第十二話
今週、ついに初ボーナスが……! 今から楽しみですね。
まぁ、そんなことはさておいて、今話を読んで楽しんで頂けたら幸いです。
冬の凩に舞う枯れ葉のように。空に舞い上がった無数の赤茶色の影が一斉に降りかかる。本能的な怒りによる全機特攻は、防御など微塵も考えてはいない。ローテーションで待機していた個体も含めて全ての個体が一斉に襲い掛かってくる様は、圧倒的であると同時に襲われる側には恐怖以外の何者でもない。
だが、試練とは得てしてそういうもの。乗り越えられない者に明日はない。神様が気ままに課した試練にしてはやけに難易度が高いが、それがこの世界の平常運転。……この世界が荒廃したのも、難易度調整に失敗した所為なのかもしれない。
「すっごい数。それに何か殺気立ってない?」
「今が繫殖期の真っ只中だからだろ。そんな中で巣に銃弾ぶち込まれたらそらキレるだろうよ!」
「お楽しみ中にピンポンダッシュされた気分かな?」
「例えがニッチ過ぎてわからんわ!」
仰ぎ見る空に向けて銃弾を撃ち出し続ける傍らで、二人は雑談気分で言い合っている。銃声に紛れる似つかわしくない音。しかしそれは気持ちを紛らわすための方便だ。たらりと頬を滴る水滴が、その心情を如実に表している。射出される弾丸が確実にキックバードの数を減らしているが、近づいてくる数に減る数が追い付いていない。じりじりと迫る無数の群れ。その圧迫感が、無意識に二人に襲い掛かっていた。
「手数が欲しいな……。エル、応援が来るかで賭けないか!?」
「来るわけないでしょ! あっちもあっちでパニック起こしてるじゃん!」
二人のはるか後方。生徒たちが多く居る場所では、教員が必死に指示を飛ばしていた。だが、うまく統率は取れていないらしい。風に乗って聞こえてくる声を拾うと、どうやらハンガードッグを上手く処理できず、一部の群れが生徒のすぐ近くまで迫ってきているらしい。そしてタイミング悪くこっちのキックバードの大攻勢が重なって、生徒たちがパニックを起こしたようだった。初めて荒野に来たというのなら、そうなってしまうのも仕方ないと言えば仕方ない。それが受け入れられるかは全くの別問題だが。
「……仕方ねぇ。使わなくて済むならよかったがここが使い時。……そら、喰らえよ俺の一週間分の稼ぎ!!」
苦渋の表情ながら、高らかな気勢と共にアイクが懐から何かを放り投げる。くるくると空に舞う筒状の物体。それがキックバードの群れの正面に位地した時、爆風と共に脳を揺さぶる不協和音をまき散らした。波状に拡散する不可視の何か。それがキックバードの群れに襲い掛かり、その足並みが乱れて失速する。
「パルスグレネード!?」
「そうだよ! これ結構高かったんだからな!!」
荒野に生息するモンスターで、ナノマシンを持たない個体はいない。アイクの投げたパルスグレネードはそれを逆手に取り、ナノマシンの機能を麻痺させる特殊な磁場を発生させることで一時的にモンスターを停止状態にする効果を持っている。命の張り合いでは、一瞬の隙ですら値千金。数秒も稼げるならそれは金銀財宝にすら匹敵する。尚、それにかかる金額も高価になる。大きな金で大きな隙を作ると言えばいいのだろうか。しかし致命の一瞬を脱せられるなら、安い買い物と言う者もいる。
そうして隙ができた所を狙い、アイクとエルが次々とキックバードを撃ち墜としていく。脳核の機能が回復するのは数秒。その僅かな時間でキックバードの群れは大きく削れていたが、まだまだ数は居る。
「希望も何もあったもんじゃねぇな。……マガジンの残弾には気を配っておけよ! まだ距離があるけど交換で手間取ってたら一瞬で呑まれるぞ!」
