とある追憶
「ねぇ!何回言わせれば分かるのよ!」
家中にヒステリックな女の怒声が鳴り響く。
「………ごめんなさい」
いっつも思うんだけどこれって家の外にも響いてるんじゃないかな。
呆然とそんなことを思いながら定型文を吐き出した。
次に来る言葉はもう分かっている。
『「ほんとどこまで終わってるのよ!」』
終わってる。
ウチの母の常套句だ。
叱られている身でこんなことを言うのは我ながら如何なモノかと思うのだが、母は一体どういうつもりでこの言葉を口にしているのだろうか。
人として終わってる?
娘として終わってる?
それとも生物として?
………なんて、色々予想はつくものの、結局の所、大した意味は無いのだろうって言うのが今の私の結論。
私がこう言われるのは大抵怒られている時。
きっと何も出来ない私に腹を立ててその激情をぶつけているだけなんだと思う。
まぁ、それもそうだろう。
好きなことにしかやる気を出さないどころか、その好きなことでさえ、やること成すこと全てがどんぶり勘定。
病的なまでに完璧主義の母とはまさしく正反対だ。
小さい頃はよくそれで本当に血の繋がった家族なのか疑ったっけ。
その後は母の愚痴に付き合うように望まれた答えを返すだけの簡単なお仕事。
だが簡単なお仕事でこそ有るものの、精神的なダメージはそうもいかない。
じっと見つめていると不意に大きくなったり小さくなったりを繰り返す顔の錯覚でSAN値を回復しつつ、私は神妙な面持ちでその場を乗り切るのだった。
その夜。
私はいつもと変わらずBluetoothのイヤホンを耳に着けたまま目を瞑っていた。
あぁ、いつまでこんな日々が続くのかな。
よく聞く白馬の王子様が私を連れ出してくれないかな………でも、恋なんてしたくも無いから白馬のお姫様とかの方が良いのかも………いや、それならいっそハーレーのお姫様とかの方が格好いいんじゃないのかな?
………なんて普通の人とはちょっと違う幻想を抱きながら。
皆はそんな私を笑うのだろう。
やれ「夢見がちだー」とか。
やれ「シンデレラシンドロームだー」とか。
実際その言葉は少し違う気もするのだが、どちらにせよ私としては不本意の限りである。
私が欲しいのは刺激だけ。
決して幸せを望んで待ちぼうけているだけのお姫様に憧れている訳ではないのだ。
その刺激を与えられた結果不幸になろうが、その時楽しければそれで満足するのがこの私が私たる所以なのだった。
例えば、バイオハザードだとか。
例えば、無人島に放り込まれたーだとか。
例えば_____
「…………異世界転生だとか」
そんなことを思って、毛布をキツく抱き締めた。
実際分かってはいるのだ。
こんなことただの妄想に過ぎないことぐらい。
妄想で想像の構想であることぐらい。
それでも私は生まれてから今まで、そんな下らないことを信じてきた。
きっとこれからもその理想を抱いたまま死んでいくのだろう。
去年、私がまだ中学二年生の頃、そんなことを友人に話したことがあった。
今思えば、彼女はとても丁寧に返してくれたのだろう。
なにせ質問した私でさえ、逆の立場にあれば正気を疑い、一笑に付してしまいそうな内容なのだ。
それなのに聞かれる側である彼女は苦笑混じりでこそ有ったものの、こう答えてくれたのだから。
「………あり得ないよ、有ったら良いけどね」
そんな曖昧な表情と共に吐き出された答えに対して私が思ったことは唯一つ。
『あり得ないなんてことはあり得ない』
そんな一文だった。
硬化と再生を同時に出来ない人じゃないけれど、この一文は的確に私の思いを穿っていたのだ。
繰り返すが、私は最初からこの理想が実現することなんて信じちゃいない。
しかし、この平らな胸の奥は謎の確信に満ちていることもこれまた同様に確かなのだった。
『この世は未知で溢れている』
そんな胸の底から漏れ出し続ける囁き声が私を狂わせた。
故に今の今までこんな下らない妄想に浸かってられたのだ。
それと同時に私が得た天啓とも呼べる真理が一つ。
『畢竟、この世は□□である』
それを信じて私は今日も自分を殺す。