第十一話
今日で丁度、新社会人になって三ヶ月が経ちました。
そして言われた言葉が「来月から残業できるね」………全く嬉しくないっ!
まぁ、そんなことはさておいて、今話を読んで楽しんで頂けたら幸いです。
枯れた大地と風化した建物で構成された荒野の景色が、徐々に植物に塗り替えられていく。視界に広がるのは寒冷地帯に見られる針葉樹に似た木々。しかしその葉は陽の光を吸収する緑色ではなく、灰かぶりのような淀んだ色だった。ここはヤザミ市街から北西方面に進んだ旧ナユタヤ地区の手前に位地する森林地帯だ。アイク達を乗せた車両はそんな異色の森に覆われた山の麓で停車し、アイク達は周囲に気を配りつつ、教員の点呼と注意勧告に耳を傾けていた。
「ここ周辺は比較的平坦で障害物もさほど多くない。また、生息しているモンスターも十分駆け出しで対処できるモンスターばかりだ。よって、今日はここで演習を行う。ただし、山の中に入ると生態系はガラリと変わる。逸る気持ちはわからなくはないが、決して山の中には入らないように。以上だ」
教員も長話をするつもりはないらしく、本当に簡易的な説明だけをして生徒を自由にさせていた。生徒はグループ毎に纏まって車両から降りて思い思いに散っていき、車内の人口密度が急激に下がる。二人はそれを見てからゆっくりと動き出す。
「みんな自由に散っていったね。何を狙ってるんだろ」
「養成校で何を教わってるのかは知らないけど、駆け出しで狩るならハンガードッグかキックバード辺りか? いや、キックバードは今は繁殖期の真っ只中だから控えるか」
「そうなると、狙いはハンガードッグに集中しそうだし、僕らはキックバードを狙おうか。でも、ここってそれ以外の厄介なモンスターもいるんだよね。例えば……」
こういうのが。
その言葉と共に、エルは即座に構えたライフルを発砲する。構えから照準を合わせて発砲するまでが無駄のない滑らかな動き。その銃口から発射された弾丸はエルの思い描いた軌跡を辿り、何もない地面に突き刺さる。いや、何もない“ように見えた”地面と言った方が的確だろう。弾丸に抉られた土が舞い上がった瞬間、より巨大な質量に持ち上げられた土が一気に捲れ上がった。10mに届きそうな巨体に、大人の太腿ほどはある胴。人一人を楽々に圧し折れる体躯と、口から伸びる二股の舌。灰と土に紛れる迷彩色が本来の濃紺色に戻り、妖しく艶やか色彩を放つ。
地中に潜んでいたのは“ギリ―スネーク”と呼ばれるモンスター。狩りの際は体色を変化させて周囲に同化し、気付かない獲物に一気に襲い掛かる習性を持つ。総じて体躯は大きく5m級でも幼体扱いされるが、この個体は10m程なので成体になったばかりと言える。とは言え、その体躯に見合った凶暴さを持っているかと言われればそうではない。事実、ギリ―スネークは暫し威嚇した後、そそくさと反転して森の中へと消えていった。その体躯に反して、臆病な性格なのだ。
「やっぱり気付いてたか」
「そりゃあそうだよ。インナーチップの索敵機能を使ってるんだから。むしろアイクがそれなしでどうやって気付けたのか知りたいんだけど」
「そりゃあんなに不自然に動いてたら気付くだろ」
「当然のことみたいに言わないで??」
心外だとでも言いたげなエルの言葉を、アイクは笑っていなした。一ヶ月に及ぶソロ活動期間中、アイクはマップ探索と称して行ける所を全て回っていた。勿論それには“行けるがロクに活動できない”場所も含まれており、アイクはそれを乗り越えてここに来ている。落とし穴だらけの“旧ナユタヤ地区”をはじめ、貴重な鉱石が採れる代わりに肉食性のワームや強酸性のガスが襲い掛かる“イオウ洞窟遺跡”、海と直に繋がり時折深海の猛者が紛れ込む魔境“ワダツミ地底湖”。そういった場所ではこの程度のことは必須技能であり、やれなくてはとっくの昔に死んでいる訳なのだが、それをエルが知る由もない。
