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第十四話

三連休……あれだけ楽しみにしていたのに、気付けばもう最終日……。やること決めてないとあっという間に時間は過ぎてくもんですね。自分は趣味の執筆ができたので満足ですが笑

まぁ、そんなことはさておいて、今話を読んで楽しんで頂けたら幸いです。



 ここは出発地点であるヤザミ市街の第三・第四階層の通用門。点呼が終わり自由解散により各自が帰路に就く中に、アイク達の姿があった。

 今回の活動における追加報酬(脳核)は、パーティー単位で討伐した個体分が基本となっている。これは正式にハンターとなった時にパーティー内での報酬分配に慣れてさせる事と、均等分配という感覚の刷り込みを目的としたもので、ギルドからも奨励されている方法である。この均等分配というのが中々馬鹿にできないもので、個人の戦績で報酬分配に差をつけてしまうと報酬欲しさにスタンドプレーが横行し、パーティーとして機能せずに一気に瓦解する。連携による戦術を武器とする人間が自分の武器を捨てればどうなるのかは、ハンター業界での死亡者数が全てを物語っている。

 しかしこのシステム、パーティーメンバーが別々の家庭(コミュニティ)に所属しているから起きる問題であって、住んでいる場所が同じで口座も全て共有しているのであれば起こらない問題である。

 つまり何が言いたいかというと、アイク達は今回の討伐分の追加報酬を丸々貰えるのである。


「いやぁ、大量大量。今回の依頼は随分と美味しかったな」


 肩掛けの収納バックにはち切れんばかりに詰め込まれたキックバードの脳核に、アイクは今にも小躍りしそうである。換金額は過去最高を更新すること間違いなしで、そのためアイクの内心はウハウハである。


「自分の命をベットしたんだからこれくらい貰わないと。でもこれで、ようやく借金は返済できたかな。あの人に身包み剥がされずに済みそうだ」


 同じく膨らんだ収納バッグを背負うエルが、どこかホッとした様子で言う。憂いを孕んだ横顔は見る者をうっとりとさせるが、口から出た生々しい言葉を聞けば一瞬で魅了は醒めるだろう。顔だけは一級品の借金男など、余程のモノ好きでもなければ誰もが避ける事故物件である。字面にすると中々に酷いが、これが事実なのだから笑えない。


「何だかんだ言って、結局は一週間程度で返済できた訳だ。これで漸く装備やら日用品やらに手を出せるな」

「先ずはパドラムの化粧下地でしょ? それにクリッタのチーク。……あぁ、でも。最近髪の手淹れができてないからローリスのトリートメントも捨てがたい……」

「もう購入リストができあがってるのかよ」


 つらつらと出てくる粧品メーカーだが、いずれも第二階層居住者(富裕層)が嗜むような一品を出しているメーカーである。頭の中にある購入リストの総額はいくらになるのか、考えただけで身震いが止まらない。このまま歯止めが効かなければ生活必需品すら切り詰めて美容用品に全振りしそうな勢いに、そこはかとない恐怖を覚えるアイク。また無茶をすれば高額収入が入ると思っているのなら、その辺りの金銭感覚を後で徹底的に矯正しなければならないとアイクは密かに誓った。


「ま、買いたいやつがたくさんあるのは結構だが……エル、今日の賭けの事は忘れてないよな?」

「えっ、賭け?」

「言っただろ? 助けが来るか来ないかで賭けよう、って」

「…………あ゛っ」


 戦意高揚の勢いで決めた賭けだが、勢いで承諾したのもエルである。そしてどさくさに紛れて勝った時の内容は公言していない。つまりアイクの気分次第で報酬が変わるのである。今更ながらにエルの身体に恐怖が襲い掛かる。


「金はたんまりある。そして俺達の歳は法律的に何も問題ない。つまり……」

「つまり……?」

「今日は思う存分に飲めるぞ!」

「うぇっ!?」


 両手を天に掲げるアイク。さりげなく後退りしたエルを逃がさないように、その腕はすぐにエルの肩に回された。


「待って、アイク僕聞いてない!」

「言ってないからな。まぁそんな怖がらなくても、度数高いのは程々にするから、な?」

「そういう問題じゃなくて……!」


 逃がさないとばかりに後退るエルの肩を組みながら、アイクが説得する。

 ハンターという職種は、常に死と隣り合わせである。命を掛けて、命を奪い、命を繋ぐ。その命のやり取りに晒され続けている所為で、当人たちには気付かぬ内にストレスが蓄積している。ストレスは敵である。気付かぬ内に身体に溜まり、心を蝕み、許容量を超えて初めて本人が気付けるというのだから性質が悪い。そしてアイクのストレス発散方法が酒であり、吉事があれば何かにつけて酒を飲むようにしている。……人間はストレスが許容量を超えると途端に何もできなくなる、というのは本人の談である。だから適度に、余裕がある時は発散をするようにしているのだ。そしてエルもついでとばかりに強引に巻き込んでいる。


