第一話『就活』
混み合う電車の中でスマホの通知に気づいた私は、周りの人にぶつからぬようにスマホをポケットから取り出した。
『面接結果のご連絡』
届いたメールのタイトルを見て、私はメールを開いた。
結果は不採用。ある程度予想出来ていた事ではあったが、それでもこうしてはっきりと結果を突き付けられると落胆を禁じ得ない。これで何度目の不採用通知だろうか。
大学4年生になり、周りに流されるように始めた就職活動だったが、私のような冴えない大学生活を送ってきた学生にはかなり難易度の高いイベントだった。
人付き合いが苦手な私はサークルにも入らず、専ら家と大学を往復する毎日だった。
そのせいで面接では特に話せる事もなく、仕方がないので半年ほど続けていたコンビニバイトの話をしていたが、当然そんな凡庸なエピソードは面接官には響かなかった。
さっき届いた不採用通知でエントリーした企業は全て落とされてしまったので、イチから就職活動を再開するべく、私は合同説明会に向かっていた。
合同説明会とは文字通り複数の企業が合同で自社の説明を行うので、学生にとっては一度に複数の企業の説明を聞けるというわけである。
会場に到着すると、私と同じように真っ黒のスーツに身を包んだ就活生で溢れていた。
係員に誘導された席に座ると、ちょうど最初の企業の説明が始まるところだった。
ふと周りを見渡すと、皆熱心にメモを取りながら、社員の説明に耳を傾けていた。
バブル崩壊後の失われた30年、景気は一向に良くなる気配を見せない中で、就職活動に必死になるのはみんな一緒だった。
どこか似たような企業説明が続いた後、休憩を挟んで次の企業説明が始まった。
その企業は六菱商事。就活生であれば誰もが一度は聞いたことのある名前である。
総合商社のトップに君臨し、高給・知名度・安定の全てを兼ね備えた一流企業である。
私のような凡庸な学生が到底入社出来るような企業ではないので、ハナから検討すらしていなかったが、私だって入れるのなら入りたい。
六菱商事の採用担当として登壇したその男性は、典型的なエリート商社マンという感じの風貌だった。
180センチを超えているであろう長身にピッタリと合った高そうな生地のスーツを身に纏い、ウェーブのかかった髪はジェルで固められていた。
彫りの深い顔に大きく見開かれた目が二つ埋め込まれ、全てを見透かしたかのような雰囲気を醸し出していた。
田崎と名乗ったその男性は、抑揚のある特徴的な声調で話し始めた。
「六菱商事はエネルギー・機械・食品など様々な分野においてグローバルにビジネスを展開する総合商社です―」
彼は持ち時間をフルに使って六菱商事の説明をすると、最後にこう言い残した。
「六菱商事は様々な価値観・バックグラウンドの学生に広く門戸を開いています。皆様のエントリーをお待ちしています。」
建前なのだろうが、その言葉に私は淡い期待を抱いてしまった。
私のような冴えない中堅私立大学の学生が入社出来るような企業ではないのは分かっている、しかしエントリーだけはしてみよう、そう思った。