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第十三話

久しぶりに大学時代の友人達と遊んできました。映画見たり夜中までゲームしたり焼肉行ったりと、学生時代にタイムスリップした気分。いいリフレッシュになりました。

まぁ、そんなことはさておいて、今話を読んで楽しんで頂けたら幸いです。





「おー……すげーとんだなー」


 轟音と共に吹き荒れた衝撃波に吹き飛ばされたアイクが、空を見上げながら一人ごちる。大地に四肢を投げ出した恰好は荒野であれば自殺行為でしかないが、全てのモンスターが居なくなった今だけはそれが許されていた。


「おーい。アイク生きているー?」


 アイクの顔を覗き込みながら、エルが呑気な声で呼び掛ける。どうやらエルは離れて居たために、あまり飛ばされなかったらしい。土塊(つちくれ)や雑草塗れのアイクに対して、その装いは大分小綺麗だった。


「なんとかな。と言っても大分吹き飛ばされたが」

「みたいだね。インナーチップの位置情報を見て驚いたよ」

「ま、あれだけ派手にぶっ放せばこうなるだろ」


 上体を起こしながらアイクが見た先には、砲撃によって一直線に抉られた地面が広がっていた。表面は高熱によってガラス化し、遠目ながらに周辺の空気が揺らいでいる。ぐつぐつと煮えたぎっている箇所もあり、それほどの火力がぶつけられたのだということを物語っている。

 だが、二人の目を引くのは、その砲撃を撃ったにも関わらずピンピンしてこちらに歩いてくる少女の方だった。


「お疲れ様です。……色々ありましたが、何とか討伐できましたね!」


 溌剌とした声でフェリスは嬉しそうに破顔している。新品だった装備一式が撥ねた泥や草木の切れ端で汚れているのに、彼女が気付いた様子はない。なにせ初めての荒野で主クラスのギリースネークを始め、多数のキックバードの撃破である。これほどの戦果を挙げたならば、彼女の高揚も得心がいく。この成果は、今後の彼女にとって大きな自信となることだろう。


「あぁ、お疲れさん。最後のはいい一撃だったぞ」

「お疲れ様。今回は大活躍だったね」

「はいっ。ありがとうございます!」


 純粋無垢な笑顔を向けられて、二人は少し苦笑する。素直で純粋で朗らかに笑える人間は、ハンター業界でそうそう目にすることはない。男だろうと女だろうと、プライドが高くがっつく人間が多い。荒事が多い故にそういう精神構造の人間でなければなかなか生き残れないのがこの業界。下手(したて)に出て同業者にも舐められるないようにしなければならないのだ。そのため純粋培養の如く素直で明るい性格の彼女は、ハンター業界では絶滅危惧種に等しい人種なのだ。荒事に忙しい日々を送るハンターにとって、彼女はかけがえのない癒しとなるだろう。養成校を卒業した後の方が引く手数多で大変だろうな、と二人は思いつつ、エルがそっと自分の外套をフェリスに羽織らせる。


「? えっと、ありがとうございます……?」


 フェリスはきょとんとして、曖昧なままにそう答える。

 まだ、自分の状況を理解できていないらしい。


「うん。どういたしまして。……その恰好は、流石に目のやり場に困るからね」

「えっ……」


 エルが視線を逸らしているのを見て、フェリスの視線が下に向き、初めて自分の状態を知る。衝撃波を(もろ)に受けた彼女は俯せのままに地面を引き摺られたために、防護服が所々破けてしまっていた。上着の破け目からは彼女の血色のよい白い柔肌と下着の一部が顔を覗かせ、特に衝撃に備えて踏ん張っていたためにズボンには大きなスリットが入り、太腿から腰までを大胆に曝け出していた。こちらも上半身同様、下着の一部が見えてしまっている。彼女の色白の肌によく映える、薄い水色の下着。ショーツに至っては腰下で紐で結ばれており、清楚な見かけによらず中々大胆なものを穿いているようだった。

