2章―10
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入店した時と同じベルを鳴らしながら、少し気温の上がった外に出た。玄関に飾られた植木鉢の一つに立てられていた大きなプレートが目に入った。これが店名だと直感した。
「たくさんの茶葉」。
覚えておこう。
この店に来た時とは違う道を、おそらく入学式の会場に向かってまた住宅に囲まれた石畳を歩く。無言の中、疑問に思ったことを投げかける。
「お義父様。その、さっきの流れだと、お義父様はお客さんではなく、……投資家、になりませんか?」
「よく気付いたね。サナの将来は有望だ」
「……まだ、1回しか味わってないのに、大丈夫なんですか?」
「もちろん、商談になったら慎重になるよ。でもそれは始まっていないし、こういうのはタイミングが大事なんだ」
「……勉強になります」
「サナは勉強熱心だね。興味のあることは、遠慮しないで言って。君の夢を叶える手伝いをしたい」
「っ、ありがとうございます。勉強を、たくさんします」
私の頬は今、どうしようもなく赤いだろう。過大評価に、優しい笑顔に照れてしまっている。人の往来が少ない路地で良かった。そして確実に、私の顔から熱が引かないのは気付かれていた。お義父様は、私が落ち着いた頃に大通りに戻ったのだから。
人混み――と言っても歩道も広いので揉まれてはいない――の中を進むと、大きな講堂に辿り着く。「ツァルベナン大講堂」、入学式の案内資料や学園都市の大まかな地図にも載っていた建物だ。ここが今日、目指していた入学式の会場である。
まだ人の少ない行列に加わり、1年3組――入学準備資料に私は3組だと記載されていた――の受け付け用のテーブルを目指す。周囲からは潜めた声が聞こえる。
――素敵な方。
――美しいお顔。
――あの髪色は?
――瞳の色も見た?
――もしかして。
――いやあり得ないわよ。
――そうよね。
「こんにちは。入学する学生の名前と家名を教えてください」
受け付けのお姉さんの声で、我に帰る。いつの間にか最前列まで進んでいたらしい。
背後からは、家名を聞けばはっきりするわ、などと聞こえる。
名簿を確認する仕事をするお姉さんは、私の答えを待っている。その名簿に書かれた私の氏名に、片手にあるペンでチェックを入れなければ、私は会場に入れない。
しかし背後からの視線に、それが口を開かなくする針かのように、私は声を発することができなかった。
と、お義父様の腕が私を包み、お義父様の大きくはないがよく通る声が発せられる。
「エリウス家の、ロクサーナです」
「え、は、はい……。……はい、確認しました。こ、こちらの、資料をお受け取りください」
「ありがとうございます」
お義父様は資料を受け取るや否や、少し早歩きで私の背中を押す。受け付け会場よりも内の空間――式典会場の隅に、隠れるように誘導される。
お義父様が私の正面に膝をついた時、私は謝っていた。
「ごめんなさいっ、お義父様」
「何に対して、謝っているの?」
「…… 自分の名前なんて、小さい子でも答えられるのに、お義父様に、言わせてしまったことです」
「そんなことで怒らないよ。ほら、顔を上げて」
言われた通りに、でもゆっくりと顔を上げる。そこには、苦しげで悲しげに曲げられた眉、お義父様の顔があった。
「ああ、ほら、泣かないで。謝るのは、堂々としていない僕だよ」
「そんなこと」
「あるよ。娘に迷惑をかけるなんて、親失格だ。ロクサーナが家名を堂々と言えないなんて、アルジハーブ卿に申し訳が立たない」
お義父様は白いハンカチを、私の目元に軽く押し当てるように涙を拭く。ハンカチが湿っていく様を感じながら、自分が泣いていることに気付く。
「周囲の声は気にするな、と言っても、君は今日みたいに僕に気を遣うだろう。でも今は、ロクサーナが傷つかない行動をして。僕のことでロクサーナがあれこれ言われるなら、家名を名乗らず、ヴィオレとして学園生活を送ればいい」
そんなこと。
