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罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
二 暗黒へと踏み出す一歩
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2-17 空色の瓦解

 両手の平から生まれる光は、西日にも負けないほど強く、橙色に輝く。その光量に驚いたのか、二人も戦闘の手を止め、ミシュアルの方へと顔を向ける。


「ライカ!」

「そういう事か、了解!」

「どういうつもりなの……!」


 ライカが素早く身を翻し、ミシュアルの背後へと回り込む。戦闘の最中よりも機敏な動きに、女は一瞬戸惑ったものの、彼の後を追う。その姿に内心で謝りながら、ミシュアルは手を突き出した。


「来るな!」


 もう何度目とも分からぬ拒絶の言葉を吐くと同時に、光の粒子が、あっという間に防壁を形成する。女の足が次の一歩を踏み出すより早く、大きなガラス板のようなそれが、部屋いっぱいに広がりながら迫った。


「なっ……!」


 女が驚いたように目を丸くしたのも束の間。彼女は天井の機械諸共、壁によって外へと押し出されていった。そのまま悲鳴もなく落ちていくのを、ミシュアルは歯を食いしばって、ただ見送る。


 大きな風穴が空いた、廃ビルの壁からは、新鮮な空気が音を立てて流れ込んでくる。その風が床に散らばる空調管理装置の残骸を転がしては、からんからんと乾いた音をたてた。


 ライカは壁に近寄ると、ミシュアルの肩に手を置く。


「ミシュアル! よくやった! オマエやるじゃん!」

「……そうかな」

「そうだって。なんだよー、手掛かりが無くなっちまった事を気にしてんのか? なら心配するなって、またネスル達情報収集部隊(クルキ)の奴らが、どうにか見つけてくれる筈だからさ!」

「うん。すごく頑張る」


 ライカの笑顔を、今のミシュアルは見ることができなかった。必要だったとは言え、また人を殺してしまったと、彼の心は毒に蝕まれたかのように、鈍い痛みを訴えていた。


 覚悟だなんだと言っても、必要に迫られても尚、ミシュアルは納得出来なかったのである。人を殺してでも、自分達が生き延びなくてはならない社会の現実に。


「ミシュアル。やっぱり、嫌なの?」


 難しい顔をする彼の袖を、ネスルがついついと軽く引っ張る。その問いも仕草もまるで、幼子のように無垢なものだ。ミシュアルが言葉に詰まるのも無理はない。

 彼らはもう、死ぬ覚悟も、殺す覚悟も決めているのだ。ただ、ミシュアルだけが一歩踏み出せない。この場に居ないはずのバシャルの幻聴が、だから言っただろうと彼を責める。


「……ごめんなさい」

「謝らないで。最初は、みんなこう」

「ごめん、違うんだ。ネスルさん」


 結局の所、自分の覚悟は口だけだったのだ。そう悟った今の、なんと空虚なことか。自分の幻聴に謝っても無意味だとわかっているのに、心の中で声がやまない。

 握りしめた拳に爪が食い込み、痛みに涙が滲む。項垂れた拍子に、砂埃でバリバリに乾いた髪が、夕日から小麦色の顔を覆い隠すように垂れ下がった。そんな彼の背中を、ライカが思い切り叩く。


「良いんだよ! こればっかりはしょうがねーって! オマエ、平和に生きてきたんだろ? それなら尚の事だぜ!」

「あ。後ろの扉の封印、無くなった。もう玄関から、出られるはず」

「よっし! やっぱこういうのは、対話よりぶっ倒した方がはぇぇな!」


 玄関の扉はすんなりと開き、冷たい風を浴びせてくる。開放感に浸り、伸びをするネスルの背後で、ミシュアルは建物全体に張り続けてきた魔術を解いた。

 それを待ち望んでいたかのように、ライカは鼻血を垂らしながらも、意気揚々も廊下へ飛び出していく。その後を追う気力もなく、トボトボと歩くミシュアルに寄り添うように、ネスルが隣に並んだ。


