表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
二 暗黒へと踏み出す一歩
18/70

2-1 ジグリスの一室

 モントリア王国きっての重要文化財にして、元城塞都市であるジグリス。そこは景観保護という名目のもと定められた、細かなルールによって、どこもかしこも同じような外観になっていた。また、道行く人々の服装も、くすんだ色味で統一されている。そのせいもあってか、街全体が無機質で無個性な雰囲気を醸し出していた。


 旅人ですら迷うようなこの街は、犯罪組織の人間からすれば、格好の隠れ場所である。彼らヴァーサ・オーリもまた、ジグリスに身を潜める組織のひとつであった。


 いよいよ日もとっぷり暮れた午後七時の支部(リヤド)。その一室で、ミシュアルはのっそりと目を覚ました。いつの間にか眠ってしまっていたらしく、部屋の中は真っ暗だ。部屋の奥にある大窓が面する中庭の景色は、煌々と輝く月明かりで、冷たく白く輝いていた。


 周囲を手探るうちに、ミシュアルは身に覚えのない布の感触に気付いた。思わずシャツを捲れば、そこには大判の湿布が貼られている。薬品独特のツンとした臭いを放ちながらも、その湿布は、的確に痛む箇所へと宛てがわれていた。


(処置、全部終わってる。俺が寝てる間に、やってくれてたんだ。レンさんにはまたお礼……そうだ、レンさんは!? あとバシャルさんも! 二人ともどこに行ったんだ!?)


 痛む体をバネのようにしならせて、ミシュアルはベッドから降り、素足のまま部屋の扉を開けようとした。ノブを握り、扉を引く――も、その扉は微かに動くものの開くことは無い。

 なにか突っかかっているのか、と視線をあちこちへ動かし始めたミシュアルは、ふと何気なく視線をノブの上側へと向けた。


(ああ、この腕のせい……か? えっ、腕? 誰の?)


 五本の細い指と、腕の筋すら分かるような、ピッタリとした黒い布を纏う人物に、ミシュアルは覚えがない。

 まさか、不審者だろうか。その可能性に思い至って、遅れて叫びかけたミシュアルの口を、扉を支えていた手が塞いだ。


「オット、そう叫んではいけません。他のお客様のご迷惑……といっても、この部屋の近くに宿泊客はいませんがね」

「ふぇ?」


 腕をなぞるように振り返れば、そこにはにんまりと笑う男が一人。全身を黒いタイツのようなもので覆った彼が、ニンマリと笑って見下ろしている。ホラー映画の登場人物のような姿に、ミシュアルはピシリと固まってしまった。

 声や外見こそ、人型……に近い姿ではあるが、所々にあるパーツが、彼を人外の存在だと知らしめている。頭部の左右に二本ずつと、額の右側へやや偏った位置に一本生えた、艶やかな鉱石のような角。先端がくるりと丸まった、肉感のある黒くて太い尾。これを有した人間など、いるはずがない。


(しかもこの人……人? 白目が黒い! 瞳だけ浮かんでいるみたいでちょっと、いや、結構怖いかも)


 そんなミシュアルの怯えをどう感じ取ったのか、人外男の三角形の尖った耳は、困ったように下へ僅かに下がっていく。


「誰もいなくなって不安だったのですね。御安心を、我らが頭領ならば、今は玄関口にいらっしゃいます。何せ此度の事件の早期解決をと、幹部をここに招集したのは彼なのですから。そうそ、レン殿は薬の調達に外へ出ておりますよ。朝方には戻られるかと」

「そう、でしたか」


 相変わらずこの人外男の雰囲気に慣れないまま、ミシュアルは扉から離れた。いつまでも暗い部屋の中で、それも扉と彼の体に挟まれているこの状況ときたら、どうも居心地が悪い。

 怪我だらけのミシュアルの手が、電気をつけようとさ迷う。ふわりと出処不明の冷風が、足をくすぐる中、ミシュアルの指はようやく、壁についた照明のスイッチを押した。カチ、と音を立てて部屋が明るくなったのと、カーテンが閉まる音は、ほぼ同時。

