第十六話
8月も終わり、朝の通勤時に学生の姿が見えるようになり、だんだんと電車の席に座れなくなってきました。こんなことで学生の夏休みが終わったと実感するとは思ってませんでしたが笑
まぁ、そんなことはさておいて、今話を読んで楽しんで頂けたら幸いです。
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アイクは疑問に思った。自分はここまで敵意を向けられる謂われはあっただろうかと。確かにこれまでスリやら酔っ払いやら誘拐犯やら殺人犯やら、喧嘩を吹っ掛けてきた人間は全員返り討ちにしてきたが、いずれも目の前の青年たちに繋がるような人物は相手取っていない。ましてやヤザミ市街に来る前の出来事など該当するはずもなく、アイクには皆目見当がつかなかった。そしてそれはエルもまた然り。そのため返答に困った二人は、その理由を隣で狼狽えている少女に求めた。
「……彼らは?」
「こっちを凄い睨んできているが、知り合いか?」
「は、はい。知り合いと言いますか、クラスメイトと言いますか……」
説明を求められたフェリスも、どこか歯切れが悪い。温厚篤実を地で行く彼女が無意識に答えに詰まるということは、少なくとも進んで紹介したい人物ではないのだろうとアイクは察した。
『クラスメイトだけど親しくはない、って感じかな』
『だろうな。向こうが一方的に絡んできてるのか?』
『それが一番可能性が高そうだね』
チラリと青年を見遣り、余計な発言が火種になりそうだと察したエルがアイクに通信する。アイクもそれを察してか視線だけを向けて通信で応答した。
そんなアイク達の通信を他所に、件の青年が代表してズンズンとこちらに近づいてくる。
その様相からは、友好的な挨拶は到底期待できなかった。
「テメェ等、オレのクラスメイトに何してやがる!」
端から二人を悪者として認定しているらしい青年は、威勢のいい啖呵を切った。その目は正義に燃えている。爛々と輝く蒼い瞳はさながら勧善懲悪を為すヒーローのようである。青年はフェリスの肩を掴むと、するりと自分の身体を滑り込ませてアイク達から庇う体勢を取った。距離も相まって、至近距離で双方が睨み合う。義憤に駆られた正義の目が、アイク達にぶつけられる。その間に後ろに控えていた少女たちが続々とやって来て、同じくフェリスを手繰り寄せて守るように取り囲んでいる。それによりフェリスとは完全に切り離された。
「何の用も何も、第三階層まで送り届けているだけだよ。ここは女の子一人じゃ危ないからね」
子供を宥めるようにエルが柔和に笑うが、その目は一切笑っていない。無理もない。いきなり目の前にやって来るなり悪者扱いされ、こうして糾弾されているのだ。友好的なままに接しろというのが、土台無理な話だった。
「えぇ、確かに。ここは危ないでしょうね。……第四階層に住んでいる人なんて、どれだけ取り繕っていても所詮は獣ですから」
「………へぇ」
フェリスを庇っている内の一人。珍しい白髪の小柄な少女が、幼い容貌に似合わない毒を吐く。その毒はエルの甘い表情を崩すには十分なモノだったようで、エルの顔から柔和さが剥がれ落ちる。礼儀作法と挨拶をすっ飛ばしたいきなりの挑発を、エルは礼節を捨てた殴り合いを所望しているのだと解釈したのだ。
口元が薄い弧を描き、氷を思わせる冷たい瞳がエルの印象をガラリと変えた。
「その獣の巣窟に足を踏み入れるなんて、君は余程物好きみたいだね。被虐願望があるならそこの裏路地にでも案内しようか? きっと、みんな快く歓迎してくれるよ」
「———ッ!」
美麗な顔から出たとは思えない悪辣な皮肉が、凍えるような冷たい声に乗って切り出される。明らかに怒っている。それは隣にいるアイクにも伝わった。
少女はエルを怒らせた。だが同時に、エルもまた少女を怒らせた。今のエルの言葉の中に、彼女の逆鱗に触れる何かがあった。それが切っ掛けとなり、少女の中で押し殺していた憎悪の炎が一気に燃え上がる。方や凍てつく氷のような怒気、片や燃え上がる炎のような怒気。まるで対極にある二つの怒気がぶつかりあい、火花を散らし合う。そしてその火花は、火種となって周囲に撒き散らされ、また憤怒の炎を昇らせる者を生み出した。
