2-7 油断大敵
新年明けましておめでとうございます。
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こちらにて新年企画の1つ「番外編として書いて欲しい内容」についての投票をしていますので、どうかご協力お願いします!
そうして迎えた一週間後の今日、任務決行の日。教会の鐘が正午を知らせる中、幹部達とミシュアルは、フッサム拠点支部に繋がる細い路地を進んでいた。
「朝イチから歩いて、やっとここまで来たな! お前ら、作戦は覚えてるか!?」
「ちょっとライカ、声が大きいよ!」
「新入りくんもね。いい? ナムゥの出没情報が出れば、ヒトは一ヶ月は警戒するの。どこかに愛育の師がいたりしたら、偵察どころじゃなくなるよ?」
「はっ、すみません……」
「ワリィ、それもそうだな」
ライカが黙ると途端に、砂漠地帯特有の酷暑が、ひしひしとミシュアル達の肌に襲いかかる。現在の気温は四十度を優に超え、秋とは思えないほどの猛暑日。今は日陰で涼しい所を歩いているが、それでも身体中から汗が吹き出しては蒸発していく。
加えて、ミシュアルが意図的に大回りをしたこともあり、幹部達の足は少しばかり重そうだ。特に犬の姿になっている獣人のジョンなど、だらりと舌を伸ばしている。可哀想な姿だが、安全には代えられない。それに、ここまで来れば、もう目的地は目の前である。ミシュアルの顔つきは、心做しか自信に満ち溢れているように見えた。
(大丈夫、今の所なんの問題も起きていない。安心しろ、俺。一週間の間に、魔術の練習をしただろ? 愛育の師と戦った時にやったような、両手以外のどこからでも、防壁が出せるようにってさ。それに、レンさんやサーラブさんから本を借りて、魔術やナムゥについて勉強もしたじゃないか!)
自分自身に発破をかけて、ミシュアルは意図的に一歩を強く踏み出す。たったそれだけでも、自分の心中に、砂漠の夜の風に似た、清涼な空気が流れていくような気がした。
それに、ミシュアルの今日の任務は、誰かの命を奪う事ではない。戦闘を回避出来るかもしれないという希望的観測だけでも、彼の心は穏やかさを取り戻す。
(バシャルさんからの命令は、道案内と偵察。その途中で、もし戦闘になったら、皆を守る防壁を作る事のふたつだ。それだけなら、俺だって出来る……っと、いけない。そろそろ況確認しないと)
自分の任務を果たすべく、危険が潜んでいないか、ミシュアルは注意深く探っていく。路地裏、建物の影、この細い通路から見える表通り……時折視線を動かしては、見慣れないものがないかを探す彼の目に、静かに映ったものがあった。
まるで睨むような目つきで、建物を見上げるミシュアルの視線の先には、古びたビルの屋上に立つ人影が一つ。微動だにしないそれは、何かを待っているようにも見える。
「ライカ、あそこのビル、誰かい――」
ミシュアルが言い終えるより早く、手をライカの肩に乗せるより早く――それは突如として轟いた。
ドオォオンッ!!
突如として、鈍く重い爆発音がミシュアル達の耳を劈く。まるで分厚い壁を隔てた向こう側から、大太鼓でも打ち鳴らしたかのような、あまりにも大きな音だ。
空気を振動させるようなそれに、ミシュアルは思わず耳を塞いだ。だが、視界を閉ざしていては、いざと言う時に動けない。生理的反応に抗い、ぎゅっと閉じようとする瞼をこじ開けて、ミシュアルはライカと共に、音の出所を探る。
その答えは、わずか数秒で見つかった。
先ほどミシュアル達がやって来た方角から、オレンジ色っぽい砂煙が立ち上っているのだ。音の発生源は、間違いなくこれだろう。そう信じて、煙の中へと目を凝らしたミシュアルは、えっ、と驚きの声を上げた。
――岩だ。街中ではありえない大きさの岩が、三階建てのビルの頭から顔を覗かせている。
(なんっ、だあの巨石! こんなの、もっと海側の……ティスキウ火山の方に行かないとない物なのに!)