「そんなことで、お義父様から貰った大切な名前を使いたくないっ。そこまで弱い子供じゃないです。私は、“魔女”の娘らしく、堂々と、エリウス家のロクサーナとして生きるんです!」
自分の声が大きくなっていることも気にせず、言い切る。さっきまで泣いていた子供の言葉では、説得力はないが。お義父様は目を丸くした後、いろんな感情が無い混ぜになった表情で、ごめんと言った。
「ロクサーナは強いね。でも、辛くなったら、必ず誰かに相談するんだよ」
なぜそこで、自分に真っ先に相談しろと言わないんだろう。いつもは過保護なくらいなのに。お義父様が、時々分からない。そもそもまだ、ふた月しか一緒に過ごしていないのだから当然のことなのだが。
でもそれには素直に、はいと答え、鞄の柄を握り直す。
ちょっと考えると、先程の自分の声の大きさに気付き、周囲を見回す。しかし誰も気にしていない。そんな私の行動にお義父様はなんてことないように、声を遮断する魔術を使ったから安心して、と宣った。一体いつの間に、もうお義父様のことが分からない。
学生と父兄に用意された席は別々なので、私の目元が人に見せられるくらいになったら、お義父様と別れた。
学生用の、3組と指定された横一列に並ぶ固定椅子の右端から5番目の席に座る。右隣には同じ制服姿の女の子がいて、断りを入れてから腰を落ち着けた。朱の布張りで座り心地の良い椅子である。
「私は、キャサリン・ベルトンよ! はじめまして。あなたのお名前は?」
その右隣の女の子――襟足に揃えられた金髪に碧眼の吊り目が愛らしい勝ち気な雰囲気をまとった少女――が、少し潜めたそれでも元気な声で自己紹介をする。
「はじめまして。私は、ロクサーナ・ヴィオレ・エル=エリウスです。よろしくおねがいし――」
「敬語なんてダメ。私のことは、キャシーと呼んで。あなたは、呼んでほしい愛称はある?」
「……ヴィオレ、って呼んで、キャシー」
私は勢いに圧倒されながらも、ぎこちない笑顔を作る。途端にキャシーは目を輝かせ、さらに右隣の子の肩を叩く。ちょっと勢いがありすぎるが、痛くないのだろうか。
「ヴィオレって笑うと、もっと可愛いんだね! ほら、ユーリも自己紹介しよう」
「私は、ノーゼ=ユリフェイ・ラ=オーグリンド。ユーリって呼んで。よろしく、ヴィオレ」
キャシーの後ろから覗き込むように自己紹介をしてくれた美少女は、落ち着いた青色の癖のない長髪にアーモンド型の瞳は榛色だ。叩かれていた肩を押さえながら、笑顔を浮かべる。
「よろしく、ユーリ。お名前の花は、どんな花なの?」
「私の髪色と同じ色の、大きい花弁を咲かせるの。ユーリ・ファインラーと言って、地元では美人になる花って有名だから、同じ名前の女の子が多いの」
「ほう、じゃあユーリは、名は体を表している、だね。美人だから」
「ありがとう、キャシー」
男性顔負けの褒め言葉を、さらっと口にするキャシーに驚いていると、顔を向けていないほう――私の左隣の席に座ろうとした少年が声をかける。
「隣、座っても大丈夫か?」
「ええ、構いませんよ」
「……俺は、アインベルグ・ゴーズ。これからよろしく」
「はじめまして。私は、ロクサーナ・ヴィオレ・エル=エリウスです。こちらこそ、よろしく」
アインベルグは癖の強い赤みがかった茶髪を揺らし、考え込み見極めるような青い目を向ける。
「エリウス? ……俺、ザジルサ地区から来たんだよ」
「本当に! アインベルグは、実家から通っているの?」
「アインでいいよ。俺は学園都市に住んでるよ。何かと便利だし」
「そうなんだ。私は家から通うことにしたの。あ、私のことは、ヴィオレって呼んで」
「うん、よろしく、ヴィオレ」
「ヴィオレ、紹介してくれる?」
そこにキャシーが顔を覗き込む。ユーリも楽しげな表情を向けている。
「ええと、私も初めて会ったけど、同じ領地から来たことが分かったの。アインよ。こちらは、キャシーとユーリ」
友達、いや人を紹介するなど初めてだったので緊張しながら、これでいいのかと不安になりながら、やり遂げる。なぜかキャシーはにやにやしながら、私の頭を撫でる。……なぜ?
