第三話
イオンシネマの1dayパスいいですね。久しぶりに映画漬けの日を過ごしました。
さて、今話も拙作を読んで楽しんで頂けたら幸いです。
それから暫くは、アイクは予定通り常設の討伐依頼を受け続け、荒野と家を往復するだけの日々が続いた。初日は前日の繰り返しでロクな戦果が得られなかったが、1週間もすればそれもマシになり、1ヶ月もすれば索敵時間を短縮して倍の距離を歩いても問題なくなり、弾薬消費を抑えながらモンスターの討伐数を上げられる程度にはなっていた。
「今日もいつものか。すっかり討伐系ハンターが板についてきたな」
「よしてくれよ。右も左もわからない素人ハンターが、訓練がてらに討伐依頼を受けてるだけだ。最近は黒字を出せるようになったから、そろそろ討伐依頼は切り上げて採集依頼に戻るさ」
「そうか。ギルドとしては筋は悪くないから、このまま討伐系依頼にシフトしてくれればありがたいんだがな」
「討伐系はそんなに人手が足りてないのか?」
「討伐系に限れば優秀そうな人材はいくらいても困らないんだよ。コレクターは大手のクランがちゃんとしたノウハウを持って育てているし、軍の遺物採集部隊が定期的に遠征にでかけているから、コレクターについてはそうそう困ってないな」
「……ひょっとして、採集依頼で楽して稼ぐって無理なのか?」
「可能性はゼロじゃないが、ここ近辺は粗方漁り終えてるし、かなり低いぞ」
「おい、後ろがつっかえてるんだ。早く済ませてくれ」
「……じゃ、俺はもう行くよ」
「あぁ。気をつけてな」
アイクは馴染みになった担当官に別れを告げて、その場を後にする。まだ朝も早いが、換金所には既に列ができていた。そこに並んでいたハンターからの視線が、妙に険しい。話していた時間は長くなかったが、待たされていることに苛立っているのは確かだった。
ここはスラム街が近くにあることから、スラム街上がりのハンターが多く利用している。統制のとれていない混沌とした場所で育った彼らの中には、多少の暴力を挨拶代わりにかましてくる者もいる。そんな彼らから要らぬやっかみを受ける前に、アイクはそそくさと換金所を後にした。
メインストリートの様子は、今日もまた変わっている。朝早いこの時間帯は、ガッツリとした朝食よりも簡単に持ち運べるホットドックやハンバーガーと言った携帯食の出店が多く並んでいる。これもまた総じて価格はぼったくりだが、移動中に小腹が空いた時にはありがたい存在となる。出店の店主達も、客のニーズをしっかり把握しているようだった。
その誘惑に負けて出店でものを買うハンター達を尻目に、アイクはメインストリートを進んでいく。そして門まで辿り着くと、そこでも早くから荒野に出るハンター達が列を作っていた。車を使って出る者は中央の車道に、そうでない者は脇の歩道に。多種多様な見掛けをしたハンター達が並ぶ様は壮観だが、彼らは個々人もしくはパーティーを組んでいる烏合の衆であるため、話声に統率はなくここら一帯は激しい喧騒に包まれていた。
「おうおう、今日も騒がしいなここは。……よっ、アイク。また会ったな」
「バッツか。お互い死んでないようでなによりだ」
「朝から縁起でもねぇこと言うなよ。どうだ、ここの騒がしさには慣れたか?」
「ボチボチだな」
互いに軽く拳を突き付け合って、束の間の雑談に興じる。バッツはアイクが討伐依頼をこなして毎朝並んでいる中で知り合ったハンターだ。全身の至る所に義体化を施しており、元々の190cmはある良いガタイがさらにゴツくなっている。彼はゴーグルの類を付けるのが苦手で荒野でも素のままでいられるように、目を義眼に取り替えている。その証拠に、目尻から側頭部にかけては施術の痕が窺えた。
「ただ、不思議な感覚だな。あれだけ煩いと思ってた喧騒が、いざ中に入って見ればあまり気にならなくなるもんなんだな」
「そりゃ部外者からしてみれば煩いだけだろうな。だけどこっちに入ってみればその訳が分かるだろ?」
「まぁな。こんなに待ち時間があるのに、一言も喋れないとなると気が滅入る」
「そういうこった。いざ当事者になれば、その訳を知って何とも思わなくなるもんだ。ひょっとしたら俺達の会話も、他所で聞いてる奴からすれば煩いなんて思われてるかもしれないな」
