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罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
二 暗黒へと踏み出す一歩
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2-12 ネスル

「どうしよう。どう抜ければ……」

「やっべえな、想像以上にいやがる」


 困惑するミシュアルの前には、黄色と黒で彩られた『立入禁止』のテープが、瓦礫と路地のあちこちに通せんぼをするように貼られていた。そればかりか、ピンと張られたテープの奥には、警察車両と武装した警官隊が密集している。


 彼らの手から発せられる、ガチャガチャとした音は紛れもなく銃器の音だ。慌ただしい物音が、寂れた古本屋――今はすっかり廃墟のようになってしまった店中に、潜伏しているミシュアル達の耳にも届く。だが、ミシュアルの気を留めていたのは、この警官隊の存在だけではない。


(あと少しで拠点支部、なんならもう見えているのに! いっその事、皆吹っ飛んでいってくれないかな!? 警官隊も、あいつ(・・・)もさ!)


 警官隊特有の、かっちりとした黒いジャケットを纏う彼らの中にいる、一人の黒いローブ姿の男である。豪奢な金糸の装飾の施されたローブを纏う存在と言えば……ミシュアルの記憶の中にあるのは、ひとつだけ。


 ――愛育の師(セチーファ)である。


 記憶の中にいる愛育の師、ベルナルデッタと異なり、男はフードを目深に被っていた。ミシュアルのいる位置からでは、立派な白い顎髭だけしか見えないため、微細な表情はわからない。

 それどころか、距離のせいで警官隊と何を話しているかも分からないが、男の腹の中は大方予想が着いた。


(そうだよな、あれだけ大騒ぎしたんだ。愛育の師としては、一刻も早く――ナムゥを全部、処理したいよな)


 聖職者とは思えぬ程の威圧感と、禍々しい殺気が、遠方で様子を伺うミシュアル達へと突き刺さる。ミシュアル達の潜伏先どころか、存在がバレた訳でもないにも関わらず、まるでこちらを補足しているかのような錯覚すら覚える程、強烈に。


 指先で弄ばれる棒状の武器――明らかにこの国のものではない直刀は、ベルナルデッタが振るっていた鞭と同じ『聖罰用の武器』であることは容易に想像が着いた。


「アレに見つかったら確実に終わりだ。アイツに見つからねーように、どうにかしてこの包囲網を突破しねーと」

「でも、このまま正面突破するってなったら、あっという間に捕まっちゃうよ」

「じゃあ包囲網の中でも、警官隊が少ない所を探すのは? ほらぁ、えーと……ミシュアルくんだっけ? 君ならここの周り、詳しいんでしょ? 何かないかな?」

「裏路地を抜けられれば、遠回りでも回避は出来ると思うんですけど、それでも見つかる確率の方が高そうなんですよね……」


 だからといってこのまま包囲網を強行突破すれば、警官隊や愛育の師らに、袋叩きに合うことは目に見えていた。

 いくらライカ達の戦闘力が高いと言っても、数で押されてしまえば不利になるだろう。ましてや今いる所には、愛育の師まで待ち構えているのだから、勝ち目はない。


 ミシュアルは頭の中で必死に打開策を考え……ようとして、裾を控えめに引っ張ってくるネスルの方へと目を向けた。


「じゃあ、僕が周りを見てくる」

「えっ?」

「僕なら見つかりにくい。気配を『消せる』から。だから平気」

「消せる?」

「休憩の時、話した」

「あっ、そうだった。存在感、消せるんだっけ」


 ミシュアルよ言葉にこくこくと頷きながら、ネスルは得意そうに笑う。彼の固有能力は、自分の姿が見えなくなる……を通り越して、存在すらも知覚できなくなる、隠密行動には最適の能力だ。これを使えば、あの得体の知れない男に気付かれることなく、周囲の探索ができるのは明白だ。