「そんな不安そうな顔しないで、ヴィオレ。全くもう、可愛いな」
「……私たち、同い年くらいじゃない?」
「私はあと十日くらいで14歳だよ。ユーリは13歳だったよね」
「ええ」
「俺は11だけど」
「じゃあ、アイン以外みんな13歳で同い年じゃない。……キャシー、いつまで撫でるの?」
キャシーはどこ吹く風で私の頭を、髪型が崩れない程度に撫でている。私が抗議の意を込めて睨んでいると、分かったよと手を離してくれる。おまけと言うように、ヴィオレは可愛いなとキャシーは呟く。視界に入ったユーリは、やれやれとも面白いとも取れる表情を浮かべていた。
人はまだまばらで席も半分くらいしか埋まっておらず、私たち4人はなるべく大きくならないように声を潜めてお喋りを続けた。
「みんなルームシェアして暮らしているんだ。アインは7歳の時から、親と離れているのね」
「15歳までは一人暮らしはダメだからな、仕方なく。でも順調にいけば、念願の一人暮らしは2年間だけになっちまう」
「アインは一人のほうがいいの?」
「まあ、同室のは悪いやつじゃないけど、趣味がさっぱり合わない。話もあんまりしないなら、一人部屋のほうが気楽じゃん」
「部屋替え、とか?」
「そこまで仲は深刻じゃない」
「うーん」
「私は、ルームシェア楽しいと思うよ。ユーリと一緒なんだけど、クラスも一緒でびっくりした。ね?」
「ええ。親元を離れてひと月だけど、寂しいより楽しい、ね。キャシーは、飽きない人だから、それもあるけど」
「おお、ありがとうユーリ! ヴィオレは家から通っているんでしょ。大変じゃない?」
「今日が初めてだから、まだ分からないわ。でもお義父様が、屋敷から通ってほしいって。だから通学が大変になるまでは、このままよ」
「あちゃー、放課後のデート時間が減るなぁ。ね、いつかお泊まり会しよう、ヴィオレ」
「へ、で、デートっ⁉︎」
「キャシー、ダメでしょう。遊ぶ時は友達がたくさんいたほうが、放課後は楽しいんだから。ね、アインもそう思わない?」
「あー、まあ」
「おや、ヴィオレ、顔が真っ赤だよ。大丈夫?」
「……驚いた、だけ。大丈夫」
キャシーの恋愛対象は、女の子なのだろうか。なんだがアプローチがすごい。隙あらば、可愛い可愛いと言ってくるのだ。訳が分からない。
周囲を見渡すとほとんどの席に人がいる。時計を確認すれば、もう少しで予鈴が鳴る時間。――あ、鳴った。
居住まいを正し、正面の壇上を見上げる。しばらくすると司会によって入学式が進行される。起立して黙礼を一斉に済ませると着席し、理事長――エバーグリーン公爵家の当主が挨拶をする。その方の、明るい照明に当たっても深い色を湛える髪は灰緑色で、時々こちらに向く瞳は黄色である。エバーグリーン公爵家の特徴を表すその方は、堂々と玲瓏たる声で新入生を歓迎する。
そこからも次々と長の付く方々の挨拶が行われる。学園都市の市長、学園長、学園中等部の部長、学園中等部の生徒会長、最後に新入生代表が挨拶する。続いて、各クラスの担任教師が紹介される。3組担任の女性教師の顔をしっかり覚えたところで、閉会の挨拶のために起立を促される。
次に指示されたのは、入学式の格好をつけるためか、新入生が厳かに退場することだ。20あるクラスの後ろから順々に退場するので、私たち3組は本当に最後のほうである。
「3組、起立」
足元の鞄を掴み静かに立ち上がる。中央の通路――アインの席のほうに体を向けて、そして担任教師の導きによって50名の生徒が歩き出す。無言で背筋を伸ばして、淑女らしく静々と、同じ背丈くらいのアインを追いかける。
受け付け会場を抜け、講堂を出て、長く続く生徒の行列に驚きながら中等部の校舎へみんなと一緒に進んでいく。校舎に入れば、ある程度人並みは分散していき、私たち3組は3号館の2階にある教室を目指した。
初めて入る“教室”と呼ばれる部屋は、不思議な広い空間だった。教室内の段々になっている長机と椅子は固定されており、100脚分はあるだろう。それくらい席が多くあっても窮屈に感じない教室は、窓も黒板も大きく天井も高かった。
