2-8 ビスケット色の殺意
この大陸では珍しい、白っぽい肌色の少年が、こちらをじっと見つめている。元気よく跳ねた金髪を、傷だらけの指先で遊びながら、顎を少しばかり突き出している彼は、明らかにミシュアル達を見下していた。勿論、物理的にも、心理的にも、である。
加えて彼の瞳は、ミシュアルよりも派手な光を、横一直線に放出していた。金属加工の工場で飛び散るような、グレープフルーツ色の光は、今にもシュウシュウと音を立てそうである。
(間違いない。あいつの仕業だ! でも、あいつは確実に、俺より強いだろうな……)
直感が警鐘を鳴らす。瞳から迸る魔力の光の様子からして、ミシュアルが太刀打ちできる相手ではないのは明らかだ。
歯噛みする彼を見下ろして、少年はフン、と鼻を鳴らす。不機嫌そうではあるものの、眼光だけは自分が優位にあるのだと、疑ってもいない様子で輝いている。明らかにこちらを舐めた態度に、ライカが鋭く舌打ちをした。
「うろちょろしてて、マジうっぜー。とっとと潰れちゃえ!」
少年の声に呼応するかのように、黄色い光が空に瞬きだす。
その刹那、ドオン! と派手な爆発音が、ミシュアルの背後で轟いた。何事かと振り返れば、そこにはいつの間にか接近していた警察車両が、岩によって潰れていた。
「こちらナムゥ処理三班! ナムゥ同士の交戦を確認! 被害甚大につき、応援頼む!」
「君、愛育の師はなんと!?」
「繋がりはしましたが、この様子では到着に時間がかかると――」
「とにかくここは危険だ! 我々も岩に潰されるぞ!」
無線連絡も虚しく、一人、また一人と、警官が車両諸共潰れていく。残った車両で撤退を開始した警官隊を見送って、ミシュアルは長くため息をついた。
(これで、この辺りには俺達と、あいつしか居なくなったわけだ)
魔術の防壁を張り続けて、約十分。それでも状況が好転しないのは、ひとえに相性の問題であった。
相手の魔術が遠隔攻撃に特化しているのに対し、幹部達の得意とする魔術は、揃って近接攻撃か撹乱用の魔術に偏っている。ミシュアルは一人、魔力不足で薄くなりつつある、防壁の展開で手一杯。まだ戦えそうな獣人のジョンはと言えば、シエノを遠くへ避難させたきり戻ってこない。きっと、戻り道を岩で塞がれてしまったのだろう。
こんな状況だが、打つ手が完全にないわけではない。ナムゥであるライカやネスル、ヒルバーは、水を指や手から放出して反撃を始めた。都合のいいことに、周りには少年の放った巨石によって細やかな砂塵が舞っている。それを飲み込んで放たれる水流は、岩をも砕く力を有していた。加えて相手の攻撃には緩急があり、落石量や方向が一定ではない。そのわずかな時間が、彼らの反撃に繋がっていた。
「くそっ、キリがない! どうしたら倒せるんだ!?」
「――アイツの魔術は分かっている。『手にした物を巨大化する』固有魔術だ。そこらに落ちてる石を拾って、魔術で巨大化させているんだ! それは分かってんだよ!」
だが、ライカが少年の能力を見破ったところで、結局何も状況は好転しない。ただ悪戯に、自分達の体力と魔力が削られていくだけだ。既にこちらは、魔力不足に片足を突っ込んでいると言うのに、少年の持久力には参ってしまう。
(耐えろ耐えろ耐えろ! ここで手を下ろしたら、皆潰れてしまう! 圧死の未来だけは避けないと!)
