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罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
二 暗黒へと踏み出す一歩
20/70

2-3 ミシュアル少年

「さて、どこまで話したか……仕事の話はしてねえよな」


 全員が席に着くなり、バシャルは悩ましげな声を上げた。ヴァーサ・オーリについて、朝のうちにどれ程話したかを忘れていたのである。銃撃のせいで記憶が朧気であった二人は、揃って首を傾げた。


「ええと、裏社会がゴタゴタしてる? みたいな話はなさってたかと」

「つまり何も話してねえってこった」


 乱雑に頭を掻きながら、バシャルは苦笑する。本来ならば、フッサムの拠点支部にいた時に、ざっくりと話をしていたつもりだったのだろう。


 しかし、その表情には、焦りの色は微塵も感じられなかった。むしろ、どこか楽しそうにも見える。

 自分の仲間や組織を、それ程誇らしく思っているのか、それとも別の何かがあるのか。それすらも悟らせないままに、バシャルは説明を始めた。


「この身共『ヴァーサ・オーリ』は、魔術の素養があるナムゥを中心とする、新興組織だ。発足して今年で五年になる。仕事としては主に詐欺、武器の製造と密輸が主力。あとは幻想種……羽の生えた馬とか、半魚人なんかの、『魔術(シーガ)が使える生き物』との取引だな。当然、幻想種の生体(そいつら)の販売もしている」

「は……?」


 指折り数えながら、バシャルは言葉を紡いでいく。その内容は、まさに表の世界では到底受け入れられない内容ばかりだ。詐欺や武器の密造など、表沙汰になってはならない類のものである。

 特に、最後に出てきたものが問題だ。彼らは幻想種と取引をするどころか、幻想種そのものすら扱っている。それはトゥラーゾ教徒からすれば、何ともおぞましい所業だ。


「それって、トゥラーゾ教の禁忌じゃないですか! そういう人も居るって聞いてはいたけど、まさかバシャルさん達が関与していたなんて!」

「禁忌? ああ、幻想種との関係を持つなってやつか。あんなの信仰心のねえヒトにとっちゃ、あってねえようなもんだろ。禁忌なんざ、宗教が決めた倫理的な価値観なんだからな」

「いいかい、ミシュアルくんやい。この世の中にはな、神を拝んでるフリして、内心で舌出してる奴も一定数いるんだ。そういうのが、あっしらの客。幻想種の剥製だとか、毛皮で作った外套なんかがよく売れる。この間は何売ったかな……」


 あれだろこれだろ、と指折り数えるサーラブの調子は、まるで商店の店主が特売品の話でもするかのように軽い。これには未だトゥラーゾ教徒としての倫理観を持つミシュアルも、面食らう他なかった。


「――もちろん、犯罪行為だけじゃ金にならねえ。表向きには、貿易会社としても活動している。仕事は他にもまだまだあるが、今は全部覚えなくていい。覚えて欲しいのは、この組織はどういうことをしていて、どんな奴らがいるかだ」


 首の後ろをさすりながら、「覚え切れそうにない」と、ミシュアルは遠回しにアピールをする。そんなささやかな主張を、バシャルは一蹴するように鼻で笑い飛ばした。


「そう心配するな。組織の細かい構成や組員については、また追々教えていく。それに、この身共の組織は新興組織、覚えなきゃいけねえ幹部達も少ない。覚えるのは簡単だろ?」

「それは……」

「それとも、地図じゃねえから覚えにくいか? 裏組織の調べじゃ、『地理や人間に関しての物覚えはいい』とあるが」

「それは長い間、お客様のお相手をしていたからですよ、きっと。その辺はあまり、期待しないでください」


 個人情報どころか、第三者から見た情報まで網羅されている事実に、ミシュアルは困惑する。が、それも一瞬のこと。思い返せば、拾われた日の朝方に、個人情報保護もへったくれも無いことを言われたではなかったか。


(そういやこの人、俺の個人的な事とか、住所や職場、なんなら始業時間まで知ってたな! おっかね、いつから目をつけられていたんだか!)