 男は窓を覆う厚手の生地を見やり、相変わらず何を考えているか分からない顔で、にっこりと微笑んだ。


「オヤオヤ、危ない危ない。ここは、拠点支部と言えども、リヤドですよ? 中が他の客に見られでもしたら大変です。客が表裏のどちらの社会にいるか、見ただけでは分からないのですから。どうか慎重に」

「すみません! なら今からでも、電気は消した方がいいですか?」

「それについてはそのままで結構です。窓掛け(サタラ)で目隠しはしましたので」


 そうですか、とミシュアルが言う間もなくして、廊下の向こう側から足音がする。ドタバタとしたそれは、誰かが慌ただしく走っているものに違いない。ミシュアルは身を縮めて、扉を睨みつけた。

 しかし、音の主はミシュアル達の部屋の前でピタリと止まる。唾を飲み込み、そうっと手を伸ばした……時だった。目の前で、ノックもなく、扉が勢いよく開いたのは。


「おっ邪魔……って! 誰だオマエ!」

「俺はミシュアル! そっ、そっちこそ誰だよ! あと人に向かって指を指しちゃダメだろ!」

「そうだよな、悪かった! オレはライカ、よろしくな!」

「……お二人とも、お元気そうでなによりですよォ、エエ」


 少年、ライカはわりかし素直に謝り、褐色の手指を引っ込める。聞き分けの良い態度に、ミシュアルもまた、指しかけた人差し指を丸めた。


(それにしても意外だ、俺と同じくらいの子もいるんだ)


 身長はミシュアルと同じくらいだが、体付きは彼の方が筋肉質でしっかりとしている。赤みがかった髪は前側だけ逆立っており、首の後ろから、襟足がちらちらと覗いている。

 特に目を引くのは、衣服全体に入った、ダメージ加工だ。黒いジーンズとホワイトグレーのインナーは、特に傷だらけである。黒いパンクロック風の上着も相まって、ライカの出で立ちは、リヤドの雰囲気から浮いていた。


「オマエ、親方様の言っていた新入りだよな? オレ達の仲間になるんだよな?」

「そうだよ」


 断言しておきながら、微妙な表情で返事をしたミシュアルを前に、ライカは小首を傾げる。だがすぐに目を輝かせた彼は、ぱっと明るい表情を見せたかと思えば、興奮気味にミシュアルへと詰め寄っていく。何事かと身構えるミシュアルの手を捕まえると、ライカはぶんぶんっ! と乱暴ながらも握手を交わす。当然、ミシュアルの腕の怪我などお構い無しにだ。


「じゃあ仲間同士、仲良くしようぜ! 見たところ歳は同じっぽいし! タメ、ってヤツだ!」

「う、うん。そうだね……いてて、よろしく、ライカ」

「よろしくな! あっ、おいヒルバー! オマエはコイツにアイサツしたのか!?」

「そういえば、していませんでしたねェ。小生、うっかりしておりました」


 耳馴染みのない一人称がまたしても飛び出したことで、ミシュアルは少しばかり驚いた。ヒルバーと呼ばれた男の声に振り返ると、ミシュアルは軽く会釈をする。


(この人がヒルバーさんだったのか。確かにきちんとした挨拶は、俺もしていなかったな?)


 ミシュアルに倣い、彼もまたゆったりとした動作で頭を下げる。その所作は優雅……というより、野生動物が、獲物との距離を図る動きのよう。とてもではないが、理性的とは思えない雰囲気を、これでもかと醸し出している。


 無言のやり取りに、なんとも言えない空気が流れる。気まずいそれを壊したのは、イラついた様子のライカだった。


「初めましてはちゃんと名乗れってば」

「これは失礼。では改めて……ヒルバーと申します。ミシュアル、どうぞよろしく」

「は、はい。こちらこそ」

「うんうん! アイサツは大事だ、ってフォーネが言ってたからな!」


 ミシュアルの部屋だというのに、ライカはまるで己の自室にいるかのようにくつろぎ始めた。身軽にベッドに飛び込み、うつ伏せのままパタパタと両足を上げ下げしている。


 そんな彼を咎めるように、ノックの音が部屋の中に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