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第四話

久しぶりに高い焼肉店に行きました。あれですね、大人になると脂っこいものがあそこまで厳しくなるんですね……。

まぁ、そんなことはさておき。今話も拙作を読んで楽しんで頂けたら幸いです。



 アイクはコイントスの結果通り、そのまま進むことを選んだ。モンスター発生の原因である旧・中央連合王国がある西向かって進むほどに、モンスターの脅威度は上がっていく。そして、遺物採集領域も西に存在している。先程アイクのいた場所と遺物採集領域ではその差は微々たるものだが、その差で死にかねないのがアイクである。そのため、彼は慎重に歩を進めていた。

 しかし、彼の表情は少し険しい。別に苦戦している訳ではない。傷を受けた訳でもない。この難易度帯であればモンスターが出ても問題なく討伐できるだけの技量はある。ただ、問題はその数だった。


(さっきからモンスターの数が多過ぎないか? 聞いた限りじゃそこまで数は増えないって話だったけど、遺物採集領域の手前でここまで増えるのか)


 アイクは物陰に身を潜め、モンスターが通り過ぎるのを待っていた。討伐を諦めて、かれこれ10回以上はこうしている。モンスター達は密集している訳ではないが、数匹ずつのグループが絶えず分散して行動していた。隠れながら双眼鏡で索敵すれば、前後左右にいくつかのグループの姿が見える。一度戦闘を行えばこれらのグループを呼び寄せることを考慮すれば、ここでの戦闘は愚策だった。


(なるほどな、駆け出しでソロが推奨されないのはこの所為か。遺物採集領域付近はモンスターの数が段違いに多くなる。ソロだったら対応しきれなくなるから、パーティーを組むことを推奨されている訳か)


 ハンターズギルドから受けた話を思い出すが、実際にその話をまともに受け取るのは養成校の卒業生や勘易教習試験を受けた者だけだ。スラム街上がりのハンターは自分の実力しか信用していないため、ソロで赴くことが多い。かく言うアイクも後者寄りであるため、今の所ソロを辞めるつもりはなかった。

 モンスターが通り過ぎるのを待ってから、アイクは再び歩き出す。モンスターの位置を逐一確認しながら、なるべく遭遇しない経路を概算して進んでいった。こういう時、多少なりとも演算補助をしてくれるインナーチップはアイクにとってはありがたい。

 そうして隠れながら進むこと暫く。緑に覆われた空間が突如として開けた。


「へぇ……ここが一番最寄りの遺物採集領域、“ハクレイ街跡地”か。ここまで来るのに、結構掛かっちまったな」


 アイクの目の前に広がるのは、かつて街だった場所の姿。天に聳え立っていたであろう高層ビルは半ばでへし折れてその身の半分を瓦礫に変え、二階建ての家屋は何かに突き破られたようにぽっかりと大きな穴が空いている。人為的に植えられた植物は自然の生命力を取り戻し、建物を飲み込んで己の住処にしており、街は大自然に敗れた人工物のような様相を呈していた。

 ここは、アイクが最初に目指していた遺物採集領域だった。ヤザミ市街から最も近く、一番難易度が低いここで安全に遺物を見つけて足掛かりにし、装備を整えてさらにデカい遺物を掘り当てに行く。そして食うに困らない程度に資金を貯めれば、後は一軒家を買ってハンターを引退して適当な職場に就職する。そう思い描いていた未来設計は出だしで頓挫し、結局ここまで来るための訓練に1ヶ月を要してしまった。しかしその期間が決して無駄ではなかったということだけは、アイクは確信を持って言うことが出来た。


「ここが遺物採集領域だって? 笑わせるなよ。モンスターの巣の間違いだろ?」


 双眼鏡に映る夥しい数のモンスターを見て、アイクの口から薄ら笑いが零れる。地上も建物の外壁にも、至る所にモンスターの姿が見られた。変異種らしき数匹のグループが通り過ぎれば、またすぐに別のグループが現れる。これが街全体に分布していると考えると、アイクは思わず身震いする。ここがどれだけ魔境なのかがよくわかる。ハンターの数が減少しないのは、供給してもそれだけ消費されているから。その理由が今、目の前に在る。こんな魔境に足を踏み入れなければならないのなら、それも納得だとアイクは思った。


(何にせよ、軽いマッピングとモンスターの分布だけ把握しておくか。……知らないモンスターもいるようだし、極力戦闘は避けた方がいいな)


 好奇心で死神の袖を掴まないように、そっとその場から移動する。街の全貌が辛うじて見える小高い山から迂回して街の様子を見ていると、街は中枢区、商業区、居住区、工業区といった区分で分けられていることが見て取れた。ヤザミ市街と違い、旧世代の都市はモンスターの襲撃に備えた防壁と階層構造を持っておらず、内地と同じく分野別に区画整理されていることが多い。この都市は襲われない、そんな考えが根底にあったのだろう。そしてだからこそ、モンスターの襲撃によってあえなく陥落した。