 そこまで考えたところで、ミシュアルはバシャルを睨むように見やった。彼は相変わらず、不敵な笑みを浮かべている。まるで、ミシュアルの反応を楽しんでいるかのように。

 胡乱げなミシュアルの視線に気付いたのか、バシャルは細めた目をそのままに、あっさりと話題を変えた。


「とにかく、今日から構成員となることは変わりない。暫くは忙しくなるから覚悟しておけ」

「わっ、分かりました。それで、具体的には何をすれば?」

「そうだな、じゃあ――」


 だが、次を話そうとしたバシャルの口は、勢いよく手を伸ばしたライカによって遮られた。


「なあなあ、親方サマ! オレ、コイツについての話、なーんも聞いてねえぞ!」


 不満そうな顔をしたライカは、頬杖を突きながらバシャルをじっと見つめる。仲間外れにされているとでも思ったのだろうか。彼は口を尖らせ、外見相応に足をバタつかせた。

 その様子に訝しげな顔をしたのは、シエノである。


「――ライカ、あんた、昨日の幹部会にはいたよね? 『ヤラナンのナムゥ確保について』の。あの時に話してたはずだけど?」

「えー? そうだったっけか?」

「仕方ねえよ、シエノちゃん。この子ったら、興味ないことはす〜ぐ忘れちまうんだから」


 サーラブの言葉に、ミシュアルは思わず苦笑いを浮かべる。バシャルもバシャルで、特に反論することなく、肩をすくめてみせるだけだ。


「いい機会だ。ミシュアル、自己紹介してやれ。裏で回ってる情報は、この身が後付けする」


 バシャルはミシュアルの方へと向き直り、軽く顎をしゃくって指示を出す。それを合図に、ミシュアルは席から立ち上がった。


「えーと、改めまして? ミシュアル・ラティーフです。十歳から一昨日までの間、モフセン運輸で、このモントリア王国の南部――主にヤラナン地区と、ヴァジャ地区を中心に配達の仕事をしていました。あ! あと最近は、隣の国のグログフにも、足を伸ばしていましたね。モントリアの南側と、グログフとの国境辺りまでの地図なら、頭に入ってます。よろしくお願いします」


 簡単な挨拶ではあるが、その分だけ覚えやすい。仲間達の表情が和らいでいくのを見て、ミシュアルはほっとした。


「こんな感じで、いいんですかね?」


 バシャルへと確認を取るように、ミシュアルは彼を見る。しかし、彼は腕を組んだまま、難しい顔をしていた。


「どうしました?」


 バシャルは首を横に振ると、改めてミシュアルを見やる。そして、ふっと息を吐くと、小さく笑ってみせた。


「……いや、なんでも。伊達に『砂海(さかい)の羅針盤』なんて言われちゃいねえな。その若さでフッサム近隣のみならず、隣国の土地勘まである奴は滅多にいない。もっと自信を持て」

「え? あぁ、ありがとうございます?」


 褒められているにしては、妙に他人事な態度のバシャルへと、ミシュアルは曖昧に微笑んだ。

 彼の態度を不思議に思いながらも、ミシュアルはとりあえず自分の席に座り直す。それを待っていたかのように、ライカがそっと声をかけた。


「オマエ、実は結構スゲーんだな?」

「そうかな? いいのは土地勘だけだよ。地図を頭に叩き込むのって、俺にとっては仕事の基本だからさ。だからこんなに評価してもらえて、ちょっと驚いてるよ」


 というのも、ミシュアルは自身の能力を、それ程自慢できるものではないと思っていたのだ。周囲の土地の事は地図を見れば分かることである上に、荷物運搬をするラクダやロバの歳次第では、彼らが道を覚えていることもあった。ここまで広範囲の土地勘を有しているのは、一重にミシュアル本人の努力の賜物なのである。

 近隣住民の邪魔にならないように、手早く地図を覚え、ラクダだけでなく周りの事も気遣い、それでいて誰よりも早く仕事を終えて帰る。それは、砂漠を縦横無尽に走り回る配達員にとっては当然の心得なのだ。


(でも、こうして評価して貰えるなら良かった。人口密度の高いヤラナンで、迷惑にならないように……なにより俺のラクダ(ナルジス)のせいで道路が渋滞しないように、頑張った甲斐はあったな)


 特技と言うには余りにもささやかだが、褒められて悪い気はしないのも事実である。固くしていた表情筋を緩め、微かに笑うミシュアルを、バシャルは心做しか穏やかな表情で眺めていた。

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