1-6 脱出
パァン!! と風船が破裂したかのような音とともに、ミシュアルの力は炸裂した。
「ぼばっ!?」
思わず瞼を閉じた住民達の耳には、何とも間の抜けた悲鳴と、ドンっと鼓膜を震わす衝撃音が届く。やがて瞼越しの光が落ち着き始めた頃、住民達とミシュアル、押し付けられている男も同様に、恐る恐る瞼を開けはじめた。
彼らの視界に入ったのは――通路の隙間なく聳え立ち、煌々と輝く光の壁。これが、近くに転がる住民達の亡骸を避け、男を圧迫している。
(これが俺の、人を殺した魔術……)
昨夜は衝動で放っただけで、ろくに見もせず終わった力は、こうも鮮やかだったのか。改めてミシュアルは、己の魔術を――自分がナムゥとして、非科学的な力を使えるという、紛れもない事実を目の当たりにする。
「ぐ、ぐる、じい――」
光の壁は無慈悲に、男を建物の石壁に叩きつけ、圧力をかけ続ける。砂塵と血で汚れた、男の体のあちこちから、ミシミシと音が鳴っている。彼がある程度の装備を整えているとはいえ、非科学的な攻撃への対抗手段は無いらしい。いよいよ彼の骨、特に肩や腕は粉砕骨折を起こし、骨片で傷ついた肉と皮膚がどす黒く変色し始めた。
「げぇっ……げっ…………ごぷ」
男の意識はいよいよ途切れ、口から血の混じった泡を吹き始める。こうなってしまえばもう、後は時間経過で死ぬのを待つだけ。更なる加圧は不要だ。それを知らせるように、レンがミシュアルの肩を静かに叩く。
「ミシュアルくんや」
「は……そうですね、もういいですよね」
シュッ、と音を立てて、光の壁が掻き消える。支えを失った男の体は、ベチャッとした音を立てて、ミシュアル達の方へと倒れこんだ。
「えっ? この人、どうなったの?」
「死んだ? 死んだ?」
先程まで泣きじゃくっていた子ども達は、先程までの恐怖による号泣が嘘のように、素早い立ち直りを見せる。倒れ込んだ男へ近付き、汚れた靴の爪先で、つんつんと男の腹を突き始めた。
「こらっ! 君たち、よしなさい! まだ油断してはならん、この扉の向こうにもいるのだからな!」
レンの喝に、子ども達はがちゃがちゃとした足取りで、親の元へと急いで戻る。何人かの子どもは親から軽く叩かれながら、大人達と同じく、避難口の方へと視線を向けた。
一人の勇気ある住民が、玄関口へ繋がる扉をそっと閉める。その瞬間、あっと声を上げたのは、先程男を爪先でつついた子供の一人であった。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん」
「うん、何かな」
「あのね……さっきのビカーってしたやつで、扉の向こうのヒト、ぼーんって飛ばせないかなあ」
その考えは、ミシュアル自身も思いついていた。自身が発するあの魔術は、今まさに見せたように、先制攻撃の手段としては有効だ。更に形状が防壁のように巨大だからこそ、防御としても役立つだろう。
――ミシュアルが上手くこれを使えれば、の話だが。
住民達からの期待に満ちた視線が、ミシュアルに容赦なく突き刺さる。
「やってみます、けど……」
「けど?」
「死んでも、文句は言わないでくださいね?」
ひりつく空気の中、住民達はきょとん……とした顔で、互いを見合わせ始めた。その反応に不安がり、ミシュアルは両手を固く握り込みながら、そうっと背を丸める。とんでもない失言でもしたか、と不安になったミシュアルに浴びせられたのは、この状況下にあるまじき、快活な笑い声であった。
「あっはっはぁ! 安心しなぁ! 死んじまったら文句は言えねぇからよぉ!」
「あっ!? 確かにそうですね!?」
「よ〜っし、あんた達、立ちな! 気張っていくよ!」
住民達の猛烈な気合いの入りように、ついていけていないのはミシュアルだけであった。そんな戸惑いを振り切れと言わんばかりに、住民達はミシュアルの背を押し、前へ前へ……避難口の扉の真正面へと立たせる。彼らは彼の手にある、魔術という名の切り札に、全幅の信頼を寄せていた。
彼らの期待に応えるように、ミシュアルの手が、またしても光を放ち始める。瞳の光は花火のように飛び散り、火花の幾つかが、扉へぶつかり消えていった。
「準備……準備……はい、大丈夫です。いけます!」
「ミシュアルくん、頑張っておくれ! 扉を開けるよ!」
「坊や、自信をお持ち! あたしらはここで死んでも、文句なんざ無いからさぁ!」
「彼の背に続けぇーっ!」
バン! と勢いよく開け放たれた扉の先には、散弾銃を構えた大柄の男性が一人。
ニヤリと笑う大男は、余裕を持ってトリガーにかけた指を引く。だが、弾丸よりも早くその場を制したのは、ミシュアルの放つ魔術の壁であった。
大男は散弾銃ごと遠く遠くへと吹き飛び、フッサム拠点支部に接した道路のど真ん中に、背を強く打ち付ける。
よろよろと立ち上がろうとした大男が見たものは、住民達の姿が豆粒に見えるほど、遠くなった避難口……ではない。
キキィイイイイイッ――!
急ブレーキの音を立てながら突っ込んでくる、一台の軽トラックであった。
「あ」
ドンッ! と響く衝撃音の中に、グシャ、と聞こえる絶命の音。微かなそれに気づく事など当然無く、ミシュアル達は炎天の大地を駆け抜ける。
「銃撃は!?」
「もうない、もうない!」
「壁を解いていいよ! よくやってくれた!」
空気に解けていくオレンジの光に、駆け足の音以上の歓声が上がる。
息咳切って駆け込んだ汚い路地裏で、その声の賑やかな事といったらない。路地裏に接する家々の住民や、店員達が、続々と裏口を開けて確認する程であった。
「さあ、ここからがある意味本番だぞ!」
「……そうですね! このフッサムからジグリスまで、結構距離がありますし!」
「ミシュアル、前は俺達に代わりな! ジグリスの拠点支部はよく行ってるから、案内してやるよ!」
「殿はデカい奴で固めちまおう、さあ気張れよお前ら!」
「ありがとうございます……!」
途端に活気を取り戻し、人気のない道を賑やかな集団が駆け抜ける。我が物顔で裏路地に生活するホームレスや、ドラッグ依存者達を縮こませながら……
決して身なりが立派とは言えない人々の群れが、真昼間なのに薄暗い路地で、埃をあげながら突き進む。
危機を脱した彼らは失念していた。
この国、いや世界で、ナムゥがどう見られるか。ナムゥに味方する、トゥラーゾ教の背信者がどう扱われるか。
これらを、ヒトがどう見ているかすらも……
「はい、はい。そうです、先程フッサム四番街の裏路地を――」
「ええ、ナムゥがいるのは間違いありません。だってこの目で見たんですよ? 廃墟からオレンジ色の壁が現れたのを! それを出したヤツらなんですよ、さっきここを通ったのは!」
「彼らですか? ジグリスへ向かうと言っていましたね、はい」
「――本当ですか、あの方も来て頂けるんですか!?」
先程のヒト達がこぞって電話をかける相手など、決まっている。
このヤラナン地区の守護者とも言える、警察組織に加えて……
「お待ちしております、我らが『愛育の師』よ!」
ナムゥの最大の敵とも言える、トゥラーゾ教の聖職者であった。




