2-11 オセロット
ライカが少年にトドメを刺してから暫く、辺りは再び静寂に包まれていた。激闘による砂煙は薄まり、灼熱の陽光が差し込んでいる。相変わらずの乾いた風が、街灯のへし折れた裏路地の、瓦礫の隙間を吹き抜けた。
「しっかしひでー見た目だな。もうどこから大通りでどこまでが家だったのか、ちっともわかんねーや……ゲ!」
周囲には警察車両の喧騒が戻り、レスキュー隊や報道陣まで駆けつける始末である。ライカはその騒がしい有様に、頬を掻きながら背を向けた。流石に戦闘員として鍛えられたライカでも、愛育の師との戦闘は避けたいところである。
大岩を猿のように軽々と超えて、ライカは仲間の元へと急ぐ。敵を仕留めて嬉しそうな顔を隠しもせず、颯爽とやってきた彼に、ミシュアルは思わず目を丸くする。
「よく頑張ったな! もう終わったぞ、無事か!?」
「ギリ……っギリ、かな……!?」
「そうか! オイ、ヒルバー! これ持ってろ!」
「了解しましたァ」
たった今ミシュアルの視界を過ぎり、ヒルバーに投げてよこされたのは、あの少年の首だ。瞼が垂れ下がったそれが、重力に従って落下するのを、ヒルバーは尻尾の先で受け止める。
あの少年を何故殺したのか、そもそもなんでこんなものを持ってきたのか、と問いただすより早く、ミシュアルの肩をライカが掴んだ。
「魔力の回復には時間がかかりそうか? マズいなら、オレが担いで――」
「いや、そこまでは要らないよ。少し休めば回復するからさ。それより……ヒルバーさんをお願いしたいんだ。シエノさんが応急処置をしてくれたんだけど、早く治療しないとまずいよ」
「あー、それなら心配ねーみたいだぜ?」
ライカが顎でしゃくって示した先では、こちらに向かってくる三人の人影が見えた。シルエットからして子どものようだが、砂煙の隙間から見える白衣が、彼らが立派な医療従事者であると示している。
ガラガラガラ! と盛大な車輪の音を立てて、担架と共に影が近づいてくる。
やがてひょっこりと顔を見せた三人に、ミシュアルはホッと息をつき……「えっ」と声を漏らしながら、三つの顔を交互に見回した。
この三人、まるでコピーを取ったかのように、揃って同じ容姿だったのである。蜂蜜色の短い髪についた寝癖も、アイロンがけを怠った白衣の下のシャツのヨレも、なにもかも。
「はぁいっ、怪我したのは誰かなっ」
「わっ!? 酷い怪我だねっ!? びっくりだね〜っ!」
「じゃあ早く運んであげないとねっ! 親方にはボク達から言っておくから、報告不要だよっ」
そればかりか声まで同じときたら、もう混乱するしかない。愛らしくにっこりと微笑みを向けられても、ミシュアルの混乱が解けるわけもない。返事をする間もなく、三人は口々に好き勝手言いながら、テキパキと動き出す。
「オセロ〜っ、もう警官隊いっぱい来てるよっ! これ、見つからないように進めるかな〜っ!?」
「色変えの魔術で、服と担架を土色にしちゃえば平気じゃないかなっ? ロットはどう思うっ?」
「それでいいと思うけどなっ! きっと瓦礫の色に混じって分からなくなるよっ! セロは心配性だねっ」
ミシュアルよりも小さな体で、一生懸命に担架を横に倒し、車輪の調整をする姿は、まるで人形が自立して動いているかのようで、可愛らしい。そんな彼らを横目に、ミシュアルは困惑気味にライカの耳に口と手を近付けた。
「ライカ、あの子達は?」
「三人まとめて『オセロット』だ。全員オレらより余裕で歳上だぜ。あいつらはオレらと同じ、ヴァーサ・オーリの幹部で、怪我をしたら基本、コイツらの世話になるな」
