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第二話

モチベーションがあれば筆が進む進む。

今話も拙作を読んで楽しんで頂けたら幸いです。


 あの後、残りの二体のハンガードックの脳核を回収したアイクは、一人帰路に就いていた。途中、何度かモンスターに遭遇しかけたが、マガジンを全弾撃ち尽くした彼に対抗する手段はなく、いそいそと物陰に隠れながら進んでいた。

 そして漸く、彼は自分が住まう“ヤザミ市街”に辿り着いた。街の周囲は厚く高い壁に覆われており、ほぼハンター用に存在する荒野に面した門から街にはいることができる。こうした壁はモンスターの襲撃に備えてのもので、ここヤザミ市街を始め、辺境に位地する街は全てこうした壁に覆われている。モンスターの大群が発生した場合は、それぞれの街が防衛拠点となるのだ。

 街に入れば、いろいろな見掛けの人が歩いていた。腕や目と言った身体の一部を義体化した者や、高性能インナーチップに付属品を付けて頭部が異形になっている者。高難易度領域帰りなのか、やけにゴツイパワードスーツを纏った者。彼らは皆、アイクと同じハンターだ。高ランクのハンターになればそれに見合うだけの報酬が手に入り、ああして良い装備を得ることが出来る。長距離移動のために車を購入する者もおり、そうすれば危険は伴うが実入りの良い仕事を受けることができる。

 チラリと自分の装備を見やる。そこには、一般服よりもなおボロい継ぎ接ぎだらけの外套があった。彼らの装備に比べれば、天と地の差がある。


(ああいうの、やっぱり憧れるよなぁ)


 今を生きるのに精一杯のアイクには、彼らはとても遠い存在に思えた。憧れはある。羨ましいとも思う。だけど自分には、手元にある今日の()の方が何よりも大事だった。ギュッと握りしめた袋の中には、今日の戦果が詰まっている。

 門からヤザミ市街中央の中枢管理センターに続くメインストリートを外れて暫く歩くと、やや廃れた様相の街並みが広がっている。街としての機能を最低限享受できる最低ランクの第四区域だ。治安は番外区域(スラム街)よりマシだが、スラム街から通じる抜け道が存在するため、注意していないと簡単に被害に遭ってしまう。

 アイクはその中を進んでいき、ハンターズギルドが運営している換金所までやってきた。第四区域にある換金所は、低ランクのハンターを対象にしたものだ。第三、第二区域と上の区域にいくほど高ランクのハンターが高額の取引を行い、第二区域の換金所では億単位の金が動くこともある。

