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第十七話

『プリンセスプリンシバル』の映画を観てきました。アニメ放送時から変わらずの綺麗な作画と、緊張感のある戦闘シーン。そして衝撃のラスト。あれは是非とも次回作を観たくなる引き方でした笑


まぁ、そんなことは置いておいて、今話を読んで楽しんで頂けたら幸いです。



「え? それは本当か?」

「こんな所で嘘を言ってどうなるんだ。これについては間違いはない」


 あの後。アイク達がいつもの換金所に訪れると、早々に窓口から声を掛けられた。呼びつけたのは顔馴染みの担当官で、何だと釣られたアイク達に切り出された話が冒頭の会話に繋がる。


「喜べ。昨日の活躍が認められて、晴れてお前は駆け出し卒業(ランク10)だ」

「おぉ、遂にか……」


 アイクがハンターとなって二ヶ月近く。それまでの努力が漸く報われたのである。三日に一度、もしくは二日に一度というハイペースで荒野に赴き、その都度無茶を重ねてきたにも(かかわ)らず同期と比べて遅々として上がらないランクに悶々とした思いを抱いていたが、それとも漸くおさらばである。


「おめでとう、アイク」

「他人事みたいに言っているが、ランクが大きく上がったのはお前もだ。昨日の演習の評価方法はパーティー単位。だからお前も評価が反映されて今はランク6だぞ」

「わぁお。僕のもそんなに上がってるんだ」


 昨日の演習は養成校の生徒たちに荒野での実践経験を積ませると同時に、パーティー内での報酬の均等分配を経験させることを目的としたものだ。その養成校の都合上、そこでの評価はパーティー単位で行われており、外部参加者であるアイク達もそのシステムで評価されていた。

 このパーティー単位での評価というのは実は非常に“おいしい”もので、大半はパーティーの戦果を頭数で割って個々人の評価に反映されるのだが、パーティー単位での評価は戦果をそのまま個々人に反映されるのだ。同じ戦果でもランクへの反映には如実に差が生まれる。エルが驚いたのは、この評価方法だと知らなかったためだ。


「この依頼は元々養成校のカリキュラムの一環だからな。向こうの評価形式を流用してるから実際は割の良い依頼なんだが……如何せん、外部参加者とトラブルを起こすことが多くてな」

「ありゃあ相当性質が悪いぞ。何人かはこっちを露骨に馬鹿にしてきたし、俺らの頭上のモンスターを狙って撃ってたからな」

「……そこまで酷いのか」

「というより、荒野での暗黙の了解がまだわかってないって感じかな。向こうは悪戯半分なんだろうけど、それがマズいってことに気付いてない」

「……わかった。それも含めて向こうに報告しておく。一先ずはお前たちが冷静な判断をしてくれたことに、俺から礼を言わせてくれ」


 そう言って、担当官は頭を下げた。他人の目があるこの場で、だ。ここまで殊勝な態度を取ったことにアイク達は驚いた。


「意外だったか? 実は友人が養成校の教師をしていてな。ウチから寄こしたハンターがちょっかいを掛けられてもトラブルを起こさなかったから、礼を言っておいてくれと頼まれていたんだ」


 そう言われてアイク達が真っ先に思い浮かべたのが、二人が乗った車両に同乗していた一人の男性教員。事情を細かく知っているのを考慮すれば、友人というのはその人で間違いないだろう。


「教師陣は外部参加者(お前ら)とトラブルがなかったからホッとしてたぞ。まぁ、それよりもはイレギュラーに上手く対処した生徒の話で向こうは持ち切りだったがな」

「イレギュラーっていうと、あの巨大なギリースネークのこと?」

「それとは別口で、ハンガードッグの変異種も出たらしいぞ。集団戦に長けた個体で生徒たちは苦戦を強いられたようだが、そんな奴を相手に死者を一人も出さずに倒したっていうんだから向こうは大盛り上がりだ」


