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第九話

緊急事態宣言明けで近場の映画館がようやく解放されたので『るろ剣』見てきました。

アクションは流石の一言。そしてストーリーも心を抉る抉る。大満足でした。

まぁ、そんなことはさておいて、今話を読んで楽しんでいただけたら幸いです。




 空を覆う灰色と、弱き命が枯れた大地の一角で、今日も銃声がこだまする。空気をはたく火薬の破裂音と、大地に鈍く沈む薬莢の金属音。そして、自分と同等かそれ以下の弱者を餌として見据え、深い飢えを孕ませた幾多の獣声(じゅうせい)。目の前の獲物を仕留めることしか考えていない。純粋なる殺意だけで彩られる狩りの旋律が、荒野でぶつかり合っている。

 その戦場(舞台)の一角。見晴らしが良い高台の上で腹這いになってライフルを構えるエルが、レンズの奥に見据えた獲物(ハンガードッグ)に狙いを絞る。トン、トン、トン、と。間合いを図るように引き金を指で叩き、一呼吸と共に静かに引き金を引けば、レンズの向こうで獲物が華を散らす。都合20を超える群れの中から、一頭が姿を消す。しかし一頭、たかが一頭。群れは一の犠牲よりも目の前の餌をご所望らしく、脱落した仲間に目もくれずに猛然とエルに迫る。そして威力が高い反面、単発でしか撃てないエルのボルトアクション式のライフルに対応して、群れを散開させて的を絞らせないようにしていた。


『単発式ライフルの模範的な対応だね。ちょっとは良い脳核を積んでるのかな?』

『積んでるとしたら司令塔のボスだろうな。しかも早めに対応してきてるから質は保障できる。こりゃ良い値になるぞ』

『周りの配下もそれなりに良いんじゃないかな? 照準を散らすために各自で速度も調整しながら連携とってるみたいだし』

『そいつは吉報だ。それならこいつらは是が非でも綺麗に仕留めないと、だな』

『だね』


 インナーチップを通じて脳内でアイクと通信しながらも、エルのやることは変わらない。一弾一殺を心掛け、自分の存在感を示しながら敵を惹きつける。端的に言えば“釣り”。敵を刺激して注意を引き、所定の位置まで誘導するのがエルの仕事だ。

 散開して照準を散らす? 結構。速度をズラしてタイミングを外す? 結構。エルの仕事は殲滅ではない。それならそれで、本命(アイク)のために間引いておけばいいだけのこと。アイクが潜んでいる位置から逆方向にいる敵を、重点的に撃ち抜いていく。そして狙いが偏れば、敵も動きを変えてくる。概ね予定通りの進路を通過しつつ、止まることなく上がってくる。

 徐々に近づく敵の殺気が肌に突き刺さる。しかし、恐れることはない。エルには頼りになるパーティーメンバーが居る。

 位置取り。視界。タイミング。———仕掛けるのはここだと、直感が囁いた。


『いまッ』

『ここッ』


 脳内に響く声と共に、新たな銃声がこだまする。息を潜めていたアイクが、アサルトライフルを撃ち込む音だ。粗撃手(ヴァンガード)などと呼ばれても、その射撃は恐ろしいほどに正確だ。流れるように射線に入った獲物を次々と撃ち抜き、それでいて脳核には一発も当ててない。インナーチップでの補助演算があっても到底駆け出しができる芸当ではない。

 唐突に真横から銃撃されたことで、獲物の動きから精彩さが失われた。突撃させる予定だった駒が失われ、自分を守る盾も失われ、徐々に自分に危機が迫っている。その動揺が配下に伝わったのだろうか。何にせよ好機と見た二人は、そのまま絶えず銃弾を浴びせ続けた。

 一頭、また一頭と数を減らしていき、徐々に群れとしての機能が失われていく。最後の一頭となり、その身に数多の銃弾を受けたボスが地面に横たわったのは、そのすぐ後のことだった。



