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罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
一 決意
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1-4 ガラスの平穏

 レンからの一報を受け、バシャルはミシュアルの部屋へと足早に戻る。威圧的な態度を隠しもせず、バシャルは扉へと、拳を叩きつけるように打ち付け……返事を待たずに開けた。


「ミシュアル、少しは落ち着いてきた……か?」


 無遠慮に扉を開いた部屋の中は、バシャルの記憶とは打って変わって、多くの物で溢れていた。殺風景だった部屋の中は、すっかり賑やかな様相を見せている。


 バシャルの記憶していた姿より小綺麗になった、ミシュアルが座る椅子には、いつの間にか小綺麗なクッションが敷かれていた。そんな座り心地が良くなった椅子の上で、ミシュアルは一心不乱に食事を続けて……いや、続けざるを得ない状態になっている。

 それもそうだ、狭いテーブルの上にはパンの他にも、そら豆のスープやゆで卵など、朝食の定番メニューが並んでいるのだから。その量と来たら、空いた皿すらテーブルに置ききれないほどである。


「さあ! まだまだあるからね!」

「んくっ、あ、ありがとうございます! でも……」

「遠慮はいらないって、ほら!」

(こいつが十六歳で育ち盛りつったって、その量は食いきれねえだろ)


 フードファイターの如く食事にありつくミシュアルから、バシャルはそうっと視線を外す。彼が黙々と口に運ぶ食事の量を見るだけでも、バシャルの胃は重苦しくもたれ始めていた。数時間前に消化したはずの朝食が、重苦しく腹を圧迫している。


 そんな中、やっと皿から顔を上げたミシュアルは、どこか萎れた表情のバシャルに気が付いた。相変わらず威圧感のある彼に、いい加減慣れたのだろうか。怯えもせず、屈託ない笑顔で、ミシュアルは和やかに話し始めた。


「あ、バシャルさん。先程はすみませんでした。俺ならこの通り、元気になりましたので、心配しないでください! 確かに色々、怖い事も不安な事もありますけど、頑張って馴染みますから!

「そうかよ」


 へにゃ、と笑うミシュアルに、バシャルの左目が静かに細まる。

 散々脅しつけられた相手に、どうして笑顔が向けられるのか……バシャルは彼の心理を理解できないまま、のっそりと口を開いた。


「食いながらでもいいから聞いておけ。お前がこれから嫌ってほど世話になる、この裏社会の現状についてな」


 ひょいっと口の中に放り込んだゆで卵を飲み込んだミシュアルは、食事の手を止めて、バシャルの方へと体を向ける。


「重要そうな話に思えるんですけど、本当に今でいいんですか? 覚書用の紙とか、持ってませんけど」

「今でいい、じゃなくてな。今じゃなきゃいけねえんだよ。それに、紙に書いて暗記するようなものでもねえ」


 不思議そうにするミシュアルに対し、バシャルはニヤリと笑ってみせる。そして、彼の言葉を証明するかのように、ターバン越しに右眼を指で叩いた。

 コンコン、と本来ならば到底鳴らないような音がする右眼に、そこにあるものが何なのか、ミシュアルはすぐに思い至る。


 バシャルの眼窩にあるそれは……肉眼ではない、義眼だ。しかも機能性を考慮していない、飾りの。


 ミシュアルの反応を見て満足げに笑みを浮かべると、バシャルは自分の目を指差して見せた。


「お前の目がこうならないように、早めに教えてやろうってだけだ」

(いやいや! だけ、で片付けられるものじゃないと思うんですけど!?)


 内心でツッコミを入れつつ、ミシュアルは素直にうなずいた。その反応を見たバシャルは、どこか感心したように腕を組む。

 あれだけ怯えていたのに、随分急な心境の変化だな、と頭の片隅で思いながら、バシャルはゆっくりと話し出した。


「今、この裏社会は縄張り争いが激化している。とあるバカでかい組織が、警察の一斉摘発にあってな。壊滅に近い状態になったことで、勢力の均衡が崩れたんだ」

「…………へ」

「要は、裏社会の治安が急に悪くなっちまったって話しさ。今、この裏社会はどこもかしこも、血眼になって勢力拡大を狙っている。少しでも優位に立ちたい奴らは、なりふり構わずに、他の組織を潰そうと躍起になっているってわけだ」