 変異種とは通常とは明らかに異なる要素を持ち合わせた特異個体のことで、総じて通常種よりも手強いとされている。今回出現したハンガードッグは頭が二つあり、積んでいる脳核の数が倍となったことで高度な演算能力を有していた。それを運用した集団戦は緻密にして悪辣。怪我人こそ出したものの、死者を出さなかったことは文字通り奇跡と言えた。その変異種は外見的特徴から“双頭(ツインヘッド)”と呼称され、それを打倒した生徒の偉業は養成校の内外を問わず急速に広まっていた。


「……へぇ。まるで現代の英雄譚だな」

「時代の寵児って奴かな」


 その輝かしい偉業は誰しも一度は夢見るもので、同時に誰しも大人になる過程で捨てるものでもある。それを、彼らは未だに持っている。脳裏を微かな羨望が過るが、アイク達の足元にもこれまで辿ってきた軌跡がある。如何に他人が輝かしい軌跡を辿ろうとも……成り代わりたいと思うほど、これまでの積み重ねは軽くはなかった。


「ま、他人の功績を羨んでも何も始まらん。俺たちは俺たちでやることがあるからな」

「だね。先ずは昨日の討伐分の換金でもしようか」


 そう言って、テーブルの上に目一杯に膨らんだ収納バッグが置かれた。テーブルをドンッ、ドンッ、と揺らす音が、中にどれだけ脳核が詰まっているのかを物語っている。目の前に積まれた物量に、担当官の顔も思わず引き攣っている。


「……こ、これは?」

「エルが言っただろ? 昨日の俺たちの戦果だよ」

「向こうの生徒がキックバードの巣を(つつ)いちゃってね。それを全部処理したらこんな量になったんだよ」

「それでこの量か……」


 二人は簡単に言っているが、それがどれほど難しいことなのかを担当官は知っている。キックバードは翼長や体高に対して頭部が小さいため、脳核も小柄だ。だが、目の前に置かれているバッグは文字通りはち切れそうなほど膨らんでいる。これを全てキックバードの脳核だと仮定した場合、バッグ一つあたりに優に二百は詰め込まれていることになる。それは駆け出しを卒業したばかりの、それも骨董品のような武装をしたハンターが出せる成果ではない。この場での査定は時間が掛かり過ぎると踏んだ担当官は、人員を手配するとアイク達のバッグを彼らに預けた。


(……“三つの頂(トライアド)”の幹部が目を掛けてるって話は本当のようだな)


 昨夜のケイシーの去り際の言葉を思い出して、担当官は確信する。そして忠告を信じて行動に移したのは正しい判断だったと、内心でホッと息を吐く。


「……英雄だの何だのと騒がれているが、お前らもあの生徒と負けず劣らずの傑物だな」

「これでも鍛えてるからな。多少は他の連中よりできるつもりだ」

「相変わらずの大物ぶりも、こうして結果が伴うと見方が変わってくるな」


 諦めと僅かな安堵が混じった溜息をつきながら、担当官が苦笑する。


「さて、換金している間にギルドからの通達事項を伝えておく。晴れてパーティーリーダーがランク10になったことで色々と解禁されたことがある。先ずはパーティー名の登録だ。何か希望はあるか?」


 ランク10とは、すなわち駆け出しからの卒業を意味する。継続的に依頼を達成でき、尚且つ最低限に戦闘をこなせるだけの能力を持っていると認められるラインがランク10なのである。そこまでいくことで漸く一端のハンターとして見られ、パーティーの名前を名乗ることを許されるのだ。


「名前は決めてあるけど、今はまだパスで」

「なんだ、まだ名乗らないのか?」

「あぁ。確かに名乗りたいのは山々だが、事情があってな」

「ふぅん……? まぁ、そういうことなら後で言いに来ればいい。それなら次は、ギルドから支給される補助金についてだ」


 その話が出た途端、アイクの肩がピクりと跳ねた。担当官の目が途端にジト目になる。


「……お前、ほんと金に目がないやつだな」

「うるさい。実際金に困ってるんだから仕方ないだろ」


 担当官がまた一つ溜息をするが、先程とは意味合いが異なっているのに誰も突っ込まない。


「補助金が支給されると言っても、精々家賃ひと月分だ。だが、これは無償で受けられるものでもない。一ヶ月以内に規定回数の依頼を受ける必要があるし、ギルドからの指定依頼を受ける必要がある」