「さぁ、朝まで飲むぞー!」

「待って。一先ず僕の話を聞いてっ!?」

「賭けの敗者に拒否権があるとでも?」

「そんな殺生なっ!?」


 半ば引き摺るようにエルを連れながら、二人は人通りの増えたメインストリートをやいのやいのと騒ぎながら歩いて行く。これはどこにでもあるハンターの日常。それでも彼らは確かに、ハンター生活を謳歌していた。



◆◇◆◇



 夕暮れ時を過ぎ、夜の蚊帳が降り始めた頃。ギルドの換金所では閑古鳥が鳴いていた。ここが最も賑わいを見せるのは日帰りのハンターが戻ってくる夕暮れ時で、換金を終えてから食事に向かう者たちがこの時間にこぞってやってくる。換金額に嘆いたりハンター同士の乱痴気騒ぎが多発するのもこの時間で、職員に仕事と面倒事が同時に押し寄せる修羅場である。その次に賑わうのは朝の始業直後で、昨日の収穫を換金しに来る者たちがここでやって来る。換金したその足で装備を整えたり、弾薬を補充したりするのだ。

 日に二回のラッシュが過ぎれば、ギルドに残っているのは事務仕事がある職員と暇を持て余して屯しているハンターだけとなる。駆け出しを対象とした整備状態がよろしくない換金所はそれが顕著で、さらに第三階層に居を構えるここはもっと下の状況である。治安が悪いため屯するハンターすらいないのである。


「ふぁ、ぁあぁ……」


 当然、仕事が終われば職員も暇になる。事務方は優秀なのでさっさと仕事を片付け、帰り支度を整えた上で同僚と奥で駄弁っている。ハンターの換金業務をするこの担当官は、残念ながら終業まで受付に居続けなければいけないので、一人寂しくオフィスチェアーに腰掛けている。間の抜けた欠伸を噛み殺しながら、終業時間が来るのを待ちわびている。チラリと時計を見る。まだ少し時間が残っていた。

 だが、そのよそ見をした担当官の耳に、きぃ、と。古びた扉の開閉音が届く。今更誰が来たのだろうか、そんな思考を他所に視線を戻してみれば、眠気は一瞬で吹き飛んでしまった。

 さらりと流れる黒髪から覗く鋭利な双眸、白地のカッターシャツに黒のインナーと肩掛けにしたノーカラージャケットを着こなした、男装の麗人とも呼べる人物はこの業界には一人しかいない。


「“氷肌玉骨(アイス・レディ)”……」


 担当官の口から零れたのは、ギルドで認知されている二つ名。そしてその二つ名を授かった人物の名を、ケイシーという。


「“名持ち(ネームド)”がこんな寂れた換金所にお越しとは、一体どんなご用件で?」

「駆け出し時代の感傷に浸りに来た、というのではダメか?」

「初心を振り返るのは結構なことだが、あんたは第二階層からスタートだったろ。ここには思い出も何もないと思うんだが」


 “二つ名システム”とは、当時のハンター達が遊び半分でやっていたものをギルドが事後承認した異例のシステムである。まさかの本家本元が正式に採用するとあって、当時はかなり慌ただしくなったらしい。このシステムでは功績を挙げたハンターへの敬意と今後の栄達を願って、ハンターごとに本人の特徴を掴んだ二つ名が送られる。既に巷に広まっていた二つ名を採用することもあれば、素行調査からギルドが考案した二つ名を送られることもある。ハンターにとって己の二つ名は一度は夢見る憧れであり、与えられればそれだけでステータスと成り得る。そして二つ名を与えられた者を、畏敬を込めて“名持ち(ネームド)”と呼ぶ。担当官の口調がやや改まったものになっているのは、そのためである。

 だが、今回。冗談を交わしている二人にどこか壁を感じるのは、それが理由ではない。ケイシーが、外見以上に剣吞な空気を纏っているからだ。


「まぁ、今日は冗談を言いに来たわけではないから本題に入ろう。……ここを利用しているアイクというハンターについて、聞きたいことがある」

「っ……」


 カウンターに片腕を乗せ、ぐいと身を乗り出したケイシー。その鋭い視線が、担当官の僅かな動揺を見逃さなかった。


「知らない、という訳ではないらしいな」

「…………」

「あいつは私も目を掛けているハンターだ。本人曰く一度の依頼でハンガードッグを20体は屠っているそうだが、その証言が嘘でない事も今回の演習で確認できた。私はてっきり駆け出しを卒業しているとばかり思っていたが、実際はまだランク7だそうだ。……これはどういうことだ?」