「それより問題なのは討伐速度が追い付かないことじゃないかな!?」
「それは気にしたら負けだ! 最高効率で殴りつけるんだよ!」
「結局脳筋思考!?」
言ってることは正しいのだが要求難易度がやたらに高い。アイクは必要最低限の弾数で急所だけを撃ち抜いて効率性を上げているが、それに倣えということだろうか。呆れと畏敬を混ぜながらも必死に追従するエル。それでも二発に一回は複数体同時抜きをやってのけるのだからエルも大概である。
すると、向こうにも変化が見られた。
「あぁ? 編成を変えてきた?」
気合と根性と技術で何とか殴り合っていたアイクから、思わずそんな言葉が漏れる。編成もない急上昇からの降下というシンプルな配置から、薄く広く広がる陣形へ。互いの重なり合いをなくし、頭上を覆うようにして広がる様は宛らドームのようで、同時に二人を逃がさない牢獄のようでもあった。
「……これ、僕たちに的を絞ってる?」
「みたいだな。迎撃してたのも俺達だけだから、巣を撃ったのも俺たちだと思われてるっぽいな。……こっから先は求められるのは早撃ちだ。いけるな?」
「狙撃手になんてもの要求するかなぁ!」
それでも即座に対応してみせるのが、エルの美点だ。ボルトアクション式ライフルが出せる最高効率で弾丸を撃ち出し、一発一発を確実に急所へ届かせる。速射に切り替えても一弾一殺を違えないのは素晴らしいが、しかしその顔色は優れない。元々ライフルは一対多と連射に不向き。複数体が別々の方向から襲い掛かればそれだけで致命傷に成り得る。そのため、自然とカバーもしているアイクに負担が増えていく。
「こなくそぉ!」
「———ッ、アイク、後ろ!!」
直情から急降下してくる個体、ドームの外を抜けて真横から強襲する個体。前後左右に加えて頭上まで。全方位に気を張り巡らせていれば、綻びはどこかに生じてしまうもの。アイクのカバーをしていたアイクの死角から、一体のキックバードが警戒網を抜けて襲い掛かる。 マガジン交換のタイミングで、アイクの対処は間に合わない。エルは別の個体の対処中で咄嗟に動けない。
いよいよ、振り上げられた死神の鎌が幻視された時、横合いから青白い光の奔流が空を駆け抜けた。
「援護が遅れました! 見習いハンター フェリス、これより加勢します!」
澄んだ声が二人の耳に聞こえてくる。
包囲網の中に自ら飛び込んでくる人影。その閃光を繰り出した張本人は、車両でアイクの隣にいた女子生徒だった。
◆◇◆◇
キックバードが光の奔流に文字通り消し飛ばされたその一瞬。二人は動きを止めたが、すぐさま動き出して対処に回る。
「助かった! 作戦は特にない! 全部撃ち墜とせばそれでいい!」
「わかりました!」
女子生徒———フェリスは気合十分な返事と共に、再び手持ちの銃から光弾を放つ。実弾とは異なる煌びやかにして凶悪なそれは、エネルギー弾と呼ばれるもの。近年、実弾に代わり得る代物として台頭してきたもので、その内部に蓄積された熱でモンスターのナノマシン伝達系とナノマシンそのものを“焼き切る”ことで機能を奪うことができる。そして特筆すべきは、エネルギー弾の種類を簡単に切り替えられること。
大出力での範囲殲滅を目的とした“重砲撃モード”。
一撃必殺の狙撃を目的とした“強狙撃モード”。
フルオート射撃による面制圧を目的とした“軽機関銃モード”。
それらを状況に応じて使い分けられる汎用性が、この銃の強みだ。そしてエネルギー弾はその性質上、命中した箇所の周囲も熱で変性させるため急所でなくとも十分に身体の自由を奪える。モンスターとの戦闘での致死率を大きく減らせると、この界隈では専ら噂になっていた。唯一不便なことを挙げるならば、まだ小型化には至っていないことだろうか。