ミシュアルは息を呑んだ。あれほど大きな岩が、突如として出現したのだから、驚くなと言う方が無理な話だ。思わず硬直する彼の耳に、追い打ちをかけるかの如く爆音が再び轟く。
「きゃあああ!! なになに、なんなのぉ!」
「きっとナムゥだ! 早く逃げるぞ!」
住民達は蜘蛛の子を散らすように、四方八方へと駆け出す。その騒乱の中で、ライカが声をはりあげた。
「オマエら、走れ! オレについてこい!」
向かう場所は前方、フッサムの拠点支部だ。
その最中も爆発音は続き、地面が大きく揺れる。砂地が盛り上がり、建物は倒壊し、住民達の悲鳴が響き渡る。あまりにも酷い光景に、ミシュアルの心臓は、今にも張り裂けそうなほど高鳴り続けた。
「ぼさっとしている暇は無いですよ、急いで!」
「うわっ」
放心と緊張から、転びそうになるミシュアルの手を、ヒルバーがガッと掴んだ。
彼の言う通り、今は拠点支部に急ぐしかない。ミシュアルは必死にもつれそうな足を動かし、前へ、前へと進んでいく。だが、間もなくして、その身体は衝撃に包まれた。
ドオォオンッ!! ガラガラガラッ!
道の前方を突如として、落ちてきた大岩が塞いでしまったのだ。至近距離からの途方もない衝撃に、体の軽い四人と一匹が後方へと吹き飛んでいく。
戦闘慣れしているライカは素早く受身を取り、食らった衝撃が抜けきれていないネスルを庇う。一番遠くに吹っ飛んだシエノは、連れ立っていた獣人のジョンが、咄嗟に人型となって受け止めていた。倒壊した建物の影で、抱き起こされるシエノは無事そのものだ――ジョンは少しふらついていたが、大事には至っていない。
ヒルバーはと言えば、なんと地面にピタリと手をついて、あの衝撃を耐えきっていた。爬虫類のような手を持つ彼だからこそ出来た芸当に、感心している余裕はない。
現時点で、ピンチなのはミシュアルだけである。
(まずい、ぶつかる!)
ぐんぐん迫る民家の壁に激突するよりも早く、ミシュアルは反射的に魔術の壁を出現させる。遠距離の壁にぶつかるより、距離の近い壁にぶつかった方が、まだマシだろう。そうして動く事が出来たはいいものの、衝撃は完全に消しきれず、彼の体へと容赦なく襲いかかった。顔を歪めるミシュアルの耳に、遠くから瓦礫の崩れる音が聞こえてくる。
「無事か!?」
「めっちゃ背中痛い……でも、平気!」
ミシュアルは光の壁を背にしたまま立ち上がり、周りを見回す。流石と言うべきか、かんぶたちに重傷者はいないようだ。
(しかしどこから出てきたんだ、あのでっかい岩! こんなに大きい物は、もっと海の方に行かないと無いはずなのに!)
その間にも、巨石はまるで雨のように、ミシュアル達に向かって降り注ぐ。
「皆さん、俺の近くに!」
「おう!」
幹部達を囲うように、ミシュアルは魔術の防壁を伸ばす。降り注ぐ岩を、触れたそばから粉微塵にしながら、衝撃が来ないよう、分厚く張り巡らせていく。これならば、魔力が続く限り、岩で圧死することは無いだろう。ミシュアルは改めて、降り注ぐ岩を眺め……ふと気が付いた。
(この岩、空中から突然現れてないか?)
というのも、岩が発生する前には必ず、チカチカと光が現れるのだ。それがバチン! と弾けるように強く発光するたびに、巨石がその場に落ちてくる。これには、ライカやネスルも薄々気付いてはいたらしい。
「出処を探せ!」
ライカの号令で全員が辺りを殊更警戒し始める。ミシュアルは慌てて周囲を見渡したが、それらしき人影は見当たらない。ふと思い立ち、先程人影を見つけた建物を探すも、既に倒壊して瓦礫の一部となっていた。
(じゃあ、あの上にいた人はどこに……)
ミシュアルが目を擦った、その時であった。
「ねえ、あそこ。『感じる』よ」
「あっ! いた!」
ネスルが指をさしたのは、崩れ落ちた建物の残骸。その中でも一際高い山の上であった。
もうもうと立ち上る、砂煙の中から現れた人影は、先程見たものと同じ姿。やがて砂煙が晴れたそこに佇むのは、十代前半くらいの少年であった。




