もない。

 いよいよ口から泡まで吹き始めたカルーフは、静かにその意識を落としたのであった。



 それから、間もなく。


「あれ? さっきの広間は?」


 痛みに呻いていたカルーフが瞼を開ければ、そこは儀式の間でもなんでもない、見知らぬ異空間であった。


 いよいよ死んでしまったのかと、慌てて身を起こしたカルーフだが、突如としてぐらりと視界が揺れる。思わずついた手に、ひやっと伝わる金属の感覚に、カルーフは意図的に瞬きを繰り返した。

 一体ここは、どこなのだろう。恐る恐る周囲を見回せば、カルーフを囲うようにして、鈍色の鉄格子が聳え立っていた。高い天井からは、キイキイと金属の軋む音が降ってくる。


「何だか、鳥かごみたいだな……いや、本当に鳥かごだったりして」


 ふ、と冗談交じりに呟いた一言の真偽を確かめる間もなく、彼の耳に女の声が届いた。


「肉体との接続、並びに意識の断絶を確認。これより『説明』に入ります」

「えっ、なんて?」


 突然のことに、カルーフは声の方へと勢いよく振り向いた。もしかしたら、現状をどうにかしてくれる人がいるかもしれない。そう期待して。


 しかしそこにいたのは、人ではなかった。視界いっぱいに広がるほどの、巨大な刻印の模様。青く光る、剣の刺さった三日月がふわふわと浮かんでいたのである。予想外にも程がある物の登場に、目を白黒させるカルーフの眼前で、先程と同じ声がした。


「初めまして、新たな刻印の主よ。まずは、貴方のお名前をお聞かせ下さい」

「名前? は、カルーフだけど」

「組員名を紐付け中……完了しました」

「そ、そう。ところでここってどこ――」

「マルガラへの魔術同化を開始します」

(や、やりにくいな、もう!)


 この三日月、機械的すぎる。カルーフが眉間にシワを寄せるも、この模様にそんな様子が分かるはずなどない。仕方ないことだと割り切るように、カルーフは深呼吸を数回して、改めて三日月に質問を投げかけた。


「その……三日月さん? には名前はあるの?」

「――同化完了。これよりカルーフへの返答を行います。この刻印にな、これといって呼び名はございません。どうぞお好きにお呼びください。貴方が望む限り、この色が尽きるまで補助させて頂きます」

「えと、よろしく、でいいのかな?」

「よろしくお願いします。それでは早速『刻印の機能について』説明させて頂きます」


 瞬間、鳥籠の鉄格子は消え、景色がまたしても一変する。彼の網膜へ飛び込んできたのは、砂漠と、その真ん中になだらかに立つ山の景色であった。

 オレンジ色の砂の大地には、所々極彩色に揺らめく温泉が沸き立ち、周り火口からは青い溶岩が零れている。神秘性と危険性を両立したこの景色に、カルーフは覚えがあった。


「これってティスキウ火山……!? この大陸一危険な山じゃないか! これと刻印となんの関係が?」

「刻印はこの中に存在する、ヴァーサ・オーリ本拠点の鍵であり、火山内の環境に適応するために必要な生命維持装置。また、有事の際に魔力増強の一端を担う、補助装置でもあります」


 突拍子もない返答に、カルーフは思わず顔を引き攣らせる。だがしかし、三日月は淡々と続けるのみで、彼の様子など気にも留めない。


「――刻印の主な効果は、高温環境への適応、並びにマグマによる火傷と火山内で発生する全ての毒素の遮断です」

「それって、火山の中でも今まで通り、普通に活動できるって事?」

「仰る通りでございます」


 事も無げに言い放った三日月に、カルーフは開いた口が塞がらない。

 聞いただけでも分かるのだ。この本拠点で使われているのは、モントリア王国でも抜きん出て高い技術力と、それ以上の魔術によるものだと。一体どんな素材を、魔術を使えばこんなことが可能になるのか、想像もつかない。


 感心するカルーフに、三日月は「ですが」淡々と続ける。


「それはあくまでも貴方が良き組員であれば、ヴァーサ・オーリに反感を持たなければ、の話。裏切り行為と見なされる言動をとるか、本拠点に三日以上戻らない場合……これまで遮断してきた毒と熱を、全てお返しいたします」

「えっ、どういうこと?」

「裏切れば、死あるのみ。貴方の体は砂となり、砂漠の一部となるでしょう」


 どくん。嫌に高鳴った鼓動が、自分の選択の危うさを知らしめてくる。自分の命は今後、この火山に握られるばかりか、言動すらも監視され続けるのだ。

 それだけではない。三日月は火山の熱と毒を遮断すると言ってはいたが、無効化するとは言っていない。つまり、カルーフの体は常に、本拠点にいる限りずっと傷つき続けるのだ。ヴァーサ・オーリに所属している限り、その傷は治らない。


 それを理解した後に襲い来る、体の芯を凍らせるような悪寒に侵されながら、カルーフは改めて右手へと視線を移した。


「裏切り行為……はする予定も何も無いけど、時間切れで死ぬってのは、やりそうで怖いな」

「効果切れまでの時間が気になりますか? この刻印は、本拠点から外へ出ると、時間経過で脱色するようになっています。ですので、刻印が白みを帯び始めたら、早急に本拠点へお戻りを」


 今、自分はとんでもない物を右手に宿してしまったのではないか。この刻印が描く『剣に刺し貫かれた三日月』は、まるで自分を呪うための、呪いの紋様のように思えた。もし仮に裏切ったなら、自分の命は跡形もなく燃え尽きる。まるでこの刻印のように、粛清の刃が刺さった己を想像して、カルーフはぶるりと震える。


 だがそれでも、心の底では安堵しているのだ。この火山の中ならば、理不尽な痛みが襲ってこないはずだから。過去積み重ねてきた全てを無視して、逃げ場を作ってくれてありがとう、と心の中で礼を言う。


「これから、ずっとよろしくね」

「こちらこそ。貴方の信頼に応えられるよう、尽力致します」


 言い終えるなり、三日月はスッと消えてしまった。途端に周囲は再び薄暗くなり、鳥籠の鉄格子が、陽炎のように揺らめきながら現れる。


「ではあと一時間ほど、ご辛抱くださいませ。馴染んだ頃合に、迎えの者が来るでしょう」


 辛抱と聞いて、カルーフは思い出した。

 この摩訶不思議空間で、三日月と話をする前まで、自分は激痛と格闘してはいなかったか。せめてそれが終わるまで、この痛みのない空間にいたいと願うも虚しく、三日月は色あせていく。


「それでは私はこれにて。意識覚醒まで、あと二十秒――」

「嘘でしょ今居なくなるの!? 待って待って行かないでってば! またあの痛いのが来るって、考えたくない!!」


 カルーフの叫びも虚しく、いよいよ三日月の声は完全に聞こえなくなってしまった。

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