第五話 レイフの提案
無事に一日が終了し先生に挨拶をした後、三人はレイフの家に向かった。
港は多くの人で賑わっていて、今朝通ってきた市場にもたくさんの人がいる。ということは、汗水垂らして働いている子供達の姿も多く見られるわけで……。
「そういえば、ルーカス君も何か仕事をしてたりするの?」
オリヴェルが尋ねる。
「うん。メインは港での清掃、後は荷物運びとかだな」
「へぇ〜大変そうだね」
「まあな。でも優しい親分がいるからそこまで辛くないよ」
度々ルーカスが『親分』と口にするが、どんな人なんだろう気になるなぁ。アルヴァー先生みたいな人なのかな。だとしたらルーカスがちょっと羨ましい。まあそんなこと思うのはのは罰当たりか。
ストリートチルドレン、貧しさから路上で生活する子供達。僕はまだルーカスとしか関わったことがないけれど、それぞれに生き方があって、それを知らないままでいるのはダメなのかもしれない。
「レイフ、その住み着いている子達は一日中いるの?」
ルーカスがふと気になったようで尋ねる。
「ううん。昼間は仕事をしてるみたいで、夕方ごろに来て朝になったらまた仕事に出かけていくよ」
「そうか……」
ルーカスは何かを考えているようだった。
三人で学校であったことなどを話しながら歩いていると、遠方にレイフの家が見えてきた。
「うわ〜でっか!」
「いやいやそんなことないよ」
「またそういうこと言ってー。僕の家の三倍はあるよ」
レイフの家は赤い屋根の三階建てだ。でも広くて嬉しいと思ったことはあまりない……。
しばらく歩くと玄関に着いた。
「裏口はこっちなんだけど……」
家の壁の横を進んでいき、木々の間をすり抜けるとそこに大きな庭が広が開けた。庭はガーデニングされており白いアネモネが春風に吹かれ揺らいでいた。
横にはこの庭にふさわしい綺麗な赤煉瓦の階段がある。
……しかしそこには二人の子供がいた。やっぱりこの前見た時と変わってない!
「ちょっとこっち来て!」
「うわっ」
いきなりルーカスに腕を掴まれ大きな声を上げてしまった。
「シーーーーッ」
ルーカスのもう片方の手で口を抑えられる。そして大きな木の陰に連れて来られた。
オリヴェルも急いで後から付いて来る。
「……あいつら知ってるぞ」
「ええ‼︎」
「本当? ルーカス」
「あぁそうだ。俺は話したことないけど俺らの間では結構有名なんだ」
「そうなんだ……」
木の陰からこっそり覗いてみる。
一人目は、利休茶色の髪の毛にシアン色の目。病弱そうな見た目をしているが気が強そうだ。そして一番気になったのは歯だ。何本も欠けていてギザギザだった。
二人目は、山吹色の髪の毛にコルク色の目。小さく聞こえる会話を聞く感じ、ハツラツとして屈強そうだ。顔には大きな傷がある。
前はあんまりよく見ていなかったが今こうしてじっくり見てみると結構外見に特徴がある。
「なんか色々ありそうだね」
オリヴェルが二人を見て言う。
「実際噂がいっぱいあるんだ。まぁ、酷い暴力受けてたとかそんな感じのだけどな」
「へぇ〜なんか大変そう」
三人で二人の子供について思い思いに話した。
「聞こえてるっぺ」
急に声がして驚いた。見ると顔に傷がある方の子がどんと構えて立っていた。いつの間にそこにいたの⁉︎
レイフは呆然として立ち尽くす。
「ぐぎぎ」
いきなり変な音が聞こえたと思うと、ルーカスが歯がギザギザな方に首を掴まれていた。
「ぐ、苦しい……」
「おい! 暴力はやめといた方がいいっぺ!」
「あっ」
もう片方の顔に傷がある子が言うと、顔を赤くしパッと手を離した。
「ごほっごほっ!……」
「ルーカス!」
「大丈夫⁉︎」
レイフとオリヴェルが心配し声を掛ける。いきなりのことにびっくりしっぱなしだ。
「うん。なんとか。おい! いきなり何すんだよ!」
ルーカスが歯がギザギザな方に向き直って言う。
「つい手が出た」
「えぇ……」
ルーカスは怒りよりも呆れが勝ったのか、しょうがないなといった様子だ。
それにしても、今まであまり会ったことないようなタイプの子だなぁ。
「俺はマックス。こいつはマウリッツだっぺ」
今名前を言った顔の傷の方がマックス。ギザギザ歯の方がマウリッツと言うらしい。二人とも名前の最初の文字がMなので心の中でMMコンビと呼ばせてもらうことにした。
「僕はレイフ。ここの家に住んでるんだ」
「そうかここの家に住んでるのは君か。俺達ワケあってここを使わせてもらってるっぺ。レイフには申し訳ないって思ってる」
マックスがレイフの方を向きすまないというように言った。マックスは見た目に反して結構しっかりしてる感じがする。
「いや、僕は全然大丈夫」
「本当に⁉︎ いやーありがたいっぺ。ほら、マウリッツもお礼お礼」
「…………」
「どうした?」
「ん」
マウリッツは少し頭を下げるとすぐにそっぽを向いてしまった。
「ちょっとぶっきらぼうですぐ手を上げる癖があるけど悪い奴じゃないっぺ。これから俺達のことよろしくな」
