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クロス・ファントムワールド  作者: 霧山怜哉
飛び違う「幻影」
17/22

Episode03 狼の少女Ⅲ

「それから話を聞いてたティモさんが助けてくれました」

 ティモはドイツ支部から日本支部に転入したPKO構成員である。PKOが世界で設立した支部を見渡しても日本支部は少々人手不足気味なのだ。そのため、ティモはユーラシア大陸を跨ぎ、日本海も越えてドイツから来た。それなのに、研究者のあいにその才能を見込まれ、毎日研究所に引きこもって、事件が起きてもほぼ参加させてくれない状況にある。

 悠慧だったら、毎日あいのような自分のことを顎で使う人といるなら、一人で戦場に飛び込んだほうを選んだのだろう。しかし、逆に言えば、悠慧のようなごく一般的な見た目をしている人はあいの研究室に長居できないかもしれない。

 あいは自分の身長にコンプレックスを持っている。彼女より高くて、人格上ちょっとムカつく悠慧を隣に残してもただの目障りでしかない。ましてや、最低限の知識しか持たず、成長率も低そうな彼はまったくもっての負け犬だ。

 だから、ティモは研究室に立ち留まることが許された。あいの研究の役に立つほどの知識を持っているからだけではない。

 あいと似たような身体的特徴を持っているのも大きな要因の一つだろう。唯一、あいとティモの違いといえば、彼女の低身長は遺伝子によるものだが、彼の低身長は病気によるものだ。

「なるほどね。でもまさか、あいつに女装の趣味があったとはな」

 途轍もない当事者の名誉にとって不衛生を言っている割には、手を振っただけのリアクションがちょっと薄すぎた。

「何を言ってるんですか。そのスカートはどう見ても私の物でしょう?!」

「知るか……そもそも、俺が入ってくるときから、お前は学校なんかをやめたんだろうが。てかお前オーバーパワードすぎなんだよ。『組織』で働いてたときは学校行っていないだろう。なんに、学校行ってからはなんの予備知識もないでいきなり結構高い順位取ったんだろう? 数日も経たないで学校もやめて」

 悠慧が話し終えて、澪が何かを言ってくれないかなと期待していたが、しばしの沈黙がすぎてようやく静寂を破った。

「私はただ自分が一番役に立てるポジションを選んだだけですよ。学校は楽しかったんですよぉ? 友だちもすぐできました。でも、私はPKOをやり通したほうが一番いいでしょ?」

「お前がなぁ……IQも高くてEQも高くて本当に神に好かれてんだな」

 また、一瞬の迷いのあとに彼女の笑いを滲ませた。

「私は別に自分がIQとEQが高いなんて思っていませんよ」

「ふざけやがって……天音、知ってるか? こいつ、本当はどっかの難関大の学生より学力(うえ)かもしれないぞ」

「え? えぇ! ほんとですか」

 さっきまで狼の女の子に餌付けすることに耽けていた天音はいきなり悠慧に話題を振られて、驚きのあまりに叫び声を上げてしまったが、それでも口元を抑えて音量をどうにか抑えた。

 ただ惜しいのは、チョコレートをもらい、さらに懐っこくなって抱かれる女の子が天音と遊んでいる微笑ましい光景が破壊されたことだ。

「そうなんだよ、こいつは多芸多才なんだよ。いわば天才ってもんだ」

「本当にすごいんですね」

 天音が敬慕に似たような視線を澪に投げつけると、澪は照れくさそうに首を押さえながら俯きになる。

 これを見て、心の奥から浮かび上がった一本の弦が弾かれたように悠慧は感じた。とある感情が震わせられたが、それは嫉妬なのか、それとも慰みかは掴めていない。

「ああ、すごいわ……本当に『多彩』なやつだ」

 椅子の背もたれに寄りかかり、悠慧は首を垂れて頭を撫でてもらっている狼娘に顔を向ける。

「でも、なんでスカートだけなんだ? 上は?」

「昔に着ていた服のほとんどが捨てましたので、残したのはこの制服しかありませんでした」

「思い出的な? 私はこの学校の一員、だった。って」

「そうですね。そんなところかな」

「お前にとって大事なもんじゃないか? それなら」

「ティモさんのズボンはさすがに合わなかったので、私はそのスカートをあげました。思い出といえばそうですけど、別に捨てたわけじゃないので、その思い出はまたほかの思い出と一緒に生きたほうがいいと思うんです。不十分なのは腰の方はベルトを使ってやっと着れるくらいですけど」

