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罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
一 決意
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1-8 蜘蛛糸遊戯 前

「ひっ……おい、下の無事な奴! 俺らを無視して逃げてくれ!!」


 住民達は叫びながら暴れるも、全く解ける気配がない。まるで蜘蛛の巣に捕らえられた獲物のように、住民達は揃って、身動きが取れず苦しんでいた。


 そんな中、一人だけ無事な者がいる。他ならぬミシュアルだ。彼は咄嵯に身を屈めて、鞭の大振りな攻撃をやり過ごしていたのである。怯えていたが故の行動だったが、結果的にミシュアルは助かっていた。


「あら。初動だと言うのに、良い判断ですね? ですが、いつまで持つでしょう」


 びゅんびゅん飛んでくる鞭と糸を、ミシュアルは猿にでもなったかのような、機敏な動きで避け続けていた。こんな芸当ができるのは、決して武術を習っていたからではない。配達員だった頃に荷物を積んでいた相棒のラクダ、ナルジスの気性難のせいなのだが、そのことは今は置いておく。


 地面に打ち付けられて跳ね返る鞭は、まるでミシュアルの肌に食いつこうとする、白黒模様の毒蛇のようだ。鞭本体の動きを避けたと思っても、四方八方に伸びる糸が、ミシュアルの退路の邪魔をする。


 一見すれば場の支配権を握られた、不利な状況ではあるが、ミシュアルには魔術(シーガ)がある。彼は時折手を前に出し、防壁を作ることで、攻撃を防いでいた。


(でも、いつまでもデカくて分厚いのを使い続けるのは、俺の体力的に良くない。指から水を出した時みたいに、指から壁を少しだけ(・・・・)出せれば……!)


 薄くて小さな壁が出せたのは、まさにそう願った時であった。光量はあの大壁ほどではないが、微かなものが篭手のように、腕にまとわりついて輝いていた。傍から見れば、まるで手芸用の薄いプラスチック板でも貼り付けたかのようだ。しかし、彼からすれば頼もしい防具である。


(薄いだけあって、攻撃の一回も耐えられないくらい脆い。でも、ここに出て来て欲しいと思えば、俺の体がどうなっていようとすぐに出てくる。だから動く、動いて攻撃の隙間を縫って、あの人に直接攻撃する――!)


 駆け出すミシュアルの足から、勢いよく砂が舞い上がる。迫り来る鞭と糸を避けながら、ミシュアルはひたすらに、ベルナルデッタを追いかけていた。しかし悲しいかな、鞭の前にミシュアルの体力は削れる一方。1歩を踏み出す毎に、ミシュアルの息は上がっていた。


 貰ったばかりの白いシャツは、もう見る影もなくドロドロに汚れ、黒いズボンにはオレンジがかった砂が、爪痕のような線を描いている。目に見えるダメージに、ベルナルデッタの口角は微かに上がった。この有様であれば、あと一発攻撃を当てさえ出来れば、無力化できるに違いない。


 運動によってより熱を持つ体は、確実にミシュアルの体から水分を奪っていく。だが、水分が抜けた体のうち、どういう訳か感覚だけは研ぎ澄まされていた。


 ――ただ糸が出てくるだけの鞭じゃない。どこかで感じたことのあるような気配がする。


 それが何なのかを思いつくよりも早く、ヒュンッと風を切る音と共に、鞭がミシュアルをの右腕を襲う。防御が遅れたミシュアルの腕には赤い線が走り、血が静かに腕を伝って落ちていった。


「考え事ですか? 音速を超える武器相手に、余裕がおありなんですね」

「ぐっ……!」


 ミシュアルの顔に苦痛の色が浮かぶ。それを見逃さなかったベルナルデッタは、愉快そうに口角を上げた。


「さあ、少年よ。今こそ悪魔の力を手放し、呪縛から解き放たれるのです」

「死ねってか!? 冗談じゃない、まだ死にたくはないんだ……!」


 ベルナルデッタは、再びミシュアルに向けて鞭を振るう。先程よりも激しくしなる鞭を避けるべく、幼さの残る体は、必死になって逃げ回っていた。


(ふん、長期戦覚悟のような動き方ですね。それか、糸を警戒して様子見を続けているのか……ですがもう結構。そろそろ終わりにしましょう)


 ほくそ笑むベルナルデッタの眼前で、ミシュアルの体がふらりと揺れた。これ程までに目に見えた隙を、ベルナルデッタは見逃さない。苛烈にしなる鞭によって、汚れた服や肌が裂けていく中、とうとう肝心の足にも鞭の攻撃がヒットした。


 劣勢になっても尚、ミシュアルは諦めない。何度も汚い地面を転がりながらも、ベルナルデッタの方へと駆け出していく。


(どうにか打開しないと。俺ばっかり体力を削られる! それに、魔術を使いまくっているからか、妙に体が重いし! こうなったら、賭けるしかない!)


