2-10 決着
「ふー、焦ったぜ。また道いっぱいにやられるかと思った」
「くそ、くそっ!!」
「もうやめとけよ。オメーじゃオレには勝てねーし、もう魔力切れになってるじゃねーか」
ライカの指摘通り、少年の両目からはボタボタと血が垂れ落ち、両手足の指が不規則に痙攣していた。少年はそれでも魔術を行使しようとするものの、魔力どころか体力すら残っていない。
踏みつけられながらも、少年は魔術を使おうと一分少々格闘したが、遂には自分の現実へと向き合う羽目になった。
「うっ、うぐ。いた、痛いよ……たすけてよぉ」
「アァ? 抵抗の次は命乞いかよ」
「ごめんなさい、ごめんなざい。ぼぐがわるがっだでず」
「オメー、自分が潰されたらそれって、虫が良すぎやしねーか? ヒルバーを見習えよ。アイツ、オメーに足を潰されても、あれこれ考えて動いてたぞ」
ライカの踵に体重がかかり、少年の身体が痛みから逃れようと、ガクンガクンと跳ね始める。口は泡を吹き、白目を剥き出し、手汗は滴り落ちる程生じている。先程投げて巨大化させた砂の一部が汗と共に落ちていく中、ポケットに忍ばせていたのだろう小石もまた、コロンコロンと落ちていった。
「あっぶね! まだこんなに隠し持ってたのかよ! 白黒でブチ模様の石なんて、中々見ねーと思ってたんだ。わざわざオレ達への攻撃用に調達してきたんだな?」
「ゆ、ゆるじでぐだざい。いだい、いたいんです。おねがいおねがい――」
質問に答えらしい答えはなかったが、これでハッキリした。この少年は、自分の手のひらより大きい物の巨大化はできない。それに、巨大化の限度も、元々の石の大きさによるのだろう。
ライカが思い返すのは、少年が先程繰り出した砂の巨大化――あの、石英の濁流だ。もし石の大きさと巨大化の魔術に関係性が無いならば、他の巨石と同じく、ビルと変わりない大きさにしてしまえばいい。向う見ずとも言える少年の性格からして、わざわざテニスボール程の大きさに揃える理由など、ないに決まっている。
(とりあえず、この能力が建物に使えなくてよかった! 周りの建物を丸ごとデカくして、道の両脇からぺしゃっ! ってのはゴメンだしな! ……ヒルバーがやられちまったのはムカつくけど、とりあえず、オレ達の幸運に感謝!)
あっという間に笑顔になったライカの足元で、こちらを忘れるなと言わんばかりに、少年のうめき声がする。上機嫌に水を刺された彼の眉間には、水を流せば川が出来そうな程、深い溝が出来始めた。
「なぁるほどなー、オメーがここで待ち構えてたのって、路地がごちゃごちゃしてるからか。裏路地なんて迷路みてーだもんな。それなら、オメーの雑な魔術で袋小路に追い詰めて、潰しちまえば楽……って、おい、気絶してる暇ねーぞ」
踏みつけている少年の右肩を蹴ると、彼は呻き声と共に意識を取り戻す。ひっくり返され、無防備に晒された背はガクガクと震え、微かに嗚咽が聞こえてきた。
ライカは少年を飛び越え、むんずと彼の襟首を掴みあげた。シャツが首に食い込む苦しみに顔を歪め、嗚咽をあげる少年であったが、ライカが少年を気遣うはずがない。
「さあて、お喋りの時間だぜ。この奇襲、誰に指示されてやった?」
「え、あ」
「言わねーと」
「 さんでず!」
「は?」
「だから さん! さんが、ナムゥを潰せっでぇ!」
切羽詰まったように話し出す少年だが、その言葉の端々はてんで聞き取れない。だが、彼の言葉に込められた切実さは嘘ではないらしい。涙やら鼻水やらで汚れる少年の顔に、ライカは溜息をつく。大方、彼の仲間によって、情報を喋らないように魔術が掛けられているのだろう。
「……質問を変える。オメー、どこから来た?」
「る、ルグルの から」
(へえ、大まかな地名は答えられるんだな。けど、肝心なところが分からねーんじゃ、意味ねーんだよ!)
コイツから得られる情報は無い、と見たライカは、少年の髪を掴み、ずんずんと岩の縁へと引きずっていく。無言で、かつ、無感情で。そんな彼だが、突如ある一点を向いて立ち止まり――
「おーい! もう魔術を解いていいぜ! オメーまで魔力切れになっちまうぞ!」
そう、声をはりあげる。彼の視線の先には、ぐにゃぐにゃと歪んだ防壁を維持している、懸命なミシュアルの姿があった。ライカの視界の端で、ミシュアルの光の防壁が空気に解けるように、静かに消えていく。満足そうに頷いたライカの顔には、ミシュアル達に向けるのと同じ、天真爛漫な笑みが浮かんでいた。
「よし、ちゃんと聞こえたらしい。じゃ、ようやくオメーの片付けだ!」
歳に似合わぬ褐色の筋肉質な腕が、少年をズルズルと引き摺ってあく。僅かに岩の縁から前へと突き出された少年は、眼前に突きつけられた光景に、いよいよ泣き叫び始めた。
彼の視界にあるものは、米粒程になった瓦礫と、それよりも幾許か大きな岩ばかり。ビル六階分に相当する高さに身を晒しているのだから、こんな反応も当たり前である。辛うじて聞き取れる「嫌だ」の声に、ライカは舌打ちをひとつ零した。
「イヤじゃねーよ。こちとら一週間前、散々世話になったからなぁ? 痛みなく逝けると思うなよ」
「ヒグっ!? い、一週間、前? なんだよ、それ」
「ハァ。知らねーフリをするんなら、もういい。あとはテメーの脳みそに聞くからさ」
「――ぁ、あ」
ライカの脚が、ビスケット色の光を纏い始める。バチバチッ、と音を鳴らしながら。そうして生まれる光は、心なしか普段より強く感じられた。
「ヒィ!? やめっ、たすけ――」
最後の悪あがきだろうか、少年の瞳からはまたしても多量の血涙が零れ落ちる。だが所詮は逃げ場無しの身。できる抵抗というのはこの程度だ。
少年の体はたちまち宙へと飛び出した。浮遊感に包まれた彼の目は、驚愕と恐怖で見開かれる。見下ろした先に待ち構えているのは、他ならぬ少年自身が作り上げた、瓦礫まみれの地上。しかも、細かな石が散らばっている、限りなく地肌をむき出しにしたポイントだ。
一瞬の無重力状態を経て、体はグイグイと急降下していく。眼前に広がる絶望的な光景に、少年は悲鳴を上げた。空中で足搔こうと躍起になるものの、彼の手は虚しく宙を掻くばかりである。
鼓膜にぶつかる空気の波が轟音を立てる中、バチバチと電気のスパーク音がかすかに聞こえた。
「うっ、うわぁああっ!?」
自分自身の絶叫を認識するよりも早く、少年は地面へと叩きつけられた。ダァン! と大砲でも発射されたかのような音と共に、少年の胴体はすっかり赤黒いペーストへと変わり果てる。
「こんな高さから落ちたら、生きてねーよな。さてと」
飛び散った肉片を見下したライカは、手にこびりついた砂を払いながら独りごちた。軽やかに地面へと降り立ち、衝撃で吹き飛んだ少年の首へと歩み寄る。
「あっちゃー、やっちまった。いつも汚くなっちまう。でも、正直スカッとしたぜ!」
ざまあみろ! と言いたげなライカの顔を、光の失せた少年の瞳が、じっとりと見上げていた。




