第六話
モンハンライズ……いいですね。実写版モンハンを見た勢いのまま購入したのですが、買って損はなかったです笑。
そして私事ですが、四月から新社会人となり、毎日が忙しなく過ぎていく中で、こうした忙しさの中でも執筆を続けられる人たちはやはりすごかったのだと改めて尊敬しました。
それはさておき、久しぶりの更新です。今話も拙作を読んで楽しんで頂けたら幸いです。
夜の荒野には、『一寸先は闇』という言葉がよく似合う。夜を照らす人工灯は壁の奥に消え、夜の道標となった月が雲の向こうに鳴りを潜め、荒野は本当の意味で闇に染まっていた。視覚は役に立たず、頼りになるのは己の聴覚か索敵装備のみ。そのためこの時間帯の荒野は一気に危険度が上がるのだが、徘徊しているモンスターの分布は変化せず、ハンターにとって旨味が微塵もないことから、この時間帯の荒野は無人状態だった。荒野の夜を彩るのは戦場に吹く冷徹な風と、人類の生存圏を削ぎ落したモンスターの静かな嘶き。アイク達がヤザミ市街に戻ったのは、そんな日暮れの頃であった。
「漸く戻って来れたか。そら、街に着いたぞ」
「そうだね。……なんでかな。すごい久しぶりに街に入る気がするよ」
「そりゃ、あんだけ濃い時間を過ごしたらな。ひょっとしたら、街に着いたら数年くらい進んでるかもしれないぞ」
「そんな展開は、お伽噺だけで十分だよ」
「違いない」
クツクツと笑う二人の声が、無人の門によく響く。足裏で踏みしめるものが強化ブロックに切り替わる頃には、人工灯が二人の姿をくっきりと浮かび上がらせていた。
暗闇の荒野にぽつりと浮かぶ、場違いな建造物。荒野から突き出た岩盤に陣取る様は一見すれば見つけやすいが、されど近寄りがたい存在感を示していた。
ここは荒野へと続く門の前。外と中とを区切る通り道。垂直に聳える防壁から申し訳程度に飛び出した二つのキツイ傾斜が、門の位置を唯一知れる手が掛かりである。こうした見つけ辛い構造をしているのは、元々この街が閉じ籠るためだけの役割りであり、外に出る事を考慮していなかった弊害である。
モンスターが溢れ出た当初、その進行を阻止せんといくつもの都市が討伐隊を編成したが、その多くの都市が廃墟に成り果てた。戦術に戦略、人類が長い時間をかけて培ってきた叡智は、純然たる数の暴力の前に為す術なく蹂躙された。そうした敗戦を重ねていく内に、次第に彼らはモンスターの殲滅を諦め、自国の辺境に防衛線を敷き、内地に閉じ籠ることを選んだ。その防衛線の一つがここヤザミ市街であり、ハンターが台頭した今でも防衛に特化した構造をしているのはそのためである。
「おい、帰還推奨時間はとっくに過ぎてるぞ」
周囲に他の人影がない今、二人の姿は容易に見つかってしまう。管理室の窓から顔を覗かせた管理官が、アイク達に小言を言った。夜勤担当なのか、アイクが初めて会う管理官だった。グラスグリーンの癖毛に、黒縁眼鏡を掛けた痩せ気味の男。目元には隈があり、不健康そうな生活してそうだ、とアイクは内心で失礼なことを思った。
「あぁ、悪いな。いい所だったから少し欲張っちまったんだ」
「そう言って死んだ駆け出しは今までごまんといる。この界隈じゃ常識だぞ」
「なぁに、こっちも既に死に掛けてきた身だ。その常識は骨身に染みてるよ」
「それならいい。ならさっさとハンター証を見せろ」
無遠慮に装備状態に口を出してきた通行管理官に思うことはあれど、アイクはハンター証を提示する。見かけの装備も中身も駆け出しハンターであるアイクは、粛々とその小言を受け入れた。事実、アイクのハンターランクは6。紛うことなき駆け出しハンターだ。
ここヤザミ市街では、この時間帯における駆け出しの壁外での活動は認められていない。索敵装備と索敵技術が未熟な駆け出しでは、この暗闇の中ではモンスターにとっていい餌にしかならないからだ。過保護ともとれる措置ではあるが、それで将来有望な人材が守れるなら御の字だと、かつてのハンターズギルドのギルド長が規則を設けたためにこうなっている。そのおかげかここ近年ヤザミ市街のハンターの質は向上しており、当時は賛否両論あったものの、今ではその判断は英断として評価されていた。
アイクが差し出したハンター証に目を通す管理官。しかし、その数が一つしかないことに違和感を覚えた。
「ん? もう一人のハンター証はどうした?」