 ガバッ、と。反射的に彼女は外套で肌を隠した


「こ、これは……そのっ、不可抗力と言いますか……っ!!」


 呂律の回らない口で必死に言葉を探すも、その先が続かない。次第に彼女の頬に紅が差す。しかして刺激の強い光景は、中々どうして目に焼き付いて離れないもの。本人を気遣って視線を逸らしてあげる優しさも、逆にしっかり見てしまったことの裏返しであり、聡い彼女は(かえ)ってそれに気が付いてドンドン思考がドツボに嵌っていく。既に彼女の肌は目に見えるほどに紅潮しており、エルはその様子に苦笑しながら女心を鑑みて無言を貫いていた。

 だが、ここに約一名。その手の機敏に疎い人間が居た。


「フェリスにはまだ上級ハンターが着るタイプは無理だな。そんな恰好で荒野に出られちゃ、全員目のやり場に困っちまう」

「な゛……! せ、セクハラですか!?」


 年頃の女の子が出してはいけない声が、フェリスの口から漏れる。

 上級ハンターが好むバトルスーツは、機動性重視のために軽量化されているものが多い。その実力になればモンスターの接近を許さず、近づかれる前に遠距離から一方的に射殺できるようになっている事が大きな要因である。そのため、上級ハンター達が求めるものは自然と防護性よりも機動性寄りになり、最低限の防塵性能を持たせて装備重量をどんどん削っていった結果、身体のラインが浮き出るデザインのものばかりになってしまったのだ。名の知れた女傑であろうと一瞬躊躇うようなデザインである。思春期真っ只中のフェリスには、些か刺激が強すぎた。


「あ、いや。別にそういう意味じゃ……」


 場を和ませそうとしたアイクの言葉だったが、ここでそれは余計だった。羞恥に悶えている時の人間は、“冷静さ”など明後日の方向にぶん投げられている。頭の中を縦横無尽に駆け巡る感情の昂りを、たった一欠片の理性で繋ぎ止めているだけの極限状態なのだ。そんな触れれば破裂しかねない精神状態で下手に突っついてしまっては、こうなることも宜なるかな。エルも隣で手を頭に当てて呆れていた。


「————っ、わ、私はこれで失礼しますね!?」


 自分の恰好を想像してしまったのだろう。顔を更に真っ赤にして叫んだフェリスが、二人を振り切るように走り出す。ややあってアイクは己の失策に気付くも既に時遅し。外套に(くる)まったまま遠のいていくその後ろ姿を、彼は黙って見届けることしかできなかった。


「あーあ、耐え切れずに逃げちゃった。あの年頃の娘は扱いが難しいんだから、アイクも気を付けないとダメだよ?」

「…………なんか、すまん」


 どことなくきまずい空気が漂うも、疲労で動きたくないアイクは口を閉ざしてそこに居座り続ける。灰色の空を仰ぎながら、これは無力感と虚無感に押さえ付けられている所為だと詭弁を弄して、ここ最近増えだした命の危機を乗り越えた細やかな報酬としてしばしの休息に入るのだった。






 ピンチの高揚が収まり、程よく体温が下がって眠気が足音を立ててやって来るのを気合で流しながら、二人は遠方の生徒たちの攻防を眺めていた。一時はパニックで戦線が崩壊し掛かったが、教員と引率のハンターが上手く捌いたことで何とか持ち直し、遂に最後の一匹が倒れたことで戦闘は終了した。負傷者は数人出たものの、死者は一人もおらず、結果的には余裕を持った勝利と言えた。一時の慌てふためいた表情は何処へやら、今では全員が武器を天に掲げて勝鬨の声を上げている。


「よくあそこから持ち直したなぁ。撤退も視野に入れる場面だったろ」

「でも、パニック起こしてバラバラに逃げたら引率者の手が回らずに誰かは殺されてたよ。全員生還を絶対条件にしてるなら、退路を断って連携させた方がまだ勝ちの目があったんじゃないかな」

