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2章―9

学園編(?)の入学式の話ですが、式が始まらずに終わります。

 私の願いが届いたのか、それからひと月は私もそうだったがお義父様のほうがより忙しかった。

 普通に考えてみても、入学日のひと月前に推薦書が届けられ、学園側はそれを精査し、教科書や制服や必要書類も大急ぎで準備するのは、迷惑面倒の言葉以外出ないだろう。断られなかったのは、推薦書に記された2名の大物の名前が理由だと思う。入学前から特別待遇になってしまった私は、学園でどう過ごせばいいのか。またもや不安が増えた。



 私の準備は着々と進んでいた。制服のための採寸に始まり、大量に送られてくる教科書を本棚に整理し、学園都市内の規則(ルール)を覚え込めば良かったのだから。

 お義父様は私の入学準備に加えて、社交シーズン――この国では8〜10月がその期間――では避けられない、()()()の手紙を捌くのに苦労していた。一度用事があって執務室を訪れた際、高く積まれた封筒の山を見て驚愕した。レイスはきっぱり、ゴミが増えて大変です、と笑顔と皮肉を込めていた。



 一度だけ、夜会の正装をして夕方頃に出かけ、私が就寝準備をする頃に帰宅するお義父様がいた。

 出発の挨拶をする際、お義父様のカッコよさに倒れまいと私が踏ん張っていたのは、お義父様以外の全員が知っている。主催者はあの娘自慢をしてきたというルビアス伯爵で、馬車だと東へ10日ほどかかる距離でパーティーが開催された。

 言わずもがな、日帰りできたのはお義父様の転移の魔術である。



 9月4日、今日はエバーグリーン学園中等部の入学式がある。1日から3日間は高等部の入学イベントがあるので、この日初めて私は学園の門をくぐる。

 入学式には学生の父兄の出席が認められているので、学園に向かうエリウス家の馬車には、私とお義父様が乗っている。学園都市の外壁が見えてくるにつれて、私の胸が高鳴る。


「緊張してる?」

「正直。代表挨拶もしないのに、かなり緊張しています」


 シンプルな黒のスーツコートに中折れ帽を被ったお義父様に、正直な気持ちを伝える。ちなみにだが、生まれつき白髪を持つ人はこの国には少なくそれだけでも目立つ。お義父様には無意味かもしれないが、帽子がないよりはマシだと信じよう。

 緊張が高まっているのは、初めて制服を着て外に出たということもある。深い緑色(エバーグリーン)のジャケットの下には、同じ色でチェック柄のジャンパースカートと白のブラウスを着ている。首元の赤の細いリボンと、ジャケットに金で刺繍された校章(エンブレム)がアクセントになっている。

 冷や汗が止まらないのは、夏の残暑からではなく緊張だ。


「制服姿も可愛いから、自信持って。入学式でちゃんと座っていれば、注意なんてされないよ」


 お義父様は私の頭に手を置くだけの撫で方をする。今日はいつにも増してアンが張り切り、少々複雑な編み込みが私の髪に施されているからだ。アンなりの励ましだろう。


「ありがとう、お義父様。……今更なんですが、私、同年代の友達がいなかったことに気付いて、どうやって声をかけたらいいか分からなくなりました」

「……やっぱり、サナって箱入りだったよね。……大丈夫、まず近くに座った子と自己紹介するのを目標にしよう。話しかけてもらうのを待ってもいいし、勇気を出してもいい。今日が初日なんだから、焦らない。大丈夫」


 また同じように撫でられて、お義父様に励まされる。

 幾分か落ち着いてきた頃に、馬車が止まる。到着しました、という言葉と共に扉が開かれる。外は見覚えのある場所で、すぐにあの不可思議な出来事があった塀の近くだと分かった。少し違うのは、前よりも門が近くに見えることと、着飾った人や制服姿の子供が多いことだ。よく見るとここは馬車の駐車場所で、鹿毛の馬が引く馬車が所狭しと並んでいた。芦毛の馬は、エリウス家(うち)の2頭だけだ。

 私たちへ注がれる視線も、周囲を観察しているうちに、とても多いことに気付いた。社交界のパーティーでも、これほどの視線は集まらないだろう。


「サナ、大丈夫? ごめんね、僕が目立つばっかりに」

「お義父様は、いつも、こんなにたくさんの人に?」

「領の外だと、こんな感じだね。認識阻害の魔法も、僕自身が有名になりすぎて効かないんだ」


 それは、今たくさんの視線に初めて晒された私よりも大変じゃなかろうか。これが出かけるたび毎回となると、慣れてしまうのも怖い気がする。

 私たちは無言の視線を集めながら、学園都市に通じる門で本人確認や荷物、身体検査を受ける。この門は複数あるのと、まだ入学式には早い時間だったせいか、あまり並ばずに学園都市に入ることができた。