「テメェ、その挑発は———」
「エル、その辺にしておけ」
燃え上がり、弾け、再燃するという負の連鎖的を止めるべく、白熱しそうだった言い争いをアイクが強引に中断する。憎悪の火を煽っても、飛び火して余計に燃え上がるだけ。ならば、小火で済んでいる内にやり過ごすのが吉である。それがアイクの判断だった。
「ウチの相棒が失礼したな。だが、最初に煽ったのはそっちだ。俺らにどんな感情を持っているのかは知らないが、八つ当たりで喧嘩を吹っ掛けられるのはこっちとしても迷惑だから止めてくれないか?」
「………ッ」
昂った感情を吐き出そうとした瞬間、青年の口が不意に閉じられた。飛び火で当てられたものの、考えられるだけの理性は残っていたらしい。少なくとも感情を制御できる程度には分別があるのだと、アイクは静かに悟った。
だが、白髪少女の方はそうでもないらしい。依然として瞳に仄暗い炎を揺らしながら、アイク達を、特にエルじっと睨んでいる。それほどまでに根深い確執が、彼女の中にあるのだろう。
「フェリスさん。ここは表向きは平和そうですが、犯罪発生率は第三階層とは比べ物になりません。一人でいると、あの人達みたいに絡んでくる人がいます。さ、私達と一緒に帰りましょう」
「い、いえ、私は……」
矢面に立った四人が睨み合いをしている後ろで、薄い金髪をカールにした、お嬢様のような少女がフェリスを諭す。声を聞く限り、最初にフェリスの名前を叫んだのは彼女だろう。心根の優しい少女なのかその声には心配の色が多分に含まれているが、その対象はフェリスだけのようだ。彼女が優しさを発揮する世界は、自分と親しい者だけで構成されているらしい。言葉の節々からも、部外者であるアイク達を拒絶する感情が見え隠れしていた。
「フェリスを送り届けるなら、クラスメイトのオレの方が適任だ。あんた等とフェリスがどういう関係かは知らないが、これ以上フェリスを困らせるならすっこんでいろ!」
「ふふっ。とても厚かましい言い分だね。だけど正義の味方なら治安維持隊で間に合ってるから、ごっこ遊びがしたいなら身内だけでやっててくれないかな?」
「それが間に合ってないからこうしているんだろうが!」
エルは請け負った仕事は完遂するという義務感から、対して青年は危険だと思っている二人からフェリスを守るため。どちらも一歩も退かず、話は平行線を辿っている。徐々にヒートアップしていく口論に釣られて、次第に場の剣吞さも増していく。
「え、えと、お二人共……っ」
その中で一人だけ、場についていけていないのがフェリスだった。双方への感情はともかくとして、フェリスに向けられているのは純粋な善意だけだ。それ故にどちらの善意を取るべきか決めあぐねている。その躊躇いで諍いが長引いていく事への申し訳なさと、居たたまれなさがこみ上げてくる。なんとか現状を丸く収めたいが、しかし善意からの提案を無碍にできるほど、彼女の心は育ち切っていなかった。それ故に、断る言葉が出て来ない。ただどうすればいいのか迷い、その瞳が双方を行ったり来たりしているだけだった。
『……エル、そこまでだ』
その様子を見かねたアイクが溜息を一つ零し、通信でエルの思考に割って入った。
『っ。いや、アイク。でも……』
『そもそも俺らがここに居るのは、フェリスの護衛だからだ。見る限りこいつらはフェリスに危害は加えないし、それなら態々俺達が付き添いする理由もない。……こっちが提案した仕事を放棄するのは心苦しいが、これ以上意地張っても困るのはフェリスの方だぞ』
『………っ』
ギリッ、と。何かが擦れる音がした。外見上はエルの表情に変化はない。しかしその影では拳がきつく握りしめられ、その瞳は未だに何故ここで退くのかと訴えている。
