090.紅鱗襲来
「規定された義務とは言え、私はアルベルトくんを王都教会へ報告したことを後悔しました。私の報告により、ハルシフォムさんの一家はバラバラになってしまいました」
因みに、ハルシフォムと言うのはジルの親父さんの名前だ。
「アルベルトくんは勇者として王都教会へ強制召喚され、ジルベールさんはアルベルトくんを追いかけて村を出て行き、行方不明に。全ては私が軽率に報告してせいです」
「神父さんの所為じゃないよー。【勇者】スキルの祝福を受けた者が現れたら報告する義務があったんだからー」
「いえ、例えそうでも慌てずに、日を置いてから報告すべきでした。そうすればアルベルトくんは急な家族との別れに嘆く事も無く、ジルベールさんも突発的な行動に出る事も無かったはずです」
まぁ、確かにいきなり王都へアルベルトを迎えに行くとは言わなかっただろうな。
「あははー、私もあの時は若かったからー」
「私はそれからというもの、毎日女神Alice様へジルベールさんの無事を祈ってました」
「そうなんだー、ありがとー、神父さまー」
「いえ、私に出来るのは祈るくらいでしたので。そして女神Alice様は私の祈りを聞き遂げてくれました。こうしてジルベールさんを無事に家族の元へ戻してくれたのです」
『無事……か?』
『こら! 茶々を入れない! そりゃあ、あたしも思ったけど』
突っ込みたくなるはーちゃんの気持ちは分かるが、五体満足なのは間違いないからな。
「あれから色々あったけどねー」
「その姿を見れば色々あったようですね」
大人になったジルの姿を見ては神父は苦笑する。
「それにしても……王都教会はどうなっているのでしょう。幼い勇者を育てるために秘匿するのはまだ分かりますが、その為に強制的に息子を離された家族に対する補償が何一つないと言うのは些か不誠実です」
「その辺りの事は神父さまは何か聞いているー?」
「いいえ。王都教会へアルベルトくんの事で何度も連絡を入れたのですが、一切返答がありません。『勇者の存在を秘匿せよ。これは教皇命である』の一点張りですよ」
【センスライ】でも確認したが、どうやらこれまでの話の中でも嘘を言っている様子ないな。
純粋にアルベルトやジルベールを心配していた。
「神父さまー、実は私、王都教会へケンカを売ってるのー」
この神父がクソババァの手先じゃないのが確認取れたところで、ジルはこれまでに怒っている教会に関する情報を伝えた。
「そんな……、教会の人間が、しかも枢機卿がそんな事を……! とてもじゃないが赦せることじゃありません」
「うんー、だからアル君を助ける為だけじゃなく、枢機卿のおばーちゃんを排除するのー。神父さまも協力してくれるー?」
「ええ、勿論です。私に出来る事があれば何でも手伝いますよ」
「ありがとー」
とは言っても、グラットのように今までと同じような生活を送って不信がられない様にしないとな。
こうしてファルト村内の協力者を募り、後はクソババァの反応を待つだけだ。
次の日、村長からジルが戻ってきたことが村中に伝えられ、村人たちは戻ってきたジルの姿を見ては驚き、噂でS級冒険者になってたのが間違いでない事に2度驚いていた。
他には、狩人の仕事に戻れたことに喜び励んでいた親父さんに付いて行き狩りを手伝ったり、村人の畑仕事を俺の魔法で手伝ったりと久々の村人たちとの交流を楽しんでいた。
そうしてファルト村で過ごし、3日後。
数匹のドラゴンがファルト村に襲来した。
ハイドラを監視していたクローディアの報告では、ジルが接触した後、直ぐに何処かと連絡を取っていたらしい。
そうして2日ほど前にハイドラはファルト村を離れ、大動脈山脈の方へと消えたそうだ。
おそらく、そこに潜ませていた自分の騎竜であるドラゴンを取りに行ったんだろう。
まぁ、予想外だったのが、ハイドラが自分の騎竜だけでなく、他のドラゴンも引き連れて来たと言う事だ。
「おー、見事に真っ赤な光景だねー」
「周囲のドラゴンはファイヤードラゴンのようですね。ハイドラが乗るドラゴンは紅蓮竜とも呼ばれるクリムゾンドラゴンと呼ばれるファイヤードラゴンの上位種です」
あー、だから二つ名が紅鱗の竜騎士なのか。
2時間ほど前に、クローディアがファルト村に向かっているドラゴンの群れに気が付き、ジルに報告をすると、ジルは直ぐに迎撃態勢に入った。
ファルト村に被害が及ばない区域まで離れ、そこでドラゴンを迎え撃つ。
場所はファルト村よりも南にあるモーサイ草原だ。
ここなら見通しもいいし、大動脈山脈から北上するドラゴンを一望しやすい。
そして予想通り、ハイドラはモーサイ草原を抜け、ファルト村へ襲撃しようとしていた。
「ジルベールさん、獰猛と知られるファイヤードラゴン1匹だけでも熟練の冒険者には手に余ると言われています。それが13匹。そしてその上位種のクリムゾンドラゴン。大丈夫ですか?」
まぁ、普通はドラゴン相手に1人で挑むなんて無謀な事だからなぁ。
ジルの実力を知っているはずのクローディアが心配するのは分かる。
分かるが、ジル相手にそれは無駄な心配だよ。
ジルが迷宮大森林の最奥で過ごした20年間、これくらいの脅威のモンスターが居なかったとでも?
「んー? それは誰に言っているのかなー? あの程度なら私1人でも問題は無いよー。伊達に20年も迷宮大森林の最奥で過ごしてないんだからー」
心配そうに見ているクローディアに微笑みかけて、ジルはふーちゃんに乗って迫りくるハイドラへと向かう。