 学園都市内は、()()()()()()という言葉がぴったりだった。

 今しがたくぐったばかりの塀は背後に見えるが、その向かい側も左右も、学園都市の終わりが見えない。その広大な敷地に建てらてた建物は、白漆喰の壁と明るい色の木材と緑の屋根で揃えられている。道路は灰色の石畳で整備されており、土の地面が残る所は公園や広場や花壇くらいだ。

 これほど景観が整えられている街を私は見たことがなく、しばらく呆然としていた。


「中等部はここから歩くとすごい距離だから、登校する時はこの南門が始発の大型自動車(バス)に乗るんだよ」


 お義父様は懐かしい話でもするかのように、何かを紹介するが、私はさっぱり分からず鸚鵡返しをする。


大型自動車(バス)っていうのは、魔法工学で開発された乗り物で、魔石を動力源に動くんだ。ただ難点は装置が大きすぎて、ある程度の広さの道路じゃないと走れないことと、悪路に弱いことだね」


 たしかにこの学園都市内は、歩行者専用の細い道も張り巡らされているが、それよりも馬車3台分がすれ違えるほど幅広い道路が目立つ。しかし悪路に弱いこととはどういうことか、お義父様に訊いてみる。


大型自動車(バス)は車体全体が地面と平行に浮かんで、進むんだ。乗り心地は馬車の比じゃないんだけど、その地面が平らじゃないと、バランスが崩れる。でも世界的に普及していない最大の理由は、これの維持費より馬の餌代のほうがまだ安いせいだね」


 お金の事情と道路整備が進めば、学園都市の外でも乗れる未来があるのか。馬車よりも乗り心地がいいという、その大型自動車(バス)に乗ってみたくなった。


「お義父様、今日は乗れますか?」

「じゃあ、帰りに乗ってみる? 今はもう、歩き始めちゃったし」


 そう、私たちが早めに学園都市に来たのは、お義父様が久しぶりに中を歩きたいという()()のためだ。途中で昼食を食べてから、入学式の会場に向かう。


「はい! ありがとうございます。ところで、お昼はどこか目星を付けているんですか?」

「うーん、変わってなければ僕が好きだった喫茶店に行こうと思ってる。ただ僕が学生だったのは、360年も前だからね。なかったら、良さげな店に入ろう」



 大通りに面した建物はほとんどがお店で、飲食店、書店、雑貨屋、女の子が好きそうな小間物屋などが並んでいる。同じ材質、色使いの建物でも、看板や窓の取り方に工夫がされ、見ていて全然飽きない。

 私はお義父様に手を引かれて大通りから外れ、横道に入る。人の喧騒は落ち着き、住宅街になる。お義父様は迷いがない足取りで、どんどん進む。看板を掲げている店らしき建物はないが、この先にその喫茶店とやらはあるのだろうか。

 ふと軽やかだった歩みが、止まった。お義父様の視線を追うと、花と茶器(ティーセット)が描かれた古めかしい看板と開店中の札が扉に掲げられいる。

 ここ、なのだろうか?


「……すごい、残ってた……。サナ、お昼にはちょっと早いけど、入ろっか」


 昔隠した宝物を見つけた少年のように、あどけない笑顔で私に提案するお義父様。私はその攻撃が不意打ちすぎて言葉が出ず、辛うじて首肯した。

 中性的であるが普段は大人だと分かる容貌なのに、笑顔を浮かべると高確率で年齢が下がって見える。そのまま学生服を着ても、違和感を感じないだろう。不老長寿って怖い。


 娘が己を危険視しているなど露も知らずに、お義父様は少々重いベルの音を鳴らしながら扉を内に開く。私が先に入り、お義父様は静かに扉を閉める。

 店内は外装で使われている木材よりも深い色合いの物で、それは床、壁、天井、テーブル、椅子にまで至る。優しい橙色の灯りと、窓から降り注ぐ太陽光が絶妙なバランスだ。


「いらっしゃいませ。2名様でよろしかったですか?」

「はい。左の一番奥の席は、空いていますか?」

「は、はい。大丈夫、です……」

「良かった。行こっか、サナ」


 店員のお姉さんが赤面している。直立不動になっちゃったけど、仕事に支障が出ないことを願おう。

 お義父様は雰囲気が懐かしいのか、内装に釘付けになり、お姉さんの様子に気付いていない。私は背中を押されながら、お義父様の目指す席に歩を進める。一番大きい窓の近くの4人席に向かい合って座る。