やいのやいのと言い合いながら、二人は生徒がいない場所を狙って移動する。山の麓ということで食物連鎖の下層にいる小型モンスターも多く、ここはハンガードッグやキックバードにとって格好の狩り場となっている。現にいくつかの群れが狩りに来ており、中でも地上で生活し動きもわかりやすいハンガードッグの方に生徒の狙いが集中していた。狙いが被らなさそうで何よりである。心なしかキックバードが相手にされなくて寂しそうにしているのは、気のせいである。
「これなら、キックバードは狩り放題だね」
「だな。討伐数で勝負するか?」
「いいけど、アイクってその武器で狙うつもり? 射程大丈夫なの?」
「任せとけ。腕次第で射程はいくらでも伸ばせるって事を証明してやる」
「いや距離が伸びたらその分威力が……」
「そんなもん、数撃ちゃ墜ちるだろ」
「う~ん、この脳筋戦法」
徐にアイクとエルは銃を構え、空を飛び交う標的に狙いを定める。キックバードは翼を広げれば2mを優に超え、個体によっては3mを超すこともある大型のモンスター。彼らは狩りの習性故に、飛行速度はそこまでない。今もゆったりと、空から自分の獲物を見定めている。狙う側からすれば、とてもいい的だった。
始まりの合図はない。しかし、二人が引き金を引いたのは同時だった。
アイクのアサルトライフルが軽快な発砲音を響かせ、キックバードにいくつもの排出口を作り出す。滴るでは済まない出血がキックバードを彩り、赤い落葉のように地面にひらひらと舞って落ちる。
エルのライフルが一つ一つを噛みしめるように重い音を響かせ、一様に首に風穴を開けた死体が、小気味いい音を立てて地面に落ちてくる。
ここに来て、自分たちが襲撃されているとキックバードも漸く勘付いた。荒野における狩る側である故か、すぐに襲撃者である二人の位置を認知すると、すぐさま群れの残りで編隊を組んで突っ込んでくる。が、アイク達もそれは承知済み。むしろ困るのは組みつかれることと心得ている二人は、冷静に自分たちに向かってくるキックバードの群れを撃ち墜としていく。
「やるなぁ、エル! 今の所百発百中じゃねぇか!」
「それ聞き手によっては嫌味だよ! 実質僕より多く当ててるじゃん!」
「そりゃ威力がないから撃つしか……って、ああッ! 貫通して二匹目も当ててやがる!?」
「ふふん。狙撃手として負けてられないからね!」
互いに無駄弾はない。そんな余裕はないのだから。しかしだからと言ってそれが実行できる者が、果たしてどれだけいるだろうか。一見無茶苦茶に撃ち続けているようで、その射線上では一匹、また一匹と仕留められたキックバードが力なく落下している。真下に生徒がいないことを確認した上で行っているが、そこには既に死骸と血が撒き散らされた死体置き場が出来上がっていた。
「この調子だと、勝負は僕の勝ちかな!」
「余裕で言ってられるのも今の内だ。こっから巻き返してやるから今に見て……ッ! 待てエル、上だっ!!」
前を向いていたアイクの視線が途切れ、突如として切羽詰まった様相でエルに指示を飛ばす。釣られて上を見たエルは、銃弾で負傷したキックバードが一匹、落下して来ているのを捉えた。落下地点は自分の場所。そして、まだ息がある。死の瀬戸際にある死に物狂いの目が、鋭くエルを見据えていた。今はタイミング悪く、エルのライフルは弾切れを起こしている。マガジンを交換してからでは、対処が間に合わない。
「ッ、俺が撃つ。避けろ!」
「ごめん。任せた!」
簡潔に指示を出して意思統一。エルはその場から素早く移動し、アイクが代わりに対処する。キックバードは長い嘴と脚にある鋭い鉤爪での近接攻撃を主体としている。大きな獲物が通れば、集団で襲い掛かり脚の鉤爪でズタズタに引き裂いて狩りを行う。故に、組みつかれる前に仕留める必要があった。今も落下して来ているキックバードは、その鋭い鉤爪をこちらに向けている。
