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第八話

ここ最近、休日に書籍を購入して出勤時の電車内で読むのがブームになってます。今はアニメから嵌った『VIVY』を読んでますね。いつかあんな引き込まれるような小説を書いてみたいです。

まぁ、そんなことはさておいて、今話を読んで楽しんでいただけたら幸いです。

春も半ばを過ぎ、日毎に暑さが増す今日のこの頃。地平線の彼方から太陽が顔を覗かせる時間帯に、アイクは目を醒ます。起き抜けのぼやけた頭は未だ微睡を求めるが、日々の習慣がその微睡の中から覚醒へと引き上げる。睡眠時に伸びて固まった節々を解しながら立ち上がり、つい最近できた同居人(エル)に視線を向ける。

 彼は生来寝相が良いらしく、あまり乱れていない布団の中で静かに寝息を立てていた。眠りが深いのか、隣でアイクが起き上がっても目が覚める気配はない。クセの無い艶やかな長髪がはらりと広がり、端麗な顔を弛緩させた穏やかな寝顔は大人びた彼と裏腹にとてもあどけない。年相応の顔をしていた。

 寝入っている彼を起こさないようアイクはそっと部屋から抜け出し、トレーニングウェアに着替えて外に出る。今日は久しぶりの晴れ模様らしく、近場の草木には朝露が滴っていた。死の灰が上空に巻き上げられ、絶えず空を灰色に覆われている現代。晴れ間が見える日は縁起が良い日とまで言われている。昔は当たり前にあったものが、今では珍しいものとして扱われている。かつての戦争では一体何を欲して、結局何を手に入れ、そして何を失ったのか。考えても失ったものの方が多いだろうな、なんて益体もないことを考えつつ、アイクは久方ぶりの朝陽を身体に浴びながら走り出す。

 街の中は死の灰を浄化するためのナノマシンが散布されているため、マスクもゴーグルも必要ない。この浄化用ナノマシン世に出たのは、丁度死の灰による被害が声高に叫ばれ始めた頃。それこそナノマシン技術の黎明期。当時世間から求められていた『汚染物質を無害化し、かつ人体への影響をゼロにする』という机上の空論染みた課題を難なく突破したこのナノマシン技術はすぐさま世間に認知され、そして迅速に動員された。現在でも開発当時のままのナノマシンが使用されているオーパーツであり、その詳細は何故か謎のままである。

 しかしおかげで当時は発展途上だったナノマシン分野も世に有用性が認知されるようになり、潤沢な研究資金が割り当てられてからは一気に花形分野に成り上がった。これにより多くの分野にナノマシン技術が流用されるようになり、今ではナノマシン技術が未使用な分野を探す方が難しいと言われるほど、その技術は各分野に浸透していた。


「ふっ……ふっ……ふっ……」


 アイクは眼下に広がる街を見下ろしながら、走り慣れた道を呼吸を乱さないように走っている。道と言ってもここはヤザミ市街のストリートではなく、街を覆う外壁の回廊である。元々は防衛用の設備であるため、移動式の機関銃や砲塔といった重火器の使用を念頭に置いた広く平坦な道幅で設計されており、ランニングをするにはうってつけの場所である。外壁ができた当時はモンスターの迎撃のために頻繁に使われていたこの場所も、ハンターの資格化が始まり周辺のモンスターが数を減らして以来徐々に役目を果たせなくなり、今や一部の者がランニングコースやトレーニングスペースとして利用されている。勿論、アイクもその利用者の内の一人だった。


「よぉ、アイク。おはようさん」

「今日も精が出るな」

「おはよう。精が出るのはお互いにだろ?」

「ハハッ。そりゃそうだ」


 アイクは朝の日課としてここでランニングを始めて、かれこれ数年が経つ。それまでに一緒に走っていた者、すぐに辞めた者、急に来なくなった者。色々な人間が居たが、それでも今日もここで会う者も居る。流石にこれだけ長くここを利用すれば顔馴染みにもなるし、ここの利用者とはそれなりに交流はあった。

 朝のこの時間にここでトレーニングをしているのは、ハンターの中でも上昇志向が高い者たちばかりだ。そして長く交流を続けているのは、ハンターの中でも上位の者たち。彼らの名はハンター業界に居れば一度は名を聞く名であり、新進気鋭のハンターであったり確かな腕を持ったベテランハンターであったりと様々だ。外では妬みから「偶々だろう」「運が良いだけだ」などと心ない言葉を囁かれることもあるが、ここに居る者たちは互いの努力を知っているためそのようなことは決して言わない。努力しているから結果が伴う。そのことを自分自身で否定しないためにも。