「…………」

「継続性を見るために、ランク5までは討伐数を無視して、依頼の達成度合いでランクの調整をしていることは知っているし不満はない。余剰分はその後のランク調整に計上されるからな。だが、一ヶ月以上ソロで活動していて、それだけの成果を挙げられるハンターがいつまでも駆け出しのままというのはおかしな話だろう」


 ケイシーの追及に、だんまりを決め込む担当官。口を堅く結び、誤魔化すように頭を掻いているが、その視線はそっと周囲に巡らせている。口を割らない、という訳ではないらしい。周囲に人がいないとわかると、担当官は小さく嘆息してから観念して話し始めた。


「……今度の“カリュウ山工業地区遺跡”の合同遠征で、内地の企業がスポンサーに就いたのは知ってるか?」

「あぁ。少し前までその話で持ち切りだったからな」

「グレネードや弾薬といった消耗品の費用は全て向こう持ちで、おまけに移動用の車両やパワードスーツまで提供してくれるって話だ。この大盤振る舞いにギルドのお歴々も諸手を挙げて賛同している。……だが、ここで向こうが一つ条件を付けてきた」

「……その条件は?」

「資金提供の見返りに、一人のハンターを帯同させること。しかもそいつは、短期講習しか受けてないド素人だ」


 そこから先を凡そ察したケイシーの顔が、嫌悪に歪んだ。


「遠征のランク条件を満たすために、あいつの功績を全てそいつに計上したのか」

「……そうだ。そして今回のランク条件は40以上。普通にやっていては到底間に合わないから、どうにかして補填する必要があった。……だからだ。あいつはハンターになって日が浅い。討伐数を誤魔化すには、打ってつけだった」


 ギルドが駆け出しハンターの依頼達成を受理する際、ハンター証から活動歴を読み取り、それに応じてランク上昇に関する点数にフィルターを掛けることがある。その判断基準は細部までマニュアル化されており、担当官がその基準に則ってフィルターの解除を行うのだが、今回はその制度を逆手にとった形となる。

 先ず、アイクのハンター証を読み取って最低限の討伐数で依頼達成登録をする。次に予め用意してあった例のハンターのハンター証で、残り全ての討伐数をそちらの成果として登録する。料金については発覚を防ぐため、全ての脳核分の報酬を渡す。こうして成果を挙げずとも一気にランクを上げることが可能となる。搾取対象となったアイクからランクの上昇率が悪いと思われても、継続して依頼達成が出来ているかを見てるためと言えば引き下がるしかない。担当官はアイクに聞かれればそうやって誤魔化すつもりでいたが、やってきたのはまさかの名持ち(ネームド)である。システムを知られている以上誤魔化しは効かない。だからこうして話しているのである。予想外の彼の人脈に、担当官も内心舌を巻いていた。

 当然、これを行えば懲戒免職も含めた厳罰が下されるのだが、今回主導したのはギルドの方である。誰もお咎めはないのだろう。だが、やられた側からすれば堪ったものではない。現に、ケイシーの目つきが更に険しくなっている。


「……そう睨まないでくれ。バレたらマズいのは上も承知だ。だからこの件が終わり次第、割の良い依頼を優先的に回すように手配してある」

「当たり前だ。そうでもしなければ割に合わん」


 諭すような口調にも、ケイシーは毅然とした態度を崩さない。ただの事実確認であればここまで切り込んでくることもなかっただろう。だが、知り合い以上の仲であるならば話は別である。担当官もその何かを感じ取ったが、必要以上に言及はしなかった。

 そして、ギルド側の事情を大まかに把握できたからか、ケイシーの剣吞な空気が徐々に鳴りを潜めていく。担当官は嵐が過ぎたのを見て、内心ホッとした。


「……あんたは分かってると思うが、ここで聞いたことは他言無用にしてくれよ」

「わかっている。義憤に駆られて後先考えずに動くほど若くはないからな」

「確認が取れて何よりだ」


 用が済んだとばかりに、ケイシーは振り向き去っていく。担当官も、漸く終わったかと一人安堵の息を零す。

 だが、事の概要を理解したからといって、「はいそうですか」と素直に受け入れられるかは別問題である。知り合いが被害を被っている何もしないというのはケイシー自身の信条に反する。だから、彼はこっそりと報復をすることにした。


「あぁ、そうだ。その手のことをするなら交友関係までしっかり洗っておくのがオススメだぞ。特にあいつは“三つの頂(トライアド)”の幹部からも目を掛けられているからな」


 そう言って肩越しに見てみれば、遠目でも担当官が凍り付いているのが見て取れた。

 悪戯が成功した子供の様に、満足気に笑ったケイシーはその場を後にした。

 その後、換金所が少々騒がしくなったのだが、それは彼の与り知らぬことである。




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