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罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
三 三日月と仲間
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3-1 ナルジス

 任務を終えた昨日の夜の祝宴は、正に天国にいるかのようであった。


 会場である大部屋に入るや否や、ミシュアル達はフッサム拠点支部の住民達から、賞賛の声を雨のように浴びた。豪華な食事に舌鼓をうち、新しい服まで仕立ててもらい、宴会が終われば、ふかふかのベッドで眠る。まるで王様にでもなったような心地で、ミシュアルは一夜を明かしたのだった。


 その時の喜びときたら、次の日の朝になっても、表情筋が緩みっぱなしになる程。こんな間抜けた顔のまま、ミシュアルはレンから健康診断を受け、与えられた自室でのんびりと寛いでいた。だがその平穏は、換気のために開けられた窓から飛び込んできた、一通の手紙によって粉砕される羽目になる。


午後(バアド)八時より、ミシュアル・ラティーフの正式な加入の儀を執り行う。忘れ物があるなら今日のうちに持ってきておけ。指定時刻までに、以下の場所まで一人で向かうように。 バシャル』


 あまりにも急すぎやしないか、と思いつつも、ミシュアルは同封されていた二枚目の紙に視線を移す。

 そこには、砂漠の衛星写真をベースにした、詳細な地図が描かれていた。地図の中心には円が描かれ、さらに内側に一際目立つ赤い点が記されている。


(ここは『リズベルの塔』――異教徒がかつて建てた、鳥葬? とかいう儀式で使う塔がある所だ。しかし参ったな、ここからだと随分かかるぞ。俺も忘れ物(・・・)があるし、今からジグリスを出ないと間に合わないかも)


 もう少しだけ休んでいたい、なんて文句を飲み込み、部屋の外へ出ようと扉を開いた時である。出会い頭に遭遇したのは、薬箱を抱えたレンであった。


「おっと! もう行くのかね?」

「はい、レンさん。今日まで色々、お世話になりました」

「いいんだよ、そう気にしなくても。ところで、もう出発するのかい? まだ午後の三時じゃないか。いくらなんでも早すぎるんじゃあ……」

「ちょっと大きな忘れ物があるんです、今から行かないと」

「そうだったのかい。ではまた後で」


 ミシュアルは苦笑しながら、レンに背中を見せて去ってしまう。別棟で帰り支度を進めていた、フッサム拠点支部の住民達にも別れを告げ、ミシュアルは駆け足気味にリヤドを出る。脳裏に描いた地図を頼りに、ミシュアルが向かったのは、リズベルの塔ではない。


 かつて自分を迫害し、暴行を加え、追い出した――フッサム八番街である。


 いの一番に足を踏み入れたのは、八番街の中央に位置する円形の広場。貧困街の中でも一際豪勢に作られたそこは、ミシュアルが住民達によって、滅多打ちにされた所でもあった。広場中央の、黄金に輝く『神の導き』の像の前でされたことは、今でも彼の心にこびり付いている。


 しかし、一週間程が過ぎた今、ここに暴力の気配はない。円周上にぐるりと並ぶ出店によって、広場は健全な活気を見せていた。その様子に、ミシュアルはほっと胸を撫で下ろす。どうやら住民達は、以前叩き出した少年の顔を忘れてしまっているらしい。


(でも、万が一ってこともあるか)


 ミシュアルは上着にしていた大判の白布を頭から被って、顔を隠しながら歩き始めた。一見杜撰な変装だが、フッサムの住民達に怪しむ素振りはない。更に今は秋、つまりは西に日が早く傾く時期。布を被って顔に影を作れば、一般のヒトに溶け込むのは容易であった。


