吉泉の場合
車が止まり、吉泉はドアを開け外に出て目的の場所を見る。
「あれが蜥蜴迷宮ですか」
「推奨レベル60の迷宮だな。階層は5階層だったか」
吉泉の呟きに、窓を開けていた田中が答える。
「気を付けていって来いよ」
「わかってますよ。では」
そう言いレンガでできた建物があったであろう跡地に足を踏み入れた吉泉は、中心に発生している空間の歪みへと入る。すると、廃墟と化したレンガの迷宮のような場所に出てきた。
「外と同じく晴天ですか。それに聞いていた通り迷宮跡地みたいなところですね」
レンガなどの人工物っぽいものを完全に取り払えば、ただの草原になりそうな空間。しかしそれらがあるおかげで、視界が悪い上に相手に有利になる程度の大きさの穴が多く、不意を突かれやすいようにできている。
「早速ですか。とりあえず鑑定でもっと」
しかし空間把握を持っている吉泉には効果が薄く、先に発見されていた。その姿は、1メートルいかない程度のニホンカナヘビそのものであった。
・大蜥蜴
・LV60
・機敏LV1
「聞いていた通りですね」
いきなり適正レベル相当の相手が出てきたことを確認し、転移で背後に回り込み突き殺す。
「やはり100レベ以下の迷宮は稼ぎが良くないですね。爆弾以外のことも考えないといけませんか」
魔石での個人の日当収入は推奨レベル×100円が相場だ。高級魔石が出れば話は変わるが、呪いの強化ありきでもそうそう出るものではない。因みに一般探索者は、慣れた迷宮で一日100体の魔物を倒せれば多い方なので、それが前提だ。魔物の数重視の迷宮は好まれない傾向にあるのでこんなものである。
(転移はそこに送るだけですからね。障害物があってもいけませんし)
どれだけ近くに送っても、障害物に重なるようには置けない。せいぜい固体以外を跳ね除けられるのが限界で、強引にやろうとすると逆にこちらが押しのけられてしまう。
「欲を言うならもっと強い異能がよかったものです」
汎用性という面で見れば吉泉の異能は使い勝手がいいが、個々の性能だけを見れば上位互換と言える異能が普通にある。例えば今しようとした物体に転移物を重ねることが言えるだろう。そういう異能者は、実質的に遠距離からの即死攻撃ができると言っても過言ではない。
(異能は感情や性格が強く影響しているらしいですが、だったらもっと強くなってもいい気がしますけどね)
異能は発現者そのものだ。なので意志や感情、性格や才能と言ったものの影響を受けて発現し成長していく。そのため異能を見れば、そいつがどんな奴かを推測しやすい。まぁスキルも異能もあまり他人に話すようなものではないが。
「とりあえず今は、レベリングに勤しみましょう」
気を取り直した吉泉は、空間把握で周囲の確認をしながら効率的に魔物を見つけては不意打ちで屠っていく。そして二階層、三階層と特に苦労することなく足を進めていく。
「ん?」
だが何か違和感を感じたのか、三階層の半ばで足を止める。
(……このレベルの迷宮には罠の類はないはずですが)
罠の出始めるのは推奨レベル100の迷宮からだが、まれに100レベ以下の迷宮にも罠が設置される場合がある。それなのかと思い、空間把握で違和感の感じる場所に慎重に近づく。
「何もない?」
石ころを投げてみるが反応がない。高レベルの迷宮には、専用の道具やスキルがないと対処できないものもあるが、こんな低レベルの迷宮にあるとは思えないようで、不思議そうな顔をする。
(それになぜこんな端っこに?普通にもっとかかりは良さそうな場所はいくらでもあるのに)
ボス以外の経験値が目的の吉泉は、殲滅のために隅々まで歩き回っている。そのため見つけられたものだが、隠すように置かれている何かにふと別の可能性が頭を過る。
「宝箱?でもあれも100レベ以下の迷宮にはほぼなかったはずですが」
罠と共に現れ始める宝箱。形は様々だが、一番ポピュラーなのが宝箱と言われる形だ。手に入るものも様々で、ゴミのようなものからその迷宮で手に入る最高級品なものまでそろっている。
「とりあえず掘り起こしますか」
背負っていたリュックからスコップを取り出し、一応罠を警戒して半分埋まっている宝箱を慎重に掘り起こす。すると思いのほか簡単に掘り出せ、随分と小ぶりな宝箱を片手で持ち上げた。
「いいものには見えませんね」
汚れた宝箱を見てそう思う吉泉。見た目と中身が釣り合っていないことはよくあることで、ボロ箱から宝石が出てきたり、豪華な宝箱から弱い回復薬が一個という場合もある。だがそれでも豪華な宝箱の方がちゃんと分かりやすく置かれているし、設置型の宝箱以外は持ち帰れるので、豪華なものほどいいものだ。
「五級の回復薬ですか」
宝箱を開け見えたものを鑑定すると、思っていた通りの五級回復薬でテンションを下げる吉泉。
(いえ、罠じゃなかっただけマシですね)
宝箱に罠がある場合もあるので、そうでなかっただけマシである。
「さて、気を取り直していきましょうか。今日はどれだけ倒せるんでしょうね」
そして道具と宝箱をしまった吉泉は、残りの階層の魔物を殲滅して周回をすべく動き出すのだった。