「おはよう、アイク。どうだ、久しぶりに組手でもしないか?」


 腰まで届く艶やかな黒髪を一本に纏め、アメジストの鋭利な双眸を持った美麗なハンターがアイクに声を掛ける。アイクがここを利用して数年来の付き合いのあるハンターだ。アイクはそのハンターの前まで来ると一度ペースを落として立ち止まる。


「悪いな。今日はパーティー組んだ奴と荒野に出るから早めに切り上げるんだ。組手はまた今度にしてくれ」

「ほぅ。ついにお前もパーティーを組んだのか。……なら先達からの忠告だ。精々寝込みには気を付けることだ」

「そこら辺は確認とってあるから問題ない。それじゃあな」

「あぁ、またな」


 アイクは再び走り出し、知己のハンターに手を振ってランニングを続行する。回廊を一周する頃には朝陽もその姿を完全に見せるようになっていたため、アイクはそこでトレーニングを切り上げた。自宅へ戻れば汗が沁み込んだウェア一式を洗濯機に放り込み、軽くシャワーを浴びる。心地良さに倦怠感が薄れ、頭も徐々に覚醒していく。こうしてランニングから汗を流すまでが、アイクの朝の日課だった。

 朝の日課が終われば、次は朝食の準備に取り掛かる。この時間になれば自然と腹の虫が動き出す。使えそうな食材を見繕い、テキパキと調理していく。味付けは寝起きの胃に負担を掛け過ぎない程度に。以前なら運動後故に刺激物も入れていたが、同居人の嘆願によってそれは取りやめになった。

 そうこうしているうちに着々と食卓に並べられていく料理の数々。朝から多すぎる気もするが、運動後のアイクにとってはこれくらいが丁度いい。何よりも身体づくりに重点を置いてきたアイクには、これくらいの量は必要だった。並べ終えた朝食を眺めて一つ頷くと、丁度起きてきた同居人がリビングに入る所だった。


「おはよう、アイク。……ふぁ」

「おはよう、エル。まだ眠そうだな。コーヒーでも飲んどけ」

「うん。そうする……」


 同居して一週間もすれば、互いの大まかな生活リズムもわかってくる。エルは普段はしゃんとしているが、意外と朝に弱くて寝ぼけ気味なことが多い。今も普通に会話しているが、きっと頭は半分も起きていないだろう。


「飯はいつも通り隙に摘まんでっていいぞ。残ったもんは俺が全部片づける」

「いつも思うんだけど、朝からよくこれだけ食べれるね……」

「食べなきゃ身体ができないからな。それに、さっきまで走ってたから腹は減ってるんだよ」

「僕はそんなに朝早くには、起きれないかなぁ」

「今は日帰りで行ける浅い場所までしか行けないが、いずれは早出で何日間か掛かる依頼も受けるんだ。その内できるようにしとけよ?」

「………善処するよ」

「今の間は何だ~?」


 朝の穏やかな時間に、二人の声がこだまする。

 今日は正式にパーティーを組んだ二人が、初めて依頼を受ける日だった。



◆◇◆◇



 準備を整えた二人は、揃って荒野に続く列に並んでいた。ここではマスクとゴーグルを外して並んでいるため、エルの素顔が曝け出されている。おかげで周囲からチラチラと視線が向けられ、ひそひそとした声が上がっているのだが二人はどこ吹く風と気にしていなかった。


「予定だと、今日はハクレイ街跡地までは行かないんだっけ?」

「そうだな。そこに行くまでの弾薬もないし、一先ず今日は連携の確認だけだな。弾薬費・食費+αが出れば御の字、って所だ」

「文面だけ見れば慎重派なハズなんだけど、財布の中身を知ってるたら余裕がないように聞こえるのが何とも……」

「まぁ、下手を打たなきゃ予定通りに終わるんだ。期待してるぞ狙撃手(スナイパー)

「勿論。それに君の腕前も当てにしてるよ、粗撃手(ヴァンガード)


 互いに肩を竦めながら笑い合う。そんな折、二人に声を掛ける者がいた。


「ん?……お、アイクじゃねぇか。お互い生きてて何よりだな」

「久しぶりだな、バッツ。っていうかまた装備変えたのか。そうやって装備をポンポン変えれるのが羨ましいよ」

「毎度毎度仕事先でぶっ壊れるんだからしょうがねぇだろ?」


 そう言って快活に笑うバッツの服装は、ハンター御用達のHAT社製の戦闘スーツにジャケットを組み合わせたものだ。この戦闘スーツは衝撃吸収性と機動性を高い次元で両立しているものらしく、先月発売が開始されたばかりだが好評につき品切れが続出しているとのこと。無論、この前会った時も着ていたのだが、その時とはデザインが異なっている。


「今日はパーティーを組んだ奴と初めて出る日でな。……紹介する。パーティーメンバーのエルだ。そんでこっちはバッツ。同業者の先輩だ」

「エルです。初めまして」

「あ、あぁ。俺はバッツだ。よろしく」


 鷹揚に手を差し出すエルに、バッツはおずおずと手を伸ばす。バッツは意外にもコミュ障なのか、なんて失礼なことを考えている内に、アイクの反応を超える速度でバッツが肩を組んで来た。


(おい。一体どういう状況だ。 あいつどう見ても貴種の血筋じゃねぇか!?)

