第一話 レイフの出会い
レイフ・アノマス、十三歳。ターコイズブルーの眼に金髪で片目を隠し、ポンポン付きのニット帽を被っている。趣味は親友のオリヴェルと遊ぶこと。自慢になってしまうが、父が金持ちなので、結構いい家に住んでいる。今まで何一つ不自由なく暮らしてきたが、最近ちょっとした悩みがある……
月曜日の朝。今日からまた一週間が始まると思うと憂鬱だ。レイフは家を出て、見送りに来てくれたネコのチョコに手を振った。大きな通りに出て、丘の上の学校に向かう。
いつもの見慣れた通学路。近くに港がある王都の中心部まで来ると、道端にいる子供達の姿が多くなる。今アイベル王国では増え続けているストリートチルドレンが問題になっていた。王様が無能すぎるせいで急激な人口増加に対しての政策が追いついていないのだ。特に僕が住んでいるシルベは沢山のストリートチルドレンがいる。ここは「ノトムタウン」と呼ばれていて、実際にそんな町は存在しないのだが、曰く、十年ぐらい前までノトムという人物がここを取り仕切っていたらしい。しかしノトムがある日突然行方不明になったせいで、犯罪に手を染める子供の数が増えた。今まで最低限の秩序が保たれていたのはノトムのおかげだったのだ。なのでみんなノトムが帰って来るのを待っている。そのためなのかは知らないが、十年経った今でもこの港周辺は「ノトムタウン」と呼ばれていた。
レイフは準備中の市場を眺めつつ、今日決行しようとしていることに頭を巡らせていた。
「キャーーーーッッ!泥棒よ!誰かそいつをとっ捕まえて!」
いつものように誰かの叫び声が聞こえてくる。もう僕の毎朝のルーティーンに叫び声を聞いて何が起きたのかを想像することが組み込まれているかもしれない。何を盗んだのかな。パン?魚?それとももっと高価な純金のアクセサリー……
「ちょっとごめん!!」
突然後ろから声がした。手を掴まれて、気づけば知らない少年と一緒に走っていた。
「えっ!? なになになに!」
「し!黙ってて!」
その子はものすごい勢いで走り、まるで止まる気配がない。人混みを掻き分けながら、振り落とされないように必死でその子の手を握る。あまり運動をしないレイフはすぐにバテてしまった。やばい。
「はぁ、はぁ、はぁ、ちょっと止まって…もう、走れないから!」
「えぇ…体力ないな」
「しょうがないよ!」
言い合いをしているうちに路地裏に入り、そこを抜けると噴水広場だった。ただし噴水は壊れているのか水が出ていないし、雑草が生えまくっていて今はほとんど使われていないのが分かる。二人ははそこの草むらに転がり込んだ。そして静かにじっと待つ……。
「よかった。もうここまでは追ってこないみたいだ」
改めてその子を見てみる。歳は僕と同じぐらいで、アイベル国では珍しい薄いセルリアンブルーの髪に深藍の眼。この国は金髪や茶髪が多いからとても目立つだろうなーと思う。ボロボロのTシャツに短パン姿で、見てると悲哀感がこみ上げてきた。きっと『ノトムタウンの子供達』なんだろう。ノトムタウンの子供達とは、シルベのストリートチルドレンの総称だ。でも雰囲気は明るくて、誰からも好かれてそうだ。
「あ、そういえばまだ名乗ってないな。俺はルーカス」
「僕はレイフ。よろしく? でいいのかな」
なにが起こっているのかさっぱりわからないが、相手が名乗ってくれたので僕もとりあえず名前を言う。
「ごめんな急に連れ出したりして」
「ううん全然大丈夫。学校には遅刻するかもだけど」
「学校ってシルベ中学校だよな」
「!! そうだけど」
「俺も今からそこに行くんだ。おばさんから逃げてて道順が分からなくなっちゃったけど、リュックを背負ってここの市場を通る子供は大体シルベ中学の生徒だって検討はついてたんだ。誰か来ないか探してたらちょうど君が来たから」