アイクは素早く銃を構え、発砲。胴から頭に掛けて一本線を引くように銃弾を撃ち込み、確実に仕留めに掛かった。モンスターであれど肉質はハンガードッグよりも柔らかい。急所を的確に撃ち抜かれたキックバードの瞳から、光が消える。しかしそれを確信するのも束の間、アイクはその場から飛び退いて急いで離脱する。
「“しっぺ返し”持ちだ! こいつには近づくなよ!」
「わかってる!」
エルも言うより速く、キックバードからは距離を取っている。円を描くようにして空いた不自然な間。そして二人が安全圏まで遠ざかった次の瞬間、キックバードの死骸が息を吹き返したかのように暴れ始めた。まるで統率性のない無秩序な動き。ただ近くの敵に一矢報いるためだけに行われている無差別な暴力は、苦しみ悶える亡者のようであった。
しっぺ返し。それは一部のモンスターに備わっている、ナノマシンによる反射的な攻撃指令のことである。脳核が自身の死を確信した時、予めプログラムされた信号を全身に伝達し、油断している襲撃者に最後の攻勢を掛けるのだ。ハンターの間では悪足掻きとも言われている習性。だがその悪足掻きであっけなく死んでしまうのだから、全く油断できるものではない。
「ったく、どこのどいつだよ。俺らの頭上の個体を撃った馬鹿野郎は」
「初めての荒野だから、その辺りのマナーを忘れてるんじゃない?」
「なら、教員に一言文句を言ってやらないとな」
荒野での活動において、他のハンターの頭上または反対側のモンスターを狙うことはマナー違反とされている。頭上のモンスターが落下していらぬ混乱を齎すのは勿論のこと、発砲音と銃口の向きから自分たちを狙う外法者と勘違いすることがあるからだ。善意で援護したパーティーが、外法者と間違われて射殺された事例もいくつもある。それが中々馬鹿にできないと理解するのは、実戦を経験してから。故に彼らは、まだ事の重大さを理解できていないのだ。
(まぁ、それを横に置いといても気掛かりなのは……)
頭上のキックバードを撃ち抜いた、その弾丸の行方。自分たちはこの集団の中で、一番山に近い位置いる。ということは必然的に銃弾は反対側から飛んできたということで、その行き先には当然山がある。そしてキックバードたちが何処に巣を作るかというと、これも当然ながら山の木々の上に作るのだ。
この二つの要素。組み合わさればとても恐ろしいことになるのだが、確率はとても低い。何せこれだけ広い山の中で、当てずっぽうにピンポイントで巣を撃ち抜くことなど土台無理だからだ。大丈夫だろう、そう楽観的に捉えられるはずなのだが、アイクのこれまでの経験が嫌な予感を搔き立てる。
そしてそういう嫌な予感は、往々にして的中する。
———ア゛ア゛ァ゛!!
———ア゛ァ゛、ア゛ア゛ァ゛!!
———ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛!!
静寂を保っていた山の中から、けたたましい鳴き声が響き渡る。それは緊急時のサイレンのようで、これから起こる非常事態の予兆のようで、降りかかる災害の予言であった。まるで時が止まったかのように周囲が動かなくなる中で、“ソレ”だけが動き出す。天地が入れ替わり、地に落ちる落葉が天に昇るように。黒い物体がゆらゆらと空に舞い上がる。否、落葉に見えるそれら一つ一つが、キックバードそのものだ。数えるのも億劫になるほどの群れが、巣を攻撃されたことに激怒して一斉に飛び上がったのだ。
「喜べよエル。どうやら狩り放題に追加注文が入ったみたいぞ」
「狩り切れない量はご勘弁願いたいね……」
残弾が心許なかったマガジンをパージし、アイク達は予備のマガジンをセットする。次に相対するのは最初に捉えていた群れとは比べ物にならないほどの物量の群れ。しかし二人の気骨は折れておらず、むしろ静かな闘志すら立ち昇らせていた。
「何にせよ、ここで退けば明日は来ないんだ。気張るしかないだろうよ」
「ホント、割に合わない依頼ばかりだね……!」
押し寄せる憤怒の波濤を前にして、鋭い視線を崩さない二人。
その引き金は引かれ、第二ラウンドの幕が上がった。