冷静沈着なエルが、珍しく感情的になっている。売り言葉に買い言葉で煽られたのか、彼の地雷が踏み抜かれたのかはアイクにはわからない。しかしこれ以上感情的になっても事態は一向に収束しないということだけは、アイクにはわかっていた。
だから昂った感情を押さえつけるように、アイクは理性に語りかけた。燃え上がっている感情に水を掛けるように。自分で感情を抑えるように誘導する。
そしてそれは、効果的に作用した。元よりエルの美徳は内に秘めた感情を抑え込めるだけの精神力である。それを促してやれば、後は自力で御するだけの力がある。ゆっくりと、静かに。心に残った膿を吐き出すように、エルが息をつく。すると、徐々に昂っていた感情は収まっていった。
『…………わかった』
たっぷり間をおいて、通信でエルが了承する。恐らく、心の天秤はまだ揺れ動いている。それを無理矢理理性で合理的な方へ押さえつけている状態だろう。一度溢れた激情は収まるまでに時間を要する。だからその天秤の傾きが変わらない内に、そしてこれ以上挑発される前に、アイクは撤退することにした。
「ハイハイ。もうその辺にしておけ」
全員の注意を惹きつけるように、手拍子をしながらアイクが会話に割って入った。突然の介入に向こう側も面食らっている。退くには絶好の好機だった。
「クラスメイトが護衛するなら俺らは大丈夫だろ。後はそっちに任せればいい。……じゃあな、フェリス。兄貴によろしく言っておいてくれ」
「……じゃあね、フェリスさん。勉強頑張ってね」
「え、ちょ………はぁっ!?」
突然のアイクの撤退宣言に、相手方も面食らっている。その隙を突いてエルも退き、追及される前に踵を返してその場を後にする。別れを告げる際、エルの顔にはとても優しい笑みが浮かんでいたが、その下に荒れた感情が渦巻いていることなど彼らは思いもしないだろう。メインストリートの雑踏に紛れてしまえば、すぐに彼らの姿は見えなくなる。
雑踏の向こうに彼らの姿が消えたのを確認すると、漸く肩の荷が下りたとばかりにアイクは大きく伸びをする。
「……っ、はぁぁぁぁ。大事にはならなかったが、朝から面倒な奴らに絡まれたな」
「そうだね。折角フェリスさんに外套を届けてもらったのに、結局大したお礼もできなかったのは申し訳なかったかな」
「それはそうだが、ありゃ運が悪いと言うしかないだろ。あいつらが安全に送り届けてくれるのを祈るだけだ」
「運に見放されてるアイクが言うと説得力が違うね」
余計な事を言ったエルの蟀谷をぐりぐりしてやれば、ギブアップとばかりに腕を叩く。それを見てアイクはエルを開放した。
「それにしても、エルにしては珍しいよな。あんなにキレるとは思ってなかったよ」
先程の口論を思い返しながら、アイクはそう言った。事実、あれほどまでに他人の……アイク以外の前で感情的になっていたエルを、アイクは初めて見た。これまでエルは、誰にでも愛想よく、そして友好的な態度で接していた。まるで“敵を作らないように”しているように。
しかし今回の対応は、明らかに敵対する構えであった。やんわりと敵意を解いて誤解で済ませるものと思っていたら、まさかの徹底抗戦の構え。だからこれまでとはまるで違う対応に、アイクは驚いたのだ。
「そうかな? 相棒を貶されたら、僕だってあれぐらい怒るよ」
そんなアイクの疑問に、蟀谷を抑えながらエルはそう答えた。
「………何だって?」
「相棒を貶されたら、僕だってあれぐらい怒る。そう言ったんだよ」
間の抜けた声と共に、アイクがエルの横顔を見る。
そこには今まで見たことがない、憑き物が取れたようなエルの顔があった。
「自分で言うのもあれだけど、僕はそこまで自己評価は高くないんだ。できないことも多いし、誰かに頼ることも多い。今もアイクに頼ってばかりだ」
つらつらと述べられる言葉に、アイクは面食らう。
それはアイクの抱いていた印象とは、まるで違うものだった。アイクから見て、エルは間違いなく出来る人間だ。これまでの短い間でも、エルはアイクが教えたことなら一度でできるようになったし、その分日常生活で頼ることも多かった。荒野の活動においても、そのずば抜けた狙撃技術に何度も助けられた。確かに助けたばかりの頃、住む環境が変わった所為で戸惑うことも多くフォローすること多かったが、それは仕方のないことだ。だが、それはエルにとっては存外大きな事だったらしい。空を見上げるエルの顔には、どこか自身への無力感が現れていた。