「引率者の指揮様様(さまさま)だな」


 パニックを起こしている最中の人の頭には、様々な選択肢が絶えず突き付けられている。普通の判断ができない状態で選択肢を突き付けられているから迷うのであって、選択肢が元々一つしかないなら迷うことはない。教員を含めて引率のハンターもパニック中の生徒から余計な選択肢を除くために、敢えて応戦を選んだのだろう。退路を断てば人は自然と覚悟を決める。そうやってパニックを鎮火させた上で指示を出して、上手く生徒を纏めたのだ。


「それに、途中からフェリスさんが遊撃として加勢したのも大きかったね。ヘイトが散ればそれだけ狩りやすくなるから、あの援護は重要だよ」

「あれだけやってまだ()るとは、恐れ入るよ」

「彼女は真面目だからね。クラスメイトのピンチには、迷わず駆けつける性分なんだよ」

「良くも悪くも、な」

「ははは。そこは言わないのが優しさだよ」


 アイクが肩を竦めながら言い、エルが苦笑する。

 エル自身も、それは薄々感じていたことだった。


「そうは言うが、このままならあいつ———」


「ようやく見つけたぞ、アイク。無事だったか」


 アイクの声に被るように、二人に声が掛かる。二人の視線の先に居たのは、黒髪にアメジストの瞳を持った美麗なハンター。黒地に紫のラインが入った軽装のバトルスーツを身に付け、顔には口元を覆うスカーフにサングラスタイプの防護グラス。街中で見ればモデルと見まごうようなスタイリッシュな恰好をしたハンターが、肩掛けの光学銃を後ろ手にしてアイク達を見下ろしていた。


「花のない殺風景な終戦場へようこそ、ケイシー。今日の引率はあんただったのか」

「本当は別のハンターが担当だったんだが、ギルドがそちらに至急の依頼を出してしまってな。私にお鉢が回ってきた、という訳だ」

「なるほどな。……そういや、紹介がまだだったな。こっちは今パーティーを組んでいるエルだ。そんでエル、こいつはケイシー。朝練で知り合ったハンターだ」

「初めまして。エルと言います。こんな恰好で何ですが、よろしく」

「構わんよ。戦闘後で疲れているだろう? 私はケイシーだ。よろしく」


 気にした素振りもなく、ケイシーはエルと握手する。これが街中で装備を外した状態であれば絵になったのだろうが、悲しきかなここは荒野である。当事者の装備状況により、残念ながら絵は没となった。


「まず初めに言わなければならないことがあるな。……二人共、今回は済まなかった。こっちの監督不行き届きで、余計な手間を掛けてしまった」


 頭を下げ、腰を折ったままにケイシーが言う。十中八九、アイク達の頭上の個体を撃った件についてだ。


「対処できたからこっちからとやかく言うつもりはないよ。ただまぁ、向こうの教員には話をしておいた方がいいだろうな。実戦でアレやったら殺されても文句は言えねぇぞ」

「マナーの意識がまだ薄いのは仕方ないにしても、今後は徹底した方がいいね」

「わかった。教員にはきっちり言っておこう」


 こういう所でちゃんと頭を下げられるのが、ケイシーの美徳である。実力も相まって依頼主から確かな信用を得られるハンターは、上に上がるほどに得難い人材となる。大口顧客からの依頼を受注でき、かつ信頼されるようなハンターはギルドのイメージアップにつながるからだ。


「……それにしても。実力はある程度把握していたが、これ程とはな……」


 ケイシーが不意に視線を逸らし、眺めた先には数多のキックバードの死体が死屍累々に転がっていた。その数は千に届きそうな程。フェリスの加勢より前に討伐した個体も含まれているが、どこもかしこも抜け落ちた大量の羽が羽毛布団を引き千切って散らかしたような惨状になっている。血と臓物と死体と羽で彩られた不恰好なスプラッタアートが辺り一面に広がり、ここまで規模が大きければ一周回って壮観にすら思えてくる。