「その規定回数ってのは?」

「5回だ。そしてギルドからの指定依頼はその中に含まれない」

「僕からも質問。依頼を受ける難易度に指定はある?」

「勿論ある。カウントされるのはランク10~20までの依頼だ。ランク9以下の依頼で回数を稼いでも無効扱いとなり、逆にランク21以上の依頼を達成しても“寄生”とみなしこれも無効扱いとなる」

「一先ず身の丈に合った依頼をこなせ、ということか」

「そういうことだ」


 補助金制度はここ10年でできた比較的新しい制度だ。ハンターは装備の補填費用や、怪我の治療費、消費した弾薬の費用など、存外に金が掛かる職業だ。節約を心掛けなければすぐに資金は底を尽く。その節約を心掛けなかったために、駆け出しから中堅にかけて家賃すら払えなくなったハンターが後を絶たなかったのだ。中にはギルドから期待されていた優秀なハンターも居たため、ギルドはその事態に頭を抱えていた。

 人材は宝である。時間を掛けて培った技術と経験は余すことなく本人の糧となり、それにより化ける者も少なくない。モンスターという脅威に対抗できる人材を、自分の不始末とはいえ野垂れ死にさせるのはギルドにとって大きな損失だった。

 そこで考案されたのがこの補助金制度である。ランク10毎にハンターが利用している家やアパート、マンションの家賃の平均を割り出し、その分の補助金を支給することにしたのだ。おかげで、資金不足による無理な遠征で死亡するハンターの数は大幅に減った。


「ランクが上がれば、それに合わせて支給額も増える。まぁ、そうなるかはお前たち次第だがな?」

「言ってろ。そう遠くない内に支給額を上げてやる」


 担当官の挑発を、アイクが嗤いながら返す。


「おっと、丁度よく査定と換金が終わったみたいだな。……これがキックバードの脳核を換金した分だ。確認してくれ」


 渡されたタブレット端末を二人で覗きこみながら、査定結果を確認する。額が大きすぎるため、今回は現金ではなくタブレット端末での閲覧である。問題がなければこの額がそのままパーティーの口座に振り込まれることになっている。


「へぇ、意外に高値が付いたね」

「だな。換金額を個数で割ったら単価はハンガードッグと同じくらいか」

「小ぶりとはいえほぼ傷がない状態での納品だ。それなりに色を付けてある」

「いいね。そういう配慮は大歓迎だ」


 提示された査定額のゼロの数に二人は大満足である。弾薬費は勿論のこと、これなら二人分の装備を買い替えてもお釣りがくる額だ。査定額に問題ないことを告げると、二人はそれぞれいくらか引き出して残りを口座に振り込んだ。


「今日はこれからどうするんだ?」

「弾薬の補充とかは明日にして、今日一日はオフにするつもりだ。羽を伸ばさなきゃやってられないからな」

「なら、ショッピングついでに装備でも見繕っておくといい。ランク10から先は実力だけじゃなく“見てくれ”も重要になってくる。いつまでもオンボロ装備のままだと、周りから舐められるぞ」


 ハンター業界において、実力の高さは依頼の達成度や討伐報酬に大きく関与しているためそのまま資金力に直結する。資金に余裕があれば弾薬費だけでなく高い装備にも手を出せるのだが、逆に資金に余裕がなければ弾薬費だけで貯蓄を食い潰しでいつまでも安物の装備を着ることとなり、結果として実力がないと判断されてしまう。エルの装備は返済可能な借金額で最良のものを選んでいるため多少はマシだが、アイクは未だに初期から使っているボロ布である。見てくれは完全に浮浪者のもので、実力を知らなければスラム街上がりの駆け出しハンターにしか見られない。

 担当官が危惧しているのはそのことで、一端のハンターになった以上は相応の実力を示すために、外見にも気を遣わなければならないと言っているのだ。


「前向きに考えておくよ」

「それがいい。では、気を付けてな」


 そう言って、担当官に別れを告げて換金所を後にする。

 外にでて空を見上げてみれば、生憎と青空は見えないが幸いにして雨は降りそうになかった。二人がオフの日を満喫するには、悪くない一日だ。




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