通行管理官の視線が、エルに向かう。エルはポケットを探る素振りをすると、そっと顔を俯かせた。
「あぁ、っと……すまないね。モンスターに襲われた時に、どこかに落としてしまったようだ」
歯切れ悪く言うエルは、今日一覇気が感じられなかった。それを聞いた通行管理官は、訝し気な顔をする。
「落としただと? 壁内ならまだしも、壁外では絶対に落とすなとギルドから言われてるはずだろう。こっちにも“通行履歴証明書の類を持たない者はみだりにここを通してはならない”という規則がある。それを覆すのは規則違反だ」
「ははは。手厳しいね」
「手厳しいも何も、それが規則だ。ハンター証がない奴を入れる訳にはいかないぞ」
「まぁまぁまぁ。そこは大目に見てやってくれよ。こいつ、ハクレイ街跡地で死にかけの所を助かったばっかりだぜ? なのに、結局街に入れず寒い荒野で野宿させるのは流石に酷じゃないか?」
「そうは言うがな……」
管理官は言葉を詰まらせながら、エルの装備をもう一度見る。距離もあったことで気付いていなかったが、よくよく観察してみればエルの体調は万全とは程遠い。耐塵スーツには血痕付きの裂傷が刻まれ、呼吸も途切れ途切れでアイクに凭れ掛かっている。このまま外に放り出せば遠くない内に死ぬのは目に見えていた。できた死体はモンスターの格好の餌になり、釣られたモンスターが壁の周辺に寄ってくることになる。そうなればハンターにいらぬリスクを負わせることになり、ヤザミ市街側で死体処理をしなくてはならなくなる。どちらが面倒事を起こさずにすむのか、管理官の天秤が結果を弾き出す。返答は溜息だった。
「……はぁ。わかった、今回だけだぞ。次来るまでにハンター証の再発行手続きは済ませておけよ」
「はは。肝に銘じておきます」
「それじゃ、俺達はこれで」
「あぁ。今後はハンター証を落とすなよ」
特別に見逃してくれた管理官に別れを告げて、アイク達は門を潜った。すると先程の緊迫した荒野が嘘のように、喧騒と明るいネオンに彩られたメインストリートが二人を出迎えた。人々は外行きのラフな恰好に身を包み、早朝とはまた別の鮮やかな彩りを見せ、出店の香ばしい匂いが食欲をそそる。夜のメインストリートは彼らの一日の疲れを労う場であり、日頃溜まったストレスを適度に発散する場でもある。そのため日中とはまた違った意味で賑わっており、酒精の漂う弛緩した空気が広がっていた。そんな陽気な人々を避けるように、二人はメインストリートの端を歩いている。
「……さっきは助かったよ。ありがとう」
「流石にあれを見過ごすほど落ちぶれちゃいないぞ。……それより、お前は晩飯どうするんだ? せっかくの縁だ。何なら俺の家で食ってくか?」
「はは。流石にそこまでしてもらうのは悪いかな。今日のところは適当なところで済ますよ。食事はまたの機会で」
「そうは言うが……」
アイクはそっとエルの支えを外した。すると途端に、エルは動力の切れたアンドロイドのように力なく膝から崩れ落ちた。その場に倒れ込まなかったのは、アイクがまだエルの腕を持っていたからだ。
「一人じゃロクに立てそうにない奴が、どうやって自力で宿まで歩いて行くんだよ。ここで強がっても得にはならないぞ」
「……はは。流石にバレてたか」
「ここまで肩を貸して連れてきたのは誰だと思ってる。街が見えたあたりから限界が近かっただろ」
元々、エルの出血量は立ち上がって動けるのが不思議なほどだった。そんな身体を気力で無理矢理動かしてここまで歩いてきたのだ。限界を迎えるのは当然と言えた。失血により脳に酸素が回らず、思考は鈍り、運ばれてこない酸素にエルの全身は悲鳴を上げていた。現に、アイクの肩に掛かる体重は増え、エルの脚は僅かに震えている。立ち止まればこうして座り込んでしまう光景は、想像するに難くない。
「今まで張ってた気が切れたんだろうよ。……こりゃ、家に寄る前に行きつけの店に連れてって薬を工面して貰うしかないか。そこまでは耐えてくれよ」
「何から何まで、ホントに済まないね……」
「いいってことよ」
申し訳なさそうに、覇気のない言葉が返ってくる。アイクは気にするなと言い、再びエルに肩を貸した。向かう先はメインストリートの脇を逸れた奥の道。いつも彼が世話になっているコレットの店だ。しかし、ドンと構えるアイクはその見かけとは裏腹に、内心焦りが見えていた。
(あの婆さん、閉店後にアポなし訪問しても許してくれるかな……?)