◆◇◆◇



 ザック、ザック、と。肉を切り裂く音が聞こえてくる。ここは荒野のど真ん中。つい先ほどまでハンターとモンスターの狩りが行われていた場所であり、辺りには垂れ流された血が広がっている。更には弾丸が腹部を貫通したために胃酸の酸えた臭いも混じりっており、中々に強烈な臭いが漂っているのだが、ガスマスクである程度は緩和できる。この狩りの勝者であるアイクとエルは現在、脳核(戦利品)を取り出す作業中だ。アイクは慣れた手つきでボスの頭部を切り分けて丁寧に脳核を回収しているが、エルはまだ慣れないのか悪戦苦闘している。


「お~い、エル。そろそろ取り出せたかー?」

「ま、だ……かなっ。というか、アイクはなんでそんなに早く取り出せるの!?」

「慣れだ。あとは鍛えてるからそれなりに筋力があるんだよ」

「鍛えてできるようになるものなの……?」


 鍛えてどうにかなると言われれば、難しいと言わざるを得ない。モンスターはその膂力を生み出すために強靭な筋肉を持っており、加えて討伐直後は筋肉が一時的に固まってしまうため余計に扱いが難しくなる。駆け出しハンターにとって必須の“肉切り鋏”を以てしても梃子摺るものを、鍛えてどうにかしてしまうのがそもそもおかしいのである。尚、二人は“肉切り鋏”を買う余裕すらなかったため、サバイバルナイフで筋繊維を切り分けて脳核を取り出している。それでできるのだから余計におかしいのである。


「……っと。おぉ! こりゃあいい! 見ろよエル。これだけでかいのは早々にお目にかかれないぞ!」

「どれどれ。うわぁ、これはすごいや。頑張って仕留めた甲斐があったよ」

「まったくだ。ここ最近で一番の収穫だぞ」


 他の個体よりも大きめなボスの頭部を切り開いて血生臭くワイワイ騒ぐ姿はとても狂気的だが、ハンターにとっては日常茶飯事である。慣れとは恐ろしいものなのだ。


「こいつの稼ぎだけでもエルの返済は大分減るんじゃないか?」

「そうだね。状態も良いし、半分近く減るんじゃないかな」

「これで半分か。なら他の奴らも含めると、今日の分の弾薬費を引いても7割近くと見るべきか」

「いや、食費もあるんだから良くても6割くらいじゃないかな」

「それもそうか」


 エルは最初にアイクと出会った時の装備とは違い、今はコレットの武器屋で仕入れた装備を着こんでいる。最低ランクよりも少し質の良い程度のもので、武器もアイクと同じくSI社製の旧型ライフルで価格は抑えているが、やはりそれなりの値段となる。

 因みにパーティー結成当時に無一文だったエルが何故この装備を得られたかというと、端的に言えばコレットに借金をしたからだ。これからの荒野での利益で必ず返済するから、という文無しハンターの常套句でアイクとエルがタッグを組んでコレットから許しを捥ぎ取ったのだが、その攻防は当然熾烈を極めた。あの般若の形相のコレットから勝ちを貰っただけも奇跡だと、カディからも言われている。


「よーし。それじゃあ残りの脳核もさっさと回収して———」


 “引き上げよう”。その言葉を言い切る前に、唐突に地面が激しく揺れた。


「これは……!?」

「マズいな。………“あいつ”が来るぞ!」


 その場で倒れこまないように両手足で身体を支えていた二人は、隙を見て一斉にその場から離脱した。ただ何よりも早く、()れの主の標的から外れるために。二人は高台へと非難した。後ろをチラと振り返る。まるでルーレットを回るボールのように、震源が徐々に死骸の群れへと近づいていく。

 そして二人が高台を登り切った次の瞬間。すさまじい音と共に地面が割れ、巨大な影が飛び上がった。体長は地表に出ているだけで10m近く。両手は重機の如く強靭に発達し、先端には鋭利で丈夫な爪がある。体表は地中を進む上で傷つかない岩盤のように凸凹としており、そして何よりも特徴的で恐怖を覚えるのが、細ばった口から飛び出ている“第二の口”である。自分の胴と同じくらいの大きさまで広がるソレは、岩盤の如き体表からは連想し難いヌメヌメとした粘性の光沢を帯びており、縁にはかぎ爪のような湾曲した牙がずらりと並んでいる。