「じゃあ、お願いします」

「うん。あ、そうだ。シエノ、タンマツ……渡してあげて」

「新人に? いくらなんでも、それは――」

「遠隔で道案内、してもらうから」

「ふうん、そういうこと。何かと思っちゃった。はい、じゃあこれ! 壊れやすいから大切にしてよ!」

「分かりました!」

「じゃあ、音声で案内、よろしくね。ちっちゃい声でも、僕なら、聞こえる」


 落ち着いているというよりも、ぼんやりと言葉を返すネスルとは裏腹に、ミシュアルは手から汗が吹きでるほど緊張していた。道案内は得意分野ではあるが、今の自分に掛かっているのは人間一人の命だ。

 いつも以上に早鐘を打つ心臓を押さえつけるように胸元に手を当て、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。それに何を思ったのか、ネスルがミシュアルの頭を優しく撫でた。


「僕は平気だから、心配しないで」

「ありがとうございます。精一杯支援するんで!」

「ん。僕も頑張る」


 ネスルが路地裏から出ると同時に、彼の濁った虹彩からは黄緑色の光が、蛍のようにふわふわと浮かぶ。目を丸くするミシュアルの目の前で、一つ結びにしたエメラルドグリーンの直毛を靡かせていた彼の姿が、突如として消えた。


(これがネスルさんの魔術(シーガ)か。すごい、まるで最初からいなかったみたいだ)


 これ程存在感が消えるなら、あの愛育の師は気づかないだろう。思わず口角を上げつつ、ミシュアルはシエノに渡されたタンマツに顔を近づけた。


「もう通話状態だから、そのまま話してあげて」

「わかりました! では……ネスルさん、聞こえていますか?」

『聞こえる。今、表通りだったところ、出た。瓦礫が邪魔、進みにくい』

「了解です。とりあえず、まっすぐ進んでください」

『ん』


 淡々とした口調で返事をするネスルに安心しながら、ミシュアルは画面へ視線を移した。画面に映る地図、その中央には、ネスルと思しき点が点滅している。彼が移動すれば、彼の点も動くので、現在地を把握するのは容易だ。


(でもこの地図、ちょっと分かりにくいんだよなあ……とりあえず、ネスルさんが元来た道を戻っていってるのは、何となく分かったけど)


 タンマツの地図に標示されている、ネスルと書かれた位置情報のピンを一瞥して、ミシュアルは辺りを見回した。これだけあれこれと動いているのに、警官隊がこちらに来る様子はない。


 それもそのはず、あの少年が放り捨てた岩と石英が、道路には未だ転がっていた。警官隊は武装こそ出来ているが、迂闊に瓦礫をどかすことが出来ずにいる。


 更に彼らの意識は転がる瓦礫や岩もそうだが、何よりも少年の死体に向いていた。首が無くなった、転落死体の成れの果てに、過剰とも言える人数が群がっている。こうして調査をする理由など決まっている。少年がナムゥで、死体の状態でも魔術を行使するかもしれないからだ。


「おい、もうそこら辺にしておけ。どうせこのナムゥの死も、別のナムゥによる犯行だ。調べるだけ無駄だよ、無駄」

「は、はあ。では、死体は」

「教会で処分させろ」


 事件の根本的な解決へ、向かってすらいない手続きが進む。それをいい事に、ミシュアルは危なげなく、ネスルのナビゲートを続けていた。

 

『次は?』

「そうですね……右手側に曲がってもらえますか?」

『分かった』


 画面ではネスルの点が黙々と移動し、右に曲がり、しばらく歩いていくとまた右に折れる。何やら明確な場所へ向かわせようとしているミシュアルの動きに、ライカが興味津々と言った様子で画面を覗き込んだ。


「なあなあっ、これは何処に向かって――」


 ライカの疑問にミシュアルが答えるよりも早く、タンマツからネスルの声が、細々とした声量で発せられた。


『出られそうな所、見つけたよ。ここなら誰もいない。皆連れて、こっちに来て』

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