第四話
「……ん?」
目を覚ますと、目の前に知らない兵士らしき男が居た。空は血のように真っ赤で、あたりは薄暗く私は瓦礫の中で蹲っていた。
私はゆっくり体を起こし、その兵士へ話しかけようとする。
でもその瞬間、兵士は赤黒い無数の槍に貫かれ……バラバラになった。
「……え?」
目の前で何が起きたのか分からない。
突然、人間が果物みたいに弾けた。いや、引き裂かれた。
ゆっくり……槍が飛んできた方へ目を向ける。
そこには私と同じくらいか、もしかしたら年下くらいの女の子が……血まみれの姿で淡々と歩いているのに気が付いた。
「何……何?!」
「シスタリアの魔女め! 殺せ! 早く奴を殺せ!」
すると私の後ろから無数の兵士が女の子めがけて突撃する。
しかし今度は、赤黒い雨が兵士に降り注ぎ……そのままバタバタと倒れていく。
兵士はまたバラバラになっていた。あの雨は……まるで刃だ。剣が降り注いだかのように、兵士の体を貫いたんだ。
「シスタリアの……魔女?」
それは聞いたことがある。あの戦争だ。先生も戦った戦場で、唯一前線に立った……魔術師。
その首を跳ねようとも、体を引き裂こうとも、何度も何度も立ち上がった悪魔……いや、魔女。
シスタリアが圧倒的な力でコルネスとウェルセンツをねじ伏せた元凶。
「いや、来ないで……来ないで!」
魔女は私へと淡々と近づいてくる。一歩一歩、確実に。
そしてついに私の目の前へと来た時、その目を向けてくる。
私は動けない。動いたら殺される。でもこのままでも殺される。
無言で流れる涙。声は出ない。出たとしても……殺される。
「……子供は隠れてなさい」
そう言い放ち、魔女は私の横を通り過ぎた。
その背中が見えなくなったころ、私はようやく声が出た。
心臓が止まりかけた、いや、止まっていたかもしれない。そう思う程、今生きているのが不思議だった。
「はぁ……はぁ……ぁ、ぁ」
これが……戦争?
私は戦場に来ちゃったの? なんで……
「ルミアちゃん!」
そこに先生がやってきた。よかった、先生無事で……
「なんで来たの! 立って! 立って!」
私は先生に肩を借りながら、ようやく立ち上がる事が出来た。
足は震えて……いや、体中が震えて訳が分からない。一体なんでこんなところに来てしまったのか。
「せ、先生……ここは……」
「コルネスだ。あの時の……あの戦場だ。こんな所にアルトが……」
ぁ、言わないと。アルトは無事で……あそこにいるって、言わないと……
でも口から言葉が出てこない。恐怖で頭が混乱して、何から言っていいか……
「とにかくアルトを見つけ出して早くここから……」
『……逃げる気か? コルネスの兵士が』
その時、不気味な声が聞こえてきた。
私と先生はそちらへと目を向ける。するとそこに居たのは……大きな、もう見上げる程の狼。
でも二本の足で立っていて、その手には大木のような剣を握っている。
「……イルベルサのザナリア……」
ザナリア……?
あの狼の事だろうか。
狼は剣を担いで……そのまま私達の元へと。
『お前は……コルネスの兵士では無いのか。その女は何だ』
「俺達は……民間人だ。手違いでここに巻き込まれて……」
『手違い? 何をどう間違えたんだ。……まあいい。さっさと行け。戦う気のない奴は邪魔なだけだ』
あの狼は味方なの?
先生は……なんでそんな狼の事を知っているの?
「すまない……恩に着る」
『……おかしな奴だ。魔人に恩など感じるな。次に会った時は……俺は容赦なくお前を殺すぞ』
殺す……普段はただ冗談で言うような言葉だ。
でもこんな重みのある言葉だとは思いもしなかった。
地獄だ、まさにここは……地獄だ。
その時、目の前に白い物が見えた。雪だ。戦場に……雪が降り始めた。
私と先生は物陰に隠れ、辺りの様子を伺う。雪はしんしんと降り注ぎ……真っ赤に染まった大地を白く染め上げていく。
そうしてやっと……私は先生へと告げた。
アルトは無事だと。あそこに……ユグドラシルの所に居ると。
「……そうだったのか。ごめん、俺が闇雲にこんな所に来るから……」
「……先生……先生は、こんな所で戦ったの? なんで? なんでこんなことになってるの?」
「……今はそれを説明してる余裕はなさそうだ。大丈夫、ルミアちゃんは俺が絶対、村に送り届けるから」
「先生、先生も一緒に……」
その時、目の前に……誰も居ない筈なのに、地面に薄く積もった雪に足跡が現れた。
あの小さな足跡……ここに先生を誘った足跡とは……違う気がする。嫌な感じがしない。ただそれだけの理由だけど、なんとなく……
「先生……あれ……足跡……私達に来いって言ってるみたい……」
先生はここに来た経緯が足跡だったからか、それを追う気は更々ないと首を振る。
でも私は何故か、その足跡は追わないと……と思ってしまった。
見覚えがあった。最初、私が山で見た足跡も……あんな感じ……
あぁ、今思えば、あの足跡は山を下っていたじゃないか。
あれは私達に戻れと言っていたんだ。
「先生……先生っ、行こう、大丈夫だから……きっと大丈夫だからっ」
「る、ルミアちゃん?」
私は先生を引っ張りながら、足跡を追い始めた。
体の震えはいつの間にか止まっていた。
※
足跡を追い始めて……どのくらいたっただろうか。
ひたすら雪原を歩いている。いつのまにか、辺りは白銀の世界。
足跡はまだ続いている。
「ルミアちゃん、あれは俺達を迷い込ませようとしてる。もうこれ以上は……」
「大丈夫だよ……大丈夫だから」
もう私は分かっている。
あの小さな足跡は……あの子の物だ。
昔、アルトのように山で遭難して……ついに見つからなかった子供。
当時の私より一つ年上のお兄さん。
「テルミ……貴方なの? ねえ、テルミ……」
「ルミアちゃん? テルミって……」
「テルミ……テルミ!」
足跡は止まる。そしてゆっくり、振り向いた気がした。
私はそこへと駆け寄り、見えない体を抱きしめるように……。
「テルミ……ごめんね、ごめんね……私だけ……私だけ……」
「まさか……ルミアちゃん、あの場所を見つけたのって……」
「……テルミと一緒に……遭難して……私だけがあそこに……テルミは来なくて、私ずっと待ってたけど……」
ほのかに熱を感じた。
テルミが私を抱き返してくれた気がした。
「テルミ……?」
そして耳元に……そっと誰かの声が。
その時私は、涙が止まらなくなった。
※
雪原を超えた先、そこは私達の村だった。
村に戻ると、そこにはアルトとリュクの姿も。アルトも私達と同じように足跡を追ってきたらしい。ゆっくり、後を付いてこい、そう言っているような足跡を。
それから数日後、私と先生は再びあの地……ユグドラシルの様子を見に行こうとした。
でもそこに通じる道は見つからなかった。滝の裏の洞窟は、まるで最初からそんな物は無かったというように塞がっていた。
結局、何故私と先生があの戦場に行ってしまったのかは分からない。
あの足跡は一体……誰の物だったのか。
もしかしたら、あの足跡の主も伝えたかっただけかもしれない。
僕はここに居る、と。
この作品は、遥彼方様主催「冬の足跡」企画参加作品です。
この作品はフィクションです。
この作品の登場人物、全ての者に幸福を。