「だろうな。あのちんちくりんがお前みたいに太ってたら、逆に衣装以外に、もっと大事な問題を解決しないといけなくなるからな」

「ぬ……なっ」

「ちょっ、ちょっと悠慧!?」

「うん? どうした」

 さっきよりずっと驚愕で恐ろしい面持ちで天音は急に二人の対話に割り込んできた。

 それに対し、悠慧は明らかな疑惑の念を持った。普段なら発言する前に同意を請求するような真似をする天音が、人が話しているときに割り込んでくることなんて現実ではありえないくらいだ。

「ちょっと悠慧くん……」

「どうした? ……なななっ、なんですか! 澪さん」

 すました顔で視線を変えると、耳元まで真っ赤に染めて頬を丸く膨らませた澪がいた。今彼女を怒気に包ませた理由に気づかないのはバカ素直でぶっきらぼうな悠慧ならではできないことだ。

 今、ともておかしなことが起きていると察知しただけで彼にとっては優秀な反応であった。

「もう知りません! あっちら辺で遊んでいてください。あっち行って」

「えぇえ!? いきなり? 病気? あっちってどこだよ!」

「勝手にして!」

「言葉遣い! 言葉遣いが酷いよ」

「今の悠慧に発言権にあると思っていますか?」

「く……遊んでろって、そんなこと言われても……なっ」

「悠慧がこんなのは分かってたけど。それでも不器用すぎるよ」

 理由もなく怒られた悠慧は茫然自失するしかなかった。

「って、ちょっ待て。どうしたんだよマジで。どこ行くんだよ、話がまだあああああああっ……ぐえ」

 ナイフのような鋭い視線でぎろりと悠慧を睨みつけ、猛然と立ち上がってこの場を去ろうとする澪に向かって、悠慧はありったけの力を使って猛進して引き留めようとするが、あいにく足が椅子に引っかかって大仰に倒れていった。

 膝が地面に激しく衝突し、どんっという大声を立てる。上半身も転倒する勢いで重心をずらされ、おまけに顔面も床と親密にキッスした。

「悠慧大丈夫?」

「はぁぁ、痛ぇ……倒れる……本当に斃れる」

「気づいてないんですか?」

 鼻血が出るのではないかを心配しながら、潰された赤くなっている鼻を押さえる悠慧はふいとそう聞かれた。

「何に?」

 あっけにとられた顔を見上げて、若干こもった声で聞き返したら、振り返った澪にもう一度同じことを問い詰められた。

「ですから、私が怒ってる理由。悠慧くんは気づいてないんですか?」

「まどろっこしい。分かんねえからこうやって聞いてるんだろ」

 今度は澪が言葉も声も出ない番だ。ただ何かしらの珍獣でも見ている顔で悠慧を注視していた。しばらく妙な雰囲気が続いていると、澪はため息を吐いた。

「本当にいつも通りですね。私の努力も無き物にされて」

「ごめん」

「いいですよ。許してあげます」

「それは……どうも……でもなんで?」

「それは……ご自身で考えてください。人間交際をなんでもかんでも人任せにしてはいつまで経ってもうまく行きませんからね」

「はああ。そうは言っても俺も二次二次災害を受けたけどな……」

「なにか不満ですか」

「げっ、そんな。二次傷害なんて滅相もない」

 謹んで悠慧は椅子に腰かける。さっきと同じように澪もソファーに座り直した。

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