心に抱く希望とは真逆の、般若の貌が頭を過る。明日あたりにゴミ捨て場でミンチになってなければいいが。そんなブラックジョークを思い浮かべながら、アイクの姿は夜の暗さに紛れていった。
第四階層にあるコレットの店は、夜には完全に店仕舞いをしている。昼間は日陰者を気取っているスラム街の無法者たちが、夜は我が物顔でうろつくようになるからだ。店先にも商品を置いているコレットにとって、平然と商品を強奪していく彼らは藪蚊にも等しい存在。粗相を働けば自ら散弾銃を担いで店先からぶっ放すのも厭わない位には嫌っていた。やたら穴だらけな周囲の道が、その具合を如実に表している。
今はシャッターを下ろして誰も入り込まないようにした上で、コレットとカーディナルは、店内で締め作業を行っていた。コレットはモップで床を拭き、カーディナルは在庫と売上の確認を行っている。普通逆では、という疑問はここでは野暮である。
「カーディナル。売上と在庫に手違いはないかい?」
『ええ、そんなものはありません。当時の最先端の科学技術の粋を集めて造られた、最新型の人工知能を搭載した私が管理しているのです。その質問はナンセンスというものです』
「“当時は”だろう? 今じゃ廃版になった時代遅れの骨董品じゃないかい。最先端を語るなら、型番の桁を一つは増やすことだね」
『言ってくれますね。しかしこちらも現在でも自動アップデートを続けているのです。そこらの型番が大きいだけのニュービーには、負けるつもりはありませんよ』
二人の間で、軽妙なやり取りが繰り返される。しかし言葉の中には、互いへの信頼が感じ取れた。それでいて二人共手は全く止まっていないというのだから、二人共“できる”人間なのだろう。
『あぁ、そういえば。彼に“応急薬と偽って”売った回復薬の分。あの記録は削除しておきましたがよろしかったですか?』
「構わないよ。几帳に残らない記録なんて、データを圧迫するだけだからね」
『えぇ、まったくもってその通りですね。記録を消すのに問題ない口実ですね』
「随分と言葉に含みがある気がするけど、アタシの気のせいかい?」
『えぇ。はい。それはきっと貴方の気のせいですよ』
口も目もなく、レンズとスピーカーしかないのが恨めしい。顔があればきっと口端を上げて含み笑いをしているに違いない。コレットはわかった上でカーディナルを睨み付け、カーディナルはバレないとわかった上で正面から彼女を見つめている。
そんな不毛なジョークのやり取りの折、唐突に店のシャッターが叩かれた。
『婆さん。こんな時間だがちょっといいか?』
シャッターの向こうから聞こえてきたのは、聞きなれた青年の声。二人がその声を聞き間違えるはずがない。一人と一体は一瞬見つめ合い、コレットは念のためとカウンターの裏から取り出した散弾銃を片手に下げたまま、店のシャッターを開けた。するとそこには、普段以上にボロボロになった外套を羽織り、息切れしながらも見知らぬ男に肩を貸すアイクの姿があった。
「こんな時間に一体何の用だい。とっくに店仕舞いはしてるよ」
「そりゃ悪かったな、婆さん。顔馴染みの誼で営業時間は延ばしてくれ。……いや、冷やかしじゃないから。だからそのゴツイ散弾銃を下ろしてくれ」
「フン。なら要件をさっさと言うんだね」
無言でずい、と眼前に突き出した銃口を、アイクが手で下げる。数多の有象無象の煩い言い訳を文字通り吹き飛ばしてきた一品を向けられるのは、付き合いの長いアイクにしても流石に落ち着かないようだった。
「こいつの手当をしたいんだ。輸血剤の在庫はあるか?」
「あるにはある。だけど、隣のそいつは一体誰だい?」
「ハクレイ街跡地で死に掛けてた同業者だ。二人でそこから脱出した縁でな。怪我をしていたから助けることにしたnnda
」
「だからってこんな時間に……はぁ」