 換金所の列に並んで暫くすると、アイクの番になった。チラリと後ろを見る。どうやらアイクが最後のようだ。


「ハンター証を提示しろ」


 言われて、素直にハンター証を見せる。担当官が過去のデータと照合していると、途中から怪訝そうな顔を向けられる。


「ランク1で、しかも荒野に行ったのは初めてなのに、ソロで行ったのか。養成校とまでは言わないが、簡易教習試験も受けてないようだが?」

「金を工面する余裕もなかったからな。受けるにもそれなりに金が掛かるから、俺は受けてない」

「それで生存率が上がるなら必要経費、と割り切る駆け出しが多いんだがな。まぁ、スラム街上がりには受けない者が多いのは事実だが」

「料金設定が微妙に高いから手が出せないんだよ。もっと下げてくれれば日の当たらなかった優秀な人材が生き延びられるってのに」

「そういう人間は、大半は教養がない所為でトラブルを起こすからハンターになっても手を焼くのはこちら側だ。上が欲しいのは頭抜けた狂犬よりある程度強い忠犬なんだよ」

「お上も苦労してるんだな」


 アイクが列に並んでいた最後のハンターだからか、担当官は取り留めのない雑談に応じてくれた。


「まぁ、話しはその辺でいいだろう。それで? その正真正銘の初心者(チェリーボーイ)はどんな品を持ってきたんだ? 常設の遺物採集依頼を受けたようだが」

「あぁ、それなんだがな……想定してたのと違うのを持ってきたんだ」

「まぁいい。取りあえず出してみろ」


 言って、歯切れ悪く取り出したのはハンガードックの脳核が3つ。出せと言った担当官の顔が、途端に訝しむものになる。


「遺物採集依頼を受けといて、持ってきたのがそれか」

「一応言っておくが、初依頼で虚偽申告するほど悪党になった覚えはないぞ」

「初依頼で、教習もないド素人が、ソロでハンガードック3体を倒した、っていう言葉よりは信憑性はあるな」

「勘弁してくれ。こいつらの所為で弾薬を余計に消費する羽目になったんだ。ただでさえ後がないのに、ここで罰則食らったら俺はスラム落ちだ」


 沈黙が降り、二人の視線が交錯する。疑念の眼にアイクは堂々とした眼で迎え撃つ。疑念が晴れたのか、諦めたのか、眼を逸らしたのは担当官の方だった。


「いいだろう。気取っている様子もないし、そこまで言うなら嘘じゃないんだろう。査定は済んでいるから、報酬分を渡そう」

「おぉ、流石担当官は人を見る目がある。……だけどこの報酬額は少なくないか?」

「まぁ、お前がそう思うのも無理はないだろう。初めてだから特別に教えてやる」


 担当官は、アイクが出した脳核を3つ、綺麗に横並びに置いた。


「先ず右端のこいつ。こいつはハンガードックの中じゃサイズは普通だ。特に傷もついていないし、丁寧に取り出されてるから査定額は基準額をそのまま反映できる。そして真ん中。こいつもサイズは普通だが、よく見てみろ。一部が弾丸で抉られてる。脳核はモンスターに蓄積したナノマシンが独自につくった神経系の塊だ。これは保存状態がよければそのまま浄化して流用が可能だから、欠損があればその分だけ査定額は減らされる。まだ主要部分が無事だから、少し引かれる程度だな。……それで最後。左端のは普通よりもでかいから査定額は高めに設定できるんだが、欠損が激し過ぎる。中枢部分も傷がついているから、査定額は大幅のマイナスだ」

「まぁ、そいつには殺されかけたからな。必死で口元に乱射してたから……仕方ないか。それでも、聞いてた査定額よりも全体的に低いと思うんだが?」

「そうだな。その前に、一つ確認しておこう。お前が今回受けたのは何の依頼だ?」

「遺物採集依頼だが……いや、そういうことか」

「そうだ。正規の討伐系依頼なら査定額はそのまま反映される。だが、今回お前が受けたのは採集依頼だ。その過程で得たモンスター討伐報酬は、全てサブ報酬扱いになり、査定額は本来のものから3割引いた額になる」

「それがこの報酬の訳か」

「そうだ。だから遺物採集依頼を受けた者は極力モンスターとの交戦を避けて、遺物を優先的に集めている。その上で余裕がある者だけが、モンスターを狩っている」

「討伐系依頼を受けたハンターの飯のタネを奪わないようにしてるわけか」

「その通りだ。……お前、意外と頭いいんだな」


 担当官の見る目が変わった。アイクはふふん、と胸を張る。


「賢さが俺の取り柄だからな。それがあれば世の中はなんとかやっていけると思ってる」

「あながち間違いではないな。だけどそんな賢いはずのお前がなんでそんな恰好してるんだ?」

「……賢いだけじゃ、乗り越えられないこともあるんだよ」

「それでさっきの台詞を自信満々に言ったお前はきっと大物だよ」

「やっぱり担当官は見る目あるな。俺が将来大物になると見越しているわけだ」

「ただのバカだと言ったんだ。そら、報酬を受け取ったなら帰った帰った。あぁ後、ハンター証は忘れるなよ」


 換金された硬貨とハンター証を受け取り、アイクは換金所を後にする。メインストリートに戻って見れば、先ほどよりも喧騒の具合が異なっていた。荒野帰りのハンターを狙った出店がそこら中に出ていて、客呼びがけたたましい声で耳を鳴らし、食欲をそそる匂いが鼻腔を刺激する。ここは疲れて腹を空かせたハンター達にとってはとても甘美で、財布にとっては毒な場所だった。


(腹を空かせた人には悪魔の囁きだよな。実際結構ぼったくっても皆買ってるし)


 実際のぼったくり度合いは、出店で買うなら手頃な店に行った方がまだマシなレベルだったりする。財布の中身を気にするなら、食材を買って自炊した方が断然安上がりだ。

 アイクは香しいメインストリートを通り抜けると、その先を目指した。先程の換金所と似た寂れた場所にある、年季の入った建物がアイクの目的地だった。店先にあるのは分かりやすい看板だけで、劣化が激しいショーケースには商品は一つもなく、中に入らなければ何の店かもわからない場所。

 入って見ればそこに並んでいるのはよく手入れされた旧世代の銃火器で、性能は落ちるが今でも現役で使える武装が数多く陳列されていた。そしてそれらを扱う主は、入口正面にあるカウンターの奥で優雅にロッキングチェアで揺れていた。


「なんだい、この前ウチで武器を買っていった小童じゃないか。さっそく誰かに盗られて泣きつきに来たのかい?」

「そこまで杜撰な管理はしてねーよ」


 アイクを見やってすぐに毒を吐くこの老婆が、この店の主であるコレットだ。ウェーブがかかった金髪は白髪が混じってプラチナブロンドのように見え、年季の刻まれた顔には未だに覇気の衰えない瞳が付いている。背筋もまだピンと伸びており、すらりと長い脚を組んで楽にしている。実年齢は定かではないがかなり高齢で、義体化していない生身であるはずなのにまだ酒も煙草も行けるらしい。アイクとの付き合いも長く、彼の口調が気安いものになっているのもそのためだ。