「さあいらっしゃい! カサブのジュース(アスィール)がたったの一ロル! 安いよ安いよ!」

「おっ! 兄ちゃんのバブーシュは新品かい? 靴擦れが怖いってなら、十五セガルと五ロルで、履き慣らしを代行してやるよ。今なら革靴の手入れ油付きだぜ!」

「こっちは寝巻きにもできる砂除けだよ。二十セガルと十ロルにまけてやるから、砂漠歩きのお供にどうだい?」


 出店から飛び交う売り文句をさらりと躱して、こちらに向けて両腕を広げる像に舌打ちを零し、ミシュアルは広場を抜ける。


 そのまま真っ直ぐ行けば、生まれ育った区画はすぐそこだ。この角を曲がればかつての家があり、更に奥へと進めば、昔の職場が顔を出す。

 約一週間ほど離れていただけなのに、街の光景はどこか懐かしく思えた。まるで何かに引き寄せられるかのように、ミシュアルは砂埃の舞う表通りを歩く。雑な変装が見破られるかもしれないと言うのに、どこかゆったりと。


(あっ!? しまった、つい懐かしさに浸ってしまった。でも中々、いい時間に着いたぞ。午後四時なら、配達員の皆は持ち回りの場所にいるはずだし、確か飼育員はロバの餌作りの最中! ラクダの世話はまだまだ後のはずだし、気付かないはず!)


 やがてミシュアルは、目的の場所へと辿り着く。従業員用の暗証番号ロックを解除して、ミシュアルは柵の近くにある立て看板へ、懐かしそうな目を向ける。雑な字で『モフセン運送会社専用 ラクダ牧場』と書かれた看板は、柱の根元がぐにゃりとひん曲がっていた。

 こんな事を仕出かすラクダなど、ミシュアルの記憶の中には一頭しかいない。思わず顔をほころばせる彼の前に、目当てのラクダが悠々とやって来た。


「迎えに来たよ、ナルジス」

「ぶおっ!」

「うわ、シーっ! ふふ……相変わらずで何よりだよ。俺がいない間に、所長を蹴り飛ばしたりしてないよね?」

「ぶふー」


 このナルジスというラクダは、かつてのミシュアルが担当していた駄獣であり……今回の目当てである『忘れ物』である。彼女は毎日共に砂漠を歩いていた、配達員時代のミシュアルの相棒だ。しかしラクダらしからぬ気性の荒さが原因で、近いうちに食肉にされる予定であった。

 ミシュアルはそんな彼女を助けるべく、危険を冒してまでこの牧場にやって来たのだ。


「誕生日にお前を砂漠へ逃がすことは出来なかったけど、今から逃げたって遅くないよな」


 ミシュアルが笑いかけた瞬間、ナルジスは彼の頭に頭突きをかました。もちろん加減はしているのだが、それでも尚生じる頭蓋骨が軋むような痛みに、ミシュアルは呻く。

 しかしナルジスの方は何処吹く風。それどころか、鼻息を荒くしている。まるで今からいつも通りに、仕事に行くかのような張り切り方だ。


「全く……分かってない奴め」

「ふごふご」

「でも安心してくれ。もしバシャルさんに『ラクダの持ち込み禁止』なんて言われても、頑張って説得するから」


 勝手知ったる様子で、ミシュアルは柵の内側に手をかけ、鍵を開けて入る。そのままラクダ小屋へ忍び込んで取り出したのは、鞍とその下に敷く布、足あて一式。当然、ナルジスのものだというガチャガチャと音がならないように気をつけて、ミシュアルは手早く道具をナルジスに取り付ける。彼女も彼女で何をされているのか分かっているらしく、静かに脚を折り畳む。


 そして五分もしないうちに、ミシュアルはナルジスを連れ出すことに成功した。周囲の飼育員は予想通り、ミシュアル達に背を向けて、ロバの世話に勤しんでいる。こういう時ばかりは、この牧場が人手不足で良かったと、ミシュアルは心の底から喜んだ。


(いい子だから、大人しくしていてくれよ。俺は今、捕まるわけにはいかないんだから)


 恐る恐る柵を開け、外へと出る。こんなに堂々としていても尚、飼育員達はこちらに気付かない。思いのほか上手くいったと、細く長く息を吐くミシュアルだが、いつまでも安堵に身を浸している時間は無い。今は待ち合わせ場所に向かうのが先だ。


(よしよし、ちゃんと出てくれた。時間は……お! 早く済んだぞ!)


 牧場の屋外時計の時刻は午後四時二十分。目的地まで何時間と砂漠を歩くのだ。ミシュアルは鞍の上に跨り、手綱を強く握った。

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