担任教師の指示の下、入学式の席の並びのまま、一列目の席から空けることなく詰めていく。私は両隣にアインとキャシーがいる状態で、3列目の中央付近に座る。
「父兄の方々もいらっしゃるので、それまでに軽い自己紹介をしましょう。氏名と呼び名、それから好きな色を言いましょう。では私から。3組の担任を務めます、アンナ・ソマンヌ=イオです。イオ先生と呼んでください。好きな色は赤、担当教科はユリーナ王国史と魔法実技です。一年間よろしく」
イオ先生は黒茶色の髪を綺麗にひっつめにしており、今は紅眼を生徒たちに向けている。一列目の窓側の席に座った生徒から、自己紹介が始まる。この調子だと私は最後から5番目、つまり行動が早い父兄の方々には自己紹介を聞かれてしまうかもしれない。なんなら50人もいる生徒の自己紹介など、すぐには終わらず父兄の方々を待たせてしまうだろう。
3列目に差し掛かったところで、後方がざわめきだし、椅子の軋む音も聞こえてきた。まだ全員は揃ってはいないのか、父兄の気配は少ない。
「アインベルグ・ゴーズ、アインと呼んでくれ。好きな色は菫色で俺の誇りだ、これからよろしく」
隣の離着席の振動と、講堂で話した時よりもずっと大きく通る声に、次は自分の番だと驚いた。動揺を悟られないように、背中と前方からの視線を受けながら、静かにその場に立つ。思ったよりも机との間に隙間がない。
「はじめまして。ロクサーナ・ヴィオレ・エル=エリウスと申します。ぜひ、ヴィオレと呼んでください。好きな色は、紫です。これから学友として仲良くしていただけると嬉しいです」
よし淀みなく話すことができた。若干不安だったので、内心の緊張を隠すため淑女教育で身に付けた鉄壁の笑顔を貼り付けていたから、おそらく私の動揺は悟られないだろう。
私は達成感に浸りながら、ゆっくりと着席する。周囲には囁き声がさざめくが、エリウスの家名に反応したものだろう。その波紋を打ち破るが如く、元気な声を発したキャシーも自己紹介を終え、ユーリに渡す。
最後の生徒が着席したところで、イオ先生は満足げに頷いた。父兄の方々がある程度集まったのか、教室の後方に向けてもう一度、先程よりも丁寧に自己紹介をして、そのまま話が始まる。
「我がエバーグリーン学園の9割以上の生徒が、親元を離れ学園都市で生活しています。保護者の皆様には、お預かりした大切な子女の近況を、定期的に手紙で送らせていただきます。何かご不安なことがございましたら、返信という形でこちらにご一報ください。さて、来月から始まる家庭訪問ですが、学園都市の近隣にお住まいの方には直接訪問、遠方の方は通信機器で実施いたします。ご希望があれば、距離に関係なく訪問の方法を変えていただいても構いません。後日配布するアンケートにお答えください」
その後もイオ先生からの説明が続く。年間の行事と授業日程、一般の人も参加できる行事、生徒にとっては一大事な定期試験のおおよその日程、などなど。最後の質疑応答の時間で、何人かの手が挙がり、それの回答も終えれば、本日は解散となった。
明日は初等部の入学式があるので、授業のある登校日は明後日からになる。
私はお義父様を探すために立ち上がろうと思ったが、両隣には友人がまだ座っている。お喋りを始めたキャシーとユーリを確認し、アインに断りを入れようとしたところで後頭部に声がかかる。
「――サナ」
アインに向けていた顔を、その勢いのまま後ろの席に体も捻りながら回す。
思ったよりも近くに、お義父様は4列目の席の私の斜め後ろに座っていた。ちょうど私とアインの間から顔を出せるような位置の席だった。
「サナの自己紹介が始まる前から、ここに座っていたけど、全然気が付かなかった?」
その言葉の後、小さく首を傾げられる。正直、後ろからの視線が怖くて、ずっと先生を注視していたので、お義父様の存在に全く気付いていなかった。