軽機関銃モードに切り替えたフェリスが放つ光弾が、次々とキックバードに命中する。重砲撃モードは確かに強いが、その分カートリッジを早く消費する。交換の際に狙われるリスクを避けるため、フェリスはこのモードに切り替えていた。光弾に焼かれて飛べなくなったキックバードが、次々と地面に落下していく。まだまだ粗削りではあるが、彼女の腕には光るものがあった。
「いい腕してるな! ハンターになればすぐに大成するだろうよ!」
「こんな状況でも躊躇わずに加勢する度胸もあるしね!」
そんな彼女に、アイクとエルから背中越しに賞賛が送られる。その声には、まだまだ気勢が残っている。一時的とは言え、この膨大な群れを前にして戦線を維持していた二人。一時窮地に陥っていたが、すぐさま体勢を立て直している。継ぎ接ぎだらけの外套に、時代遅れの骨董品の武器。みすぼらしさを漂わせる風貌ながら、彼女にはその背中は頼もしく見えた。
「ありがとうございます。だけど、ハンターになれるのはここを生き延びてからですよ!」
「ハッ! そりゃあ違いない!」
「それなら尚の事、踏ん張らないとね!」
快活に返ってくる言葉は余裕の表れか、撃ち墜とす数に衰えは見えない。特攻してくる個体を片手間に処理し、上空に控えている個体にも攻撃を加えている。死角から襲い掛かる個体がいればすぐさま反転して対応し、その隙を突く個体はもう一人がカバーしている。彼女の目からも連携の練度はかなり高いように思えた。
だが、最も驚嘆すべきはその討伐速度。フェリスが一匹を墜とす間に、既に二人は二匹目、或いは三匹目の個体に標的を移している。アイクに至っては彼女よりも更に少ない弾数で。それは標的を見定めるまでの時間が極めて短く、急所を確実に撃ち抜く正確性の二つを持ち合わせていないとできない芸当で。自分はただ大雑把に弾幕を貼っているだけという事実に、フェリスは人知れず歯嚙みする。
「ッ! 二人共すぐに退避して!」
「了解!」
「えっ」
咄嗟の指示に、思考が逸れていたフェリスが一歩出遅れる。横跳びをしながら照準を下に向けたエルが地面に発砲すると、すぐさま警告の元凶が現れる。
「ギリースネーク!?」
それも、主クラスの大物。優に20mを越す巨体が、意識の外から飛び出し土砂をまき散らしながら天を衝く。出遅れていたフェリスが泥を被り、脚を止めてしまったが故に間近でギリースネークの咆哮を受けてしまう。言いようのない威圧感が身体の芯を捉えて離さず、恐怖に身体が竦み上がる。もし、この存在に気付いていなければ今頃……。そう思うと、彼女はゾッとする。
「丁度いい、そいつに押し付けるぞ!」
「フェリスさんも早く逃げるよ!」
「は、はいっ! わかりました!」
状況は常に流動的。二人の声で我に返り、思考をすぐに切り替えて竦む脚に鞭を打って二人と共に撤退する。途中、横目で後ろを見遣れば、キックバードたちが標的をギリースネークに移して果敢に攻撃していた。この場の三人よりもあのギリースネークを脅威と見たのか、狩りの論理をかなぐり捨てて本能のままにギリースネークに集団で集っている。ギリースネークの方も、この巨体になるまで成長すれば臆病さはなくなるのか、キックバード相手に咢を開いて応戦している。そのおかげで3人を囲っていた包囲網が崩れかかっていた。確かに、撤退するならこのタイミングしかない。
(薄々思っていたけれど……この人達、本当に……!)