なるほど道を聞きたかったのか。
「それなら一緒に行こうよ」
「いいのか? ありがとう。ちょっと待ってて着替えるから。さすがにこの格好じゃ目立つし」
そう言ってルーカスは麻袋を取り出して中をがさごそと漁る。それはもしやアレなのか、盗んできたものなのか。
「そうだよ。この日のためにしっかり準備してきたんだ」
僕の問いかけるような視線に気付いたのか、ルーカスは答えた。
「………」
「……引いてもいいけどな」
「いやいや、凄いって思ったんだ。一応盗みは悪いことだけど、嫌なことを言ってくる偉そうなお金持ちからだったら話は別だよ」
レイフはニヤリと笑った。つられてルーカスも笑う。
「よかったレイフがそういうのわかってくれる人で」
「僕偉そうなお金持ちは苦手なんだ。今朝の叫んでたおばさんだっていつも子供を蹴ったりして憂さ晴らししてるからいつかバチが当たればいいのにって思ってたんだ。それにしてもルーカスは凄いよ。僕だったらお仕置きされるのが怖くて絶対無理だな」
「まあいい意味でも悪い意味でも度胸はある方かな」
「シルベ中学に行くのは初めて?」
道順が分からなくなったって言ってたし、学校に行ったことがないのかな?
「そうだよ。でもこれが最初で最後かもしれない」
「ええ!まだ五月だから勉強だって追いつくし友達も作れるよ」
「あ、俺別にシルベ中学の生徒として学校に通うわけじゃないんだ。行くのは今日一日だけ、特別来校者としてだ」
そういえば今日のために準備してたって言ってたっけ。
「どうして学校に行くの?」
「今日は俺の誕生日で親分に一日休みをもらったんだ。せっかくだし一回も行ったことない学校に行きたいって思って」
へぇー。わざわざ休みの日に、それも自分の誕生日に学校に行きたいだなんて僕じゃ考えられないけど、こっちとそっちとじゃ、まるっきり考え方が違うんだなぁ。
「誕生日なんだね、おめでとうルーカス。何歳になったの?」
「………」
「………」
二人の間に沈黙が流れる。やばい聞かれたくないこと聞いちゃったかも。
「……俺、親分に拾われるまでの記憶が曖昧なんだ。だから自分の年齢が正確にわかんない」
ルーカスは少しだけ寂しそうな表情をした。レイフは自分が軽率な発言をしてしまったことを悔いた。ちょっと考えればストリートチルドレンがどういう子供達かなんてすぐわかるのに…。
「こら‼︎ そこで何してる‼︎」
その時噴水広場の入り口の方から声がした。警察官が立っている。
「逃げろ!」
ルーカスはレイフの背中を押し、草むらから飛び出た。
「お前‼︎ 今日という今日はとっ捕まえて懲らしめてやる‼︎」
「ちっ、通報されたか。こっちだ!こっちに抜け道がある!」
「待てー!」
ルーカスが僕の手を握って走り出す。そして警察官の方を振り返り
「捕まえられるもんなら捕まえてみろーーー!」
と叫んだ。ちょっと!何怒らせるようなことしてんの⁉︎ああやばい警察官相当怒ってるよ!
「こんのーってうわぁ‼︎」
警察官は叫んだその後、一瞬にして姿が見えなくなった。え、どこ行った?
「落とし穴に引っかかったな! ざまあみろ!」
「ええ! そんなのあったのルーカス」
「そうだ、もしもの時用に作っておいた」
少し可哀想な気もするがまあ警察官だから大丈夫か。
「今使っちゃっていいの?」
「また新しいのを作るから大丈夫。…もし暇だったら作るのを手伝ってくれると嬉しいな」
「全然! いいよ」
さっきまでの重い空気はもうなくなっていた。良かった良かった。
「やー一仕事終えたー」
「さあ、学校に行こうルーカス。もう八時半だから完全に遅刻だけど…」
「ええっもうそんな時間⁉︎ よし走って行こう!」