「はい。……あの、お義父様こそ、あまり騒がれていませんね」
「早めに来て、前の席に座ったからね。顔が見えなかったんじゃないかな。それよりもサナ、ちょっと急用ができちゃったから、どこかで待っていてくれないかな」
「はい、分かりました。でも、まだ勝手が分からないので」
「……アイン、話、聞こえてた?」
「はい、エリウス様」
思わぬ指名と、隣からの迷いのない声はアインだ。ザジルサ地区から来たとは言っていたが、2人は面識があるのだろうか。
「君の予定に支障がないなら、娘とここにいてくれるかな」
「問題ありません」
「じゃあ、よろしく。サナ、少しの時間待ってて」
「はい、お義父様」
私の返事を確認すると、すぐに立ち上がり教室を出ていった。
私は椅子に正しく座り直そうと正面を向いた時、周囲が異様に静かになっていたことに気付いた。まさか原因は今の会話では、と内心焦ったところで肩に手を置かれる。その手を辿ると、キャシーだ。
「い、今の方って、エリウス男爵様? う、噂の、エリウス様?」
こんなに狼狽えているキャシーは初めて見た。いや、今日会ったばかりの人なのだが。
「ええ、世間で噂のエリウス男爵よ」
「えぇっと、本当に? 片田舎の、たまたま家名が同じエリウス家だった、ということではなく、本当に領地から滅多に出ない、本物のエリウス様?」
「……ええ、そうね」
それが周囲の人々の代弁だったかのように、私の答えを聞いた生徒たちと後ろの父兄たちも息を呑む。周囲の反応を見るに、早く教室に来て席に着いたから騒がれなかったというより、今の私との会話でその存在を認識したかのようだ。また何か魔術を使ったのだろうか。
「ねえ、ヴィオレ。エリウス様が結婚して、子ももうけた、なんて話、聞いたことがないわよ」
今度はユーリが質問する。私とお義父様の顔の造形は、お世辞で言ったとしても全然似ていない。血が繋がっているように見えるのは、瞳の色のせいだろうか。しかしよく観察すれば、同じ紫でも濃さが違う。まあ、それは些細なことになるのかもしれない。
「お義父様は結婚なさっていないし、私はふた月前に養子になったの。大々的に発表していなかったから、みんなを驚かせたと思うけど」
驚かせたの程度じゃないことは分かる。しかし大々的な発表があったとしても、社交界に激震が走ったことだろう。お義父様、いやエリウス男爵様は、老若男女を問わず国民から羨望の眼差しを一身に受ける方なのだから。
「お、驚いたどころじゃないわ。いえ、驚いたのはそうなのだけど」
私よりも完璧な淑女だと思っていたユーリも、隠しきれない感情が表に出てしまっている。その時気付いたのだ。私はみんなを騙していてしまったのかと。
自己紹介の時に、かの有名なエリウス男爵の養子だと、“魔女”の娘であると言わなくてはならなかったと。だって今の親子の会話がみんなに聞かれていなければ、おそらく私は片田舎の家名がたまたま同じだった家の子と認識されていたのだから。謝らなければと意を決し、口を開く。
「みなさんを混乱させてしまい、申し訳ありません。自己紹介の時に、ちゃんと名乗るべきでした」
立ち上がってきちんと謝罪をしようとしたところで、キャシーに両肩を押さえられた。かなり強い、ちょっとどころじゃない、かなり痛い。
「ヴィオレが謝ることじゃないよ。周りが勝手に誤解しただけだから。ヴィオレはちゃんと、エリウス家の者だって名乗ったじゃん」
「でも……」
「みんなも、有名なエリウス男爵様が、ましてや娘さんがここにいるなんて思わなかっただけだよ。ねえ、みんな?」
キャシーは私の両肩を掴む手を少しも緩めず、今日出会ったばかりのクラスメイトに同意を求める。周囲のざわめきは大きくなっていくが、言葉は認識できない。この騒ぎを静めようと立ち上がりたいが、キャシーの物理的な圧力は緩む気配はない。
……キャシー、お願い。私は逃げないから、力を抜いてほしい。
中等部に入学する子は11〜14歳くらいです。
魔法と魔術の違いを今後ちゃんと描写したいと思います。