「だから“出来ない”自分が馬鹿にされても、『まぁ、仕様がない』って受け入れられる。けど———」
空を見上げていたエルの瞳が、真っすぐアイクを見る。透き通るスカイブルーの瞳に、自然とアイクは惹き込まれた。
「相棒が貶されるのは、やっぱり我慢できないんだ。人の縁は、この先ずっと大事にするべき宝物。こんな僕でも対等に接して、そして頼りにしてくれる相棒を貶す人は、例え誤解があったとしても僕は許せないんだ」
それはエルの、根底にある価値観だった。人には出来ないことはいくらでもある。完璧超人などこの世にはいない。だが、エルはその“出来ないこと”を重く捉え過ぎていた。それが自己評価の低さに繋がり、相対的に周囲の仲間への評価が高くなっている。だから先ほど、エルは自分のことは顧みずに仲間の——相棒のために怒ったのだ。
自分よりも、相棒の方が価値があるから。
その言葉を聞き、その意味を理解し、その思いを知り。——アイクの心に、名伏し難い感情が湧き上がる。その言葉を伝えてくれた嬉しさと、その言葉に至った経緯への悲しさとが綯い交ぜになったこの感情。昂るこの感情を誤魔化すように、アイクは大きく笑った。
「く、ふふっ。はは、ははははははははっ!! なんだなんだ、エル。随分とストレートに言うようになったじゃねぇか」
「ちょっ、何で笑うのさ!? 僕なりに真剣に言ったんだよ!?」
「笑いたくもなるだろう。そんな風にモノを言われたのは久しぶりだぞ。……今日はまた目出度い日だな。うん。いっその事今日も飲むか!」
「ダーメーだーよ! あれを2日も続けたら僕の身体が壊れるよ。それに、僕にも買いたいものがあるんだから。やるなら一人で、それも自分のポケットマネーで買ってよね」
「固い事言うなよ~。ま、いざとなったら共有口座から使うから大丈夫だ」
「それ何も大丈夫じゃないからね!? それなら口座の管理は僕がやるよ!?」
悪ふざけとも本気とも取れる発言に、エルが食って掛かる。それを見てアイクはまた大きく笑い、エルもそれに釣られて苦笑する。人の心の距離など、意外にも簡単に詰められてしまうもの。そうして昨日よりも、今朝よりも、また一歩心の距離が近づいた二人は、じゃれ合いながらメインストリートの喧騒の中に消えていった。
それを祝福するように、その日は大変珍しい青空が雲の切れ目から顔を覗かせていた。
◆◇◆◇
アイクたちの姿が見えなくなった途端、場に流れていた剣吞な空気はすぐさま霧散した。件の青年は大きく息を吐くと、フェリスに向き直った。
「ふぅぅ……。フェリス、大丈夫だったか? あの二人に何か変な事されなかったか?」
先程の気勢は何処へやら。爛々と燃えていた業火は蝋燭の火のように萎んでしまい、目の前には頼りなさそうな青年が居るだけである。彼の名は、カイト。フェリスと同じ養成校に通う生徒で、彼女のクラスメイトでもある。普段の彼の姿は、実はこっちの方だったりする。だが、養成校の生徒なら誰もが知っている。この頼りなさそうな見掛けによらず、窮地では誰よりも頼りになることを。だから彼は、本人の与り知らぬ所で“怠惰獅子”なんて二つ名を付けられている。そしてその名を確固たるものとしたのが、先日の野外演習。ハンガードッグの群れのみならず、突如として現れた変異体である“双頭”を討伐した事は、彼を一目置くのに十分な戦果であった。
そんな彼の美徳は、下の者を決して見捨てないこと。それは先日の演習でも遺憾なく発揮され、彼ら彼女らの絆は一層強まっていた。
「い、いえ。何も。そもそもあの人たちは、兄の知り合いの方たちですので」
「そうは言っても、ありゃどう見てもナンパだろう。兄貴の知り合いだからって、フェリスが無理して付き合うこともないだろ?」