『これはこれは。よくいらっしゃいました。当店をよく利用して頂きありがとうございます。と言いたいのですが、購入して次の日に来るのも如何なものかと思いますよ?』

「店主に似たのかお前も毒を吐くのな、“カディ”」


 店の奥から小型ホイールを転がしてモノアイを覗かせたのは、店主が持つサポートAIボットの“カーディナル”——通称“カディ”だ。高さは50cmほどで、球体ボディの下部にホイールが一つあり、左右から自由自在に動かせるアームが飛び出ている。ものぐさ店主に変わって商品の手入れをしているのは専ら彼だ。


「それじゃあ一体何しに来たんだい」

「注文だ。弾薬が切れたから買いに来たんだ」

『遺物採集依頼を受けて、一日で使い切りましたか。失礼を承知で言いますが、無駄弾を撃ち過ぎではありませんか?』

「とてもとても悔しいが、言い返せないな。流石に訓練もなしに初っ端からハンガードック3体を相手にするのは無理があったらしい」

「……妙だね。最初は採集依頼を受けるって聞いたはずだけど」

「好き好んで最初からモンスター討伐なんてするかよ。…………稼ぎを得るためには、仕方なかったんだ」

『そう言ってどんどんモンスター討伐(ハント)に赴く予感がひしひしと感じられます。もういっそのことそちらを専門にしては?』

「教習も受けてない貧乏ハンターがいきなり危険を冒すかよ。俺は安全に稼ぎたいんだ」

「安全に稼ぎたいとか言っといて、結局命張ってんなら世話ないよ。……で、モノは一緒のでいいのかい?」

「あぁ。だけど今回は収入があるからマガジンは3つにしてくれ」

「駆け出しにしては気前がいいね。それだけの稼ぎはあったのかい?」

「まぁな」

『心拍数に若干の変化が見られましたが』

「見間違いだろう。計測器の調子が悪いんじゃないか?」


 嘘である。実際は弾薬費を払えば今日の夜と明日の朝の食費で今日の稼ぎは全て底を尽く。今月分の家賃や光熱費諸々も払えない現状、かなり危険だが、装備を整えることと食費を確保することだけは欠かせなかった。後は余計な心配を掛けないための見栄である。

 一瞬だけ彼女は訝しむが、特に深く聞くことなく注文の品を出した。


「これが注文の品だよ。とっとと代金を払いな」

「はいよ」

「確かに……一応言っておくが、命は粗末にするんじゃないよ」

「わかってる。これから暫くは安全に配慮してモンスター相手に戦闘訓練をするからな。そうそう危険にはならないだろ」

『おや。やはり討伐系ハンターを目指すのですね。理由はどうあれ、切り替えは早い方がお得ですよ』

「違うなカディ。今の俺は無駄弾が多い、判断が鈍い、索敵が遅い、のただのポンコツハンターだ。今後楽して稼ぐには、今のままじゃやっていけない。だから今の内に鍛えるんだよ」

『とても真っ当な理由に感動しました。では、私は微力ながらあなたの成長を応援しましょう』

「あぁ。陰ながら応援しといてくれ」


 そう言って、アイクは店を後にした。今度はメインストリートとは逆方向。廃れた景観の奥を目指して歩いて行く。途中、いつも利用する店で食材を買い込んでから、さらに奥に進んでいく。そうして辿り着いたのは、街の本当の外縁部。壁がすぐそばにあり、そして全体的に人気の少ない廃墟染みた建物が並ぶ場所。その一角にある比較的まともな建物が、アイクの家だった。

 玄関の鍵を開け、薄暗い廊下を進んでリビングに入る。キッチンが併設してある1LDKの部屋は、リビングの灯りを点ければ部屋全体が大まかに照らせる。リビングには小さなテーブルと16インチのテレビが置かれているぐらいで、キッチンを含めて不要なものを除いたシンプルなもの。

 しかし目を引くのは、リビングの半分近くを埋める廃材である。正確には廃材を組み合わせたトレーニング用具だが、それが所狭しと並べられていた。


「荒野帰りで疲れたけど、こいつ欠かす訳にはいかないからなぁ」


 過去に自分で作ったものだが、それを見てげんなりと溜息をつく。やると決めたのは過去の自分。しかしその積み重ねが、今日の自分を生かした。ならば今日も頑張って、未来の自分を生かすとしよう。

 アイクは手短に料理を作り終えると、一人黙々と食事をする。それを終えれば日課のトレーニングをし、風呂に入り、特に何もすることなく床に就いた。そしていつもより早く、アイクは意識を落とすのだった。



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