(血みどろの街に、あれが来るのか……)
緊張感のないオセロット達のやり取りもそうだが、何より彼らの玩具のような……ぴょこぴょことした挙動に、ミシュアルは毒気を抜かれる。
ヒルバーが担架に乗せられるのを眺めるミシュアルは、改めて負傷した彼に目をやった。いつもの飄々とした態度はどこへやら、傷だらけの額からは、蒸発しきれなかった汗が滲んでいる。
やがて三人は、ヒルバーをベルトで担架に縛り付けると、くるっと元来た道へと向き直った。
「じゃ、ボク達はそろそろ行くねっ」
「怪我には気をつけてねっ」
「ボク達のお仕事、あまり増やさないでねっ」
「お大事に〜っ」
大通りからこちらへ向かってくる警察車両のサイレンの音が、徐々に大きくなっていく。
それを尻目に、白衣の三人組は軽い足取りで去っていった。土色に変色して、ヒト達の視線をかいくぐりながら。
「さ、気を取り直して次だ。拠点支部に向かうぞ」
「そうねー、警官隊も見逃がしてくれるほど甘っちょろくはないだろうし。でもちょっとどこかで休憩しない? ジョンの消耗が心配でさぁ」
白い犬の姿に戻ったジョンを撫でながら、シエノが軽く肩をすくめてみせる。確かに彼の言う通り、ジョンの体は傷だらけ。肩口からは血が滴っている。だが、当のジョンは疲れてなどいない様子で、ピンッ! と耳を立てて気丈にも立ち上がってみせた。
「ジョン、もう少し我慢してくれ。ナムゥの起こした事件なんだ、残ったナムゥを……オレ達をブチ殺すために、愛育の師が来るはず。そうなったらクソ面倒だぞ」
「確かに、その方が大事か。今ならすぐ逃げれば間に合う……かな」
「ああ! 警官がアイツに気を取られているうちに、次の目的地に行かねぇと。もうひとふんばり、みんな出来そうか?」
「もちろん!」
「僕も、平気」
「しょうがないから、ジョンは私が抱えて行こうかな〜。偵察任せていい?」
頷いたライカとネスルは、建物の外へとそうっと顔を出す。遠くからうわんうわんと鳴っていた、サイレンの音は既に無い。どうやら警官隊は応援も含めて、全員がこの場に到着してしまったらしい。
だがそれは、裏を返せばもう新手は来ないということ。瓦礫の間を縫って、警官隊の包囲網さえ抜けてしまえば、こちらの勝利だ。
「ネスル、耳は機能しているか?」
「今なら問題ない」
「警告音とか聞こえねーか? あとは金属のジャラジャラしたやつ」
「聞こえない……出るなら、今」
ネスルののんびりとした答えに、ライカは大きく深呼吸をする。
戦闘後の高揚は解けているが、警戒は解かない――いつでも戦えるように身構えているライカに対し、ミシュアルは未だ緊張した面持ちでいた。
「本当に大丈夫かなぁ」
「こいつが心配ねえって言うなら心配はいらねーよ。ネスルの耳はめちゃくちゃ良いんだ。何なら、鼻も魔力感知能力もスゲーんだぜ。ただ目は見えてねーから、そこはオレ達で補ってやらねーとな」
ライカがミシュアルを安心させるようにニッと笑って見せる。まだ不安げに眉を寄せながらも、なんとか納得するように、ミシュアルは小さく何度か首を縦に振った。
引き結ばれたミシュアルの口元が、緩んだのを感じ取れたのだろうか。警戒を続けるネスルの口元も、ほのかに緩む。
「さて、そろそろだな。警官隊に見つからないように注意しろ。総員あと少し、気張って行くぞ!」
互いに頷き合うと、全員揃って瓦礫だらけの路地を駆け出した。瓦礫の陰に隠れながら、彼らはただ走る――