「違いない。この前まで俺もそっち側だったってのにな」
波長が合う者同士だったのか、年は一回り以上離れているのに話は弾むし笑いも零れる。互いの素性は一切伝えてないが、バッツは明らかに高ランクのハンターだ。しかし外見で相手を判断しないタイプなのか、文字通り外見がよろしくないアイクにもこうして気さくに話しかけてくる。装備の状態で格付けしてマウントをとってくるハンターが多い中で、バッツのような人間はアイクにとってありがたかった。
そうこうしている内に列は進み、門の通行管理官にハンター証を提示して門を潜る。バッツとは向かう場所が異なるため、門を出てすぐの場所で別れることになった。
「じゃ、またな。生きてたらまた会おうぜ」
「あぁ。お互い死なないことを祈るよ」
コツン、と。拳を突き合わせて二人は別々の方角に向かう。彼らの足取りは、少しばかり軽かった。
アイクは物陰に身を潜め、モンスターが通りかかるのを待っている。ここは地殻変動か大規模な爆破の影響からか他よりも起伏が激しい地形になっており、死角が多く存在している。隠れる場所には困らない。ここは風化した建物を土砂と植物が飲み込んで緑を形成しており、モンスターの狩場にもなっている。最初にハンガードックを相手した場所より奥地に存在しており、徐々に移動距離を伸ばしていった今のアイクの狩場はここだった。
カサリ、と。何かが動く音がして、アイクは身構える。音はやや小さめ。小型のモンスターを想定していると、予想通り現れたのは一匹の“リトルラビット”だった。彼らは体長30cmほどと小柄で非力だが、耳がとてもよく危機察知能力が高い。そのため積まれている脳核も聴覚が発達しており、需要もあることから価格もそれなりにする。ただ、彼らは逃亡のために脚力も発達しているため、中々にすばしっこい。小柄なこともあって、無害だが討伐するのは存外に難しかったりする。脳核に高値が付けられるのは、討伐が難しいことも加味されているからだ。
今のアイクには、リトルラビットの討伐は難しい。だから狙いは、それを追っている方だ。ガサガサ、と。茂みを激しく揺らしながら現れたのは2体のハンガードック。どちらも通常個体で、目立った変異は見られない。
(この前大規模討伐依頼が出た擬態型だったら危なかったな。あれは今の俺じゃ手に負えない)
つい1週間前に大規模討伐が行われたのは、この近辺で数が増えていた擬態型。植物を食べて偽装外皮を纏った個体が群れ単位でこの近辺を縄張りとしていたため、これ以上数を増やされる前に討伐依頼が出されていた。故に今ここにいるのは、他所の場所から流れてきた個体だ。
アイクは一息ついて照準を合わせると、素早く引き金を引いた。銃弾は前に出ていた一匹の急所を正確に撃ち抜き、即死させる。
(一匹仕留めれば、もう一匹は状況判断のために一度止まる。狙うのはそこだ)
1ヶ月みっちり討伐に赴き、ハンガードックを何体も狩っていれば凡その行動パターンは把握できる。
仲間の死体が慣性の法則に逆らえずに派手に転ぶ場面を目撃し、もう一匹のハンガードックが急ブレーキを掛ける。倒れた方向からどこから弾が飛んできたのか推測し、両目がこちらを向いた。それができる程度の脳核を積んでいるのは知っている。しかし目が合った時には、既にアイクの銃口は敵に向いていた。こちらに向かって駆け出すより早く、アイクの放った銃弾は急所を撃ち抜き最後の一匹を仕留めた。
しかし慢心の前に状況判断。周囲に敵がいないことを確認してから、アイクは物陰から身体を出して死体から脳核を剥ぎ取りに行く。
(最初の頃に比べればマシ、だな。脳核も傷ついてないし、弾薬もそこまで酷く消費してない。少しはハンターとしてマシになったかな)
脳核の状態を見ながら、アイクはそう思った。脳核は綺麗な状態で取り出されており、査定額にマイナスされる要素は見られない。安定してハンガードックを討伐できるようになってきたことを考えれば、ド素人を卒業して駆け出しを名乗ってもいいだろう、というのがアイクの見立てだ。その見積もりは的外れではない。ただし、駆け出しハンターの多くは走っているハンガードックを数発で仕留めることはできない、ということだけは確かだった。