「うーん、空気、美味しい。ミシュアル、ありがと」

「はい」

「誰かを殺すだけが、仕事じゃないよ。だから、今日のミシュアルは、すごく上出来……って、思っていいかも」

「そうですかね」

「さ、早く逃げよう。これだけ大騒ぎをしたら――」


 ネスルが言い終わらないうちに、けたたましいサイレンが遠くから聞こえてきた。第三者からすれば、突如廃ビルの壁が吹き飛んで、色々なものが落ちてきたのだから、通報は当然するだろう。昼間にナムゥ同士の戦いがあったとなれば、尚更だ。


「まあ、こうなるよね」


 ネスルは苦笑いをして、ふらつきながらも走り出す。彼に続き、建物の外へ出たその時だった。


(そういえば、シエノさんとジョンさんは?)


 ミシュアルはふと思い出したように顔を上げて、きょろきょろと出入口の周囲を見回すも、二人はどこにも見当たらない。だが、先に建物を出たライカは、どうにか見つけることが出来た。二人を知らないか尋ねようと目を向けると、丁度振り返ったビスケットブラウンの瞳と、視線がかち合う。


「そんなしょげんなって。オマエの心配なら、しなくてよさそうだぞ? こっち来いよ」


 ライカの訳知り顔を訝しみながらも、ミシュアルはネスルと共に、ライカの元へと静かに駆け寄る。

 やがて行き着いたのは、拠点支部の近くにある、石造りの小さな納屋。管理のなっていない、開きっぱなしの鉄製シャッターを潜れば、砂まみれの床に座る先客達がいた。


「皆さん、こんなところにいたんですか。お早いですね」

「ワフッ!」

「くしゅん! っくしゅ!」


 砂埃をかぶって頭が灰色になったジョンと、くしゃみを連発するシエノ――そして、床のブルーシートに横たわる一人。その人物にミシュアルは目を細めて、信じられないといった様子で立ち尽くす。


「全くもう、誰か落っこちたんだと思って、うっかり拾っちゃったじゃない!」


 寝かされていたのは他でもない、先程ミシュアルが吹き飛ばした、あの女であった。それも全くの無傷である。だが彼女の呼吸は浅く、意識も無い。それでもミシュアルにとって、彼女の生存は喜ばしいことであった。


(信じられない、魔術で防御を固めていたのか? あれだけの衝撃を受けて怪我もないなんて!)


 ミシュアルは改めて、女の魔術の練度の高さを思い知る。ごくりと唾を飲み込むと同時に、彼女が無事だったことに、何よりも安堵していた。泣きそうなミシュアルの顔からは、震えた声がポロポロと落ちていく。


「良かったあ、生きてて良かった……っ!」

「そうだね良かったねー。上手いこといけば、『緋色の比翼』の情報が手に入るかもしれないしね?」

「シエノさん、別に下心で言ったんじゃないですって」

「まあまあ、いいじゃねーか! 親方サマは『ナムゥは生かして連れ帰れ』ってよく言ってるし! デッケーお土産だぜ!」

「なら、早く出ないと――」


 ネスルが言い終える間もなく、ザッザッと砂を踏みつける音が近づいてくる。一人だけではない、四〜五人はいると思われる足音に、ネスルは素早く身を屈めた。


「魔力の気配がする。隠れて……もしかしたら愛育の師(セチーファ)が、下級聖職者の善導師(イーゲ)を連れてきたのかも」


 ミシュアル達はネスルに倣い、建物の陰に隠れて息と気配を殺す。その間にも足音は近くなり、いよいよ半開きだったシャッターが、完全に開かれた。


「やはり愚かですね、ナムゥという生き物は。そこにいるのは分かっていますよ。大人しく出てきなさい」

(も、もうバレてる!)


 逆光で姿はよく見えないが、声だけはしっかりと聞こえてくる。凛としていて、男声よりも気迫を有したその声に、ミシュアルは思わず目を見開いた。


(この声、あの鞭を使ってた愛育の師! バシャルさんが殺したはずじゃ!?)


 まさか、生きていたのか。焦るミシュアルの額から、つうと汗が一筋、静かに滑って落ちていった。

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