コレットは何かを言いきる前に、溜息を一つついた。そういえば、アイクは決めたことはやり通す頑固な面もあったのだと、ふと思い出したからだ。一体誰に似たのか、それは彼の顔立ちがを見ればよくわかる。それに伴って想起される遠い昔の誰かとのやり取りを鑑みれば、このまま断ろうとしても屁理屈を言って絶対に考えを曲げないだろうなと彼女は心のどこかで思った。
(結局、血は争えないのかね)
もう一度、彼女は静かに溜息をつく。
「……まぁいい、それならとっとと入んな。店先は散らかってるから奥の部屋を使うといい。品は適当にこっちで見繕っておくよ」
「ありがとな、婆さん」
「どうせ渋ってもゴリ押してくるくせに。よく言うよ」
「なんだ、わかってんじゃん」
「ったく。そういう所が可愛くないんだよ」
ペチン、と額を弾いてやれば、飄々と笑うばかり。反省は全くしていないらしい。
『おや、アイク。こんばんは。こんな夜更けにこんな場所を出歩くのは、あまり関心しませんよ。この時間に貴方が出歩いて良いのは、メインストリートと歓楽街だけです』
「しれッとと悪い遊びをOKするんだな、カディ。てっきり出歩くなと言われると思ったが」
『出歩かないのにこしたことはありません。しかし夜の街を肌で感じることも、見聞を広めるという意味では一つの手です』
「なるほど。一理あるな」
「減らず口はその辺にしておきなポンコツロボット。……ったく、今でさえ手を焼かされてるっていうのに、これ以上の悪ガキに育ったら手に負えないよ。さぁ、とっとと奥に行きな。こっちもやることがあるんだからね」
シッシ、と手を振るコレットの脇を抜けて、アイクは奥に向かった。直接言わずとも、何の気なしに聞いていてもよくわかる彼女の心根の優しさにクスリと笑いながら、アイクはエルを部屋に運び込む。灯りの無い部屋のスイッチを入れてやれば、あまり使われていない仮眠室のようで、簡易的なベッドの他に小さな棚や花瓶が置かれているだけだった。白を基調にした合成素材の壁紙に白のベッドシーツ、唯一の色どりが窓際にある一輪の花だけというのだから、清潔感よりもどこか寂しさを感じさせる。家主が使うというよりも、急な来客用の個室といった方が的確だった。
アイクは肩に担いでいたエルを、そっとベッドに横たえる。ここに来るまでに話す気力もなくしたのか、浅い呼吸を繰り返している。辛うじて倒れこまずにゆっくりと横になることが、まだ意識が残っているという証拠だろう。しかしその有り様は風前の灯火のようで、動いて然るべき命の鼓動は、とても乏しかった。
「……エル。もう少しで治療してやれる。それまでは耐えてくれ」
そっと彼の頭部を一撫でして、今まで被り続けていたガスマスクを取り外した。
その瞬間、ふわりと、薄いペイルグリーンの髪が宙を舞う。絹を思わせる艶のある滑らかな髪。露わになった、シミ一つないキメ細かな肌に、男とも女ともとれる、中性的な顔立ち。静かに眠っていれば眠り姫とも呼ばれそうな静謐さを持ったその顔立ちは、只人とは違う“格”を感じさせた。
一般市民と支配者階級の人間とでは、その顔立ちの良さは文字通り一線を画する。遥か昔から脈々と受け継がれてきた遺伝子か、それとも技術革新が起きたここ100年の間かはわからないが、両者を見分けるのはとても容易だった。先端技術を用いて整形を行おうとも彼らには及ばず、いくら美を追求しようとも彼らの輝きを前にしては有象無象に成り下がる。それ故貴人の血筋は昔から神聖視されており、今でも血縁外交が成り立っているのはそのためだ。そしてエルの顔立ちは、紛れもない貴種の血を引くものだった。中央か、もしくは地方でも有数の領主一族の傍流か。憶測の域を出ないが、まぁそのあたりだろうとアイクは当たりをつけ、そして何も言わなかった。あんなモンスターが犇めき合う戦場の只中にたった一人で取り残されていた理由を追求した所で、何が変わる訳でもない。むしろ厄介事が砂煙を上げてやってくるだけだろう。故にアイクは見ないことにした。
治療の折、部屋に入ってきたコレットが一瞬顔を顰めアイクを睨み付けたが、アイクはどこ吹く風と真に受けず、そのまま部屋を後にするのだった。