実戦経験の差が段違い。なまじ養成校では優秀と言われ続けてきただけに、同年代で格上の存在と出会わなかっただけに、その衝撃はひとしおだ。だが、ここでへこたれないのが彼女の美徳であり、彼女が優秀足り得る所以。事実を受け止め、飲み込み、吸収し、糧にし、次に活かす。そのプロセスが速いからこそ、彼女は同年代の上に立っている。
「あ、あの!」
前を走るアイクと、いつの間にか後ろでフォローに入っていたエルに、フェリスが勇気を出して提案する。
「カートリッジを消費すれば、あのギリースネークでも討伐できます! 差し出がましいとは思いますが、装填している間のカバーをお願いできますか!?」
「そいつは朗報だな! エルもそれでいいか!?」
「ついでにあの群れも片付けられるなら、やらない手はないよ。カバーは僕らに任せて、フェリスさんはそっちに集中して!」
「わかりました!」
即断即決。二人は有効手と判断するや否や、すぐに彼女の申し出を快諾した。その決断の早さには驚くが、フェリスはすぐさま準備に取り掛かる。その場で身を翻し、ベルトに固定された六連装カートリッジからコードを伸ばして銃に接続。すると、接続と同時に本体が変形して上下に拡張され、内部から新たな銃身が伸ばされる。より大口径の、重砲撃モードの上の攻撃を可能にするためのもの。そして上部から照準用ホログラムが展開され、拡大された標的の姿と共にメーターが映し出される。
【エネルギー充填率 5%】
それはカートリッジから送り込まれてくるエネルギー量。その充填率を可視化したもの。即座に撃てるように、フェリスはうつ伏せになって銃を構える。
「チッ。やっぱりまだこっちを狙ってるのが居るな!」
「実際に巣を撃たれた個体じゃないかな!」
「何でもいい。兎に角今はここを死守するぞ!」
すぐそばでは、追って来た群れを二人が処理している。半数以上がギリースネークに向かったため処理は楽になったが、まだ油断はできない。
【エネルギー充填率 20%】
次第に、フェリスの銃が熱を帯び始める。カートリッジ1本に対して、重砲撃モードで撃てるのは精々二発分。だが、今充填しているエネルギーは、六本分全てだ。
【エネルギー充填率 50%】
銃が、僅かに振動している。銃本体が保有できるエネルギー量には元々上限がある。だが、それ以上のエネルギーを装填することも可能である。———エネルギーを、圧縮してしまえばいいのだ。
【エネルギー充填率 80%】
聞こえるはずのない駆動音が銃から漏れ始める。銃口から零れ出る煌めきが、許容限界に近いことを物語る。銃全体に伝わる熱が異様に高まっている。防護用のグローブが無ければ、握ることもままならなかっただろう。
【エネルギー充填率 95%】
銃口から迸る光。発せられる駆動音。周囲にまで拡散される熱。発射まで秒読み。後は規定量に達した時、この引き金を引くだけだ。
「ごめん、一匹抜けた!」
「気にするな! こっちで処理する!」
短い声が頭上を通り過ぎたと思えば、すぐ隣でドスッ、という音がする。遅れてあがる獣の奇声。思わず意識がそちらに向きそうになる所で、声が掛かる。
「大丈夫だ。今はアレを撃つことだけを考えろ」
頼もしく、それでいて包み込むような声。その声に押されてフェリスは意識を戻し、ホログラムに集中する。
【エネルギー充填率 99%】
ホログラムには、大量のキックバードを相手に戦うギリースネークの姿がある。纏わりついた個体を噛み砕き、近くを飛ぶ個体を嚙み殺す。不規則な挙動が的を絞り辛くしているが、元々的が大きいのだ。当てられない訳ではない。
(ここで当てなければ……私は……!)
これまで積み上げた研鑽と、意地と、矜持と、プライドと、継ぎ接ぎだらけの自尊心に突き動かされて———。
【エネルギー充填率 100%】
【プロセス オールクリア】
【超過重砲撃 発射可能】
彼女は、その引き金を引いた。