 曰く、これまでの裏社会の組織は、互いに牽制し合いつつも力関係を保っていたという。だが、その拮抗が崩れたのが、つい最近であった。


 この大陸の頂点に君臨していた闇組織『カルカテルラ・ファミリア』が、警察組織に捕まった。彼らが消滅一歩手前まで追い込まれた事で、一気に抗争が始まったのだ。


 大きな組織が崩壊したことで生まれた空白地帯を、狙う組織に大小は関係ない。更なる利益を求めて、新たな勢力が次々に現れては壊滅していく……特に空白地帯の近辺は酷いものであった。死人が出ない日はない、そんな日々が続いていたのである。

 当然、その争いに加わっているのは裏社会の人間だけではない。表世界の悪党たちもまた、己の私腹を肥やすために、この空白地帯を狙っていた。


 そんな殺伐とした世界に、今の裏社会は成り果てていたのである。


「お陰様で、今はどの街に行っても危険極まりない。酒場でちょっと息抜きすら……おい、固まってどうした、聞いてんのか?」

「えっ!? は、はい! 聞いてます!」

「――どこまで分かったか知らねえが、とにかく『どこを歩くのも、死ぬ程危険だ』ってことだけは頭に叩き込んでおけよ」

「できる限り気を付けます!」

「ならいい。食事の邪魔して悪かったな」


 目を白黒させるミシュアルは、慌ててパンを口に詰め込み始める。その慌ただしい様子に眉根を寄せながら、バシャルは壁に寄りかかる姿勢のまま、ふっと小さく笑った。


(やっぱガキだな、こいつは)


 そうして、再び食事に戻ったミシュアルを見ながら、バシャルは内心ほくそ笑む。


(これで、こいつが立ち回りを考えてくれれば良い。なよっちい態度も変われば……いや、こいつのこれはすぐにどうにかなるもんじゃねえな。だが、多少は危機感を覚えるだろうよ)


 この世界では、常に命の危険が付き纏っている。それこそ、抗争渦巻く中に身を置く以上、生き残れる保証などない。

 どんなに腕っぷしが強くとも、強大な魔術(シーガ)が使えるナムゥであろうとも、等しく死の鎌は襲い来る。

 だからこそ、バシャルがミシュアルに掛ける圧は重い。生き残るために、戦うべき時に戦えるように……新たな組員としてというよりも、同じナムゥとして、バシャルはミシュアルに目をかけていた。


「ゆくゆくは、お前も戦えるように仕上げていくからな」

「むぐ!?」

「覚悟しておけよ」


 突然の衝撃的な言葉に、ミシュアルは思わず喉にパンを詰まらせた。慌ててゴクゴクとミルクを飲み、窒息を免れたかと思えば、そのまま恨みがましくバシャルを見上げる。

 いきなりなんてことを言うんだ、と文句を言おうとした彼の口は、いよいよノックせず入室してきたサーラブによって封じられた。


「そこまでにしてやってくだせえ、親方。こっちに来て(・・・・・・)いきなりこんなこと言われちゃあ、おっかねえに決まってらあ。なあ?」

「勝手にこの身を肘置きにするな」


 とんっと寄りかかられている右腕を外側へと振り、バシャルはサーラブを跳ね除ける。雑なあしらい方でも、サーラブは笑顔を崩さない。白手袋をした手をひらひら振って、彼はバシャルの方へと向き直る。


「ほんっと、あっしの扱いが雑なんだから、もう!」


 着ているスーツのポケットに手を突っ込み……チャリチャリと音を立てながら、サーラブが取り出したのは車の鍵。それをバシャルへ見せるように振って、サーラブはニッと歯を覗かせる。


「お帰りの準備、整いやしたのでご報告をば。そろそろ戻りやしょ? それに、この子にも『見学』をさせねえと、ね!」

「そうだな。仕事の説明をしようにも、ここじゃあ話しにくい」


 そう言われて、バシャルは部屋に掛かっている時計を横目で見やる。時刻は、ミシュアルが起きてから一時間半以上過ぎている。手当もし、身なりも整えたのだから、これ以上拠点支部ですることはない。


「ミシュアル、適当な所で――」


 そう、ミシュアルの肩にバシャルの手が触れようとした、その時である。



 バァン! ズドドドド!!



 突如響く盛大な発砲音に、拠点支部の中はたちまち凍りついた。

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