「“モールワーム”!?」


 エルが悲鳴のような声を上げる。モールワームは強靭な両腕を使って地中をすばやく移動するモンスターで、狩りの際には先程の様に地表近くを潜行し、地面を揺らして地表の獲物を足止めした後に一気に地中から飛び出して捕食する。幸いそこまで知能は高くないため、揺れの中でも逃げれるならば余程のことがなければ捕食されることはないが、逃げ遅れれば今の様に一瞬で吞み込まれてしまう。そして呑み込んだものを瞬時に溶かす強力な酸を有しているため、呑み込まれれば生きて出られることはほぼ不可能なのだ。

 モールワームは展開した第二の口を仕舞うと、周囲を見渡してすぐにまた地面の中へと潜っていった。後に残されたのは地面の大穴だけであり、当然二人が仕留めた獲物は手付かずのものも含めて、根こそぎ持って行かれてしまった。


「あぁ、折角の戦利品が……」

「一応聞くが、エル。取りかけてた奴の脳核はどうした?」

「……これ」


 エルの掌に乗っているのは小ぶりな脳核。ただし、筋繊維を取ろうとしたのか彼方此方に傷が入っており、加えて無理に引き抜いたために一部が掛けてしまっていた。換金しても端金にしかならないだろう。


「……こりゃダメだな」

「やっぱり……」


 シュン、と肩を落とすエル。中々の大物故に期待が高まっていた分、落胆の幅は大きかった。アイクはその肩をそっと叩く。


「過ぎたことを気にしても何にもならない。……ま、こういうこともあるんだ。今日はこれで切り上げよう」

「……うん。そうだね」


 無理に笑みを作るエルの背をアイクが引っ叩き、本日唯一の戦利品をバッグに仕舞って二人は静かに歩き出す。遠目に双眼鏡で覗いてみたが、間引きの時に倒した個体は既に他の同業者に漁られているところだった。今日はこれ以上の戦果は無理そうだと改めて思い直し、二人は今度こそ荒野を後にした。



◆◇◆◇



「よしッ。脳核ゲット!」

「あの二人は!?」

「ちょっと待ってろ。……うん。諦めて引き上げたらしい」

「ラッキー。お零れ()―らい」

「っていうかあれ駆け出しだろ。ここは先輩の顔立てるべきなんだから当然だろ」

「ま、結果的にそーなったんだからいいじゃん」


 違いない。そんなことを言ってゲラゲラと笑うパーティーメンバーたち。それを同じような笑みで誤魔化しながら、パーティーリーダーはふと思う。結局どう取り繕っても、自分たちがしているのは後輩のお零れに預かっているだけ。それを恥ずかし気もなく貰って喜んでいる自分たちの在り方に、心のどこかにつっかかりを覚える。

 ここ最近の戦果を考えれば、ハンガードッグの脳核一つでも値千金。それも弾薬費をゼロにした上で得られるのだから、利益はそのままパーティーの懐に入ってくる。パーティーの懐事情を考えれば、とても喜ばしいことだ。

 だけど、それでも——。


(今のままじゃ……たぶん、ダメだ)


 漠然とした思いがある。だけど、どうすればいいのかがわからない。答えの影が脳裏にチラつくのに、その輪郭がつかめないもどかしさ。そのもどかしさに拳をそっと握り締めながら、賑やかパーティーメンバーと共に偽りの笑みで笑い合う。

 いつか、前の時みたいになろう。そんな決意を、そっと胸に秘めて。


(でも、モールワームの生息地はもっと奥地のはずなのに、何でここに居るんだろう?)




肉切り鋏は描写しきれませんでしたが、チェーンカッターをイメージしていただければ大丈夫です。

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