2-9 黄色い花火
石英が続々とぶつかっては、元の砂に戻っていく。ざらざらと流れる砂の中に、瓦礫が浮かんでは消えていくのを、ミシュアルはただ眺めていた。
「いいよ、ジョン! そのままこの子に魔力を供給し続けて!」
「足下、失礼しますよォ。どうぞ小生の魔力もお使いください」
(調子が戻ってきたのって、魔力を分けてもらってたからだ――っ!)
回復していく体力と魔力と反比例して、気力だけが音を立てて削れていく。いつ砂が襲いかかってくるのか分からない中、ミシュアルは懸命に奥歯を嚙みしめた。
やがて、四回の石英の濁流を乗り切ったあたりで、街はやっと静けさを取り戻した。辛うじて倒壊を免れた建物へと身を寄せ、ミシュアル達は荒い息を吐く。気がつけば辺り一帯は、どこからが表通りでどこからが裏路地なのか、さっぱり分からない状況になっていた。
「お、終わった、のかな」
「こっちまで『ざざー』、こなくて、良かったね」
「キュン」
「ああ! 魔力不足でジョンが犬に! よく頑張ったね!」
座り込んだシエノの足に寝そべる、大型犬サイズのジョンの姿は、どことなく誇らしげだ。そんな彼に愛おしそうな視線を向けて、シエノは怪我の無い頭や背中を撫でている。
どうやら、なんとか石英の濁流による危機を脱したらしい。ミシュアル達は胸を撫で下ろすも、まだ安心仕切ってはいない。魔力不足に陥っていたとしても、少年はまだ無傷。ここで彼を倒さなくては、最悪、フッサム拠点支部すら無くなるかもしれない。ライカは柄にもなく、真面目くさった顔で唇を引き結んだ。
「あ、そうだ。負傷報告しないと! タンマツ、タンマツ……あった。もしもし、レンお爺ちゃ〜ん? 負傷一名で〜す、えっと名前は」
「面倒な。そちら、お借りしても? 失礼……負傷者のヒルバーです。脚に結構な重傷を負いまして、エエ。小生の回復力ならば大した損傷ではありませんが、任務は続行不可能です」
「ちくしょう、戦闘員が一人欠けちまった。ミシュアルが壁を作ってくれたから、まずどうにかなったけど、このまま持久戦はきちぃな?」
ゆらり、とライカがおもむろに立ち上がる。
「オマエ、もう少しだけ光の壁、張ってられるか? できればこの辺りを広く囲えるヤツ」
「そうなると、あと五分くらいしか持たないかな」
「なら、僕、支える。頑張る」
「ありがとうございます! ……で、ライカはどうする、の」
緩く首肯するネスルの傍らで、ライカの顔を覗き見た事を、ミシュアルは早速後悔した。彼からは、もう溌剌とした明るさは感じない。何時ぞや感じたような、獣のような殺気を纏っている。
ゾッと総毛立つミシュアルに見送られながら、ライカは防壁へと手をやりながら、吐き捨てるように呟いた。
「オレ、アイツぶっ殺してくる」
怒り心頭といった様子のライカに、ミシュアルは目を白黒させる。自分の弱い引き止めでは、怒れる彼の足は止まらない。そう察したミシュアルは、仕方なく防壁の一部を開け、彼を外へと出した。
彼が一歩進む度に、電気スパークに似たビスケット色の光が、ライカの瞳と手足から発せられる。その様はまるで、彼の全身に、小さな雷が走っているかのようであった。
「さてと。オイ!! オマエ!!」
「も〜、うるさい……な……」
鬼気迫るライカに、少年はビクリと体を震わせる。絶大な危機感が冷や汗となって、彼の色白い背を滑り降りる。身動きをとろうにも、陣取った岩の上では動けるスペースがそもそも少ない。慌てふためく少年であったが、ライカが彼の足元でとまった瞬間、口だけは先程までの威勢を取り戻した。
「な、なんだよ。マジギレかよ、こええ〜! てかさ! あいつが怪我したのなんて、単純にあいつの力不足じゃん。なんでお前がキレてるわけ? 意味わかんねえんだけど」
「わかんねーならいい、こっちも理解してもらおうとか、ちっとも思ってねーからよ」
