クラーケン
凪ぎの中、海洋にぽつんと浮かんだヨット。空に浮かぶ雲と太陽が穏やかな昼を演出していた。その小舟に乗った男たちは昼食を済ませたあとの釣りに興じていた。男たちははじめ、耳鳴りが聞こえ始めたものと思った。しかし、音は鳴り止まず、高く、高くなっていく。他の者も耳を塞いでることに気付いた彼らはなにかトラブルが起きてることを察した。一人の男が操舵室に駆け込み、エンジンを切る。機器のトラブルならばこれで音が止むはずだった。しかし、音は止まない。男たちは互いにコミュニケーションを取ろうとするも、言葉はかき消される。まず、船が揺れた。バランスを崩し、よろける男たちは、このトラブルはなにか海洋生物によるものではないかと直感し、そのまま船の縁から海を覗いた。暗く深い海。なにかが上昇してくるのを男は見た。それは海面に上がった途端弾けた。水しぶきが男にかかる。巨大な水泡だった。それを皮切りにゴポゴポゴポゴポと更に巨大な水泡が立て続けに浮上しては弾け、船を大きく揺らした。弾けた海水がみぞれのように甲板に降り注ぐ。男たちは激しく揺れる甲板の上をびしょ濡れになりながら転がるしかなかった。いつの間にか異音は聞こえなくなっていたが辺りには異臭が漂っていた。ある男は突如として海から10mを優に超える柱が突き出るのを目撃した。次の瞬間、柱とともに突き上げられた大量の海水が男たちを打ちつける。男たちが目を開けると、柱がしなってヨットに勢いよく倒れかかってきている。男はその柱に無数の牙を持つ吸盤が並んでいるのを見た。なにかを叫ぶ男。その声は次々と海面に現れる触手の音にかき消された。叩きつけられる触手。軋みをあげるヨット。潰される男。触手がヨットから離れればまた別の触手に叩きつけられる。撒き散るヨットの木片、呻きを上げる男、叫ぶ男、固まる男。終にヨットは砕ける。海に沈みはじめるヨットだったものと男たち。その下に直径20mはあろうかという大きな口が待ち構えていた。その口は海面まで迫り上がり、彼らとその頭上の空気を丸ごと頬張った。
海上は再び凪いでいた。海には大きな波紋が刻まれ、残された木片がその紋様を彩っていた。