 ミシュアルは走る方向を素早く変え、ベルナルデッタの元へと向かう。ヤケになったと思われるこの動きにも、ミシュアルからすれば明確な目的があってのことだ。


(こいつの鞭本体もそうだけど、鞭から出される糸も……近距離には伸びて来ない。なら、間合いに入ってしまえば――!)


 ミシュアルの動きが変わった事に、ベルナルデッタは当然気づいていた。だが、すぐに対応が出来るわけではない。

 何度攻撃を叩き込もうとも、本体の攻撃全てを魔術で受け流し、糸を回避する。そんなミシュアルを、ベルナルデッタは止められない。ロングウィップの打撃どころか、糸の粘着性まで、あの光の壁は弾いているのだ。

 何をしても、ただ一方的に弾かれるだけ。悔し紛れに、鋭い舌打ちを零したベルナルデッタであったが、その程度でミシュアルが怯むわけもない。


 鞭を弾いてできた隙間が、まるでアーチのように変形し、ベルナルデッタへ至る道を作る。やっとできた鞭の隙へと、ミシュアルは迷いなく突っ込んだ。


 成長途中とはいえ、男の体――しかも、魔術で光の壁まで装備したミシュアルが、弾丸のように突っ込んでくる。当然、華奢な女性であるベルナルデッタには、受け止められるはずが無い。回避しようにも、自分で振るった鞭に逃げ道を塞がれてしまっている。逃げられない、と察した瞬間、ベルナルデッタの顔はさっと青ざめた。


「倒れろおお!」

「ぐふ……ぅっ!」


 魔術まで追加された体当たりを、モロに食らった体はぐらりと傾ぐ。その拍子に吹き飛んだ鞭は、ミシュアルのはるか後方へと飛んでいく。ついにベルナルデッタは、鞭を拾うことも無く、どっと倒れ伏したのであった。


「はぁ……はぁーっ! よかった、勝てた……!」


 張り詰めていた緊張の糸が切れたように、ミシュアルは地面にへなへなと座り込む。何せ初めて武器を持ったヒトと、こうして命に関わるやり取りをしたのだ。そんな恐怖にわななく体とは裏腹に、ミシュアルの心には壮大な達成感が満ち満ちていた。

 それは、真上で拘束されている住民達も同じである。ミシュアルの頭上から、高々と歓声があがった。


「す、すげえ! 愛育の師(セチーファ)をやっつけちまった!!」

「お前、どこかで武術でも習っていたのか!? 手練のような動きだったぞ!?」

「それより糸! 糸を解いてくれ、暑くて干からびちまうよ! どうにかできないのかい?」

「そうだった。皆、捕まってるんだった! やってみますので、動かないでくださいね!」


 ミシュアルは駆け出し、ラクダの群れの方へと向かう。そこには先程、ベルナルデッタが使っていた鞭が、地面にくぼみを作って転がっていた。


(糸を出せたのならば、しまうことも出来るはず。それに、あのヒトが使えたんだ。ナムゥの俺ならきっと、もっと上手く使えるはず)


 恐る恐る拾い上げてみると、鞭はずしりとした重さがある。形状は一見すれば、ラクダやロバを追い立てるためのそれに似ているが、この重さはおかしい。鉄の塊でも持ち上げたのかと思うほど、鞭の柄はずしりと彼の腕に負荷をかけている。


 ふと、思考を鞭へと向けたその刹那。突如として、ミシュアルの視界が黒い何かに遮られる。


「えっ!?」


 突然の出来事に戸惑うも、その正体はすぐに分かった。


「これ、糸か……っ!? なんで、どこから!!」


 ミシュアルの体を覆っているのは、あの鞭から放たれた糸である。それらを取り払うよりも早く、住民達と同じところに、ミシュアルの体は浮いていった。

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