 お義父様は帽子を脱ぐと、窓の外に目をやる。外に広がる個人宅の庭を頬杖をついて眺める様は、一枚の絵画のようで今すぐにでも画家を呼びたいくらいだ。

 お義父様が入り口に背を向けており、椅子の背が私の背丈より高くて安心した。ここまで歩いて来ない限り、お義父様は庭からしか見えないだろう。


「庭も変わってなくて、学生の頃に戻った気分。あ、メニュー見ようか」

「はい、おすすめはありますか?」


 木枠に嵌められたメニュー表を一緒に覗く。表にはランチメニューとケーキ、裏には飲み物の名前がずらっと並べられていた。


「ここはハーブが売りでね。学生の時はメニューを全制覇するのが目標だったんだ。この白身魚の香草焼きは美味しいよ。あと、気まぐれケーキセットも楽しい」

「そのケーキセットって、何があるんですか?」

「簡単に言うと日替わりメニューなんだけど、メニューには書かれていないケーキと、ブレンドティーを楽しめるんだ。……これも変わってなくて、懐かしいな」


 今更だが、お義父様が学生だった360年前とメニューが変わらないって、なかなか凄いことじゃないか。静かな店内を見回した時、昼前ということもあるが客は1人だけだった。穴場なのか?


「じゃあ、私はおすすめの香草焼きと、気まぐれケーキセットにします」


 私がメニューを決めたタイミングで、店員さんがこちらにやって来るの気付く。先程のお姉さんではなく、貫禄のあるお母さんだ。


「ご注文はお決まりになりましたか?」

「白身魚の香草焼きと日替わりランチ。あと、気まぐれケーキセットを2つで」

「畏まりました。2名様以上の方には、ポットでお出しするサービスがありますが、いかがしますか?」

「では、ポットでお願いします」

「畏まりました。少々お待ちください」


 すごい。おそらく初対面で、動揺を声に出さずに会話をしていた。どうすれば、あの貫禄を身に付けられるだろう。


「ここを見つけたのは、僕の幼馴染だったんだ。それからは、その幼馴染と一緒に来たり、1人で落ち着いたり。いつもこの席で4人で座って、お喋りしたな」


 今までしまっていた大切な宝箱を見せるみたいに、庭をまた眺めていたお義父様は話してくれる。その目は私と会話しているようで、遠い過去を見つめている。


「4人で。いいですね。学年も同じだったんですか?」

「いや。僕と妹と、双子の幼馴染。一番年上の僕が高等部を卒業するまで、みんなこの学園だったから、時間が合えば4人で集まったんだ。勉強会をしたり、さっき頼んだブレンドティーの茶葉を当てたり」

「素敵ですね。私も友人ができたら、ここを紹介します。お義父様みたいに思い出をたくさん作りたいです」

「ふふっ、楽しい学園生活を送れるといいね」


 そのためには、まず今日の入学式と学級の時間で悪い印象をクラスメイトに与えないようにせねば。そんな決意を胸の内に秘めたところで、料理が運ばれる。

 私の前には食欲をそそる香りをあげる白身魚と付け合わせの乗った皿、テーブルロール、野菜スープ。お義父様の前には平べったいパンと、私の料理より香りが強くて複雑なスープが並べられる。店員のお母さんから異国料理のナンとカリーだと紹介された。初めて聞いた料理名だ。