アイクは立ち上がると、今後の予定を考える。今の状態なら、この先の遺物採集領域まで進むことは可能だろう。このまま先に進んでモンスターの分布状況を確認するのも悪手ではない。だが、弾薬は節約できたし、今退けば収支は黒字は確実だ。明日からの採集依頼のために、早めに帰って装備を整えるのも悪くない。
「まぁ、迷ったら天運に任せるのが一番か」
どちらに転んでもちゃんと利はある。ならば最後は天運の公平な判断に委ねる方が、後腐れはない。
アイクはコインを取り出し、構える。
「オモテならこのまま進む。ウラならここで退く」
チンッ、と。親指でコインを弾く。その結果は——オモテだった。
「なるほど。ここで進めという訳か。……まぁ、余計は交戦をしなければ大丈夫か」
気は抜かず、しかし必要以上に気負わないようにして、アイクは先に向かって歩きだす。このコイントスの結果が吉と出るか凶と出るか、それを知るのは未来のアイクだけである。
一人の男が、暗い空間の中に横たわっていた。男はガスマスクに耐塵加工された全身を覆うスーツを身に纏っている。しかし腹部を何者かに攻撃されたのか、スーツは破れ血が滲んでいる。余程傷が深かったのか、布を巻いているが止血が追い付いていなかった。
(マズいね。このままじゃモンスターに見つかって殺される前に失血死してしまう。回復薬があれば何とかなるんだけど。どうしたものかな)
努めて冷静に思考しているようで、その実男はかなり焦っていた。出血の所為で頭に血が回らず、思考が鈍っているのが自分でもわかっていた。治療用の回復薬は既に使い切り、手元にあるのは痛みを麻痺させる鎮痛薬と、身体を興奮させる狂走薬だけだった。鎮痛薬は定期的に使っているが、狂走薬はここで使えば傷口から更に出血して死に至る。
(救難信号を出したのはいいけど、この状況で来るのは絶望的。……だけどそれに縋るしか、僕が助かる見込みはない)
ハンターが装備するインナーチップには、自分が危機的状況に陥った際に出す救難信号機能が存在する。信号を出せば一定範囲内にいるインナーチップを装備したハンター達に、自動的に位置情報が通知される仕組みだ。ただしそれは、基本的に仲間が周辺にいる状況で発するものであって、不特定多数のハンターがいる状況で発せられることはほとんどない。ハンター達も慈善事業でやっている訳ではないし、良識あるハンターは少数派だ。邪な考えを持つハンターなら、迷うことなく信号発信者を殺害して装備を丸々剥ぎ取っていく。
男がそれを恐れず救難信号を出したのは、単にそうするしか助かる方法がなかったからだ。
男がいる瓦礫のバリケードの向こうには、夥しい数のモンスターの影が見られた。その密集具合は過密にして過剰。既にこの場に居たコレクターたちは無残な肉塊に変えられ、彼らの胃袋に綺麗に収められている。漂う死臭を上から塗り潰す、濃厚な獣臭。金属装甲を纏ったハンガードックが餌を求めて地を這い、蜥蜴に似たモンスターが廃墟の壁を縦横無尽に這い回り、蟹に似たモンスターが邪魔な廃屋を重い鋏で木端微塵に吹き飛ばしている。
この遺物採集領域には存在するはずがないモンスター達。彼らが存在するのはもっと別の場所。高ランクハンター達が向かう、高難易度領域のはずだった。
(さて、と。こんな状況だけど、誰か僕に救いの手を差し伸べてくれる人はいないかな)
“大移動”と呼ばれる現象がある。彼らモンスター達も、過酷な自然界の中で生きている。今居る場所が住みにくくなれば、より住みやすい場所を求めて群れ単位で移動することもある。その群れに追われる、もしくは追う形で他のモンスター達も加わって、最終的に多様な種類のモンスター達が大移動するのだ。起こり得るのは同難易度領域間での移動か、高難易度領域から低難易度領域への移動。そして今回起きたのは、後者の方だ。
じきに討伐依頼が出され、大移動で現れたモンスター達は討伐されるだろう。だが、それまで男の命が持つかはわからない。助かるかどうかは、天運に委ねられているのだから。
ボヤけ始めた視界の中で、男は必死に意識を保つ。ただ助けがやってくるのを、じっとその場で待ち続けた。