何度目か分からない生唾を吞み込み、ミシュアルは唇を噛みしめる。より意識して防壁を強固にしようとした、その瞬間。ミシュアルの耳は、今最も聞きたくない音を二つ拾った。
バキン! と、自らの防壁が破られる、飴を砕いたかのような音。そして――
「ぐあっ」
苦しそうな呻き声が、遠くから微かに聞こえてくる。岩の雨が一瞬止んだ頃合を見計らい、声の方を振り返れば、そこにはヒルバーがうつ伏せになっていた。
「ヒルバーさん!」
起き上がろうと上体を起こす彼の左脚は、膝から下を岩に潰されて、至極色の血を撒き散らしていた。
悲惨な光景に、ミシュアルは息を飲む。それでも、ここで彼を見捨てるわけには行かない。ミシュアルはヒルバーを担ぎ、薄くなった光の防壁を操って、建物の陰へと隠れた。
「一体、何があったんです?」
「降ってきた岩の中に、別の小石が混じっていたんですよ。時間差で、地面に近付くと同時に巨大化するようにね」
「それで……」
ぐしゃりと顔をゆがめて、ヒルバーは悔しそうに俯く。ミシュアルの表情が険しくなる中、未だに高圧水流を放つライカの舌打ちが、二人の鼓膜を震わせた。
今更ながら、ライカは少年の意図を悟ったのだ。少年はわざと攻撃に緩急をつけて、急激な攻撃の方にライカ達の意識を向けさせていた。時限式で作動するもう一種類の攻撃の準備を、悟らせないように動いていたのである。一本調子で投げた石を巨大化し続けていたのも、少年の固有魔術が単純なものだと誤認させるための作戦だろう。
(そんな時限爆弾みてーなのを作れるってなら、尚更早くカタをつけねーとな。どうにかしてあの能力、無効化できねーか!?)
焦るライカとは裏腹に、少年はゆっくりと手を引っ込め、攻撃を止めた。より小高い岩の上から見下ろす表情は、負傷したヒルバーを馬鹿にしているかのように歪んでいる。
「あれあれー? 早速一匹脱落かな?」
どうしようもないくらいに腹立たしいが、まずは怪我人の避難が最優先だ。ミシュアルが魔術の防壁を展開し直し、元来た方へと必死に伸ばしている間、ネスルとライカでヒルバーを担ぐ。
「それにしても、残りはどこ? 三人は見つけたんだけどな。このまま逃がしたら、あの方に怒られちゃう。全員死にました、って報告しないと、僕が……!」
慌てた様子の少年から、またしても魔術の光が迸る。石の投擲を身構えるミシュアルだったが、彼の手から静かに落ちたのは、それ以上に細かな物――砂であった。
(あいつ、まさか!)
さっと顔を青ざめる、ミシュアルの考えは大当たりであった。何せ少年の能力は巨大化である。小石よりも遥かに細かく、多量の、砂粒一つ一つに魔術を掛けたらどうなるか。
嫌な想像をしたミシュアルの喉が、ヒュッと音を鳴らす。それを合図にしたかのように、なおもニヤつく少年の手から、砂埃が払われた。
「これで、見やすくなるかな〜?」
黄色い光が炎天の中でも分かるほど、激しく輝く。逃亡を図るミシュアル達三人の背後から、もうもうと土煙を立ててやって来るのは、テニスボール大の石英の濁流。一つ一つは生命の脅威にはならなくとも、あれだけの数が密集すれば、ヒトを圧死させることは容易いだろう。
飲み込まれるものかと、全力でかけ出そうとするミシュアル達。そんな彼らの脚を、百八十を超えるヒルバーの巨体が鈍らせる。
「皆さん、小生のことは――」
「は!? っざけんな、誰が置いていくかよ!」
もうこのまま、飲み込まれるだけなのだろうか――そう、諦めの影が内心を過ぎった時であった。
「皆! こっち! 右見て右!」
「シエノさん! ジョンさんも!」
比較的元の形状を保っている路地裏から、シエノが叫ぶ。その傍らでは、獣人姿のジョンが、ミシュアルへと手を伸ばしていた。
やっと現れた味方の登場に、三人の脚に力がこもる。二人はヒルバーをシエノの方へと投げ飛ばし、勢い任せに路地裏へと倒れ込む。ジョンの毛に覆われた手を掴んだミシュアルは、ふと、不思議な感覚に囚われた。身体にいきなり、あらゆる活力が戻ってきたような、熱い何かが心を満たすような。
(理由は分からないけど、これなら、また防壁を作れるかも!)
ミシュアルの瞳は再びオレンジ色の光を取り戻し、この場にいる全員を囲うように、防壁を作りだす……