(そして今じゃそこがモンスターの巣になって、ハンター達が危険を承知で命がけでここに挑んでいる訳か。俺も討伐される側にならないように気を付けないとな)


 そう思い、マッピングを終えて帰ろうとした瞬間だった。

 ドサリ、と。アイクの後ろに何かが飛んできた。咄嗟にアイクは銃を構えて振り返る。彼の目に映ったのは、身体を半ばから切断されたハンガードックの死体だった。それも金属装甲を纏った変異種で、その強固な金属装甲諸共に胴体を鋭利な刃物のようなもので切断されていた。おそらく即死だろう。そして懸念すべきは、その犯人がすぐ近くにいるということ。

 ドクン、と。心臓が悪寒を伝えた。


(———撤退ッ!)


 何を言う間もなく、アイクは走り出した。見通しが悪い薄暗がりの緑のどこから、何が来るのかアイクにはわからない。だが、アイクの直感は勝算は0だと叩き出していた。故にアイクは震える脚に鞭を打って、全力でその場から離脱を図った。索敵などしていない。ただ全力で、その場から離れることだけに注力していた。

 恐怖と焦りがアイクの視野を狭める。そして、その不注意が仇となった。逸る心臓に駆られたアイクの真横に、薄暗がりの奥から影が飛び掛かった。アイクが視線を向け、驚きに目を見張る。その影には見覚えがあった。


「ハンガードック!? ここでかっ!?」


 それも、装甲を纏った変異種だった。アイクは咄嗟に引き金を引いたが、装甲が邪魔をして急所に当たらない。横合いから突き飛ばされたアイクは姿勢を維持できず、ハンガードックと諸共に錐揉みしながら山の斜面を転がり落ちていった。木々の幹、突き出た土塊が全身を打つ。暴れるハンガードックの鋭い爪や牙をいなしながらでは、受身をとる余裕もなかった。

 幾度となく身体を打ちつけられた後、漸くアイク達は平地に辿り着きその四肢を地面に投げ出された。同時に飛んでいきそうになった意識を手繰り寄せ、アイクはすぐさま身体の状態を確かめる。全身打撲は必須。裂傷に擦り傷も見られるが、幸運なことに骨折の類は見られなかった。だがそれで安堵する間もなく、アイクは近くにあった銃を広い、ハンガードックに銃口を向けた。討伐訓練で培われた反射的な行動だった。

 しかし当のハンガードックはその場におらず、少し離れた位置に、アイクに目もくれずに必死にこの場から逃げ出そうとしていた。折れた後ろ脚を引き摺りながら、まるで何かから逃れようとするかのように。

 逃げ出したいのはこっちの方だ。そんな愚痴を零しながら、アイクもまた痛む身体を起き上がらせ、近くに転がっていた銃を手に取り急いでその場から移動する。遠方から薄っすら聞こえてくる厄災の足音が、ここは安全でないということを遠回しに伝えてきていた。

 ここ一ヶ月で身に付けた索敵の手法を最低限にこなしながら、アイクは建物の合間を走り抜けていく。足元に伝わる地鳴りは、より一層酷くなる。お客はすぐそばに来ているようだった。距離を稼ぐのはこれが精いっぱいだと見切りをつけたアイクは、一度物陰に身を潜めた。

 すると、物陰を挟んだ向こう側の道を、蠍とハンガードックの双方入り混じった軍団が、我先にと大地を揺らして駆け抜けていった。その先には、先ほど負傷したハンガードックの姿がある。いくら変異種と言えどそれは同格の相手には意味をなさず、大群に押し寄せられたハンガードックは抵抗虚しく装甲諸共に肉を食いちぎられていった。


(あいつらの本当の目的は俺だったんだろうな。銃声が聞こえたから、餌がいると思ってここまで来たのか。どこまで人間を滅ぼしたいのやら)


 これまでの討伐経験から、モンスターは他のモンスターよりも人を優先的に狙っているということがわかっていた。目の前の傷ついたモンスターよりも、無傷のアイクに標的を変えたことがいい例だ。それが複数回起きたため、アイクの中で仮定は確信に変わっていた。

 そしてモンスターたちにも、飢えと言うものは存在する。ナノマシンにより身体を変異させられても、根本的には生物であることには変わりないからだ。

だが、この場にいるモンスターを全て賄えるだけの()は、ここには存在していない。よって、餌がなくなれば異種族同士での熾烈な争いが起きるのは、当然の帰結だった。ハンガードックが群れで近くに居た蠍に襲い掛かり、蠍が鋭い尻尾の棘でハンガードックを串刺しにして応戦する。殺られればそれ以上の数で叩き、更に多くの数で叩き潰され、騒ぎを聞きつけた別の群れが乱入する。そんな終わりのない地獄が繰り広げられていた。


(酷い光景だな。飢饉の時のスラム街でもまだマシだったぞ)