それは結構問題な気がする……。
「ちょっと言いたいことがあるんだけど」
レイフは前々から言おうと思っていたことを切り出した。
「なんだっぺ?」
「ずっとここにいたらいつかうちのパパに見つかって通報されちゃうかもしれないんだ。だから見つかる前になるべくここから離れてほしい」
「ええ! レイフの親父さんってそんなことするっぺ?」
「うん……」
うちのパパはストリートチルドレンを嫌っているし、怒ると手が付けられない。だからとても心配だ。
「あちゃ〜せっかく居心地いい場所見つけたと思ったのに」
マックスが残念そうに言った。
「そんで、何か事情があるなら僕達に言って欲しいんだ。手伝えることがあるかもしれないから」
そう言うと、MMコンビは小声で何かを相談しだした。しかし一向に言葉を発しようとしない。
まぁ言いづらいこともあるよね。
「実は、この町に新しく児童養護施設ができたんだ」
そう言ったのはルーカスだった。
「そうなの?」
「本当だっぺ」
マックスはマウリッツとの会話を中断しこちらに向き直ると、力なく笑った。
「そんで、町場の人がここら辺に住んでる子供達をまとめて児童養護施設送りにするらしいんだ」
「えぇ! そんな、酷い」
「仕方ないんだ。十年前にノトムが失踪してからシルベは荒れに荒れたから見過ごせないんだろうな」
ルーカスは言う。
「そいつはシルベの外れの方にあって、しかも山の中。だから十八歳になって出所するまでここに戻れないかもしれないんだっぺ」
マックスはとても悲しそうな顔をした。
レイフは今まで全く聞いたことのない情報に驚く。でもなんとなく事情がわかってきた気がする。
「俺達が児童養護施設に入所するまであと一ヶ月もないだろうって親分が言ってた。俺はもうそこらへん割り切ってて、今はしょうがないかって思ってるんだけど」
「俺は絶対に嫌だっぺ! なんだかんだ言ってこの港らへんは結構思い出があるし……」
「……」
レイフは言葉に詰まった。僕とノトムタウンの子供達とじゃ経験してきたことが全然違って、容易に口出ししてはいけないような気がする。でもこのままじゃいけないことは分かる。
「……ノトム兄ちゃんまた戻って来ないかな」
今まであまり言葉を発していなかったマウリッツが呟いた。
「それだ!」
閃いた。今のマウリッツの言葉は本人にとっては何気ないものなのかもしれないけれど、レイフには大きなインスピレーションを与えた。
「なんだよいきなり」
「ノトムがいなくなったからシルベが荒れて児童養護施設が建てられたんでしょ?だったら連れ戻せばいいじゃん」
「はぁ?」
「だから、またノトムにシルベを取り仕切ってもらおうってことだよ」
MMコンビは顔を見合わせ、ルーカスとオリヴェルもポカーンと口を開く。
「そんなの無理に決まってるだろ。ノトム兄ちゃんはここにはいないんだ」
「だったら僕は会いに行って交渉するよ。それが無理なら町役場の人に話をつけてもらうかする」
レイフは自分のアイデアをみんなに聞かせる。どうだろうか?
「僕はレイフについてくよ」
オリヴェルが一番に言った。
「ほんとに⁉︎ ありがとう」
やっぱオリヴェルは優しい。
MMコンビはまだ悩んでいる様子だ。でも反抗はしてこない。
「俺もそれがいいと思うっぺ。この町の大人は何もしようとしないからな! 俺達からシルベを変えてやるっぺ!」
「はぁ? 頭おかしいんじゃないの」
と言いつつも、マウリッツはついて行かないわけではないらしい。
後はルーカスだけだ。
「ルーカスはどうする?」
「うーん……俺は正直迷ってる。港で過ごす残りの時間を大事にしたいんだ」
ルーカスの言っていることはもっともだった。こんな突拍子もないことに時間を費やすのはあまり頭がいいとは言えないだろう。
「ルーカスが今日学校に行ったのはさ、シルベ中学に通いたかったからだよね?」
その時、オリヴェルがルーカスに尋ねた。
「まあそうだ。今日ぐらいしか機会がなかったからな」
「それはこの港が好きだからでしょ。シルベ中学はボロいしそこぐらいしか良いところがないしね」
「それがどうした?」
「なら答えは一つだ。僕達と一緒に来るしかない」
「う……」
いささか強引だが、ちゃんと理にかなった言い分だった。港に思い入れがなかったら、数ある学校の中でシルベ中学に通いたいとは思わないだろう。
「ならこの五人で決まりだ」
レイフは声高々に言った。
「なんかよくわかんないけど人数は多い方がいいっぺ! それにしても、なんでレイフは今日話したばっかの他人にそこまで優しくしてくれるんだっぺ?」
マックスが不思議そうに言った。
「うーん。よくわかんない」
「ええ〜!」
まぁアルヴァー先生みたいな人に憧れてるからっていうのはあるけど、そんなにたいした理由はない。良いことだしね、人助け。
「よし今から行こう! 一刻も早く!」