「龍からの糧に、感謝を。リファーメ」

「リファーメ」


 食前の挨拶をして、料理を口に運ぶ。白身魚の表面は香ばしく焼かれているが、中はふわっとしていてとても美味しい。淡白な身に油と香草のバランスがちょうど良い。


「お義父様のこのおすすめ、とても美味しいです。その、カリー、はどうですか?」

「良かった。んー、初めて食べたけど、香辛料が効いていて、辛くて美味しいよ」

「えっ、辛いんですか。じゃあ、私は食べるのが、難しそうですね」


 私の舌はまだお子様で、辛い料理が苦手なのだ。

 幸い、ここユリーナ王国の料理は辛味の強いものは少ないが、隣国モーギル連邦国は刺激が強い料理ほど好まれる。おそらく、このカリーもその国の郷土料理かもしれない。


「じゃあ、いつか食べられるように、辛いものに慣れないとね」

「……はい、いつか、食べられるように」


 それにしても、お義父様は辛い料理が好きなのだろうか。全然食べる速度が緩まない。

 そんなことを思いながら食事を進めていると、2人の皿が空になった頃にケーキセットが運ばれた。


「お待ちどおさま。……お嬢ちゃんは、今日の入学式に出るのかい?」

「はい、そうです。お義父様と一緒に」

「それはそれは、ご入学おめでとうございます。これからの学園生活を楽しんでおくれ。……では、ごゆっくりと」

「ありがとうございます」


 テーブルに残されたのは、2つのカップと微かに香りが立つポット、一切れずつのパイ、そして店員さんの笑顔。

 まずはカップにお茶を注ぐ。白磁のカップに黄緑色と爽やかな若い茶葉の香りが咲く。次いでお茶だけで香りと味を楽しむ。


「……美味しい。この独特の後味は、ムバイラ茶葉、でしょうか」

「うん、おそらく。発酵させるのが主流だけど、これは早摘して発酵してないやつかな。早摘すると、この独特の苦味が薄くなるって聞いたから。あとはこれに入っている柑橘系のもので、中和されているのかも」

「すごく飲みやすいです。私、あの苦味には慣れなくて、お砂糖を入れないとダメだったんです」

「まあ、苦味を楽しむムバイラ、って言われるくらいだから。でもこっちの飲み方もいいね。今日は発見ばかりだ」


 忘れてはいないが、本日の目的である入学式が二の次になってしまうくらい、この時間が充実している。馬車に乗っている時に感じた緊張など吹き飛んでいる。

 そんな気分のまま、パイにフォークを刺し口に入れる。

 直後、芳醇な甘さと甘酸っぱい果肉、パイ生地の歯触りが口に広がる。煮たせいかさらに甘さが増しているこの果物は、白王苺(クラウンベリー)だろうか。先程まで飲んでいたお茶が、さらに甘く感じさせているのかも。


「ふふふっ、すごーく美味しい、って顔してるよ、サナ」


 その言葉に顔を上げると、白王苺(クラウンベリー)よりも甘い笑顔がそこにあった。

 ここひと月の間で、一番の破壊力だ。パイを飲み込んでいて良かった。表情筋や顎の筋肉が働かなくなる可能性があるからだ。

 直視できず、目を泳がせながら、ぽつぽつと応える。


「……だって、……旬の物でも、ここまで甘い、とは驚いて、ええと。……そう、お義父様も、食べてみれば分かります!」

「ははっ、分かったよ。……、……ん、甘いね。サナは、これくらいの甘さが好みなのかな?」


 お義父様の笑顔という名の甘さで、お腹が一杯になりそうだ。その質問には少し誤魔化して、私はパイを食べ進める。

 たしかに甘いお菓子は好きだが、砂糖は完璧な体型維持の天敵だと母からずっと言われていた。ここで、はいと答えてしまったが最後、屋敷の厨房でたくさんの甘い誘惑が量産されるだろう。せっかく作ってくれたのに食べない、は私にはできない芸当なので、未然に防がなければならなかった。



 私にとっての危機には直面したが、私たちは和やかに食事とお茶を終え、会計をするためにテーブル上の呼び鈴を鳴らす。


「お釣りはいりません。代わりに、ムバイラの茶葉についてお聞きしたいです」


 会計に来た店員のお母さんは、僅かに目を見開く。


「なんでしょうか?」

「ブレンドティー、とても美味しかったです。気に入ったので、そのムバイラの茶葉を購入したいのですが、どちらで扱っていますか?」

「お褒めいただきありがとうございます。しかし生憎ですが、早摘の茶葉はまだ試験的な物で、すぐに購入は難しいかと」

「分かりました。では、エリウス家が商談をしたいと、取り次ぎをお願いします。先方にお伝えするだけで結構です」

「……っ、分かりました。伝えておきましょう」

「ありがとうございます。……それでは。ご馳走様です。行こっか、サナ」

「はいっ。ご馳走様でした、美味しかったです」

「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております」


ダニエル(お義父様)の過去回想はいつか、ちゃんと書きたいです。

学園の話が始まるので、登場人物もどんどん増えます。


本日、『【閑話】黒の悪魔の勧誘』も上げています。是非に。

→ https://novel18.syosetu.com/n2600ha/3/

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