「何度かヒヤッとしたがな。これでも頑張った方だぞ」

「十分だ。たった二人でこの数を相手に一時的にでも戦線を保っていたのなら、上出来だろう。ランクもすぐに上がるぞ」

「それじゃあ、アイクはすぐにでも駆け出し卒業(ランク10到達)かな」

「だな。一ヶ月以上こんなことばっかりだが、漸くだな」

「……ちょっとまて」


 不意に、ケイシーの表情が険しくなる。


「これだけの戦果が挙げられて、まだランク10未満だったのか?」

「あぁ。第三階層出身の所為か、審査が厳しくてな。先週ランク7に上がったばかりなんだ。最近はハンガードッグとかの脳核を毎回2、30個は提出してるんだが、中々上がってくれないんだよ」

「20から30、か。……それはエルと二人でか?」

「いや、僕はまだアイクと組んで2回しか荒野に出てないよ」

「全部ソロでの成果だ。信用できない人間とは組まないって決めてるからな」

「……そうか」


 ケイシーは一瞬、何かを考えこむような仕草をしたが、すぐさま表情を戻して二人に向き合った。


「あまり面と向かって言いたくはないが、その装備なら仕方がないとも言える。悪いがその装備でそれだけ戦果を挙げるなら、私は真っ先に盗みを疑うからな」

「だろうな。俺も担当官にそう言われたよ」

「そしてその可能性が否定できても、ビギナーズラックの可能性がある。要は継続的に成果を挙げられるか、そこをギルドは見たかったんだろう。ひょっとしたら、個数は評価項目に入っていないのかもしれないな」

「えぇぇ。そりゃあないぜ……」


 理不尽だー、と。アイクが力なく両腕を上げて抗議する。実際、アイクも納得がいっているからそこまで本気で怒っていない。脳核の査定額を低めに見積もられなかっただけでもマシか、と。半分諦めながら受け入れていた。


「まぁ、一ヶ月以上続けていて、今回のこれを見れば大丈夫だろう。何ならギルドに口添えしておこうか?」

「口添えなしでも到達はできそうか?」

「問題ないな。お前の実力が頭一つ抜けているのはもう知っているからな。私が口添えしておけば確実になる、というだけだ」

「なら、お願いしようか。そろそろ割の良い依頼も受けたいしな」


 アイクはこれまでソロだったからこそ何とかやってきていたが、現在はエルとパーティーを組んでいるため、戦闘(ごと)の弾薬費が二倍に跳ね上がっていた。そしてエルと共同生活を始めるにあたって日用品の費用で貯金のいくらかが持って行かれているため、そろそろ割の良い依頼を受けていかなければ貯金も底を尽いてしまう。あまり露呈していないが、アイク達の経済状況は芳しくないのだ。


「では、私はそろそろ行くよ。……あぁ、それと。()が世話になった。私からも礼を言っておくよ」


 妹、と。ケイシーは言った。誰の事と言われた訳ではないが、薄々察していた二人は得心した顔で答えた。


「気にするな。こっちも助けられたからな」

「彼女、良い腕をしていたよ。将来が楽しみだ」

「それはそうだろう、何せ私の妹だからな」


 鋭利な顔つきを綻ばせながら、ケイシーは嬉しそうに言う。その容貌ながらに、身内のことになると甘くなるようだ。そのまま背中越しに片手を挙げながら、ケイシーは立ち去っていく。後ろ姿は凛々しいながらも、どこか軽やかな印象を思わせる。


「妹想いのいいお姉さんだね。姉妹仲が良いなんて羨ましいよ」

「仲が良いなら何よりじゃねぇか。…………あぁ、あと言っておくけど、姉妹じゃなくて兄妹だからな」

「……え?」


 突如として、エルの動きがフリーズする。何か奇怪なものでも見たような顔のエルに、アイクはクツクツと笑いを堪えながら爆弾を投げつける。


「あれ、ああ見えて男だぞ?」

「え……ええぇっ!?」


 開けた荒野の空に、エルの素っ頓狂な声が上がる。その予想通りの驚き様に、アイクは思わず声に出して笑ってしまった。



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