 数年前、ヤザミ市街を含め東栄共和国全土で内地に侵入したモンスターによって穀倉地帯が荒らされ、大規模な飢饉が起こった。第四階層以上では保存食によりギリギリ食い扶持を維持できたが、スラム街ではそうはいかない。食料を巡って毎日のように争いが起き、死人も出ていた。しかし、目の前に在る惨状を見ていると、それはまだマシだったのだなとアイクは認識する。極限状態になれば人も獣になるが、所詮はモンスターには叶わないのかと、アイクは過酷な現実から逃避するようにぼやいた。


(まぁ、そんな事情は気にしなくていいか)


 アイクは争っているモンスターに見つからないようにそっと移動を再開し、比較的近いにいビルの中に逃げ込んだ。ここに入れたのは、外壁を這っていた蠍型のモンスターが今の騒ぎに乗じて数を減らしていたからだ。だが、それが間違いだと気付いたのはビルの中に入ってからだった。


「いぃっ!?」


 一階の索敵を終えて二階に上がってみれば、そこは既に蠍型モンスター達に占拠されていた。なんてことはない。ビルの外壁を這っていたのは、群れの一部に過ぎなかったのだ。体長はおよそ3m。振り上げた尻尾の高さはアイクの身長を優に超える。そんな巨大なモンスターが、通路にずらりと並んでいた。

 ギロリ、と。モンスターの目が、声を上げたアイクに一斉に向けられた。敵の脅威は未知数。しかし、この数を相手にするには分が悪過ぎた。


「こんな数相手にしてられるかよ!」


 モンスター達の咆哮と、アイクの嘆きは同時だった。猛然と向かってくるモンスター達を尻目に、いの一番にアイクは階段を駆け上がった。全身から来る鈍痛に酸素の要求、疲労、不安。諸々の情報にアイクの脳はパンクしそうだったが、それを生存本能が塗りつぶして身体を動かし続けていた。

 背後から猛追する死の気配は、階を上がる毎に増しているように感じた。思わず振り返ったアイクは、自分の行動に後悔した。騒ぎを聞きつけて、各階にいた個体まで合流していたようだった。

 しかし、上に上がれるのもここまで。屋上に続くドアを外に居た個体が突き破り、アイクの進路を塞いだ。自然と、アイクはフロアに逃げ込むしかなくなった。しかし幸運にも、フロアにはモンスターの姿はなかった。


(ここから逃げるとしたら非常階段か? いや、待て。室内でもあそこからなら———!)


 パンク寸前の頭に、一筋の光が差した。一縷の望みをかけて、アイクは目当てのモノを探す。走るほどに、ないかもしれないという不安がアイクを襲う。だが、それは角を曲がった所に、運良く見つかった。壁に埋め込まれた1m四方の小さな通路。それを塞ぐ蓋には、ダストシュートと書かれていた。

 ダストシュートは現在でも5階以上の建築物には大体設置されており、それは旧世代のビルであっても同じだった。大きさも丁度人一人は通れそうな具合で、後ろのモンスター達は入れそうにない。


「今だけは自分の悪運に感謝だな……!」


 アイクは勢いそのままに、ダストシュートに飛び込んだ。閉じた蓋の向こうではモンスター達が次々と玉突き事故を起こし、蓋に陥没が生まれている。が、こちら側に入ってくる気配はなかった。自分の仲間に圧し潰される奇声を尻目に、アイクは安堵と共にダストシュートの中を滑り落ちていった。






 最上階から1階までの直通の通路を通ったアイクは、廃棄物の上に着地した。風化しすぎて異臭はしないが、降り積もった塵芥はそのままだ。着地と同時に、それらが一斉に舞い上がる。


「ケホ、ケホ。布を巻いていても吸い込んだか。……ケホ、ケホ」


 咳き込みながら、片手で埃を振り払ってアイクは立ち上がる。アイクが落ちた場所は廃棄物の収集所らしき場所だった。だだっ広い空間に、壊れた旧世代の遺物らしきものがいくつも存在している。先人ハンター達が持ち運びができ、且金目になりそうなものを漁ったのか、足元にはやけにたくさんの廃棄物の部品が転がっていた。瓦礫で塞がれている所為で地下か地上かは把握できないが、回収をするなら一階だろうとアイクはあたりをつけた。


(瓦礫で塞がっているなら、モンスター達も来ないから好都合だな。そろそろ身体の痛みが誤魔化せなくなってきたし、一度ここらで休むか。)


 アドレナリンが切れかかっているのか、気にならなかった鈍痛が酷く身体を蝕み出していた。このまま戦い続けるのは難しい。一度休みが必要か。そう思った矢先、アイクは視界の端に人影を捉えた。ガスマスクで覆われた目と、アイクの目があった。


「……驚いたね。来てくれる人がいるなんて、正直思ってもいなかったよ」


 コイントスの女神に導かれて、二人はここで出会った。気まぐれな女神が気まぐれに起こしたコイントスの結果が、二人が出会う道標になったのだ。




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