ライカの言葉に、発せられる殺気に、少年の顔色がさっと青ざめる。遠くからでもピリピリと、ミシュアルの肌が引き攣るのだ。濃度の高い殺気を、鋭い視線を、近くで浴びている少年の心境はいかほどか。
だが、それでも強気な態度は崩さない。怯えた態度を取りつつも、少年は今にも魔術を発動させようとしていた。
「それ以上くんな、こっちくんな! あいつみたいに、べしゃって、潰してやる……っ! 本気だぞ!!」
「そんなん知るか。アイツの脚の落とし前、つけさせてもらうぜ」
バチバチッ、と、光が激しく瞬く。口角を好戦的に釣り上げて、目つきだけは冷静さを保ったまま――ライカは体をかがめた。開いた手を地につけ、所謂クラウチングスタートの姿勢になった彼が見据えるのは、少年が振り上げている右手である。
「意味わかんねえ、お前マジでなんなんだよ!」
少年の絶叫と共に腕が振り下ろされた瞬間、岩が彼の頭上へと出現する。途端に、ライカの足は地を勢いよく蹴り上げ、低姿勢のまま駆け出した。ドンッ、とテーブルを拳で殴ったかのような音が、遠くで成り行きを見守る、ミシュアルの鼓膜を震わせる。
(踏み込みであんな音が鳴るなんて……! なんて力だ!)
信じられないとばかりに目を見開くミシュアルを他所に、ライカは岩が着地するよりも早く飛び上がる。身の丈以上に飛び上がった彼の着地点には、先程少年が投げつけた岩が鎮座していた。
当然、少年もただ己に迫り来るライカを眺めているだけでは終わらない。続々と岩が生み出され、彼を潰さんと飛来する。
しかし、目の前の障害など物ともせずに、彼はひらりひらりと攻撃を躱し続ける。避けきれないものは、魔術による強風を纏った蹴りで軌道を逸らし、時には身を低く屈め、岩の隙間を掻い潜っていく。
「畜生! なんで、なんで当たらないんだよ!」
「そーやって考え無しに、魔術をボコスカ使ってっからだよ!」
その言葉で、少年は改めて自分の荒らした景色へと目を向け……はっと息を飲んだ。これまでに放った岩が、まるで道のように並び立っている。そればかりか、少年へと至る直線ルートを作ってしまっていたのだ。
「あ、嘘、嘘だろ」
「オマエさー、これは気付けよ」
(荒々しく見えるのに、結構冷静だ!)
ミシュアルの感想などつゆ知らず、ニヤリと不敵に笑ったライカが、岩の上で足首を回す。この距離など、ライカの脚ならば五秒少々で、少年へとたどり着くだろう。己の大失態に気づいた少年は、目の前に砂を撒いては巨大化させ、ライカを押し流そうと画策する。
しかし、それもまた逆効果だった。ライカはまたしても跳躍し、石英の波を飛び越えたのだ。
勢いのまま上空へと身体を踊らせたライカは、真下で呆然と立つ少年の頭に狙いを定める。はっと我に返った少年が見上げた先に映ったのは、勢いよく振り下ろされる右脚であった。
「その頭、潰してやるぜ!」
「ひっ!」
少年は手の内の石に魔術をかける。石を巨大化させて、ライカの攻撃を防ぐ盾にしようとしたのだ。しかし、ここで少年は更なる失態を犯した。ミシュアルの防壁とは違い、彼の盾には重さがある。当然、抱える程の大きな岩など、彼の腕では数秒と抱えてはいられない。
風船のように膨らむ石のすぐ側で、バキバキと枝が折れるような音がした。
「う、ぁあああああ!!!?」
額から脂汗を流し、痛みに呻く少年を余所に、ライカの右足は勢いを緩めず振り下ろされる。
「があっ! ぐ、う。こんな、こんな化け物が――」
「あっ!? オイオメー、逃げてんじゃねーよ!」
岩の上に仰向けに倒れた少年の、粉砕骨折した左肩を踏みつけながら、ライカは捕まえたと言わんばかりに声を荒げる。そればかりか、タバコの火でも消すかのように、ライカの踵がぐりぐりと更にめり込んでくるのだ。
為す術なく倒れる少年は、すっかり魔力残滓の光が消えた瞳を血涙で潤ませて、幼児がイヤイヤをするかの如く首を振った。