が、しかし。その美徳が万人に利と働くかは別問題である。彼は庇護者として、弱き者に手を差し伸べる救世主に他ならないが、自力で弱さから這い上がろうとする者にとっては、その手は無用の長物だった。そして今回の一件は……まぁ、二人が柄物のシャツにジーンズというチャラく見えてしまう恰好をしていたためにナンパに見間違えてしまったことも要因の一つだが、主な要因は他にある。
「そうですよ。フェリスさんが良い子なのは間違いないですが、誰にでも優しくするのは間違っています」
「です。断るときはキッパリ断るのが吉」
カイトの言葉を後押しするように、というよりも強引にそういう印象を植え付けるように、先ほどの彼女らがフェリスに念押しをする。彼女たちもまた、かつて弱者だった者たちだ。それがカイトの庇護を受けて立場を得て、頼りになる心の支えを得て、自信を付けて実力を伸ばしたのが彼女たちだ。その努力は賞賛に値するものだ。そしてかつての自分の姿を重ねているのか、気の弱い人間には率先して救いの手を差し伸べる優しさを持ち合わせていた。だが、如何せんかつての価値観が薄れないのか、少々尖った見方をするところがあった。
「またあいつらに絡まれたら構わず言ってくれ。オレも力になるから」
そんな彼女たちが周りに居る環境故に、元弱者のバイアスが掛かった情報が彼に入ってくる。カイトもまた親しい間柄故にその言葉に耳を傾けてしまう。最初は聞き流していても、最近は徐々にその言葉に釣られて考え方も変わってきている。その所為で今の彼には、第四階層の住人には悪い印象が植え付けられていた。アイク達を頭ごなしに悪者として決めつけたのは、そのためだ。
「まぁ、もう追い払ったんだから今は気にすることもないだろう。行こうかフェリス。第三階層まで送るよ」
「え、えぇ。ありがとうございます」
やや気圧され気味に、フェリスが頷いてそれに続いて全員で移動する。道すがらに、フェリスを気に掛けて声を掛けてくれる。
「怖かったでしょうが、もう大丈夫ですよ」
「うん。私達がちゃんと付いてる」
「脚に不安があるなら、すぐに言ってくれ。いざとなったら背負っていくから」
その優しさが嬉しいが、しかし彼女が欲しいのはその言葉ではない。
彼女は知っている。自分が他者より劣っていることなど。不幸な事故でこんな身体になったために、他者から大きく遅れてしまった。だが、自分は這い上がった。追いつきたかったから、死に物狂いで努力した。家族にもたくさん迷惑を掛けた。だから自分は、“普通”になりたかった。ハンデを乗り越えて、そんなもの気にしなくていいのだと、家族に、周りに、胸を張って言いたかった。だからすっかり元の通りに動けるようになって、今まで貰った恩を返せるようにと、ハンター養成校に入った。
だけど現実は、どこまでも彼女に優しくて。家族も、友人も、クラスメイトも、誰もが事情を知り、そして彼女に振り返り手を伸ばした。
『大丈夫かい?』
『無理ならすぐに言ってね』
『何かあったら守ってあげるね』
思わず涙が出そうになった。誰も彼もが優しくて、暖かくて………そして誰もが、彼女を対等と見なかった。ただ彼女は、一緒になって、隣を歩きたいだけなのに。誰もが彼女を下に見て、手を引こうとする。一歩踏み出せば並べそうな距離なのに、その一歩の距離が、果てしなく遠い。
(だけど……あの人たちは。あの人たちだけは)
自分を対等に見ていた。ただ事情を知らないだけかもしれないが、二人は自分を“普通”として接してくれていた。それが新鮮で、それが嬉しくて、その感触をもう少しだけ、味わっていたかった。
だから、それを無理矢理引き離されたのが、彼女には納得がいかなかった。
ギリッ、と。小さく歯嚙みする
「…………」
その様子を、一人の少女だけが、無言でじっと見つめていた。
登場人物の心情吐露は中々に大変ですが、いい具合に書けると登場人物の距離がグッと近づきますね。こういう何気ないところで登場人物の関係を深めていけるよう、これからも努力していきます。