(一応はスラム街出身(経歴不明)、ってことになってる。証拠がないんじゃ何もかも憶測にしかならないし、俺から言うことは何もないぞ)

(そりゃ連中が素性隠す時の常套句だろ。お前、もしかしてあいつに弱みでも握られてるのか!?)

(失敬だな。強いて言えばこっちが恩を売ったんだ。後は為人(ひととなり)を見てパーティーを組むって決めたんだよ)


 澄ました顔で答えても、正気を疑うような視線が返ってくるばかり。義眼であってもその手の感情表現はお手の物らしい。人工レンズの奥からピリピリとした感情が肌に伝わってくる。


(自分から厄介事に首を突っ込むのは感心しないが………お前が自分でちゃんと見て選んだんなら俺からは何も言えねぇ。だが、後々面倒なことになるのは覚えておいた方がいい。貴種の血筋ってのは、どこに導火線が繋がってるのかがわからないからな)

(忠告はありがたく貰っておく。……ま、何とかなるようにするさ)

(そうなるように祈ってるぜ)


 そう言って話を切り上げる。それを見ていたエルは、どこか遠慮がちだった。


「えぇっと、僕はお邪魔だったかな……?」

「おっと。気を悪くさせちまったな。こいつがパーティーを組むのは初めてだから、色々教えてやったのよ。なっ!」

「あぁ。色々タメになることを聞けた。」


 バッツは不興を買ってしまわないようにアイクを巻き込んでエルの追求を回避する。貴種絡みでトラブルでもあったのか、その誤魔化しには必死さが見て取れた。


「それじゃぁな。お二人さん。死なないように頑張れよ」

「あぁ、そっちもな」

「お互いにね」


 片手を上げて去っていくバッツを二人が見送る。列に並んでいる最中ではあまり褒められた行為ではないが、都市でも上位のハンターでありトップ層のクランに席を置いている彼を直接咎められる人間はここにはいない。そもそもバッツは車両で移動をしていることが多く、向かう先も道路に停めてあるクラン所有の車両である。どうやら態々車を降りてこっちに来ていたらしい。


「意外だったけど、アイクって結構人脈があるんだね。あの人、ここでもかなり上位のハンターでしょ?」

「そうだな。駆け出しの俺には得難い伝手だよ。……ま、使ったことないんだけど」

「ははは。君らしいね」

「それは馬鹿にしてるのか?」

「いいや。今のままの方がずっと魅力的だというだけだよ」

「………男に言われなきゃ素直に嬉しかったんだけどなぁ」

「君って時々辛辣になるよねっ」


 下らないことでじゃれ合いながら、久しぶりの青空の下で列を成して荒野へと赴く。彼らの間には隔たりはない。何故なら、彼ら二人の間には出生など些事でしかないのだから。



◆◇◆◇



 タンッ——タンッ——タンッ——!


 澄んだ湖畔を絵にかいたような空の下。荒野に三つの銃声がこだまする。かつての文明の痕を、大量の土砂と粉塵で塗り潰された荒野の一角。そこは数年前まで狩りのしやすさからハンター達の間で盛況なホットスポットであったが、今はモンスターも学習してほとんど寄り付かない寂れた場所だった。

 アイクの隣には、瓦礫を台座代わりにライフルを構えるエルの姿がある。マスクとゴーグルに、長い髪を覆うフードと外見はすっぽり覆い隠されているというのに、その姿だけで絵になるのはどういうことなのだろうか。謎は深まるばかりである。

 そしてアイク本人は、双眼鏡を構えてエルの標的を見据えていた。


「うん。いい感じだね。この銃もかなり古いものなのに、かなり撃ちやすいよ」

「へぇ、そうなのか」


 努めて平坦な口ぶりだが、その声色は僅かに震えていた。アイクの視線の先、そこには3体のハンガードッグの死骸が横たわっている。数だけ見れば初日のアイクの討伐数と同じだ。だがしかし、エルはあろうことか狩りの最中のハンガードッグ3体を3発の銃弾だけで仕留めたのだ。それも、灰塵の吹きすさぶこの荒野の状態で、である。


(ひょっとして俺はとんでもないやつと組んだんじゃなかろうか)


 震える心の声のままに、アイクは胸中でそんなことを呟いた。

 因みにこの日の夕飯はすこしばかり豪勢であった。




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